エピローグ
陽は上がりきっていたが、雲がそれを覆い隠し、冷たい風を大地に送る。見えない大気の圧力が、心にストレスを重ねる。
悪路に変わった荒野は、文明を死人に明け渡した。人類が栄えていた面影は、燃えた車両や無人のビルが建ち並ぶ以外、ない。そこで生きていた命は全てこの世を去った。
今や生存者は皆無であろう。そう感じずにはいられない。
ジープは末端に成り果てた世界を走る。数人の捕食者を発見したが、ジープに追いつけずにやがて後方に消えた。
「痛みますか? 傷……」
「いいえ、大丈夫よ」
トレバーの気遣いも、エミリーにはあまり届かなかった。ついさっきの自分の行動が、本当に正しかったのかをずっと考えていた。
「エミリーさんは……間違ってません。そう思います」
エミリーの心情を察したのか、トレバーは呟くように話した。そのトレバーも震えている。
「もう……この世に正しい事なんて……ないわ」
エミリーは俯き、足元を見つめた。
幾重にも積まれた思いが、真実の善し悪しを理解する心を濁らせるようで、エミリーは抱きしめた自分の肩に爪を食い込ませた。折れた右肩に強烈な痛みが駆けたが、考えるより苦しいものではなかった。
ただ、それに比例せず、涙はとめどなく流れた。
レイが持っていた拳銃を見る。車に乗る前に弾を調べたが、残り二発しかなかった。
エミリーは再びハンドルを握る。
二人が載ってきたヘリコプターが墜ちた森からは、未だ煙が立ち上っていたが、それもルームミラーで僅かに確認できるくらいになっていた。
「レイさんは最後に―――」
「言わないでトレバー」
エミリーは真っ直ぐ前を向いたままハンドルを握る。
トレバーはエミリーの言葉に頷き、シートに身を沈ませた。
流れる景色は田舎町を徐々に映していく。そんな景色になってまでも、蠢く影は確認できた。
雲の途切れた部分から光が差し、二人を載せるトラックを追うように照らしている。視力のないトレバーだったが、光の暖かさが顔に当たり、こんな世界になっても笑顔を溢す事ができた。隣にいるエミリーは、それだけで涙が滲んだ。
「何処へ行くんですか……?」
トレバーの問いに、エミリーは袖を捲って痛々しい噛み傷を見ながら言った。
「何処へでも……気の向くままに……ね」
隣のトレバーに笑いかける。
エミリーの笑顔は朝日の中、静かに輝いていた。
END




