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the Dusk  作者: N・O
5/14

生命力

 白髪混じりの男は、アルフレッドと名乗った。


「ここで二十年も警備員をしてるが、この建物が頑丈なのをこれほど感謝した事はないよ」


 そういうとアルフレッドは、丸い腹を揺らして笑った。疲れた顔を見せたジェイムズとリコの顔にも、笑みが戻った。


「さぁ行こう、歓迎するよ。こっちだ」


 アルフレッドが皆を案内する為に、先頭に立つ。


「ちょっと待て」


 一同が振り返る。


「とりあえずてめえらは銃を置け」


 ディジーがジェイムズの頭に拳銃をかざす。


「お前……」


 レイがディジーを睨む。


「連中にかまけて忘れてたのか? ゲイブ、ランディを降ろせ」


 ディジーはジェイムズの頭に更に銃を押しつける。ジェイムズは手を挙げた。


「そんな事してる状況じゃねえだろ! 何考えてんだあんた!」

「てめえのその腰のもんも置きな。早くしろ」


 タップの荒げる声も無視し、ディジーはアルフレッドに指示する。アルフレッドは腰の警棒を引き抜き、床に置いた。


「君達は仲間じゃないのか?」

「どうやら仲間になる気はないらしい」


 そう言うとタップはショットガンを置く。


「てめえは腹のもんも出せ」


 ディジーの言葉に、タップはジーンズに差していた拳銃も置いた。


「いつまで続ける気だ」


 アルフレッドを先頭に、一同は立体駐車場から本館に続く連絡通路を歩く。未だ人質に取られたジェイムズの頭には、ディジーの拳銃が光っていた。レイとタップに付き添われたリコが啜り泣く。


「黙って歩け。なるべく平静を装ってな。中にいる連中に気づかれたら、奇襲もやり辛え」

「ここには警官もいる。君達が捕まるぞ」

「こんな世の中で警官が役に立つか? くだらねえ事言ってねえで、さっさと案内しろ」


 アルフレッドは顔をしかめると、天井を仰いだ。


「こんな事して、何をやらかすつもりだよ、あんたら」


 先を行くタップが後方のディジー達に聞く。


「こんな場所が手に入るんだ。独り占めしない手はねえ」

「ここは俺達の城になるんだよ!」

「助け合いの精神とかないのかね、あ~やだやだ」

「やめろタップ」


 レイがタップをたしなめる。


「てめえはさっきからお喋りが過ぎるな? あ? そんなに死にてえのか?」


 後方からゲイブがタップの後頭部を狙う。


「気に入らねえのはお互い様だろ」

「何だとクソが!」

「うるせえ、黙って歩け。こんな所でぶっ放せば、中の連中に気づかれる」


 アルフレッドは天井を見上げる。

 鉄の防火扉と合間見える。本来は開いているそれは、この状況により閉められたようだ。アルフレッドが取手に手をかける。


「この先に生き残った連中がいるのか」


 ディジーの言葉に、アルフレッドは頷いた。


 扉を開く。通路からの光が入る。中は闇に満たされていた。


 中へ進む。全員が入った瞬間、フラッシュの瞬きのようにサーチライトが照らされた。咄嗟に目を瞑る一同。


 誰かの叫び声が上がり、銃声が空に鳴く。誰かがもみ合っている音がする。


「照明をつけろ!」


 アルフレッドが叫んだ。

 フロアの照明がつけられた。目をやられたレイが立ち上がる。隣ではタップがしかめ面で辺りを見回していた。


「大丈夫か」


 アルフレッドがレイに手を貸す。


「一体何を」


 アルフレッドが顎で指すと、そこには後ろ手で手錠をかけられ床に説き伏せられたディジーと、近くで立ちすくむゲイブの姿があった。


「銃を渡してもらおうか」


 ディジーの落とした拳銃で迫られたゲイブは、あっさりと得物を床に落とし羽交い締めにされた。


「もう心配ない。改めて歓迎するよ」


 アルフレッドはレイの肩を叩いた。



 連絡通路は五階建ての本館の三階に伸びている。一同はその三階の家具売場に通された。

 そこには売場の家具を移動し、簡単なリビングを拵えてあった。カセットコンロで湯が沸かされている。


「コーヒーでも出そう。座ってくれ」


 テーブルにコーヒーを置き、アルフレッドは中の人間を紹介した。


「彼はウィルソン。警官だ。さっきの奴らも捕まえてくれた」


 警察官の制服を着た体格の良い男が、仏頂面でコーヒーを啜る。


「彼はチェスター。医者の卵だそうだ。ヘリを操作していたのは彼だ」


 赤毛のパーマの男が、はにかみながら手を挙げた。


「それから彼女はアンバー。食料品売場のパートをやっている」

「もう今じゃ過去形よ」


 そう言うブロンドの髪の女が笑って手を振る。


「それと彼女がエミリー。大学院生だそうだ」

「よろしく」


 メガネをかけた若い女が、少し頭を下げた。


「そしてもう一人いるんだが、今は警備室にいる。監視カメラのモニターを見ていてもらったのでね。ザック、戻ってきてくれ」


 アルフレッドがポケットから取り出したトランシーバーに話すと、すぐに返事がきた。


『今、戻っている最中だ』

「ザックにモニターを見てもらっていたから、その指示で動けたんだ」


 アルフレッドが売場の天井を指す。ドーム型の監視カメラが所々に取りつけられている。


「連絡通路にも」

「そう、その通り。一応、来訪者は警戒しないといけないだろうからね。でも正解だった。かわいそうだが、彼らは外に放り出そう」

「いや、それは待ってくれ。殺すのはダメだ」

「我々が直接手を下すわけじゃない。外には山ほど『掃除屋』がいる」

「彼らを放り出すのは、どんな形であれ彼らと同じになってしまう」


 レイの言葉に、アルフレッドは呻いた。


「……そうか、分かった。ならば随時拘束しておこう」

「ありがとう」


 レイはアルフレッドに礼を告げた。


「甘い考えだな」


 声の方を向く。背の高い男が歩いてくる。


「ザック、ご苦労さんだった」

「ああ」


 アルフレッドにザックと呼ばれた男は、彼の隣に身を沈ませた。


「拘束された彼らは、あんた達の仲間じゃないのか」

「彼らは略奪者だ。ここに来る途中で襲われた」

「だったら尚更だ。危険な思想を持っている人間は、集団生活の妨げに必ずなる。生かしておけば、残った者の命が脅かされる時がくる。そうなる前に、始末するべきだ」

「言っている事は分かる。でも命を取るのは賛成できない」

「その考えが自分の寿命を縮める事になってもか?」

「そうならないように、努力する」


 ザックとレイは視線を外さず見つめ合う。不穏な雰囲気にいたたまれず、タップは言葉を発した。


「下に置いてきた車に、荷物がいろいろ残ってるんだ。取りに行ってもいいかい」

「ああ、構わんよ。どれ、私も付き合おう」

「助かるよ。レイ、荷物を取りに行こう」


 タップはレイを促すと、アルフレッドを先頭に売場を出ていく。

 連絡通路に足音が響く。


「すまんねえ。ザックは悪い奴じゃないんだが、目の前で友人を大勢殺されて、ピリピリしているんだ」

「気にしないさ。あんたが謝る事じゃないし。こんな状況じゃ、イライラもするだろ」


 タップはタバコに火をつけながら話した。


「しっかし、どでかいモールだな。こんなのは初めて見たよ」

「この町は初めてかい」

「彼はヒッチハイカーなんだ」

「そう。流れ着いた先がこんな状態さ」

「そいつは気の毒に」


 アルフレッドは苦笑いした。


「セントフォース基地が壊滅したって、本当に?」


 ジェイムズの話に、アンバーが驚きを隠せないでいる。


「はい。僕とリコはそこから逃げてきました。その途中でレイ達に助けられたんです」

「軍の基地でしょ? 軍人は何をしていたのよ」

「全滅でした。最初はただの暴動だと思ったようなので、銃火器を使わなかったんです」


 アンバーは消沈した風に両手を広げた。


「だったらクラスフィート基地はどうですか」


 エミリーがジェイムズ達に聞く。


「クラスフィート?」

「ここから北に行った所です。航空記念タワーができてすぐに、新しく設立されたんです」

「分かりません。セントフォースが全滅してから、情報もなく逃げてきたから」

「そうですか。あそこなら、空軍の駐屯地として使われているので、避難の状況も良いかと思ったので」

「この変わり様では、恐らくどの基地も機能しないだろうな」


 ザックが口を挟む。


「警察もですか?」

「無理だろう。どうだい、ウィルソン」


 ウィルソンは重々しく首を振った。


「ここにはとりあえず不自由しない。いずれ救援が来るのを待つか、もしくは国外に脱出するか。どちらにしろ、長期間を考えた方がいいがな」


 ザックはコーヒーをあおった。


「おい、外せよコラ。てめえら全員ぶっ殺してやるからな!」


 『リビング』近くの柱に、手錠でくくられたゲイブが怒鳴る。ウィルソンはディジーを同じ柱にくくりながら、ゲイブを睨みつける。ゲイブは視線を反らし、小さく悪態をついた。


「何処かに閉じ込めた方がいいんじゃねえか? うるっさいぞアイツ」

「いや、随時誰かが見れるように、あのままにしよう。これなら彼らも下手な事をしないさ」

「本当に甘いなぁ、レイは」

「タップ、君までそんな事言うなよ」


 レイとタップの会話を余所に、アルフレッドはジープから持ち出した武器を皆に披露していた。


「見ろ、ショットガンにマシンガン、マグナムまで揃ってる。弾もまだまだあるぞ。これならまだ入っていないエリアも探索できる」


 鼻息も荒く、アルフレッドはリボルバーのマグナムを気に入った様子で撫でている。


 レイ達はモールに招いてくれた礼にと、ジープに乗っていた軍の武器を提供した。彼らはそれを快く受け取った。例え強固な建物にいるとはいえ、やはり武器は必要だと考えていたようだ。

 皆、思い思いに好きな銃を手に取っていた。使い方が分からないアンバーやエミリーには、警官のウィルソンがレクチャーしていた。


「全フロアには行けないのか?」


 タップが自分のバッグから冷えたハンバーガーを出し、かじっていた。


「ああ、この三階と食料品売場の一階は見て回ったんだが、地下と二階と四階五階、それから別館と、アトラクションパークは全くの手付かずなんだ。何処に奴らがいるとも分からんからなぁ」

「それなら見に行こう。早いうちに確認できれば、必要になるものも手に入る」


 レイの意見に皆が賛同する中、タップは制止する。


「その前に飯を食わないか? それとレンジはないかい? 冷めきってバンズがパサパサだ」


 タップは一口かじったハンバーガーを包みに戻した。


 エレベーターは生きていた。アルフレッドの話では、電気系統や水、ガス等は全て地下二階に設置されたタンクや巨大発電機で賄われ、途切れる心配はないという。

 エレベーターでまずは屋上へと向かい、順番に下階に降りていく事になり、探索部隊にアルフレッド、ザック、ウィルソン、レイ、タップが選ばれた。


 ジェイムズとチェスターは、留守の間に何かあった場合の対処、ディジー達の監視の為に、女性三人と共に残された。特にチェスターは、ランディの怪我の治療も兼ねた。

 エレベーターが屋上に上がる。皆、銃の安全装置を解除した。


「屋上には何があるんだ」


 ザックがアルフレッドに聞く。


「なぁに、大したものはないさ。パークとタワーが拝めるぐらいだ」


 エレベーターの扉が開く。銃を構えたウィルソンとザックが先に出て、その後をアルフレッド、レイ、タップが続く。


「誰もいないみたいだな」

「本来なら夜の十時から朝の七時までは、屋上に上がれん事になってるからな。ここは人がいないだろう」


 アルフレッドの言う通り、屋上に人影は見当たらなかった。


 空調の室外機が音を立てている。陽が昇った空には、雲が存在を消していた。


「あれが航空記念タワーだ。税金の無駄遣いなんて言われてるが、いやはやここから見ればやっぱり見事だよ」


 アルフレッドが指す方向には、円盤状の巨大な展望台を乗せたタワーが、その力を大地に示していた。展望台の屋上ヘリポートには、忘れられたヘリコプターが停まっているのが確認できる。


「あそこまで行って、ヘリに乗れないか?」

「……無理だろうな。見ろ」


 タップの問いに、ザックは下を指差す。屋上から見える街並みには、モールに来るまでに会った追跡者の何十倍に膨れ上がった影が蠢いていた。


「まだまだ増えるぞ。脱出は今のところ考えない方がいいかも知れんなぁ」


 屋上を後にすると、一同は下階への階段の扉を開けた。下に行くついでに、階段も調べながら降りる。


「五階は電化製品と書籍のフロアだ」

「じゃあレンジもあるな。これでハンバーガーが温められる」


 階段の扉をマスターキーで開ける。慎重に扉を開け、ウィルソンとザックが中に入る。


「クリアだ」


 大型テレビの展示コーナーを進む。全てのテレビは電源が入っていたが、映し出すチャンネルは一つしかなかった。

 画面は皆、地獄と化した世界を映していた。カメラの前で襲い来る捕食者に捕らえられた人々が、次々と皮膚を削がれ、手足をもがれ、腹を切り裂かれていく。やがてカメラの視点が変わると、画面いっぱいに捕食者の口が捉えられた。

 画面はスタジオのキャスターに変わった。それはレイが贔屓にしていた女性キャスターだった。特別緊急報道のテロップが上部に流れている。


『これで全ての州に被害が拡大し、大統領命令で各州の軍は鎮圧に全力を持っておこなっているとの事です。しかし暴動者の数は劇的に膨れ上がり……只今入ったニュースによりますと、二十の州は鎮圧を断念した模様で、各軍事施設は放棄を余儀なくされ―――』

「何の冗談だよこりゃあ」


 タップは額に手を当てた。


「何となくは分かっていたが、ここまでくるとなぁ」


 アルフレッドは腰に手を当て、首を振って項垂れた。


「友人が軍で働いている。マリーズ州のロックサム基地だ」


 ウィルソンが独り言のように呟いた。


「お前さんには悪いが、友達はもう……」


 ウィルソンの肩にアルフレッドが手を置いた。その横で口を真一文字に絞め、ザックは画面に見入っていた。


「行こう。後で下にテレビを持っていこう」


 レイは画面から目を伏せ、皆を促した。


 銃を構えたまま、売場の中を進む。アルフレッドの話によれば、朝方の客足は少なかった模様だが、二十四時間営業のこのモールでは、決して客足は途絶えないという。更に店員の数も多い為、捕食者となった者は必ずしも存在するはずだった。


 だが売場を進んでも、人の姿は確認できない。緊張感を持続させなければならない為、売場全体を回ると疲労は思うよりも蓄積された。それでもいつ捕食者に鉢合わせるか予測がつかない中、緊張感を保たなければならない。


 一同は電化製品売場を抜け、書籍売場に足を運んだ。


「このフロアはいないんじゃないのか」


 タップの緊張感は薄れていた。


 タップはタバコを吸おうとポケットに手を伸ばす。その動作に意識が囚われ、本棚の陰から出てきた何者かに気づかなかった。


 肩を掴まれ、そのまま床になぎ倒される。ショットガンが床を滑る。

 咄嗟に相手の顔面を掴み、大きく開けられた口を避けるが、制御の(たが)が外れたその力に、完全に馬乗りにされてしまう。


 物音に気づき、レイはタップに駆け寄った。彼に捕食者が覆い被さっている。タップはもがいて、何とか捕食者の猛攻を避けていた。

 レイはショットガンを構える。


「待て。ヤツに当たるぞ」


 ザックはレイのショットガンを下げ、タップを襲う捕食者の顔を蹴り上げた。捕食者は仰向けに倒れる。

 ザックの横からウィルソンが歩み出て、起き上がろうとするその顔面を撃ち抜いた。


「怪我はないか、タップ」

「ああ、すまん。歯がかすっただけで済んだ」


 タップはレイの手を取り、立ち上がった。その瞬間、アルフレッドとザック、ウィルソンは一斉に銃をタップに向けた。


「何を!」

「かすっただと?」


 三つの銃口がタップの頭を狙う。


「どういうつもりだ」

「いきなり人に銃を向けるたぁ、何考えてんだよ」


 レイとタップの言葉に、アルフレッドは苦しそうに口を開く。


「君はもうすぐ連中と同じようになる」

「それは噛まれた時だけじゃないのか」

「同じようなものだ。君はもう助からない」

「やめろ。タップは噛みつかれたわけじゃない」


 ザックがレイを見据える。


「だからあんたは甘いんだ。俺は連中の仲間になった奴らを見た。そいつらは噛まれてすぐに、人を襲い始めた。かすろうが食いちぎられようが、もうすでに奴らの仲間に成り下がったんだよ」

「さてはあんたら、他所から来た俺達をハナっから歓迎してなかったんだな。気に入らねえなら、そう言えばいいだろ」

「そうじゃない、聞いてくれタップ。噛まれて死んでも、噛まれて生きていても、いずれそうなってしまうんだ。本当だ。連中のように、いつか私達を襲う事になるんだよ」

「だからそうなる前に、俺達が処理する」


 ザックは照準を定める。と、その時、アルフレッドの腰に下げたトランシーバーが鳴った。


『大変です! 早く! 早く戻って下さい! チェスターが襲われて!』


 焦りを隠せないジェイムズの声が、危機を知らせる。


「くそっ」


 ザックはタップを一瞥すると、売場を抜けエレベーターを目指す。


「今は保留だ。戻ろう」


 アルフレッドはそう言うと、ウィルソンを連れ立ってエレベーターに急ぐ。


「タップ、とにかく行こう」


 走り出すレイは振り返り、佇むタップを見る。タップは俯いて、拳に力を込めている。項垂れた肩が震えていた。


「俺は、死ぬのか」

「タップ」

「奴らみたいになるのか」

「タップ、それは」

「ツイてねえなぁ、つくづく」


 タップは胡座をかいて座り、タバコに火をつけた。


「ツイてねえよ……」




 エレベーターの前にはアンバーとエミリーが待っていた。二人共、銃を携帯している。


「チェスターがやられたの! あの足を怪我していたヤツに」

「噛まれてやがったのか」


 エレベーターから降りたザック達は、アンバーとエミリーの誘導で走る。リビングのソファでは、足の怪我を感じさせない動きでジェイムズを襲うランディの姿があった。傍らでは腰を抜かすリコがいる。


 ザックは走る勢いをつけて、ショットガンのストックでランディを殴り払う。フルスイングで顔面を殴られたランディは、ジェイムズから離れ吹き飛ばされた。


「怪我はないか」

「だ、大丈夫です。ありがとう」


 ザックがジェイムズを立たせると同時に、砕けた鼻から粘着質の血を滴らせ、ランディも立ち上がっていた。狙いをザックに定め、雄叫びを上げ突進してくる。

 ザックはタックルを食らい倒されたが、銃を盾にランディの追撃を回避している。鼻血の飛沫がザックの顔を濡らすが、ショットガンでランディを支えている為、身動きが取れない。


「ザック!」


 アルフレッドとウィルソンがランディを羽交い締めにし、ザックから引き剥がす。


 ザックは起き上がり、二人が押さえているランディの顔面を再びストックで殴りつけ、鉛弾をその頭に食らわせた。

 異なる雄叫びが発せられる。治療に使っていた仕切りの向こうのソファから、肩を落としたチェスターがふらつく足取りで現れた。すぐ近くに拘束されたディジーとゲイブに歩み寄る。


「お、おい、てめえ」


 ゲイブの声に顔を上げる。開けた口から、汚れた血液が大量に床に垂れた。


「おい! 助けろ! こいつおかしいぞ!」


 手錠を鳴らすゲイブに向かい、チェスターは血飛沫を散らして声を張り上げた。猛獣のような叫びに、ゲイブとディジーは目を大きく開く。


「ば、化け物だぞこいつ! 早く殺せよ! てめえらの仲間だろうが!」

「手錠を外せ!」


 ザックのショットガンがチェスターを弾く。狙いは外れ、チェスターの肩を吹き飛ばすだけだった。

 チェスターが倒れ込んだ先には、恐怖に暴れるゲイブがいた。チェスターの歯がゲイブの首の動脈を切り裂いた。喉を鳴らし血を噴き出すゲイブ。


「早くしろ! とどめを刺せ!」


 チェスターを蹴り、駆け寄るザック達にディジーが怒鳴った。


 チェスターが起き上がろうとする一瞬、ウィルソンはショットガンで頭に穴を空けた。チェスターの脳髄が壁を汚した。


「こんな事って」


 ジェイムズが力なく項垂れた。リコがそっと寄り添う。ザックが銃を捨て、肩で息をするディジーの胸ぐらを掴んだ。


「何故言わなかった。あいつが噛まれてると、何故言わなかった!」

「知るか。俺達でさえ知らなかった」

「貴様のせいでチェスターは」

「だったら何故、銃もろくに扱えねえガキを見張りにした」

「……殺してやる」


 ディジーに銃を向けるザックを、ウィルソンとアルフレッドが止める。


「彼を殺しても仕方ない。死んだ者は還らない」


 怒りの目でディジーを見つめる。ディジーは後ろ手につながれたまま、ザックを見上げ睨んでいる。


「彼も起き上がるだろう。とどめを刺そう」


 アルフレッドは血液の海に横たわるゲイブを狙う。

 その時、上階からエレベーターが降り、開いた扉からレイとタップが現れた。一同の視線が集まる。


 ザックが怒りを露にし、歩み寄った。


「見ろ。一人でも噛まれた人間がいたら、こういう事態になるんだ。皆を危険に晒す」


 レイはゆっくり歩き、頭を潰されたランディとチェスター、首をかじられ横たわるゲイブを見る。鮮血は辺りを染め、鼻を叩く生臭さを漂わせた。

 目を瞑る。

 死と隣り合わせだという事実が重くのしかかる。


「レイ、そこを退いてくれ。彼が起き上がるだろう」


 アルフレッドが再び構える。皆がそれを黙って注目する。


 三十秒後、頭を上げたゲイブのこめかみを、アルフレッドは鉛弾で破壊した。


「例え連中の仲間になっても……人に銃を向けるのは辛いな」


 アルフレッドはそう言うとソファまで行き、乱暴に腰を沈ませ、ため息と共に頭を抱えた。



 タップは一歩も動けなかった。





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