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the Dusk  作者: N・O
12/14

最期の時

 タワーより北に位置する、朽ち果てた基地の名はクラスフィート。

 突如現れた人為らざる者に襲撃され、常駐者に打ち捨てられたこの基地には、闇夜の閑散とした雰囲気しか残っていなかった。車両や航空機はなく、全て脱出に使われた模様であり、ただ時を費やす事に存在しているかの佇まいだった。生物はおろか、捕食者達すらいない。


「武器が余ってるとは思えねえな。逃げる時、持ち出すだろ。普通は」

「あるかどうかは見てみない事には分からない」


 レイ達を載せたトラックは基地の門をくぐる。開け放たれたままの門は、今や訪問者を拒む事はない。


「基地には武器庫があると聞きます」


 トレバーは耳を澄ませながらレイに話しかける。


「軍の施設には大抵あるはずさ。ただ、ここの武器庫が空でなければいいんだが」

「全てを持ち出すとは限らないですよ。主要のライフルとかぐらいで、多分ですけど拳銃クラスだったら残ってるんじゃないかと思うんですよね」


 レイとトレバーの会話を運転席で聞いたディジーは、ため息をつき頭を振った。呆れて言葉が出ないようだ。


「大丈夫ですか」


 タップは荷台の壁に寄りかかり座っていたが、エミリーの問いにも答えられないほど衰弱していた。


「おい、あれがそうか?」


 ハンドルを握るディジーが先を指す。そこには格納庫が口を開いていた。その脇には強固な造りの建物があった。


「とりあえず格納庫に入れるぞ。奴らが来たら厄介だからな」


 ディジーがトラックを格納庫に入れると、レイは入口の巨大な扉の開閉スイッチを押した。分厚い鉄でできた扉は、ゆっくりと閉まっていく。強度には申し分ない扉を見て、最悪はここに籠城するのも選択肢に入れようとレイは考えた。


「早速ツイてるな。トラックを乗り換えるぞ」


 格納庫の奥に、寂れた装甲車が一台残されていた。


「使えそうか?」


 レイとディジーが車を点検する。これが動くなら、大群の襲撃にも耐えられるかも知れない。


「錆びついてやがるが……動きそうだ。燃料もドラム缶がある。こいつなら化け物共が押し寄せてもびくともしねえだろうな」


 ディジーが車の下に潜り込んでいる間に、レイは武器庫を調べる事にした。近くに置いてあった大型のレンチを取り、自分の銃はエミリーに渡す。


「扉は閉めてあるけど、何があるか分からない。トレバーとタップを頼む」


 エミリーは緊張した面持ちでショットガンを受け取り頷いた。



 格納庫に隣接するコンクリート造りの建物には、シャッターの下に更に鋼鉄の扉が待ち構えている。武器庫だけあって、頑丈な造りになっていた。

 シャッターのカギはすぐに壊れ開ける事ができたが、鋼鉄の扉は押しても引いても開けられない。爆薬などを使い吹き飛ばす考えも浮かんだが、中に弾薬がある為、引火の恐れは避けたかった。何より爆薬がない。


 手に持つレンチを打ちつけるが、手の痺れにレンチを落とした。扉には傷と僅かなへこみができただけだ。


「カギはないのか? 開閉スイッチは?」


 スイッチはカードキーで開くシステムになっていた。レイはレンチを振り上げ、カードリーダーを打ちすえる。すると火花を散らし、カードリーダーは大破した。システムがダウンし扉は動いたが、人が通れる隙間は空かなかった。


 僅かな隙間から中が窺える。トレバーの言うように大型の銃器は少なかったが、それでもかなりの数が残されていた。奥にはダイナマイトの文字も見える。


 レイは隙間にレンチを挟み込み、無理矢理抉じ開けようとした。しかしそれも無駄に終わる。肩で息をし、頭を悩ませた。

 いくら捕食者の姿が見えないとはいえ、同じ場所に長時間留まるのは得策ではない。レイの焦りは汗となり流れた。再びレンチに力を込めるが、手の痛みに得物を落とした。


「クソッ! どうしたら……」


 格納庫に戻るレイの足取りは重く、ディジーが作業する音が更に気持ちを重くした。


「レイさん、どうでした?」


 エミリーが笑顔で迎える。


「ダメだ。扉が開かない」

「カギがかかってるんですか?」

「カギは開いたんだが……」


 レイは説明をしながら格納庫の中を見渡す。何か使えそうなものはないか、手に取った。


「武器庫が……開かないのか」


 体のふらつきを堪えながら、タップがトラックから降りてきた。タップの異変は目に見えて分かり、エミリーやトレバーでさえ自然とタップを避けるようになっていた。タップの姿はまだ命がある捕食者といった印象を醸し出していた。


「タップ、動くんじゃない。本当に死ぬぞ」

「レイ、俺はもう、死んだ身だ……悪いな、世話を焼かしちまって」


 タップは力なく笑ったが、垣間見えたその口内は血塗れだった。


「タップ……」

「己の死期は感じてる。最後まで……あんた達の役に……立ちたい」


 タップは格納庫の隅にある資材置き場から鎖を手にした。


「車で……扉を引こう。この太さの鎖なら……きっと」

「やってみよう。トラックを使おう」


 トラックを運び武器庫の前に停め、扉とトラックを鎖でつなぐ。車止めや重機に使う太さの鎖だった為、期待が持てる。扉が開かなくても、ひしゃげて人が通れるだけの隙間が空いてくれればいい。


「よし、タップ離れるんだ」


 レイはトラックを運転し、アクセルを吹かした。鎖が張り、激しく金属音を立てる。レイ達が目論んだ通り、扉は変形を起こしてきた。

 扉は軋んだ音を立て、外側に膨らみ変形していく。引っ張られた扉はトラック側に曲がる。


 レイがアクセルを最大に踏み込んだ瞬間、扉は口を開けたようにくの字に曲がった。タップが口角を上げる。


「成功だ。完全に取れはしなかったが、これなら中に入れる」


 レイはタップを見やる。タップは弱々しく親指を立てた。


「トラックに武器を積み込んで格納庫に戻ろう。装甲車のメンテが終わり次第、すぐに出発だ」


 レイは武器庫に入ると、中の銃や弾薬を洗いざらい積み込み、奥にあるダイナマイトの束も残らず積んだ。




「やっぱり軍の施設にはタバコや酒は置いてねえな」


 車のメンテを済ませたディジーはドラム缶に座ると、手持ちぶさたに腕を組む。

 ディジーがメンテナンスした装甲車はエンジンがかけられ、出発を待ち構えている。彼自身が座るドラム缶から燃料も満タンに入れられた。



 トラックの音が近づく。ディジーは装甲車に乗り込み、ハンドルを握った。

 ふと見ると計器の横に、空けられたタバコの箱を発見した。中身を調べるとまだ何本か残っている。ディジーが普段愛用するものよりも軽めのタバコだったが、それを迷わずくわえ火をつけた。

 久方ぶりの感じにタバコが旨い。存分に肺に煙を入れた。


 トラックが格納庫の前に停められ、シャッターが開けられた。レイがトラックを中に入れ、シャッターを慌てて閉める。


「奴らがきた。凄い数だ」


 レイの慌てぶりに予想はついたが、緊張感がそれを凌駕する。


「だったら出発するぞ。武器は手に入れたんだろうな」

「ああ、拳銃とショットガン、弾薬も結構残っていた。あとはこれだ」


 レイはダイナマイトをディジーに見せる。ディジーは目を細め、ほくそ笑んだ。


「いいもんがあるじゃねえか。派手に吹っ飛ばしてやる」


 ディジーは車を回しシャッターの前につけると、開閉スイッチを押しダイナマイトを片手に躍り出た。


「これはこれは、また山ほど涌いて出てきやがって」


 ディジーはダイナマイトにタバコの火をつけ、走り来る捕食者の群れに投げつけた。直ぐ様車に戻る。

 ディジーが装甲車に入ると同時に、目の前の群れが爆風に蹴散らされた。バラバラになった肉片が車に降り注ぐ。それをワイパーで拭い、ディジーは車を発進させた。


 装甲車は黒い煙を吹いたが、勢いよくスピードを上げ化け物を轢きながら格納庫を出た。後からレイの運転するトラックが追走する。トラックにダイナマイトを半分積み、捕食者の群れに突っ込ませる手筈だった。


「良好だ! 全員轢き殺してやるぜ!」


 ディジーは高笑いし次々と捕食者を轢いていく。装甲車に追突された捕食者は吹き飛ばされバラバラにされ、肉塊となり宙を舞う。後ろを追うトラックにまで、その礫が降りかかった。


「大分増えてきたな。この辺りか」


 トラックのレイがクラクションを鳴らす。すると装甲車はバックし、トラックに横付けした。

 周囲は捕食者が取り囲むが、レイは割れた運転席から装甲車の屋根に登り、ハッチを開ける。ハッチからはエミリーが顔を出し、レイにショットガンを渡した。

 ディジーは車を発進させる。レイは体半分をハッチの中に入れ、遠ざかるトラックの荷台めがけ、ショットガンを乱射した。


 何発目かに燃料に引火したのか、荷台の幌が燃え始めた。レイはそれを見届け、装甲車の中に消える。


「トラックに引火した。すぐに爆発す―――」


 レイが言い終わらないうちに、トラックは大爆発を起こした。爆風の波が捕食者の群れを将棋倒しにして、爆芯に近い位置にいる捕食者の体をバラバラにした。


 静寂の後の焼け野原を目の当たりにし、一同は固まったまま見つめる。


「最高だ。派手に吹き飛びやがった。これはイケるな」


 ディジーは機嫌良くハンドルを握る。大破したトラックが遠ざかるのを見ながら、レイは何とか脱出できた安堵を噛み締めた。


「ダイナマイトがあれば、タワーの中にも入れますか?」


 エミリーが確信したかのようにレイに問う。


「ああ、これならきっと―――」


 その時、装甲車は急ブレーキをかけた。一同は装甲車の中で横倒しになる。


「何が起きたんだ?」


 レイの声にディジーが前方を指す。


「ヤバいぜ。これは想定外だ」


 捕食者の姿しか見えない風景は、見慣れているはずだった。幾度となく見てきた光景が全て覆される。装甲車なら問題は解決されたなどと浮かれていた事が悔やまれる。


「逃げろ……逃げろディジー!」


 堪らずレイは叫んでいた。ディジーは冷や汗を振り、ギアをバックに入れハンドルを回す。


 通りに溢れていた捕食者の数は、その場所が果たして本当に通りに差しかかった場所なのかと思わせるぐらいに埋めつくされていた。この街に棲息する全ての化け物達が集結しているような数だった。

 装甲車はバックをするが、すぐに行く手を遮られる。数が多すぎる為、人の壁となった捕食者の波に押され、装甲車は重い車体を揺らされる。


「この闇の中で囲まれてみろ! 逃げ場さえ失って俺達は終わりだ!」


 闇は月明かりさえ隠し、ますます不利な状況を作る。この事態を死神が見たなら、高笑いしている事だろう。


「ダイナマイトだ!」


 レイはハッチを開け、エミリーの渡したダイナマイトに火をつける。それを行く手の波に投げた。


「奴らが吹っ飛んだら発進するんだ!」


 ハッチを閉めた瞬間、前方の捕食者の壁が炎に包まれた。


「ディジー行け!」

「黙ってろ! 舌噛むぞ!」


 ディジーが車を発進させる。アクセルを目一杯踏み込み、起き上がる捕食者を踏みつけていく。


「しっかり掴まってろ!」


 装甲車はドリフトし、一気にタワーを目指す。走る追跡者はダイナマイトで吹き飛ばした数を優に越える数に膨れ上がる。


 タワーの全貌が見えてきた時、更にレイはハッチからダイナマイトを投げた。爆風の中を走る装甲車の前輪が浮く。

 エミリーが泣きながらトレバーを抱きしめる。


「掴まれ―――っ!」


 ディジーの叫び声の最中、装甲車はタワーの入口に横倒しのまま突っ込んだ。





 計器から火花が飛ぶ。そこには血液が付着している。


 レイは頭を振り、自分にもたれかかったエミリーを起こす。すると、彼女の肩に触れた瞬間、甲高い呻き声を上げた。


「か、肩が」


 エミリーの肩の傷は深く、出血だけではなく骨も折れているようだ。


 タップの姿が見えない。横に見えるハッチが開いている。そこへ血が点々と延びている。


 運転席のディジーが呻く。ディジーの胸に壊れたハンドルが突き刺さっている。


「ディジー……」

「見りゃ分かるだろ……行けよ、早く」


 ディジーが血を吐きながら言った。


「しかし―――」

「早く行け……ここまできた意味がねえだろ……行けよバカ野郎……」


 レイはディジーの手に拳銃を渡し、固く握った。


「助かった。すまないディジー」

「……生きろよ。足掻け、最後まで」


 レイはハッチからエミリーとトレバーを引き出し、気絶するトレバーを担ぐとエミリーの手を引き、正面のエレベーターに走る。


「レイ」


 エレベーターのスイッチを押した瞬間、後ろからタップの声がした。瞬時に拳銃を向ける。


 そこには血塗れのタップがいた。


「まだ……大丈夫だ」


 エレベーターが降りてくる。ドアが開いた瞬間、エミリーとタップを中に滑り込ませ、自分もエレベーターに乗り込んだ。


 扉が閉まる最後に、車が突っ込んだ箇所から捕食者がなだれ込み、装甲車のハッチの中に入り込むのが見えた。


 レイは目を瞑り、口を噛みしめた。












 エレベーターが最上階を目指す為に動き出した時、何発かの銃声が届いた。





 エレベーターが最上階に到着し扉が開くと、地上から大きな地響きが轟く。


 レイにはそれがディジーの断末魔に聞こえた。







 拳銃には弾が七発。最後の弾丸は自分に使うつもりだった為、葬りさる事ができる捕食者の数は六匹。

 それでもディジーは満足だった。たった六匹でも、自分と道連れにできるなら本望だ。


 レイ達が出ていったハッチから捕食者が入り込んだ。身を捩り銃を構えるが、胸に突き刺さったハンドルが、身を引き裂くほどの痛みを与える。思わず上げた叫び声が、捕食者に自分の位置を知らせた。


「野郎……嘗めやがって」


 ディジーは叫び声を上げながらハンドルを胸から引き抜いた。途端、出血が夥しく全身を濡らし、目眩を誘発させた。

 フロントガラスを背に銃を構える。背にしたフロントガラス越しに、多くの捕食者がディジーを睨む。


 襲い来る捕食者の頭を撃ち抜き、ディジーは隅に転がるダイナマイトを拾った。

 ライターを探すが見当たらない。吸殻入れを開けると、燻ったままのタバコがあった。それを拾い、胸ポケットから新しいタバコを取り出して、何とか火をつけ吸い始めた。


「旨いな……いいもんだ、タバコの薫りは……」




 いつかの弟の言葉が甦る。





『―――さん。兄さん、聞いてるかい?』



「何だよ」


 ウッドデッキでタバコを吹かすディジーに、ギブスンがはにかんだ笑顔を見せる。


「なぁディジー、今度の金曜の夜、暇かい?」

「何だよ、改まって」

「兄さんに会ってもらいたい人がいるんだ」


 ディジーは弟の顔を見る。ギブスンは気恥ずかしそうに笑った。


「父さんと母さんには会ってもらったんだけど、兄さんはまだだったろ? だからさ」

「俺はいいさ」

「ダメだよ、家族になるんだ。ディジーにも会ってほしいのさ。ジュリアも兄さんに会いたがってるんだ」


 ギブスンはディジーの肩を揺さぶる。


「分かった分かった! 会えばいいんだろ」


 ディジーの言葉に、弟は小さくガッツポーズをした。


「仕事で遅くなるから、少し遅れるぞ」

「構わないさ。先にジュリアは家に来る事になってる。母さんと料理を作るらしい」


 ギブスンは家の中に入りかけ、後ろを振り返った。


「それから兄さん、タバコを控えてくれ。ジュリアはタバコが嫌いなんだ」

「……チッ、しょうがねえな」


 ディジーはタバコを消しながら、後ろ姿の弟に声をかける。


「ギブスン」


 ギブスンは扉にもたれ振り返る。


「……結婚、おめでとう」


 ギブスンは満面の笑みを見せた。


「ありがとう、兄さん」






 タバコがフィルター近くまで燃えた。煙をゆっくりと吐き出し、タバコの火でダイナマイトの導火線に火をつけた。


 中に入り込んだ捕食者を撃ってはいたが、すぐに弾は切れた。ディジーの周囲には異臭を放つ捕食者で埋まり、すでにディジーの体を食い始めている。


「ギブスン……祝いの続きには、間に合いそうだ……」


 導火線が小さくなり、本体にかかった。ディジーは目を瞑り、優しく笑みを浮かべた。

















 目映い閃光が辺りを包んだ。


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