三題囃(忍者、ひょうたん、仮面)
今回のお題は「忍者」「ひょうたん」「仮面」でした。
かかった時間は3時間13分。
久しぶりに時間が取れたので長めに(それにしてはかかり過ぎだけど)。
それは月のない夜の事だった。
「大変だ!」
警備の声が屋敷の静寂を引き裂くのを聞きつけ、おれは声の元に急行した。
「どうした」
「な、何者かがこの部屋にいたんだ。こんな夜更け怪しいと思って声をかけたら庭へ逃げてそのまま塀を超えていった」
「落ち着け。そいつは部屋で何をしていたんだ」
「わからない。部屋の隅に屈みこんで何かをしていた」
「どのあたりだ」
「そこだ」
おれは彼の指差したあたりを見て焦りを感じ、その場所へと駆け寄った。
そこの壁には、屋敷の一部の者だけが知っている隠し金庫がある。おれは部屋に入ろうとする屋敷の者達に「部屋に入るな!」と制してから、壁を操作して隠し金庫を開けた。
中は空だった。
「源次」
後ろから声をかけられて、おれは隠し金庫の壁を元に戻してから振り向いた。屋敷の主人、平蔵だった。
「やられたか?」と平蔵は言った。
「はい」
「取り戻せ」
「わかった」
それだけ言っておれは部屋の前に集まった人だかりをすり抜け、庭を駆け抜けると塀に飛び乗り、そのまま町の屋根から屋根へと飛び移っていった。
おれは屋敷に雇われた忍者だった。
屋敷の主人、平蔵は同じ村出身の幼なじみだった。村を出てからは別々の道を歩んでいたがこの町のとある事件の際に再会し、その事件後、前の主人の元で汚れ仕事をしていたおれを雇ってくれたのだった。
平蔵はおれを信用してくれた。おれにとって平蔵は日の当たる場所へ連れ出してくれた恩人だった。
その恩に報いるためにも、犯人を必ず捕まえなければならない。
夜の町を屋根から屋根へと飛び移っているとすぐ同じように移動している者を見つけた。
おれはそいつに向けて全速力で駆け抜けた。
だが、やつも同じ速さで逃げて行く。
身のこなしがまったく同じだ。
やつも忍者か。
追いつくのは苦労するかもしれない。
そう思った時だった。
やつがとある屋根の上で立ち止まった。
なぜだ。
なぜ、逃げない。
おれは疑問だった。
罠かもしれない。
おれは注意を払いながらやつと同じ屋根の上へと降り立った。
しかし、罠はないようだった。
「そこのお前!」おれはやつの背中に向けて叫んだ。「屋敷から盗んだそれを返せ!」
「こいつの事か」
そいつは振り向きながらいった。
その手には屋敷から盗み出した、ひょうたんがあった。
もちろんただのひょうたんではない。かの大陸の仙人が作った、ふたを開ければ周囲のものすべてを飲み込むと言われている伝説のひょうたんだ。
おれはそいつの姿を凝視した。そいつ顔には笑った表情の不気味な仮面が付けられていた。
「そうだ。それを返せ」おれは再び仮面の男に言った。
「いやだと言ったら?」
「決まっている。力づくで奪い返す」
おれは武器を構えた。臨戦態勢だ。
「ふーん。お前にできるかな?」
そう言ってそいつは仮面を顔から剥がした。
おれはその顔を見て愕然とした。
「なんだ、お前……」
仮面の下にあったそいつの顔は、おれと瓜二つ。まったく同じ顔だった。
「お前はオレで、オレはお前だ。なんて古くさいかな? まあ、そういう事だ。わかるだろう? なぜひょうたんの存在どころか、隠し金庫の場所、その開け方がオレにわかったのか。簡単さ。オレはお前だからだ。お前がひょうたんを盗んだんだ」
「何を、言っている」おれは混乱した。
「わかっているくせに」オレはにやりと笑った。「そうやって自分の影を抑えつけて、見ないようにして、なかった事にして、それで済むと思っているのかい?」
わかっているくせに。
本当はわかっているくせに。
オレはそう言った。
おれは知っていた。
何を知っているんだ?
「本当は平蔵が、憎いって事をさ!」
「やめろ!」
おれはオレを斬りつけた。オレの首はあっさりと裂けた。血は噴き出なかった。オレは裂けたのどを振るわせて笑いながら屋根から転げ落ち、地面に落ちる前に跡形もなく消えた。
「ハハハ! ハハハ! ハハハハハハハ!」
姿が消えた後も、声だけがこだましていた。
おれはひょうたんを取り戻し、屋敷へと戻った。
「おお、源次。帰ったか」
平蔵がおれの帰りを待っていた。
「盗人はどうした?」
「逃げられた。だが、ひょうたんは取り戻した」
「さすがだな。どれ、今日はゆっくり休んでくれ。明日は何かうまいものでも食いに行こう」
「なあ、平蔵」とおれは言った。
「ん、どうした?」
「おれたちの育った村、お前が出て行った後に滅んだって知っているか」
「えらく急だな」平蔵は暗い顔になって続けた。「ああ、もちろん知っている。水不足が原因だとか。お前はその時、まだ村にいたのか?」
「そうだ。急に川の水が干上がって、村の水がなくなって作物も全滅した。何人も死人が出て、村の連中はバラバラになった」
そして独りになったおれは忍者に拾われ、弟子になって生き延びた。
おれも平蔵も10代の半ばの頃の話しだ。
「故郷が滅びたなんて話し、お前もしたくないだろうと思っていままで聞かなかったが……。そうか。そうだったのか」
平蔵は目を閉じて言った。懐かしむように、悲しむように。
悲しむふりをするように。
「うそをつくな」
おれは言った。ひょうたんを持つ手に力がこもった。
「うそ?」
「平蔵。お前がどうやってこの町で成功したのか、おれは知っている。水を売ったんだ」
「ああ。そうだけど、それが?」平蔵は答える。
「たった一人で恐ろしい量の水を売り歩いていたそうだな」
「いろいろ工夫したんだ。あの頃は体力もあったしな」
「違う。こいつを使ったんだ」
おれは何もかも飲みこむひょうたんを前に突き出して言った。
「こいつで村の川を飲みこんで、それを町で売ったんだ」
「おいおい」平蔵が驚いた顔で言った。「おれがそんな事するわけないだろう。第一、そのひょうたんにすべてを飲みこむ力があるなんて、本当に思っているのか? ただの伝説。作り話じゃないか。信じる人がいるから価値があるのは確かだがな、そんなおかしな話しあるもんか。どうしたんだ源次。疲れているのか? ほら、今日はもう休め。そいつはおれが金庫に戻しておくから」
平蔵がおれの持つひょうたんに手を伸ばした。と、その時、反対の手に握られた小刀がおれの首もと目がけてするどく光った。
おれは知っていた。
本当は知っていた。
平蔵がこういうヤツだっていう事を。
知っていて、でも信じるしかなくて、目をつむっていた。
おれは、ひょうたんのふたを抜いた。
嵐のような風が吹き荒れた。
「貴様!」
平蔵の声が響いた。
その声も、平蔵も、平蔵の建てた立派な屋敷も、一瞬にしてひょうたんの中へと吸い込まれていった。
おれはひょうたんのふたを閉じた。
その時にはもう、目の前には何もなかった。