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はじめまして①

「はじめまして、秋巳様。型式番号MS-05A、愛称“ザク子”です。これからよろしくお願いいたします」


 澄ました顔で一礼する少女を前にして、僕はどうしたものかと頭を悩ませていた。

 何しろ突っ込みどころが多すぎる。


「えー……(ピーーッ)?」

 ……? 僕の言葉に被せるように、少女が甲高い発信音を鳴らしてきた。


「(ピーーッ)?」

 もう一度繰り返しても同じ。


「秋巳様。私の名前は“ザク子”です。その名前から勝手に子を取るのはご遠慮願います」


 そうして、またも少女が一礼。

 ……つまりは、何だろう。ザク子から子を取った言葉は禁止用語だと、そういうことなんだろうか。


「どうだ、秋巳。完璧だろう? 私の創ったロボ娘は」


 早くも見なかったことにして家に帰りたくなっていたところに、この状況を引き起こした張本人が現れた。


「……姉さん。これは何ですか?」

「あん? まだ自己紹介も済んでないのか?」


 そう言って、自分の胸ほどしかない少女の頭に手を置く我が姉――もとい従姉の月代 綾。


「いえ、自己紹介らしきものはしてもらいましたけど……型式番号とやらを」

「何だ、それなら問題ないだろう」

「……ありまくりです。何処の世界に、自己紹介するとき自分の型式番号を名乗るお茶目な奴がいるんですか」

 初対面でそんな、捻りすぎて冗談にもならないようなこと言われたら、素直に引くよ。


「まあ、此処にいるが。大体、冗句でも何でもないんだ。仕方がないだろう」

「……つまり?」

「この子は私が目指している二足歩行ロボ、その試作機だ。通称はリノという」


 可愛いだろう、と誇らしげに踏ん反り返る二十五歳独身女性。

 ええ、まあ、そこには同意できるけども。


 というか、“ザク子”という名前はどこにいったんだ。


「まあ、姉さんがそういうのを創ろうとしてるのは知ってますけど、そんなもの個人が創れるわけないでしょう。また手の込んだ悪戯を……」


 わざわざ女の子まで連れてきて。一体何処から連れて来たのだろう。


「えーと……君も、何を言われて連れて来られたのかは知らないけど、こんな怪しいバイトなんかしてないで、家に帰って。ね?」

「いえ、現在の私の家――設置場所はこの家です。ですから、帰る、という行為は不可能です」

「いや、だからもうその演技はいいんだって……」

「残念ながら、私の現在のプログラムでは“何かを演じる”という行為には対応できません」


 ら、埒が明かない……。


「……姉さん。責任持って元いた場所に返してきてください」

「だから私が創ったと言ってるだろう。分からない奴だな」

「分からないのは姉さんです。明らかにロボットと分かるものがぎこちなく走り回っただけで騒がれるこの現代で、こんな滑らかで人間のようなロボットがいるわけないでしょう」


 そう当たり前の常識を指摘する僕を見て、姉さんはさも疲れたように大きなため息を一つ。何というか馬鹿にされてる反応だ。


「この私と同じ血が流れているというのに……情けない。リノ、分かりやすーく証拠を見せてやれ」

「了解しました、マスター」


 ノリがいいのか仕事熱心なのか、はたまた脳の配線が少しずれているのか。

 少女は姉さんの無理難題にも、ロボらしく動じることなく、おもむろに頭に手を掛けて。


 すぽん。


 そんな音が聞こえそうなほどあっさりと、胴体から頭を引っこ抜いた。


「はっ……」

 いやいや、ありえないですって。

 断面図が明らかに機械だとか、細いコードで辛うじて繋がってるだけの頭部が普通に瞬きして此方を見つめているだとか。


「……マスター。秋巳様はどうして部屋の隅で頭を抱え始めたのでしょうか」

「昔からの癖でな。自分の常識から外れたことが起こると、ああして適当な理由を付けて擦り合わせをしようとするんだ」


 えー……、うん。姉さんの常識外れも今に始まったことではないし、普段通りの対応でやり過ごすことにしよう。

 素直におめでとうを言って帰らせてもらえばいい。そうして家に帰れば、優しい常識の世界に戻っていける。


「……。おめでとう、姉さん。目標にまた一歩近付いたんですね」

「おぉ、もっと祝福してくれて構わないぞ。いやむしろ私がお前を祝福してやらないといけないんだが」

「は? いえ別に僕が祝福してもらうようなことは何もありませんけど」

「何を言う。お前の夢が叶うんだぞ?」


 ……夢? 僕にそんな心当たりはない。

 いや何も全くないと寂しいことを言うつもりもないけれど、それは自分でもよく分からないぐらい漠然としたものだ。叶うほど明確にはなっていない。


「いや……話が見えてこないんですけど、つまり?」

「おめでとう。これからはお前がこの娘のマスターだ」


「……。ます、たー?」

「何だ、日本語じゃないと分からないか? なら言い換えよう。これからはお前がこの娘の“ご主人様”だ」


 いやいや、マスターの意味ぐらい分かるけれども。


「って、何を馬鹿なこと言ってるんですか……そんなものなれるわけないでしょう? 第一、必要なら今のまま姉さんがマスターでいればいいじゃないですか」


 ひらひら手を振って気のないところをアピールする僕の肩に、手が置かれた。


「いや、お前じゃなければならない理由があるんだ」

 そう言う姉さんの眼は一年に何回かしか見られない、真剣な色が浮いていた。

 思わず息を呑む。


「ぼ、僕じゃなければならない理由って……何ですか」


 姉さんではダメで、僕じゃなければならない理由。それはやはり、僕が男と言うところだろうか。

 一応は異性である僕と暮らさせることで人との触れ合いを学ばせ、引いてはロボットに心を育ませようとかそういう――。


「いや、そんな大層な理由じゃない。単に私が養うとなると食費が嵩むってだけだ」

「……。帰らせていただきます」

 回れ右。

「待てぃ」

 したら襟首を掴まれた。


 仕方なく姉さんへと向き直る。

「何ですか……」

「お前はこの美しい姉が、日々の糧に困って苦しむのを分かっていながら見過ごすと言うのか?」

「美しい云々は置いておいて」


 まあ、姉さんは確かに綺麗なんだけど。

 お洒落も化粧も適当なわりに、それが当然と思わせる雰囲気を持っていると言うのは不思議なことだと思う。

 さておき。


「姉さんが養おうと僕が養おうと、掛かる食費は大して変わりませんよ。食費って電気代でしょう?」

「ふっ……これだから素人は」


 世界広しと言えども、こんな滑らかに動くロボットに関して玄人を名乗れるのは姉さんだけです。


「いいか? こいつは確かに電気でも動く。だがそれだけじゃない。摂取した食料からもエネルギーを吸収できるように作ってある。だから人間と同じようなものを食べても活動できるというわけだ」

「はぁ……要するに、料理の出来ない姉さんより、それなりに自炊の出来る僕の方が、切り詰められるだろうと、そういうわけですか?」

「……まあ、そんなところだ。納得したか?」


 微妙に歯切れが悪かったが、きっと料理が出来ないと言われた辺りに引っ掛かったのだろうと判断する。


「納得は、しましたけど……」

「よし。なら早速認証手続きに入るぞ。リノ!」

「え、いや、ちょっ……」


 納得はしたけど認めてはいない。

 が、そんな言葉は呼ばれたリノの行動で吹き飛んだ。

 何故かおもむろに服をはだけ始めたのだ。

 あれよと言う間に上半身が露わになる。本来包んでいるはずの下着は存在しなかった。


「なっ、何でいきなり脱ぎ始めるのっ!?」


 まさかじっと見ているわけにもいかず、視界に入れないようにぐるぐると視線を泳がせる。


「あん? 本人が気にしてないんだから別に構わないだろ? それに仕方がない。接続端子は背中にあるんだから」


 本人が気にしてなくともこっちが気にする。

 極力リノを見ないように、その後ろにいる姉さんを見る。

 なるほど確かに、姉さんのタイプしているノートから伸びたケーブルが背中へ向かっていた。

 程なく姉さんが一際大きくキーを叩いて、ケーブルを引っこ抜く。


「うむ、これで完了」

「……終わったんですか? それで、僕がマスターに?」


 とにかく、終わったのなら早く服を着させて欲しい。落ち着かないことこの上ない。

 そんな僕の心を知ってか知らずか、姉さんはのんびりとリノの肩を叩く。すると。


「……“マスター認証手続き”及び“私のひ・み・つ(はぁと)”プログラムを開始します」

「……はぁっ!?」


 あまりに意味不明かつセンスのないプログラム名に、思わずリノを振り返った。

 狙ったように目が合う。


「う……っ」


 先ほどまで無表情だったリノが頬を染め、瞳を潤ませ蕩けた瞳で見つめてくる。

 それは今の格好と相まって、物凄い破壊力を秘めていた。

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