三題囃(エネルギー、奴隷、細胞)
今回のお題は「エネルギー」「奴隷」「細胞」でした。
かかった時間は2時間33分。
かかりすぎぃ。でも、短くまとめられないのよ。
油の匂いとジャンクの山に囲まれてわたしは生きていた。
いつからここにいるのかわからない。
気がついたらもうここにいて、大人の命令で屑のような機械を組み立てたり修理したりしていた。
ここがどこかの工場で、わたしが奴隷だということもいつの間にか知っていた。
周りには同じように働いている少年少女が何人もいた。
何も理解できないような歳のうちにこの工場に来る子もいれば、15歳くらいで路頭に迷いここにたどり着いた子もいた。
外の世界を知っている子の話しを聞く限り幼いうちからここにいる子は、親に捨てられたか、亡くなってしまい引き取り手がいなかったか、そのどちらかだという事だった。
わたしもそのどちらかなのだろうと思った。
わたしはいつからここにいるのかわからない。
自分が何歳なのかもわからなかった。
ここでの生活は厳しかった。
最低限の食事と睡眠が与えられる以外は、ずっと働かなければならなかった。
手を休めれば大人に叩かれた。
機械の修理がうまくいかなくても叩かれた。
時にはただでさえ少ない食事を制限された。
特に物覚えの悪い子、手先の不器用な子には厳しかった。
そして、そういう子はいつの間にか消えて行った。
別の場所に売られたのか、それとも飢えて死んでしまったのか、それもわからなかった。
とにかく目の前の鉄くずが売れるように動く機械に仕上げる。
それがわたしにとって生きるという事だった。
あの日が来るまでは。
「F17、こっちに来い!」
大人に呼ばれたわたしは、作業を中断して走り寄った。
「なんでしょうか」
「ついてこい」
そう言って歩き出す大人の後をわたしは追った。
その頃のわたしは大人の歩くスピードについていけるほどには成長していた。
「まったくおかしな事もあるもんだ」と大人は歩きながら言った。「お前を買いたいというヤツが現れた」
わたしは黙って歩いた。下手に口出しして叩かれるのはいやだった。
「しかもお前をご指名だ。F17を買いたいなんて言い出した。機械いじりの腕を見込んで買いにくるやつはたまにいるが、来るや否や腕すら見ずにコード名をピンポイントで指名してくるヤツははじめてだぜ。お前、まさか勝手に外を出歩いていたんじゃないだろうな?」
わたしは首を振った。ほんとうの事だった。わたしはこの工場から出た事がない。
「まあいい」と大人は続けた。「あれだけの金額を積んでもらったんだ。文句はねえや。しかしなあ……」
そこまで言って大人は笑いはじめた。大笑いだった。何がおかしいのかわからなかった。
「いやまったく、おかしな事もあるもんだ」
大人はそう言いながら通路の行き止まりにあるドアを開けた。
ドアの先は外だった。
強烈な光にわたしは目を細めた。
「F17を連れてきましたよ」と外で待っていた人に大人は言った。「彼女で間違いありませんか?」
「ええ。間違いありません」
この声の主がわたしを買いに来た人らしかった。高い声と低い声が同時に出ているような不思議な声だった。いったいどんな人だろうかと眩しくて細めた目をわたしは見開いた。
そこに立っていたのは、直方体を組み合わせて作ったおもちゃのような、人型のロボットだった。身長はわたしよりも20センチばかり低く、ずんぐりとしていて4頭身くらいだった。
「それじゃあ行きましょうか」とロボットがわたしに言った。
わたしは、ロボットに買われたらしかった。
わたしはロボットと一緒に工場の外に出た。
工場の周囲は一面砂と岩だらけで何もなかった。
わたしを買ったロボットは関節の動きが悪いのか、足をほとんど曲げずにちょこちょこと歩いていた。
「ささ、乗ってください」
すぐそこにあったホバービークルの前でロボットは言った。ロボットは曲がらない手足を器用に使って体を持ち上げ、ビークルに乗り込んでいた。わたしも言われた通りにビークルの助手席に乗り込んだ。
「あ、これ付けてね。人間は目に砂が入るととても痛いと聞きました」
わたしはロボットからゴーグルを受け取って装着した。ビークルが発進し、砂の上をすべりはじめた。
「さっきから一言もしゃべりませんね」運転をしながらロボットが言った。「ぼくの言っている事、わかりますか?」
わたしは頷いた。
「運転中は前を見るものです。ジェスチャーじゃわかりませんよ。ほら、しゃべってしゃべって」
見えてるじゃん、とわたしは思ったが「はい」と答えておいた。
「それで、何か聞きたい事とかありませんか? これからの事とか」
「……どうしてわたしを買ったの?」
余計な事を言えば叩かれる。だから黙っている。それがこれまで生きてきた中で身につけた事なのに、自然と口からこぼれ出ていた。
「それはですね」ロボットは声を低くして言った。「あなたをエネルギー源にするためですよ」
「エネルギー源?」
「そうです。ぼく、実……は。あ? ああ……、まず……い……」
「え?」
わたしは驚いた。ロボットがとつぜんうなだれて、ハンドルから手を離していた。
「うん……て……ん……かわ……って……」
「え!?」
ロボットはまるで電池が切れたかのようだった。ちょうどその時、行く先に大きな岩が現れた。わたしはとっさに運転席側に足を潜り込ませブレーキを踏み、ハンドルを左に切った。修理をした事があったおかげで仕組みは理解していた。ビークルは横すべりながら急停車し、岩の前で止まった。
ビークルは岩にぶつからなかった。それにも関わらず大きな音が響いた。
運転席に座っていたロボットが急停車によって外へと飛び出し、ひとり岩へと激突していた。
それが音の正体だった。
わたしは慌ててビークルを降り、砂の上に倒れているロボットの元に駆け寄った。ロボットの四角い頭がへこんでいた。
「だ、大丈夫?」
「の、脳細胞が……死ん……だ」
「脳細胞?」
「こ……ういう時……人は……そう……言うもの……だと……」
「冗談言っている場合じゃないでしょ!」
「そう……でし……た。お願い……しま……します。背中のハ……ンドル……を……回し……ててててて」
「背中のハンドル?」
わたしはロボットをうつぶせにした。ロボットは重くてひっくり返すのにずいぶんと苦労した。背中を見ると確かにハンドルが収納されていた。
「これを回せってこと?」
ロボットは返事をしなかったが、わたしはハンドルを立ててゆっくりと回しはじめた。この頃にはだいたい察していた。なぜロボットが急に動きを止めたのか。ほんとうに電池切れだったのだ。
「おお。エネルギーが、回復していきます!」復活しはじめたロボットが声を上げた。
「なんでこんな時代に手回し充電なのよ」とわたしはハンドルを回しながら呆れていた。
この頃にはロボットは体勢を立て直し、砂の上に座っていた。
「そういう部品が付けられたのだから仕方がないでしょう」とロボットが言った。
「部品を変えてもらいなさいよ」
奴隷を買うお金があるのなら。そう言おうとしてわたしは口をつぐんだ。
わたしはしゃべり過ぎている。
「でも、ぼくはぼくを形作っている部品をけっこう気に入っているのですよ」ロボットが話しはじめた。「実は、ぼくは一度ジャンクになった事がありましてね。全身バラバラ。ぼくの頭はゴミ捨て場に捨てられて、スクラップになるところでした。しかしその寸前である工場に運ばれたのです。そこでぼくはこの体を授けられました。とある少女の手によってね」
ロボットは立ち上がって、わたしと向き合った。
そして言った。
「その少女は、F17と呼ばれていたのですよ」
もう何年も前の話しです。
そう言ってロボットは右手を差し出した。
「ぼくの名前はボークス。これからよろしくお願いします、フィーナ」
「フィーナ?」
「あなたの名前です。勝手に付けては、ダメでしたでしょうか」
「よく……わかりません」
わたしは素直に答えた。
名前の意味も必要性も、わたしにはわからなかった。
「では、あなたはフィーナです。そう呼ばせてください」
そう言ってボークスと名乗るロボットは、わたしの右手へと手を伸ばし握手をした。
四角くて固くて、降り注ぐ日差しに熱せられた熱い手だった。