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ばーじょんあっぷ③

「……あの、マスター」

「うぇ!? あ、えー……な、何?」


 また何か気に触ることでもあったのかと、思わず変な声を出してしまう。

 ……我ながら情けない。

 が、リノからは手が飛んでくるどころか、怒りの表情すら向けられなかった。

 それどころか。


「さっきは、あの……ごめんなさい、踏んだりして……」

「……へ?」


 物凄くしょんぼりしたリノがそこにいた。何処となく瞳も潤んでる気さえする。

 態度の急変についていけずに動けない僕も構わず、リノは自分が踏んだ場所を優しく撫でてくれる。


「うー……どうして私いつもああなんだろう……。マスターのこと大好きなのに……」

「……は?」


 そんなあっさり。大好きとか。

 声を返せないでいると、四つん這いでしな垂れかかる様に身体を寄せてきた。


「……? その……マスターは、私のこと……嫌い……?」

 思わず身を引きそうになる僕を引き留めるように手を取り、それを自分の頬へ宛がう。その表情はとても不安そうだ。


「そっ……そんなことは、ない、けど……」

「……本当? ……嬉しい」


 本当に言葉通りの笑顔を見せてくれる。思わず頬が熱くなる。

 というか顔が近い。

 今やリノは、僕の胸に身体を預けてべったりと密着している。

 その体勢で、何か逡巡しているように胸に当てられた手が、服を掴んだり離したりしている。


「ね、マスター……お願いが、あるの」

「な、何……かな?」

「……キス、して欲しい」

「え……、えぇ!? いや、そ、それはその……」

「……ダメ?」

 悲しそうな顔で上目遣いに見上げてくる。それを見て断れる男が何処にいるだろう。


「そんな、ことはない、けど……」

 僕の言葉に、すぐ笑顔になってリノはキスしやすいように身体を離し、すぐに顔を近付けてきた。

 そのリノの頬に、自分でもぎこちないと分かる動きで手を添え、寄せていく。

 今更と言えば今更だけど、こういう甘酸っぱい雰囲気で、というのは苦手だ。


 視界の殆どがリノの顔になって――。


「どうだ、このデレっぷり! 完璧だろうっ!?」

「――っ!?」


 蹴破られたんじゃないかってぐらいの勢いで扉が開いて、仁王立ちした姉さんが高らかに叫んだ。

 同時、世界が加速した。


 リノに突き飛ばされたのだと分かったのは、思い切り壁に叩きつけられてからだった。

 ……しかし凄いなぁ……仮にも大人の男である僕の身体が水平に五メートル近く吹き飛ばされたよ。初めて戦闘用ロボ娘の力の一旦を垣間見た気がする。


 ……こんな垣間見方、したくなかったけどさ。


「うむ、もう分かってると思うが、リノのツンデレは最近目立ってきた『ツンツンしながらもデレを感じられる』というのではなく、『人がいる前ではツンツン、二人きりだとデレデレ』という方で……」

「綾様……最早マスターに意識はありません。よって聞こえていないと判断しますが」


◇◆◇◆◇◆


「……と、いうことで、僕の身体が持たないので勘弁してください……」

 思い切り打ち付けた後頭部を擦りながら、けれど少し考える。


「でもメイドプログラムは便利そうですね……。単純に家事が出来るようにはならないんですか?」

「それは無理だ。技能プログラムと人格プログラムは一セットだからな」

「何でそんな無駄な作りにしてるんですか……」


 折角料理する手間が省けると思ったのに。

 一人分に慣れている僕にとって、二人分の料理は面倒――。


「そういえば姉さん。リノはご飯食べなくても大丈夫だって言いましたよね?」

「ああ。秋巳がちゃんと飲ませるもの飲ませてたらな」

「……。その割にはリノ、毎日食事が必要だって言うんですけど?」


「何? そうなのか、リノ?」

「はい。エネルギー不足に陥る危険があるため、可能な限り食事による摂取も行っています」

「不足の危険? 秋巳からはちゃんと貰ってるんだろう?」

「はい、マスターには毎晩毎晩提供して頂いています」

「……ほぉ。毎晩ねぇ……」

 ……何ですか、その笑いは。


「べっつにー? 若いってのはいいことだと思っただけさ。さすが私が見込んだだけのことはある」

「っ……。今話題にするのはそっちじゃないです」

「ま、それもそうだな」

「それでリノ? 毎日貰ってるなら尚更食事は必要ないだろう?」

「いえ。食卓を囲むことは円滑な対人関係構築のために必須であると考えます」

「え……」


 そんなことを考えていたのか……。

 僕との関係を考えてくれていたというのは単純に嬉しい。

 そういうことなら食事のことは仕方がないかと思う。


「それに何より……」


「取り込む生体エネルギー量が、十分値に達していません」


「……」

「……」

 えーっと、それはつまり……。


「マスターは一般的に言う“ヘタレ”だと判断します」

「ぶふぅっ!」

 あまりの言い方に吹いた。


「……お前、その歳でもう枯れてきてるのか……?」

「……ひ、人聞きの悪いこと言わないでください!」


 人と比べて少ないってことはない。と思う。

 ……ないよね?


「と、とにかく、あれで足りないんじゃこの機能意味ないんじゃないですか?」

「確かにおかしいとは思っていたんだ……。私の部屋に何度も来ていながら下着一つ物色しようともしないし……」


 聞いてないし。

 大体物色するまでもなく姉さんの部屋には下着が散乱していますが。


 ……だからと言って何かしているというわけでもないよ?


「うむ、それなら尚のこと性格変更プログラムは有用だな」

「……そーですねー」

 もう誤解を解くのも面倒――というか無理だと悟ったので、適当に話を合わせておくことにする。

 凡人は天才と話してるだけで疲れるものなのだよ。


 満足そうに頷いていた姉さんだったが、ふと時計を見やり立ち上がった。

「む、もうこんな時間か。色々とやらねばならないことがあるから、今日はこの辺りで帰らせてもらおう」


「はぁ……やらなければならないこと?」

 姉さんをリノと二人、玄関まで見送りながら尋ねる。姉さんが“しなければならない”というのは珍しい。


「ああ。お前が欲しがってるリノ用の子宮も完成してないしな」

「……別に全然欲しがってないですよ?」

 というか本気で作る気だったのか。


「……マスター。それはつまり『リノなんかに子育てが出来るわけないね。大体相手がコイツじゃ、俺の優秀な遺伝子が可哀想だぜハッハー』という意味でしょうか?」

「どこをどう深読みしたらそんな意味が出てくるの!?」

「秋巳……お前それは人として最低だぞ……」

「姉さんも本気にしないっ!」


 何なんだ、この二人は……そんなに僕を貶めようとして、そんなに楽しいのか!

「あぁ。とっても」

 い、言い切ったよこの人は……。


「私は…………。もちろん楽しんでいるなどということはありません」

「今の長い間は何っ!?」

 くそぅ……僕の周りは敵だらけか、敵だらけなのか!?


「と、まあ何やらぶつぶつ呟き始めた鬼畜な我が弟は放っておいて……」

 どっちが鬼畜だよ……。


「リノ、近々お前の本領が発揮されることになるやもしれん」

「! それはつまり……とうとう連邦が動きだしたということでしょうか?」

「……いや。さすがにそれはないと思うが……用心はしておけ」


 姉さんがリノの反応にちょっと面食らっていた。

 ……自分が吹き込んだくせに。


「って、ちょっと待ってください。姉さん、それどういうことですか?」

「……」


 姉さんは言葉に迷うように、口籠もったけど、

「悪い予感がする。……それだけさ」

 そう少し微笑んだ。


 その様子がいつもと違って見えて、僕は詳しく尋ねようとしたけれど、それを制するように姉さんがすぐに口を開いた。


「まああれだ。精がつくような料理を食べて、精々励むといい。秋巳の歳なら朝から晩までやってたっておかしくはないんだから」

「リノも、必要だったらガンガン押し倒して搾り取って構わないぞ。私が許す」

「はい、了解しました」

 どうやら姉さんはこれ以上話すつもりはないらしい。


「はぁ……分かりましたよ」

「うん? 朝から晩までやっちゃうことをか?」

「そっちじゃなくて!」

「はは、分かっているよ。……ではな」


 リノと僕を交互に見て、姉さんは玄関から出ていった。


 最後のは何だったんだろうか。

 まあ何にせよ、用心するぐらいしか出来ないのだけれど。

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