退路
大きく空けられた穴から、次々と捕食者の群れが呑み込まれていく。駐車場に巣食っていた彼らの列を、その穴は受け入れている。
「いつ空いたんだ。あれは地下一階に通じるシャッターなんだぞ」
「多分、この前墜落したヘリの残骸か車の破片でもぶち当たったんだろう。爆発で聞こえなかったんだな」
アルフレッドの問いに、タップは扉を溶接しながら答えた。火花が溶け合い、扉を接合していく。
「千……いや、もっといるぞ。ますます増えていたんだ」
「銃声で呼び寄せられたんだな」
「溶接しても扉がもつかどうか」
「またラジコンヘリで誘導できないか?」
「あれはチェスターの私物だ。車に積んでいたそうだから」
「チェスターの車は?」
「立体駐車場だ」
それを聞いたザックは苛立ちの言葉を吐いた。
「代わろう」
ふらつくタップに代わり、ウィルソンがバーナーを受け取る。
「悪いね。どうも調子が悪くてさ」
タップは頭を振り、座り込んだ。
「タップを医者に診せなきゃ」
「チェスターがいればよかったんだが」
「いない者の事は言うな」
ジェイムズとレイの会話をアルフレッドがたしなめる。
「そうだ、別館になら薬局がある。気休めかも知れんが、薬が手に入る」
「アルフレッド、別館に行こう。ここはもうダメだ。いずれ連中も扉を突破するだろう」
レイの言葉に、アルフレッドは頷いた。
「リコ達に知らせなきゃ」
「よし、すぐに行こう。別館は四階の渡り廊下から行ける」
その頃、溶接も何とか終わり、一同はリコ達の待つリビングに走った。すぐさまアンバーが出迎える。
「大変、タップがいな……タップ!」
「いなくなってないさ」
タップはレイとジェイムズに肩を借り、おどけて言った。
「アンバー、皆を集めてすぐに荷物をまとめろ。食料も持てるだけ持つんだ」
ザックはアンバーと共に走る。
「私は渡り廊下への扉を見てこよう。ウィルソン、一緒にきてくれ」
ウィルソンは頷くと、アルフレッドと扉を調べに行く。
「僕はカートを持ってきます。荷物を載せなきゃならないし、タップも乗せないと」
「おいおい、俺は荷物かよ」
ジェイムズは笑うとカート置場に走っていった。
「弾がねえぞ。別館は大丈夫なのか?」
ディジーが聞く。しかし、レイには答えられない。代わりにタップが口を開いた。
「大丈夫な場所なんか、この世界にあるのかい」
ジェイムズが持ってきたカートに荷物を載せると、すぐに一杯になった。カートを三台に分け、一つは食料、一つは僅かな弾薬と武器に工具、一つはラジオや着替えなどの細かなものを載せた。
更に台車を用意し、タップはジェイムズに無理矢理乗せられた。タップは少し不機嫌そうに、手に持つリボルバーをもてあましていた。
「扉の前は大丈夫だ。向こうには連絡通路が伸びているが、その先は分からん」
アルフレッドは手のワインボトルをカートに載せた。
「行くぞ。ここは溶接しよう」
皆が扉に入った後、ザック達は扉を溶接し、持ち出した家具でバリケードを張った。
「別館には私とは別に、警備員がいるんだ。まず彼を探さないと」
アルフレッドの話では、別館と本館のマスターキーは異なり、別館のあらゆる扉は別館のマスターキーではないと無理だという事だった。
「だから再三再四マスターキーを一緒にしろと言ったんだ。それを社長のヤツ、聞く耳も持たん」
「さすがにこんな事態とか予測できないだろ」
「それはそうだが」
ウィルソンが会話をするザックとアルフレッドに手をかざす。
「……何かいる」
瞬時に緊張が走り、渡り廊下の先に銃を向ける。女性はタップの台車を受け取り、彼らの後ろに構えた。
「人間か?」
「分からない」
安全装置を解除したマシンガンを構え、ウィルソンとザックが前に出る。
小さな足音が近づいてくる。二足歩行である事は分かるが、人間かどうかの区別はつかない。
ウィルソンは素早く角を曲がり、銃をかざす。そして小さく息を吐いた。
「子供がいる」
ザックとアルフレッド、レイが走る。角にはウィルソンが幼い男の子を抱き上げようと手を伸ばしていた。
その瞬間、子供の口から吐瀉物が撒き散らされた。ウィルソンは驚き、尻餅をつく。
「ウィルソン離れろ。それはもう化け物だ」
ザックがマシンガンを子供に合わせる。男の子は手を前にかざし、ウィルソンに歩き出した。マシンガンを落としてしまったウィルソンは、腰から拳銃を引き出す。その腕に子供はしがみついた。
「ウィルソン!」
前に出した拳銃に子供が噛みつく。歯が銃身に当たり、白い欠片が落ちた。
ザックが子供の髪を掴み引き剥がす。通路に投げられた男の子は、灰色の目を二人に向けた。
「こんな子供まで」
ウィルソンは苦渋の表情で引き金を絞る。男の子の頭部に大きな穴が空いた。
「大丈夫か」
ザックがウィルソンを立たせると、ウィルソンは悪夢を払うように頭を振った。
「気をしっかり持つんだ。仕方ない事だ」
「ああ、分かってる。分かってるんだ」
警官であるウィルソンにとって、大人はおろか子供にまで手をかけてしまうのは、いくら化け物とはいえ辛い決断のようだった。
「怪我はないか」
二人の傍に一同が集まる。仰向けに動かなくなった子供に視線が注がれる。
「ウィルソン、お前さんは気が優しいから辛いだろうが、これでいい。これでいいんだよ」
アルフレッドがウィルソンの背中を叩き、先に促す。
子供が倒れている先には、薄明かりの隔たりが待ち構えている。人の気配はないが、その暗さに呑み込まれそうな感覚が頭を過る。
「別館の四階は映画館なんだ。確か当日は『リンバー・パミットと空飛ぶミートローフ』が上映されていたはずだ。3Dアニメだよ」
薄明かりを潜る。正面にカウンターが長く並び、その横に映画館に入る扉、反対側にはエレベーターと下に向かう階段が位置していた。
「こんな事になってなけりゃ、ゆっくり映画でも見たかったんだがなぁ」
ディジーがカウンターのポップコーンをカップに移し、食べ始めた。手を伸ばすタップに新しいカップを渡す。
「ちょっと、コーラ飲んでいいかしら」
アンバーがセルフのドリンクスタンドからコーラを注いでいる時、館内から雄叫びが聞こえた。防音設備を突破するその大きさに、数がかなりのものだと推測された。アンバーは思わずドリンクを取りこぼす。
「気づかれないように下に行こう。面倒な事は避けなければ」
「待て。荷物があるんだ。エレベーターを使わざるを得ないが、とりあえず階段で先に行って様子を見てくる。『荷物』が多いからな」
ザックはちらりとタップを見、ウィルソンと共に階段を降りていった。
「『荷物』だってさ」
ポップコーンの油がついた指を舐めながら、タップはおどけてみせた。ジェイムズがジンジャーエールを渡す。
「そんな事ないですよ。気にしないで」
「……悪いな」
タップはジンジャーエールを一口含んだ。
唸り声がまた館内から聞こえた。
下から銃声が連発された。一同の体が強張る。
エレベーターが上がってくる。レイとアルフレッドが銃を構える。
「ザック達か」
「分からん。恐らくそうだろうが」
エレベーターが止まる。扉が開く。
ウィルソンが転がるように出てきた。全身に血を浴びている。
「ウィルソン! どうしたんだ! 怪我をしたのか!? ザックは? ザックはどうした!」
ウィルソンは肩で息をし、マシンガンのマガジンを変える。
「怪我はしていない、大丈夫だ。これは返り血だ。ザックとははぐれた。死に物狂いでエレベーターに乗ったんだ。すごい数だった……男も、女も、子供も……」
唸り声が館内よりも大きく、多くのし上がってきた。それと共に乱発する銃声を聞いた。
「ザックは生きている。助けなければ」
階段を目指すウィルソンをレイが止める。
「無茶だ。ここにも上がってくるぞ」
「ザックを見捨てておけない」
「僕も行こう。アルフレッド、皆を頼む」
カートからマシンガンを掴んで肩にかけると、レイはショットガンに弾を装填し、ウィルソンと共に階段を降りる。
「ま、待てレイ! ウィルソン!」
叫ぶアルフレッドの横を、ディジーが走る。
「エレベーターで安全な階へ行け。あいつらのおもりはしてやる」
ディジーは滑るように階段を降りていった。
階段から降り立ったレイとウィルソンを一斉に振り返る集団がいる。それは全て化け物に他ならなかった。
レイが雄叫びを上げマシンガンを乱射する。次々と倒れていく中、頭部以外に弾が当たった者が起き上がり、二人を追い詰める。
迫り来る捕食者の頭を撃ち、ウィルソンがレイを引く。
「ザックとはぐれたのはあっちだ。走るぞ」
スポーツ用品の棚を抜け、追う捕食者の足を撃ち将棋倒しにさせる。しかし後方からきた追跡者はそれを踏みつけて襲い来る。
やがて囲まれながら行き着いた場所から、大量の屍体が転がり出てきた。
「伏せろ―――っ!」
後ろで声がする。振り向くとマシンガンを構えるザックがいた。体中傷だらけになり、頭に巻いたTシャツには血が染み出し真っ赤に染まっていた。
レイとウィルソンが床に伏せる。その上をマシンガンの弾が飛来していく。捕食者はおろか、棚や商品もなぎ倒し蜂の巣にしながら、次々と走り迫る追跡者を床に沈める。
「早くこっちにこい! この中だ!」
ザックが呼び込む。レイとウィルソンが立ち上がり、ザックに走り寄ろうとした。しかしレイの足首が掴まれ、棚に突っ込む。更に捕食者の一人がレイに覆い被さった。
「詰めが甘いんだ。いつもいつも」
素早い蹴りがレイの上の捕食者を弾く。それに伴い、銃声が三発轟いた。
「早く立て。足手まといになりたくなけりゃな」
腰に拳銃をしまうディジーに手を借り、レイは立ち上がる。
「後ろだ! 早くこい!」
数を増やした追跡者が棚を返し波を作る。レイ達はザックの呼び込む場所に入り、内側から閂代わりにショットガンを扉にかませた。
「無事だったかザック」
「……何とかな」
ザックの腕や肩には噛み痕が滲み、出血が至る所に見られた。
「まさか」
「奴ら、噛みやがった」
「噛まれたヤツを批難してたヤツが、世話ねえな」
ディジーは拳銃に弾を込めながら鼻で笑った。
「やめろディジー」
「構わない。その通りだな」
ザックは近くにあった象撃ち銃を手に取り、弾を込め始めた。
「ここは」
「ガンショップだ。この階は、銃とスポーツ用品が売ってる階のようだ。ツイてたな、どれも取り放題だなんて」
レイ達はショップにある大型の軍用バッグに、銃や弾を詰め込めるだけ詰めた。そしてショットガンやライフルなどを肩に担ぎ、スタンバイをする。
「アルフレッド達を探さなければ。向こうの武器も、もうないだろう」
アルフレッド・トーマス・レイクランドは考えていた。今がどういう状態なのだろうと。
クレイブセットモールの警備員として勤め二十年。無遅刻無欠勤無早退の勤続を表彰された。
妻は高校時代に知り合った。隣町にある女子高の生徒で、学校の合同パーティーで互いに一目惚れした。その頃アルフレッドの肉体はフットボールで鍛え上げられていたし、妻は今より三十キロも痩せていた。
やがて結婚し、地元のフットボールチームのコーチを続け、子供にも三人恵まれた。知り合いからモールの警備員の仕事を頼まれ、アルバイトがてらに始めたものが本業になった。
順風満帆だった。確かにやりたい事は他にたくさんあったが、愛する妻と立派に成長してくれた息子達と、仕事や近所の仲間に囲まれ、自分の人生はなかなか捨てたものじゃないなと、満足に浸っていた。
それは全て消し飛んだ。たった一夜にして。
恐らく妻はこの世にいないだろう。いや、この世に存在しても、街の中を徘徊する者になってしまっているだろう。例え息子達がついていたとしても、望みは薄い。
妻の笑顔が好きだった。あのおおらかで屈託のない笑顔を、今一度抱きしめたかった。最近口にしていない『愛してる』という言葉を、言ってやりたかった。今も変わらず、お前を愛していると。
だが、それらは全部絵空事に変わってしまった。
今、自分の右腕についた抉れた傷痕を見ると、後悔と怒りと、そして安堵が心に浮かぶ。妻の元に行ける、この奇怪な柵から解放される、と。
自分を呼ぶ声がする。若者が自分を引き、助け起こそうとする。
やめてくれ、もう休ませてくれと、若者の手を払い、若者達を先に行かせる。
若い男女が自分の手を引っ張る。その目に涙が浮かんでいる。
アルフレッドは考える。
「私は……噛まれたのか……」
「アルフレッド! 立って! 立つんだ! 諦めちゃダメだ!」
ジェイムズが泣きながらアルフレッドの手を引く。隣ではリコが、もう片方の手を引いていた。
「行け。私はもう助からない。ジェイムズ、リコを連れて逃げろ」
「そんな事言っちゃダメだ! さあ立って! アルフレッド!」
アルフレッドの傍らに、自分を噛んだ警備員が横たわる。頭を銃で撃ち抜かれているが、それが別館勤務の同僚だと分かる。
「そうか、映画館の扉が開いて……」
それは一瞬の出来事だった。
エレベーターのボタンを押し、タップの治療の為に三階を目指す事にした一同の目の前で、映画館の扉が開け放たれた。
中から現れたのは、老若男女の人間が化け物に変わった姿だった。それらはアルフレッド達を見つけると、よだれを撒き散らして疾走した。
到着したエレベーターに乗りかけていたタップと、その台車とカートを押していたアンバーとエミリーを中に押し込み、扉を閉めた。咄嗟の事に、自分だけエレベーターに乗らなかったと思っていたアルフレッドは、ジェイムズとリコが乗りはぐった事に驚愕した。
その瞬間、右腕に激痛が走った。
リコの叫び声が響いた。
アルフレッドは震える手で、死した警備員の腰からマスターキーを取ると、リコに渡した。
「さぁ、行きなさい。君達は生き残るんだ、いいね」
「アルフレッド」
リコが大粒の涙を流す。捕食者を寄せつけないように銃を放っていたジェイムズが叫んだ。
「もうもたない! 弾も、もう―――」
「『いきなさい』!」
アルフレッドが立ち上がり、怒鳴る。
「君達は行きなさい。きっと皆は生きてる。探して合流するんだ。さぁ早く!」
アルフレッドはカウンター裏にあるスタッフルームに二人を押し込んだ。
扉が閉められる。銃でカギを壊すと、ジェイムズとリコがいる内側からは開かなくなった。
「アルフレッド! アルフレッド!」
二人が扉を叩く。それを背中で聞く。
カウンターの下にポップコーン用のガスレンジのボンベを見つけた。マグナムにはまだ弾はある。
捕食者がアルフレッドを囲み、その体に次々と歯を突き立てた。
それらを無理矢理振り払い、ガスボンベを掴んだまま捕食者の群れに突進した。
「若い頃は州代表にも選ばれたんだ!」
数人の捕食者を肩に、アルフレッドは渾身の力を込めて突き進んだ。雄叫びが頭の中で鳴る。
妻の顔が過る。
息子達の笑顔が自分に向けられる。
今、帰るぞ
廊下の突き当たりまで群れを押し進んだアルフレッドの首に、捕食者が食らいついた。鮮血が花火のように弾ける。
震える足に最後の力を込め、更に群れを突き押した。群れの最後尾がガラスに当たり、ひびを入れた。
アルフレッドは叫んだ。ゴールが目の前に見える。
ひびが大きくなり、ガラスを突き破って数人の捕食者と共にアルフレッドは外に落下した。
ガスボンベに銃口を当てる。
この『ラグビーボール』は私がゴールまで運んだんだ。
地面に近づいた時、アルフレッドは残った力で引き金を引いた。
窓ガラスが震動する。通路を行くレイ達の視界に、駐車場で衝撃に弾き倒される徘徊者の姿が入る。明らかに何らかの爆発が起きたようだ。
「車でも吹っ飛んだのか」
「分からない。駐車場付近に間違いないようだが」
四階に戻ろうとしたレイ達だったが、階段やエレベーター前まで辿り着く事は不可能だった。映画館から流れ出したのか、数を増やした追跡者達は、新たに手に入れた武器を使用しても、怒涛の追跡を崩してはくれなかった。
レイ達は仕方なく、降りてきた階段とは反対側にある非常階段を目指し、フロア内を走っていた。
通路の先に片腕のない捕食者がたむろする。レイ達を見つけ、数人で彼らに走り来る。
ウィルソンとレイはマシンガンを撃ち放つ。狭い通路の為に、狙いを定めなくても捕食者の体を吹き飛ばした。
銃声に寄せられた追跡者が迫る。
「来たぞ、行こう」
防火扉を閉め、内側のカギをかける。程なく扉を叩く音が駆け抜ける。
「何処に行ったらいい。それにアルフレッド達を見つけないと」
「見ろ。フロア地図がある」
階段の入口には、フロアの場所を示す地図が掲示されていた。
「これは何だ」
店舗の外周を取り囲むように、狭い通路が記されている。それの中に、今いる通路も含まれていた。
「上手い具合に映画館につながっている。これを行こう」
「待てよ。映画館の中だぞ、つながっているのは」
「危険だと言いたいのか、ディジー」
「『荷物』が増えちまったからなぁ。巣にぶち当たるのはどうなんだ」
「……俺の事はいい」
ザックが片膝をつく。流血は服を染めつくしていた。
「俺を置いていけ。もう死ぬ身、足手まといになりたくないしな」
「君を助ける為に危険を冒してまできたんだ。必ず連れていく。皆に合流するんだ」
ザックはまじまじとレイの顔を見る。
「あんたは本当に甘いな」
「ほら、言っただろ。てめえは甘いって。何もかもだ」
ザックが力なく笑い、ディジーは鼻を鳴らした。
「甘くて結構だ。甘かろうが何だろうが、人の命に代えられない。人の死に、簡単にYESと言えるか」
レイの手がザックの腕を引く。
「引きずってでも連れていくぞ。それでも嫌なら勝手に死ねばいい」
ザックは顔の血を拭い、レイの手を借りず立ち上がった。
「俺を置いていけばよかったと、後悔するなよ」
「連れていかない方が後悔するさ」
ディジーがくわえタバコでショットをリロードした。
「巣でひと暴れでもするか」
リコの手を引き、走る。
走る
走る
走る
リコと自分の息づかいが重なる。追手が通路のものをなぎ倒して迫っているのを、頭の中の警報が知らせる。
手に持つサブマシンガンの弾は、とうに空だった。今はジーンズにさす拳銃と、リコの握る拳銃しか武器はない。武器や弾薬の載るカートは、タップ達と共にエレベーターに乗ってしまった。
弾を温存したくとも、通路に蔓延る捕食者を突破しなければならない為、どうしても数は減っていった。
途中にスタッフルームがいくつかあったが、カギがかかっている為に入れない。マスターキーはリコの手にあるが、開けている暇がない。
「ジェイムズ、私」
「諦めるなリコ。走るんだ」
リコを励まし、走る。ジェイムズの膝も震えがきていた。
走る先、数メートルの扉が突然開いた。その扉に激突し、ジェイムズとリコは床に転がる。
振り返ると十五メートル後ろの、自分達が曲がってきた角から、眼球の飛び出た追跡者が顔を覗かせた。
開いた扉から、足を引きずった捕食者が出てくる。二人に焦点を合わせ、歓喜の咆哮を放った。
足を引きずる男はジェイムズに食らいつこうとする。前に出した空のサブマシンガンが鼻柱を追突した。更に銃で殴りつける。
リコを先に行かせ、ジェイムズは追跡の集団に拳銃を発砲した。清掃カートを巻き込み、先頭が崩れ落ちる。
鼻柱から流血する捕食者を飛び越え、ジェイムズはリコの手を取ろうとした。しかしそれは空を切る。
ジェイムズの足首は掴まれ、床に引き倒された。口を開けて迫る化け物。
その口に蹴りを見舞うと、スニーカーが口に挟まり脱げてしまった。その靴口に銃口を当て、迷わず引き金を引いた。
振り向いた先にリコがいる。不安そうな表情のその肩に、血で汚れた手が乗った。
二階は薬局とペットショップのフロアだった。エレベーターを降りた途端、血の臭気と犬の寂しそうな鳴き声が抜けていった。
アンバーとエミリーの制止も聞かず、台車から降り銃を構える。このカーボンと鉄の塊は、こんなにも重かったのかと認識した。やっとの思いでショットガンを掲げた。
運よく、見える所には捕食者がいない。タップ達は移動性を考え、三つのカートの荷物を無理矢理一つにまとめた。カートは主にアンバーが押す事になった。
「タップ、大丈夫?」
エミリーが気遣う。
「問題ねえさ、ありがとな」
タップはおどけてみせたが、喉の奥に鉄臭い液体が滲み出てきた事を必死に隠していた。目の奥も熱を持ったように疼いた。頭蓋を紐で締めつけられている感覚が強くなっていた。
エレベーターに近いペットショップの先に薬局があるらしい。エレベーターの横にフロアマップが貼り出されている。三人はペットショップを抜けていく。
ショーウィンドウは全て割られていた。中にいたであろう動物達の姿は、無惨な形で原型を留めていなかった。しかし動物は餌と見なさないのか、食い散らかした感じではなかった。むしろ、鳴き声に反応し殺害した風な光景だった。
「動くもんはとりあえず襲うんだろうな」
割られたガラスに毛皮がぶら下がっている。血にまみれ、肉片と化していた。エミリーが思わず口元を手で覆った。
ガラスを踏む音がする。咄嗟に音の方向に銃を向けた。
獣の吐息が聞こえる。アンバーとエミリーも拳銃を構えた。
「頭を狙え。胴体じゃ殺れねえから」
タップの額に脂汗が滲む。気を抜けば意識を失ってしまいそうな最中、この緊張は更に体にダメージを与える。
タップは摺り足で前に進んだ。足元のガラスが音を立てた。
足音が近づいてきた。違和感が三人を包む。アンバーが目を細め、前方の暗がりを眺めた。
「……勘弁してくれよ」
タップがふらつく体をカートで支えた。深いため息が安堵の度合いを示す。
三人が見つめていた奥からは、片方の後ろ足を浮かせて歩く犬が姿を現した。びっこを引く後ろ足は、固まった血が付着している。
「どうしたの。かわいそうに」
エミリーが犬に歩み寄り、頭を撫でる。犬はエミリーに寄り添い、その手を舐めている。
「恐らく奴らに襲われたクチだろう。殺されなかっただけよかったな」
タップは売場にあるドッグフードを開けた。
「薬局はこの先よ。本来ならアマンダが受付をやっているんだけど」
ペットショップを通り、広いロビーを抜けた先に薬局は迎えていた。ロビーも含め、薬局の入口も血が点在していた。受付のレジカウンターには、黒人の太った女性が突っ伏し死んでいた。後頭部に小さな穴が空いている。
「アマンダよ。あいつらにやられたのね」
「違うな。こりゃ弾痕だ。多分、化け物になった後、後ろから撃たれたんだ」
周囲に争った形跡はなく、彼女は捕食者になった瞬間撃たれたのだろう。この場にタップ達以外に生きた人間がいた証拠だった。
「とにかくまず傷の手当てをしましょう」
エミリーが薬棚を物色する。
「俺の傷はもう」
「それでも少しは効果があるかも知れないです」
エミリーは棚から薬瓶を持ってきた。何かの抗生物質のようだ。
「薬品に詳しくないけど、多分これは効くと思うんです」
「これは?」
「肺炎の時の飲み薬」
「風邪じゃないのよエミリー」
アンバーは呆れた顔で足元の犬を見る。犬は尻尾を振り、アンバーを見上げている。
「まぁ、ないよりはいいか。ありがとな」
タップは苦笑いのまま、抗生物質の錠剤をペットボトルの水で飲み下した。
タップの傷の包帯をエミリーが代えている頃、アンバーは銃を片手に犬を伴って、周囲に目を向けていた。
不意に何処かで爆発音がした。咄嗟の事に、アンバーは頭を抱え蹲る。犬は恐怖に騒ぎ、辺りに吠え立てた。
「今のは何だ」
タップとエミリーが慌てた様子でロビーに出てきた。
「駐車場から煙が出てる」
アンバーが窓から駐車場を見ていた時だった。犬が吠えながらロビーを抜け、全力疾走で駆けていってしまった。
「あ、どうしたの」
「様子が変だったぜ。何か見つけたのか」
「じゅ、銃を」
エミリーは慌てて薬局から銃を持ってきた。
犬が走っていった方向から話し声が聞こえた。三人は瞬時に銃を向ける。
「今度は犬じゃないみたい」
「シッ! 静かに」
タップが唇に指を当て、そのまま前に進む。足はふらついているが、神経を集中させているのか、ショットガンを持つ手を緩めない。
ロビーを抜け、薬局も過ぎた先は非常階段の入口になっていた。その先から声がする。会話から二人組らしい。
タップは意を決し、声を張り上げた。
「誰かいるのか! 返事がない場合、攻撃する! 俺達は銃を持っている!」
捕食者なら撃てばいい。レイ達ならようやく合流できる。しかしタップは第三者を想定していた。
暗がりに照準を合わせる。傷口は第二の心臓のように脈打ち疼いたが、構えるショットガンをぶれさせない。
「もう一度言う! 返事がなければ」
「聞こえておるわい」
しゃがれた声が返事をする。先ほどの犬がタップ達に駆けてきた。
「そいつはあんたらの犬かい」
ハンチングを被った初老の男が歩いてくる。手にはライフルを携えていた。タップは男を見たままショットガンを下ろさなかった。
「何だあんた。何者だ」
「それはわしの台詞だ、若いの。あんたらは何者だ」
「俺達はここに逃げてきた。仲間もこの建物にいる」
「何だ、同じか。銃を下ろせ。化け物共にやられるのも嫌だが、銃で死にたくもないわい」
老人はロビーのイスに座ると、暗がりに声をかける。
「トレバー、大丈夫だ。こっちにこい」
トレバーと呼ばれた人物が、杖を前に出しながら歩いてくる。その行動に、その人物が盲目だと分かった。
「イーリアス、何処」
「ここだ」
イーリアスと呼ばれた老人はトレバーの手を引くと、イスに座らせた。
「あんた達、今まで何処に」
タップが疑問をぶつける。その声にトレバーが体を一瞬震わせた。
「すまんな、トレバーは人見知りらしい」
タップはトレバーを見る。小柄な男性だとは分かるが、どうも子供に見える。キャップを深めに被り、顔が見えない。
「わしは猟で使う弾薬を買いにきていた。そこで立て籠っていたんだが、この階で物音がしたんで来てみると、トレバーが襲われる寸ででな。助けたわけだ」
イーリアスはハンチングを取り、禿げた頭を撫でた。
「僕は……動物を見に」
「あんた、目が」
タップが聞くと、トレバーは足元に手をかざし振った。そこに犬が近寄り、手に頭を絡める。
「犬とか、猫とか、手で見るんです」
「一人でか?」
「いえ、お母さんが……一緒に」
「はぐれたらしい。探すのを手伝ってやってるんだが、見つかりゃせん」
トレバーの母親はもうダメだろうとタップは思ったが、口にしなかった。武器も持たない女性が一人、この状況で生きていられるわけはない。
「あんたらの仲間ってのは、他に何人おるんだ」
「七人いる。見なかったか?」
タップ達はレイ達の特徴を細かく伝えた。
「そういやぁ若いのが何人かガンショップにきたなぁ。わしらは遠巻きに見ていただけで、この階に逃げてきてしまったが」
「レイ達かも知れないな。三階に行こう」
「待て待て。人違いかも知れんし、あの化け物共はうじゃうじゃいるぞ」
「人違い? 他に生きている人間がいるのか?」
イーリアスは少し考える風に首を傾げ、口を開いた。
「そうさなぁ、あんたらの仲間以外には、恐らく十人はおるだろう」
「そんなにか。生きている人間がいたのか。本館には見なかったのに」
「隣のパークの無料券配布をするらしくて、別館の一階駐車場に行列ができとった。本館の客はそっちに流れたんだろう」
駐車場の捕食者の数はそれも原因だったのかと、タップは考えた。
「とにかく三階に行ってみる。仲間と合流しなけりゃな。じいさん達も来るか? 二人じゃ危険だろ」
トレバーが手を振る。
「いえ、僕は」
「いいじゃないかトレバー。この人らと一緒なら、お前さんの母親も見つけやすくなるぞ。わしだけではお前さんを守れんかも知れん。世話になろう」
イーリアスは立ち上がり、トレバーも立たせると、ハンチングを被った。
「それにわしもそろそろ持たんかも知れんからなぁ」
そう言うとイーリアスは、右腕の袖を捲り上げた。
そこにはくっきりと歯形がついていた。
「ジェイムズ、伏せろ」
床に伏せたジェイムズの上を弾丸が駆け抜けていく。頭を抱えた状態で見ると、リコの傍らにレイ、ウィルソン、ディジー、ザックが銃を乱射していた。
「アルフレッド達は?」
レイがリコに訪ねる。リコの目には途端に大粒の涙が浮かんだ。
「タップとアンバーとエミリーはエレベーターに……アルフレッドは私達を助けようとして」
リコがそこまで言うと、レイはその震える肩を抱いた。
「よかった、皆無事で」
ジェイムズがやつれた笑顔を向ける。
「タップ達は薬局に向かったと思います」
「分かった。すぐに行こう」
「エレベーターは無理だ。奴らが山ほど待ち構えているだろう。非常階段を行こう」
レイの判断に、非常通路を走る。ジェイムズはザックの荷物を受け持ち、弾が切れたサブマシンガンを捨て、ハンドガンを二丁手にした。
「こんな銃を何処で」
「三階にガンショップがあるんだ。まだ武器が残っていて助かった」
非常階段に差しかかり、一気に三階まで駆け降りる。四階に行く最中にレイ達が仕留めた捕食者達の遺体が、折り重なるように散乱していた。
「映画館にいた連中はまだ残っているだろう。それが降りてくる前にタップ達を見つけて、早く別館を出よう」
「ここから出てどうするんだ。外には化け物がここの何百倍もいやがるぜ」
ディジーがショットガンに弾を詰める。
「アトラクションのパークに行って、車を手に入れられないか」
「バカ言え。車を手に入れても、何処へ行くっつうんだ」
レイの頭に国立図書館が浮かんだ。短波ラジオの情報で、生きている人間がまだいる事が分かっている。
「図書館はどうだ?」
「距離がありすぎる。囲まれたら終わりだ」
ザックが苦し気に口を挟んだ。
遠くから犬の鳴き声が聞こえる。
犬の鳴き声は近づいていた。一同は銃を構え、辺りを見渡す。確かに何かが走る音がする。
「犬……いや、人もいる。タップか?」
薄く塗られた闇から数人の走る音がする。先頭の犬が、後ろ足を不自然に揺らしながら走ってきた。
「何処の犬だ」
「怪我してる。かわいそうに」
リコはしゃがんで犬の頭を撫でる。犬は尻尾を振り、後方から来る何者かに吠えた。
「誰だ。レイか?」
ようやく近づいた集団が、天井の非常灯に顔を晒した。
「タップ」
「生きてたか、レイ」
レイはタップと抱擁を交わした。タップの体から生気が失われているのが感じ取れた。
「アンバー、エミリー」
リコは泣きながらアンバーとエミリーに抱きつく。二人もリコを受け止めたまま泣き出した。
「これがあんたが言ったお仲間かい」
イーリアスがトレバーの手を引きながら言った。
「彼らは別館の生き残りだ。あと十人ぐらいはどっかにいるらしいぜ」
「まぁ、今では分からんが」
イーリアスはライフルの弾を確かめながら、当たり前のように口にした。
「アルフレッドは?」
タップの言葉に、レイ達は首を振った。
「とにかくここはもう出た方がいい。このモールはダメだ」
「それで何処に」
「パークに行こうと思う」
「どうやって」
タップの会話に、レイは言葉を詰まらせた。
「だったらいい道があるわ。秘密の抜け穴」
アンバーが思い出したかのように言葉を吐いた。
「店員専用の道があるの。パークと別館と本館全部がつながってるのよ」
「そこは危険か?」
「いいえ、いえ、多分」
「どっちだ」
「分からないわよ。でも普通に行くより近いし安全だと思う」
「案内してくれ」
「もちろん」
アルフレッドがいない今、このモールの内部を知っているのはアンバーしかいなかった。一同はアンバーを先頭に一階へ行く非常階段の防火扉に急いだ。
「一階と二階の間の踊り場に、避難用の扉があるのよ。普段は従業員が近道に使ってるんだけどね。ただ、狭い所だから注意して」
防火扉の横に、小さな扉がつけられていた。しかしカギがかかっている。
「マスターキーがいるんだったわ。忘れてた。いつもは警備員にこっそり開けてもらってたの」
「マスターキーなら」
リコがポケットからカギの束を出した。
「アルフレッドが最後にくれたんです」
「……アルフレッドに感謝ね。最高の警備員よ、彼は」
アンバーはリコからカギを預かると、扉を開けた。入ってすぐのスイッチを入れると、遥か奥までコンクリート造りの通路に点在する照明がついていった。
「この先はパークの施設管理事務所の一階につながってるの。途中、右手に扉が出てくるけど開けないでね。本館とつながってる扉だから」
ウィルソンとレイを先頭に、アンバー、エミリー、ジェイムズ、リコ、ザック、ディジー、タップ、イーリアス、トレバーと続く。犬はトレバーとイーリアスの間を、尻尾を振りながらついてくる。
通路は人一人通れる幅しかなく、追跡者が来れば逃げ道が断たれてしまう恐れがあった。しかし、扉には内側から施錠した為、少なくとも別館の追跡者からは逃れられるはずだった。
「あとどれくらいだ」
たかだか数百メートルの廊下が何キロにも感じる。焦りがよくない結果を生む事を皆は知っていたが、そう為らざるを得ない空気は、やはり払拭できずにいた。
ザックは走りながら、それをずっと考えていた。
額から血が流れていく。
『人は何故生きる』などという哲学的な事を、ザック・スナイダーは嫌う。
彼は、当たり前の事を何故改めて考えるのだろうという意志を秘めていた。
しかし今となっては、それを深く考えさせられてしまう。現に自分は生きると対称の『死』を間近に感じ取り、その淵に刻一刻と歩みを進めている状態だった。
出血の量は、体に異変を生じさせてはいたが、それとは異なる何らかの感覚が沸き起こる。
走りながら、ザックはそれが何なのかを考えていた。
「この先に扉があるの。カギを確かめてみるから」
ザックにはそのアンバーの声さえ届いていなかった。彼の中に、徐々に答えが漂い始めていた。
深夜に食料の買い出しをする為、ザックは数人の仲間と共にモールにきていた。深夜だった為、客足はあまりなく、ザック達は思い思いのものを買い漁っていた。
酒も入っていたからであろう。気が大きくなっていた。一人の仲間が、食料品売場にいる女性客に声をかけると言い出した。
仲間達は遠目で様子を窺う。仲間の一人がふらふらと売場を歩く女性客の背中に声をかけた。
仲間の男は女性の肩に手をかけ、自分に振り向かせた。
ザックを含む他の仲間達は、にやけた顔でそれを見ていた。仲間の男は女性を振り向かせた後、ゆっくりと後退りし始めた。それを追うように、女性は男に抱きついた。
ザック達は歓喜の声を上げ、大笑いした。ナンパが成功したと、男の元に跳び跳ねていった。
しかしそこで、ザックは一人違和感に気づいた。抱きつかれた男はまんじりとも動かず、呆然と抱かれたままになっていた。
仲間達が男に近づいた瞬間、血柱が吹き上がった。
叫び声の中、男は床に崩れ落ちた。女は更に、近い場所の仲間の首に絡みつき、顔にかじりついた。
床に倒れた男が起き上がり、他の仲間に飛びついた。女は違う仲間を捕まえ、説き伏せた脇腹に食らいついていた。
数秒前の歓喜の声が、まるで何年も前の出来事のように感じた。その殺戮空間に飲み込まれていたザックを我に返したのは、通りかかった女性従業員の金切り声だった。
ザックは酒瓶を掴み、仲間に食らいつく女を殴りつけた。陥没する感触が手に伝わり、同時に瓶は粉々に砕けた。
仲間は皆、灰色に濁った目でザックを見た。口から垂らしたよだれに、仲間達の血液も混じっている。
従業員がまた叫んだ。仲間達はザックに向かってくる。
腕を掴まれたがそれを振り払い、商品棚をなぎ倒し足止めにして、咄嗟に掴んだ従業員の手を引き、ザックは出入口に走った。
出入口の扉の向こうには、駐車場にいる若い夫婦の客に飛びかかる無数の影が映っていた。
ザックと従業員は踵を返し、上に向かう階段を目指した。そこにいた無惨な姿の男性従業員を目撃した女性従業員は、ザックの手を振り払い、一人で駆け出していった。
ザックは起き上がる男の従業員を蹴り倒し、上の階に駆け上がった。そこで腹の出ている警備員に出くわした。彼もまた、異変から逃走していた。
ザックの後ろから、食料品レジ係の女が走ってきた。ザックと警備員を見るなり、一階と二階を隔てる防火扉を閉めるように言ってきた。
警備員は扉をロックし、三人は三階にある警備室に避難する事になった。
生きている事は不思議な事だと、ザックは思う。この地獄の最中なら、尚更感じていた。
そして今、自分は最も死に近い場所にいる。いわば分岐点だった。
死ぬか……
甦るか……