プロローグ 問1
ここは地下牢である。じめじめしていて水が地面に垂れる音だけが聞こえる、そんな場所で何かを叩いたような音が響いた。
「おい、そろそろ隠し場所を吐いたらどうだ!」
銀色の鎧を来たオークが少女の尻を鞭で打ったのだった。少女の水色のドレスは汚れ、紫の長髪も乱れていた。
「おいおい、加減しろよ。エンマ大王の証である書類の場所、それを吐くまで殺すなと言われてるんだ。」
牢の扉を塞ぐように立っていたエルフの男が言った。それを聞いたオークは鼻で笑う。
「何言ってるんだ、こいつらは身体が丈夫なことだけが取り柄だろう。」
オークはまた鞭を振るった。その音と同時に少女の頭の上にあった猫のような耳がピンと立つ。そう、髪の色からも分かる通りこの少女は人間では無かった。
「これだから野蛮なオークは嫌なんだよ。」
「おう、野蛮で結構。しかし、この女…。」
オークは少女の身体を舐め回すように見つめる。そして止まった視線の先には呼吸の度に揺れる大きな胸があった。
「誰も犯すなとは言ってないよなあ!」
オークの手が少女の胸に伸びたその時だった。銃声が聞こえ、放たれた銃弾は今にも少女の胸に触れそうだったオークの右手を弾いた。
「おい、そいつはVIPなんだ。そんな蛮行が許されると思っているのか?」
金髪の青年が階段を降りてきた。左手には煙が出ている小銃を持っている。
「交代の時間だ。」
青年の言葉を聞いたエルフは地下牢から出ていった。青年はそんなエルフを見送ったあと再びオークの方に視線を向ける。
「聞こえなかったか?交代だ。」
オークは文句を言いたそうに口を動かしたが、逃げるように地下牢から退出して行った。青年の眼光は鋭く、値に飢えた猛獣を思わせたためである。
「無駄に丈夫な鎧着やがって。」
青年は少女の近くにあった腐りかけの木製の椅子に座る。軋む音がしたが壊れはしなかった。
「あら意外に紳士なのね、キン。」
少女はキンと呼ばれた青年の方に笑顔を向ける。キンはフンとそっぽを向いた。
「おまえも頑固だな。さっさと吐けば楽になれるというのに。」
「それじゃ何?今からそこの鞭でSMプレイでもする?」
キンは地面に落ちてた鞭を一度手に取ったが、後ろに投げ捨てた。
「女子供にそんなことできるかよ。」
キンは腕を組んで少女の方を見る。目付きは悪いが、まっすぐな視線であった。「そう」と少女は呟いた。
「それじゃ世間話をしましょう。さっきまでずっと鞭で打たれていたものだから喋り足りないの。」
「何の話をするんだ?」
キンも暇を持て余しているからか少女の提案に乗った。少女はキンの方に笑顔を向ける。
「それじゃ、『平和は存在しうるのか』。これにしましょう。」
キンは一瞬戸惑いを見せた。少し考えたあと少女の方を睨む。
「何だ、その話題は?」
「いいから答えてみなさい、貴方の考えを。」
キンの視線を受けてなお少女は涼しげであった。
「…平和はあるよ、無ければならない。」
キンの言葉を聞いて少女は「ふふ」と笑う。
「ここに一つのパンがあります。貴方ともう一人人間が居て、その両者とも空腹です。貴方ならどうする?」
「二つに分ければいいだろう。」
「また一人空腹の子が現れました。貴方はどうする?」
キンは少し沈黙した。少女の言いたいことが分かったからだ。
「三つに分けるよ。」
「そう、貴方ならそうするでしょうね。また同じような子が十人来ました。どうする?」
「…」
キンは答えられなかった。パンをさらに十個分けたところで空腹を満たせるはずが無い。
「繁栄した種族の生物はどんどん増えていくわ。でもね、食料をはじめとする資源には限りがあるの。だからね、一人辺りの量が足りなくなる日が必ず来るのよ。そうしたら、どうするか、どうなるのか。簡単よね。」
キンは黙って聞いていた。何も反論できなかったからだ。
「『他所から持ってくればいい』。これが戦争よ。だからね、人という種族が繁栄し続ける限り平和は訪れない、これが答えよ。」
「…」
キンは立ち上がって扉の前に立った。それから彼は次の番兵と交代するまで喋ることは無かった。