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the Dusk  作者: N・O
13/14

 屋上に着くと、レイはエレベーターのスイッチを銃で破壊し、非常階段の扉にショットガンを閂代わりに噛ませ、ヘリポートに向かう為にトレバーを抱えタップを引きずる。

 タップはまさに虫の息で、意識を保っているのが不思議なくらいだった。タップ本人が言うには、装甲車で走っている時に意識を失ったが、気がつくとハッチを開けエレベーターの近くに佇んでいたらしい。恐らくその時に、化け物になりかけた意識が装甲車の横転のショックで持ち直したのだという。


 ただ、タップは立っているのもやっとの状態で、人間としての意思を保つ事も難しいようだった。


 ヘリポートを含め、フロアに捕食者の姿はない。タップが以前話していた時は、ヘリコプターでここから脱出したタワーの従業員の他に、感染が診られたのは数人だったという。今では何十倍にも広がっていると懸念していたが、捕食者の姿だけでなく生存者の姿さえない。そればかりかあまりにも静か過ぎた。


「おかしい……でもとにかく、動くヘリを探して脱出しよう」


 レイがフロアからヘリポートに出る扉を開けようと手をかけた時だった。エミリーがそれを止める。


「レイさん……あれ……」


 エミリーの声は震えていた。



 数機見えるヘリコプターの陰に何かいる。動くものに焦点を合わせるまでもなかった。


「大丈夫だ。少ししかいな―――」


 レイは言葉を切る。

 円盤型に広がるヘリポートの中央にエレベーターホールがあり、レイ達が上がってから見た風景は、ヘリポートの正面側だけだった。死角になる裏側に何があるかは、普段なら考えなくても分かったはずだ。

 しかし今のレイ達に慎重さという感覚は欠けていた。逃走、戦闘、仲間の死という現実からかけ離れた出来事の連続に、正常な感覚を保つ事の方が難しい。とても無理もない話だった。


 裏側から溢れる数は約千ほど。とても今持ち合わせている武器で太刀打ちできる数ではない。


「走ろう。ヘリに乗り、一時でも早く脱出する方が先だ。あの数を相手にはできない」


 レイはゆっくりと扉を開け、身を屈めてエミリーとタップに合図する。二人はレイのすぐ後ろにつき、一緒に扉を抜けた。


 身を屈めたまま走る。数人の捕食者がレイ達に気づき走ってきたが、まだ距離がある為、先にヘリコプターに着く―――




―――はずだった。それはあくまで逃げる体力があるという仮定での話だ。タップにはすでにそれに見合う体力は残されていなかった。


「レイさん! タップさんが!」


 先にヘリコプターに着いたレイに、エミリーが叫ぶ。エミリーの後方、タップは躓き倒れていた。捕食者は予想以上に早く迫っている。タップは起き上がれない。


「タ―――ップ!」


 レイは拳銃を撃ちながら走る。エミリーは操作法の分からないヘリコプターの操縦席のスイッチを闇雲に押していった。そのうちの一つでエンジンがかかり羽根が回る。


「タップ! 起きろタップ!」


 レイの拳銃が弾を吐き出さなくなる。レイはそれを捨て、タップに走る。しかしタップは顔だけを上げ、手をレイに向けた。




 その手には銃が握られていた。




「来るな……レイ」


 タップは震える足で立つ。手にする拳銃はレイを狙う。


「何してるんだ! 早く来るんだタップ!」

「俺は……行けない……行かない……」

「何言ってんだ! 早くヘリに―――」

「現実から目を背けるなレイ! あんたは分かんねえヤツじゃないだろ!」


 レイの目から涙が溢れる。


「俺はもう……助からない……そんな俺を引きずっていって……一緒に死ぬつもりか……? あんたはバカじゃない……分かるだろ」


 レイは声を上げて泣いた。大人気なく、声を上げて泣いた。


「レイ……ありがとう……あんたはよくやった……あんたはスゴいよ……この状況で皆を守って……ここまでたどり着いた……あんたじゃなかったら、とっくに死んでたかもしれない……」


 レイは涙を拭う。


「だからもう……充分だ……ここまで来れて……俺はもう充分だ……」


 レイはくしゃくしゃになった顔を拭った。


「タップ、そんな事言わないでくれ。君まで……君までいなくなってしまうなんて……こんな世界で、恐くて恐くて不安で堪らなくて……僕達を助けてくれたアルフレッドやザックや、あんなに若いジェイムズやリコ達まで死んで……君までいなくなってしまうのか……あんまりだ、あんまりじゃないかタップ」


レイは流れる涙や鼻水を拭う。


「何なんだこの世界は! 僕らが何をしたっていうんだ! 何故彼らが死ななければならない! 何故君が死ななければならない! こんな世界じゃなければ、ジェイムズもアルフレッドもウィルソンもディジーも、皆何処かで暮らしていたはずなんだ! でも今世界を歩くのは屍体ばっかりだ! あいつら一体何なんだ! 人類は! 何処へ行ってしまったんだ!!」


 レイは泣き崩れ、膝をついた。溜まりに溜まったものが、せきを切ったように溢れ出した。あらゆる事に堪えてきた日々が、頭を駆け巡る。


「もうたくさんだ……タップ、一緒に来ると言ってくれ……僕と一緒に行くと……言ってくれタップ……」


 涙の粒がヘリポートのコンクリートに落ちる。小さな染みはすぐに消えたが、更にそこに粒が落ち、染みを消さないかのように増えていく。


「レイ……誰にも分からないさ……答えが見つからない事だって、この世にはたくさんある……俺はいろんな国を見てきたけど、何処が良くて何処が悪いなんて……未だに見えてこない……レイ、答えが見つからない事をいつまでも構ってるより……分かる事からやればいいんだ」


 タップは喉を鳴らし、大量の血を吐いた。


「ヘリに乗れ、レイ……ここであんたを見送ろう……あんたが無事に、このふざけた世界から飛び立つ所を……見せてくれ」


 レイは頭を上げ、顔を拭う。

 タップの目はすでに灰色がかっていた。視力が今どうなっているのかは分からないが、しかしそれでも真っ直ぐにレイを見つめている。


 捕食者が大量にタップの背後に迫っていた。レイは大きく息を吸い、深く吐き出し、踵を返してヘリコプターに走る。


 ヘリコプターではエミリーと未だ気絶しているトレバーがいる。プロペラは回り、今にも飛び立てる状態だった。


 朝陽の光線が空の果てから昇る。


 レイは操縦席に座り、扉を閉めた。後部席にはトレバーを膝枕したエミリーが、窓の外にうっすらと上がってきた日の出に目を向け、静かに泣いていた。


 ヘリコプターが徐々に上昇する。ヘリコプターを操縦した事はないが、操縦桿を動かすとヘリコプターはぎこちなく浮き上がった。


 眼下のタップを見る。タップは円盤型のヘリポートの端に立ち、ヘリコプターを見上げていた。そして血の筋が垂れる口角を上げた。


 タップの周囲は捕食者の大群が囲んでいた。ヘリコプターに近づけないよう、タップは最後におとりになってくれていた。




『最後まで役に立ちたい』


 タップの言葉が胸に溢れ、レイは嗚咽を漏らした。



 やがて朝陽が頭を出した頃、レイ達を載せたヘリコプターは緩やかにタワーから離れ、その光と闇が重なるコントラストの映る最中―――












―――影が一つ、宙を舞いゆっくりと落下していった。

 その影を追うようにして、ヘリポートに集まった無数の影が落下していく。最後の獲物を手に入れようと、まるでハーメルンの笛吹きの物語のように、彼らは自ら落下していった。






 それは、腐敗したこの世界で唯一の美しい光景に映った。


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