序幕
男の剣が古びた布を纏った男の胸を貫いた。剣を引き抜くと布の男はその場に膝を着いてそのまま沈黙した。どうやらそんな体勢で力尽きたらしい、地面に倒れることは無かったが腕は力無くぶら下がっていた。剣を引き抜いた黒髪の男は確信した。これでこの世界には平和が訪れると。男は空を見上げた。先程まで雲に包まれていたが、光が差し始めた。まるでこの世界が天に祝福されている様に感じた。
だが世界に平和は訪れることは無かった。むしろ世界中が火に包まれた。簡単な話であった。世界を恐怖で支配していた者が消えたのだ、人々の抑えられていた野望は爆発し次なる支配者の座を狙う者が多く現れた。そうなると必然的に紛争が起きるものだ。
暴君を討った男の村もまた襲撃を受けていた。硝煙の臭いに包まれ、あちこちから断末魔が聞こえてくる。
「一体俺は何の為に…」
そんな時男の目の前に少女が吹き飛ばされてきた。頭を撃ち抜かれたらしい、即死したようだった。
「こんな子まで…」
男は少女の遺体を抱きしめた。その時だった。死んだはずの少女が男の耳元で呟いた。
「貴方は何故ーーを殺したの?」
驚いた男は少女の体を離そうとした。だが死んだはずの少女が人とは思えない力で男の体にしがみ着いていた。
「人々の自由のため?平和のため?」
少女は言葉を続ける。
「そして結局どうなったの?人々は自由を手にした結果、平和は訪れたの?」
「辞めろ…」
辞めろ、その続きの言葉を口にするのは。男は本当は自分でも分かっていた。その事実に気付かないふりをし続けてきた。
「貴方はね、全ての悪をあの男に押し付けただけなの。そして、そんな貴方も…」
「辞めろ!!」
少女は男を掴んでいた手を緩めた。そして男と目を合わせる。…いや、「目を合わせる」という表現は間違いであった。その少女の両目は抉れて既に存在していなかったのだから。
「あの男と一緒よ。貴方はただの偽善者なのだから。」