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ばーじょんあっぷ①

「――きて、お――ゃん……」

 ふわふわした世界の中で、誰かに優しく呼び掛けられている。


「起きてってば、お――っ!」

 起きる……? ああ、そうか。今僕は寝てるのか……なら早く起きないと……。

 リノに朝ご飯作らなきゃ……。


「もーっ! 早く起きてってば、お兄ちゃんっ!」


「……は? ――かふぅっ!?」

 ありえない呼び声が聞こえてきて、胃の中身を吹き出しそうな重量が鳩尾を直撃した。


「ぐ、かっ……重い――って重っ! 本気で重いっ!」

 何、このじっとしてるだけでも胃が潰れそうな重量感は!?

 潰れそうになりながら目線を動かすと、見て分かるぐらいに拗ねた顔をしたリノがお腹の上に乗っている。


 ……、見て分かるぐらい?


「もーっ! 重い重いって、失礼だよ!? 女の子に向かって!」

「お、女の子……?」


 これは……どういうことだろう。

 リノがまるで人間のように表情豊かになっている。

 昨日までの無表情さとは比べようもないほどに。


「お兄ちゃん? ちゃんと起きてる?」

 しかもこの呼び方。

「い、いや……えーと……お兄ちゃん?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ? 私の、お兄ちゃん」


 表情仕草シチュエーション、どれをとっても成程、妹だ。

 なんて感心してる場合じゃない。


「いや、えー……リノだよね?」

 リノに凄く似た本物の妹なんてこともなくて。


「もう……お兄ちゃん本当に寝惚けてる……」

 これまた情感たっぷりに呆れ顔をされた。


「ちゃんと目を覚まして、着替えたら下に下りてきてね? 朝御飯用意しておくから」

 そう言い残してリノは扉へ消えていった。


「……ちゃんと痛い。夢じゃない……?」

 頬をつねってみるが普通に痛い。

 となれば僕がしなければならないことは一つ。


「早く下に下りないと。……食材を無駄にするわけにはいかない」

 さすがに朝から炭は食べたくない。


 だが、身だしなみもそこそこに向かったリビングでは、予想外の光景が僕を待ち受けていた。


「お……おぉ……?」


 綺麗な狐色のトースト。彩りも豊かなサラダ。目玉焼きにウインナー。そして湯気を燻らせているコーヒー。

 これぞ正に朝食……いや、Breakfastと呼ぶに相応しい料理。

 それがテーブルの上に並べられていた。


 ……や、さすがにこれはないだろう。つい先日黒炭を肉じゃがとして出した人が、こんなちゃんとしたもの作れるとは思えない。


「いやいや、さすがは私のロボ娘だ。料理もばっちり作れたじゃないか」

「いや……この前失敗したけど」

「あぁ、悪い悪い。料理のプログラム忘れててな」

 何だ、これはプログラムのおかげか……。


「なるほど、納得した。見た目だけなのかと思った」

「……見た目だけってどういう意味、お兄ちゃん?」

「いや、気にしなくていいよ。美味しそうって意味」


 口調と性格の謎が残ってるけど、料理が冷めるのはよくない。追求は後回しにしよう。


「ん、美味しい」

 素直に感想が零れ落ちて、リノの顔が綻んだ。


「……」

 何ていうか、ちょっとクラっと来た。

 多分、いつも無表情だからだ。ギャップというところか。


「……? 姉さん、何ぼーっとしてるんです?」

 無視しようかとも思ったのだが、斜め前に座っていた姉さんに声を掛ける。

 何故か凄く苦いものを食べたような顔で睨み付けられていた。


「……お前、もう少し何かあるだろう。何でこんな朝早くから来てるんだヨー! とか、何当たり前の顔して食卓囲んでるんだヨーっ! とか」

「いや、姉さんが神出鬼没なのはいつものことだし」


 あと、そんな愉快な驚き方普通しない。


「……まあいい。今日来たのは他でもない」

 はむはむ。

「と言うのも、後付けのプログラムが……」

 もぐもぐ。

「ようやく一通り完成したから……」

 ずずーっ。

「こうして朝っぱらからだな……」

 ごくん。


「あぁ、もう! 行儀が悪いですから、食べるか喋るかどっちかにしてくださいっ!」


「む……それもそうだな」

 無言になって、もぐもぐもぐ。

 どうやら喋るよりも食べるほうを優先したらしい。急ぎの用事じゃないのか。


◇◆◇◆◇◆


 それから、時計の長針が半回転するぐらい無言の時間を過ごし、ようやく姉さんが口を開いた。


「ふぅ、食べた食べた……えーと、それで何だっけ?」

「……自分で言おうとしてたこと忘れないでください。後付けのプログラムがどうとかですよ」

「ああ、そうかそうか。……お腹一杯になったら説明するの面倒になってきたなぁ」

「……」

「そう怖い眼をするな。そうだな、百聞は一見にしかず、ということで、ちょっと待ってろ」


 それだけ言い残して姉さんはリビングを出て行く。リノのところへ行ったのだろうか。ちなみにリノは洗濯をすると言って一足先にリビングを出ていた。


「……。コーヒーでも飲も」

 ぼーっと待っているのも馬鹿らしいので席を立つ。

 キッチンの棚からカップを取り出そうとしてふと考える。


「姉さんってコーヒー飲むんだっけ……?」

 そういえば姉さんがコーヒーを飲んでいるのは一度も見たことがない。


 迷いながらもとりあえず三人分のカップを用意していると、どたどたどたと、けたたましい足音が聞こえてきた。

 次いで勢いよく扉が開かれる。


「ご主人様っ! お呼びですかっ!?」


「……は?」

 リノが意味の分からない問いかけと共に転がり込むように入ってきた。


「あぁっ! ご、ご主人様、そんなことは私がやります! ど、どうぞお座りになってお待ちください!」

 カップ片手に硬直していた僕を見、一人で納得したのか僕の手からカップをもぎ取って、コーヒーの用意を始める。


「あー……うん。じゃあ、お願い……」

 とりあえず邪魔にならないよう、さっきまで座っていたリビングへと戻る。

 砂糖を取り出したりお湯を沸かしたりと、忙しく働くリノの後姿を眺めながら、どうしたことかと首を捻る。


 さっきはお兄ちゃんで、今度はご主人様……。


「……ああ。これが姉さんの言ってた後付け……プログラム?」


 待っていろと言われて、こうして再びおかしくなった……もとい変化したリノが来たのだから、そういうことなのだろう。

 口調の通り、メイド的な仕事全般が出来るようになったりするんだろうか。それは確かに便利かもしれない。


 が、しかし。

 それなら別に口調まで変える必要はないと思う。


「これ口調変える意味あるんかな……」

「何を言う。口調を変えることにこそ、意味があるんだろう」


 声のした方に眼を向ければ、またもやいつのまにか戻ってきていた姉さんが座っていた。

「毎回毎回、いつのまにか、が好きな人ですね……」

「うん? 何だって?」

 いえ、別に何でもないです。


「それより、どうだ? ドジっ娘メイド・リノの様子は」

「いえ別に。コーヒーの用意してくれてますけど……で、その怪しい称号は何ですか?」

「何もなにもドジっ娘メイドはドジっ娘メイドだろう。他に何がある」

 しかし飲み物用意中とはまたうってつけな、などと姉さんがほくそ笑む。


 その様子に物凄い嫌な予感が身体を駆け巡り、重ねて聞こうとしたがリノの声に遮られた。


「ご主人様! コーヒーの用意が出来ましたー!」

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