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the Dusk  作者: N・O
11/14

脱出

「生き残ったのは君達だけか?」


 その言葉にエミリーは頷いた。


「生きていたんですね、レイさん」


 レイは笑みを見せ、エミリーをゴンドラから降ろす。


「ガキと女だけじゃ、足手まといもいいとこだな」

「君は真っ先に周囲の化け物を撃ったじゃないか、ディジー」


 ディジーはゴンドラを止めるスイッチを押し、タバコの煙を吐き出した。


「奴らが気に入らねえだけだ。他に理由はねえ」


 レイはトレバーを抱え、タラップに降ろす。


「そういう事にしておこう」


 レイは口元を緩ませた。


「どうやって助かったんですか? 爆発が起きて別館も本館も被害が……」

「運がよかったんだよ。何とか逃げ場所があってね」

「運がよかったじゃねえだろ。てめえのせいで、こっちは死にかけたんだ」


 レイとエミリーの会話にディジーが割って入る。


「そもそもあそこに冷蔵庫がなかったら、俺は今頃バラバラになってたんだ。運がいいっていやぁ、爆発の寸前にあの冷蔵庫の中に飛び込めた事だ」

「スーパーマーケットとかの業務用大型冷蔵庫だから、中に入れたんだよ」


 レイの説明に、エミリーは納得したようだった。


「すぐにここを抜けよう。何処かで車を手に入れ―――」

「待って下さい。タップさんが今、タワーに向かってるんです」

「タワーに? 一人で行ったのかい?」

「はい。タワーには軍の車両があるから、それを手に入れて皆で脱出する為に」

「一人じゃ危険だ。どっちの方向へ行ったんだ、僕も後を追うよ」

「それが……」


 エミリーは空を指す。


「飛んでいきました」

「ヘリコプターか? だったらそれで脱出を」

「いえ、パラシュートです」

「パラシュート?」


 エミリーは事の経緯を話した。


「死に損ないが一人で空飛んで、車を調達する? それに乗っておさらばする為にここで待つわけか?」

「そういう事みたいだ」


 ディジーは頭を抱えうろうろする。小さく悪態をついた。


「タップを信じよう。信じるしかない」

「何を信じるんだ。化け物になりかけが何をできるってんだ。とっととその辺の車で脱出できるじゃねえか」


 苛々するディジーを余所に、レイはその場に座り、懐からタバコを出して吸い始める。


「ここにある車じゃダメだろう。囲まれたら終わりだ」

「それはウィルソンさんも言ってました」


 エミリーが追言する。


「だから軍の頑丈な車が必要だってのか」

「そうだ。その通り」


 レイは落ち着いた雰囲気で煙を吐く。一層ディジーは苛々した。


「チッ、ふざけやがって」


 ディジーは柵に寄りかかり、新しいタバコに火をつけた。




 トレバーが起き上がる。


「ここは」

「大丈夫? ここはゴンドラの外よ」


 エミリーがトレバーの背を支える。


「あ、サムさんは」


 トレバーに言われ、エミリーはサムがいない事に気づいた。辺りを見渡しゴンドラを見上げるが、サムの姿を確認できない。

 犬が吠える。トレバーが手探りで犬を探す。


「あの子、無事だったのね。よかった」


 エミリーは鳴き声のする方へ走る。しかし足を止め、口を押さえ絶句した。


「どうかしたのか」


 レイはエミリーの肩を叩き、その先を見る。


「彼が……サムか?」


 口を押さえたエミリーが頷いた。


 サムは地面に横たわっていた。そこに大輪の血の花を咲かせていた。割れた頭部から未だ血液が流れ、ピンク色の脳髄が散らばっている。手足がおかしな方向に曲がり、肘の関節が割れ、骨が皮膚を突き破り露出していた。


「奴らにやられたんじゃないな……自ら命を絶ったんだ」

「何で……」


 レイはエミリーを連れ戻し、肩を抱く。


「恐らく、この世界に絶望したんだろう」


 犬が二人の後についてくる。悲し気な鳴き声は、人の死を感じているからなのだろうか。



 トレバーが二人を出迎え、足元にまとわりつく犬を抱きしめた。


「もう何処へも行くなよ?」


 犬は柔らかい鳴き声で答えた。



「このまま待つのか? あいつを」


 ディジーがタラップの階段に座り、ショットガンの弾を込める。


「ああ、待つ」

「見ろ、連中は待ってくれねえぞ」


 ディジーが立ち上がり、タバコを投げ捨てた。


「人の都合なぞお構い無しだ、こいつらには」


 ディジーがタラップを降り、アスファルトに立つ。手にはコンロ用の小型ガスボンベを握っていた。


「試しに倉庫でかっさらってきたこれを使ってみるか」


 ディジーはガスボンベを投げつけた。捕食者の足元に転がる。ディジーはそれに狙いをつけ、引き金を引いた。


 弾丸はボンベに当たり、爆発を巻き起こした。捕食者が数人、爆破に呑まれ飛ばされる。


「上出来だ」


 ディジーは不敵に微笑んだ。

 ディジーの指示により、彼の持っていたバッグからガスボンベを取り出す。バッグの中にはボンベが十本以上入っていた。


「いつのまにこんな」

「注意力が足りねえなぁ。倉庫に在庫が山ほどあったぜ」


 ディジーはボンベを投げ、それを撃ち抜いていく。ディジー達に気づいた捕食者は走り迫るが、ボンベの爆発に吹き飛ばされていく。大きな決定打まではいかないが、数人まとめて始末するには充分な威力だった。


「あの死に損ないが帰ってくるまで持ちこたえればいいんだろ」


 ディジーは皆の方を向く。


「本当に帰ってくるんだろうな?」






 影が捕食者達の注意を引き、空からタップが来るのを待ち構えている。タップの額に冷や汗が流れた。


 タップの空路は無事タワーへと進んでいたが、空を陰るパラシュートのせいで、空から何かが来るのが気づかれてしまっていた。しかし、ひしめき合うほどの数がタワーには集まっていた為に、存在に気づいた捕食者はタップを追う事ができないでいる。


 タップには幸運が二つ舞い降りていた。タップはその時初めて神に感謝した。

 一つは自分が来るのを気づかれても捕食者が追えない事。

 そしてもう一つは、欲していた軍のトラックの上に降り立った事だった。


「ヤバかった、今のは本当にヤバかった」


 タップはトラックの屋根の上でハーネスを脱ぎ捨て、冷や汗を拭いた。周囲の捕食者達はそのほとんどがタップに気づき、手を伸ばし彼を捕獲しようと試みるが、トラックの屋根までは届いていない。


 トラックの中を覗き見る。カギはついていなかったが、配線をいじれば何とかなるだろうか。


 ドアを開くという行為ができないほど、化け物達はトラックの回りになだれ込んでいた。車両が揺すられ、タップは屋根にしがみつく。


「ヤバいな。トラックにたどり着いても、中に入れねえ」


 運転席の窓を叩く。強化ガラスだろうか、叩いたくらいではびくともしない。


「ピンチは続くもんだな、ちきしょう」


 屋根にしがみついたまま辺りを見渡す。他に軍の車両はあるが、そこに行き着く事はすでに不可能だった。アスファルトは捕食者の頭で見えないほど埋めつくされている。


「この車で行くしかないんだな」


 タップは腰に手を当てた。今まで忘れていたのが不思議なくらいだ。


「仕方ない。ぶち割るか」


 タップは腰から拳銃を引き抜いた。


「レイ、やっぱり俺がもらって正解だ」


 タップは拳銃を窓に向けて発砲した。





「まだこねえのか!」


 ディジーはボンベを投げ叫んだ。ボンベの数はあと残り一つとなっていた。


「マズいな、増えてやがる」


 爆発をものともせず、大群が押し寄せる。バッグに残る弾薬も僅かになっていた。


 別方向からタラップに捕食者が上がる。それをレイが蹴り飛ばし、頭を撃ち抜いた。


「撤退するぞ! これ以上待ってられるかっ!」

「まだだ! タップは来る!」

「もうくたばっちまってやがるさ! 諦めろ! そこらの車で我慢しろ!」


 レイは唇を噛み、拳を握りしめた。


「ダメか……タップ」


 レイは最後のボンベをディジーに投げる。


「……分かった。行こう」


 ディジーはレイの顔を見て、受け取ったボンベを追跡者の前線に投げた。それをショットガンで撃つ。爆発は数人を蹴散らした。


「行くぞ。さすがにシャレになんねえ」


 観覧車を包囲するように、捕食者の数は膨れ上がっていた。今やその数は三桁に近い。


「……退路もなくなっちまった。終わったな」


 ディジーはタバコに火をつけた。深く吸い、白い煙を吐き出した。


「か、囲まれてます」


 エミリーがレイの腕にしがみつく。

 捕食者達はまるで品定めをするように、黙ってにじり寄る。スタートの合図を待つように、よだれを垂らし歯を鳴らした。灰色に染まった目は、寸分違わずレイ達を見据えている。


「僕の判断が遅かった。すまない」

「ああ、てめえのせいだ。甘ちゃんに付き合った俺がバカだった」


 ディジーはタラップの階段に腰かけ、タバコを吹かす。


「何故、襲って来ないんですか?」


 立ち止まり蠢く群れを見て、エミリーは震えながら聞いた。


「奴ら、警戒してやがるんだ」

「ディジーのボンベがまだあると思って、踏み出せないでいるんだ」

「まぁ、そんなもんすぐ忘れて、今に襲ってくるだろ。最後に酒でも飲みたかったぜ」


 ディジーはタバコを投げ捨て、空に向かい煙を吐いた。


「ぼ、僕達、死んじゃうんですか」


 犬を抱え蹲るトレバーが、頬に涙を流しながら問う。レイは言葉を選んでいたが、何も答えてやれなかった。その無言が、トレバーには理解できたようだった。


「お前だけでもお逃げ」


 トレバーは犬を放す。しかし犬は尻尾を振り、トレバーの顔を見続ける。


「僕に付き合ってくれてありがとう。君は賢い犬だね。一人でも頑張って生きるんだよ」


 犬はトレバーの手を舐め、その場から離れない。


 突然、犬の耳が傾き、辺りを見回している。トレバーも何かに気づいたのか、耳を澄ませた。



 捕食者の群れの一人が、一歩を踏み出した。それを皮切りに、一斉に波が押し寄せる。レイは残りの弾を込めたショットガンを構え、ディジーは弾のなくなったショットガンを捨て、拳銃を手にした。


「一匹でも多くあの世に送り返してやる」


 ディジーが先頭の頭に照準を合わせた時だった。



 クラクションがけたたましく鳴る。大型のトラックが捕食者を次々と引き、弾き飛ばしながら、一直線に観覧車に向かってきた。


「タップ!」


 レイは暴走するトラックに向かい手を振った。エミリーがそれに倣い、タップの名を叫びながら手を振る。


「トラックが止まったらすぐに乗り込むんだ!」


 バッグを担ぐレイを余所に、ディジーは眉を潜めた。


「待て、何か変だ」


 トラックは観覧車に近づいているのにも関わらず、スピードを緩めるどころか更に速度が上がった。ふらつきながら蛇行し、このままでは観覧車に激突する。


 レイは運転席を見た。タップらしき運転手はハンドルに覆い被さるように倒れていた。


「何て事だ。タップはもう限界だったんだ」


 トラックは観覧車に紙一重ですり抜ける。車体が柵に擦れ火花が散り、右のサイドミラーが吹き飛んだ。

 その間もトラックは捕食者をはね飛ばし、その数を減らしてはいたが、トラックが通った道やなぎ倒してきた植栽から、タワーからの追跡者が現れていた。

 トラックは更にボディを削り、ゴーカート乗り場に突っ込んで停車した。


「タップ!」


 レイ達は捕食者を撃ちながらトラックに駆け寄る。トラックの周囲には捕食者がなかったが、激突の音に反応し、怒号と共に走り来る。


「タップを荷台に移すんだ! 皆早く!」


 レイとディジーが運転席を開け、動かないタップを引きずり出す。タップの体はおろか、運転席のシートやフロントガラスまで血にまみれていた。


「まだ生きてやがる。しぶとい野郎だぜ」


 ディジーがタップを荷台に移しながら悪態をつく。レイが辺りを見ると、エミリーとトレバーの姿はなかった。


「エミリー! トレバー!」


 エミリーが走ってくる。そのすぐ後ろにはトレバーが追走するが、更に後ろには追跡者が大勢追いかけていた。


「早くこっちだ! 早く!」


 レイが二人を迎えに走る。エミリーが泣きながら走り、トレバーの手を引く。そのトレバーが段差に躓き転んだ。エミリーから手が離れた。


「トレバー!」


 エミリーが駆け寄ろうとするが、捕食者がすぐそこに迫っていた。トレバーの足が掴まれる。


 レイが狙いを定め、引き金に指を置いた。しかしトレバーに当たる恐れがあり、指に力を入れられない。


「エミリー! 先に車へ行け! トレバーは任せろ!」


 トレバーを掴む腕が見えた瞬間、レイは引き金を引いた。捕食者の腕が弾け飛ぶ。

 トレバーは尻餅をついたまま這いつくばる。そこに新たな捕食者が近づく。

 エミリーが脇をすり抜けたのを見届け、レイは銃を構えたまま走り、トレバーに迫る追跡者を撃つ。


「トレバー立て! 早く!」


 トレバーは恐怖に動けない。そこに更に捕食者がトレバーの前に立ちはだかる。

 レイは引き金を引いたが、弾は発射されなかった。ショットガンを捨て拳銃を構えるが、狙う捕食者はすでにトレバーの足を捕まえていた。汚れた口が足に重なる。


「トレバー!」


 レイの悲痛の叫びと同時に、トレバーの足を狙う化け物に体当たりをする影が動いた。

 影は唸り声を上げながら捕食者の腕に食らいつく。捕食者はそれを振りほどこうと、上半身を振り回した。


「トレバー、今のうちだ」


 追いついたレイがトレバーを抱え走り出す。捕食者の腕には犬が牙を立てていた。


「待ってレイさん! あの犬が」


 それでもレイはその場を離れようとした。しかし犬の鳴き声に振り返る。


 犬は腕から引き剥がされ、上顎と下顎に手を入れられて、口から引き裂かれかかっていた。鳴き声がけたたましくなり、口角の裂け目から赤い血が吹いた。

 レイは歯を食いしばり、心の中で犬に礼を言うと、その頭部に狙いをつけ発砲した。弾丸は犬を動かなくさせた。


 レイは目を瞑りそれを振り切り、車へ走る。トラックはディジーが運転し、レイの傍に乗りつけた。


「とっとと乗れ!」


 レイとトレバーが荷台に乗るや否や、トラックはアクセルを目一杯吹かし発進した。集まりかけた捕食者の群れが轢かれ潰され、なぎ倒された。


「トレバー、すまない。あの犬を助けられなかった」


 トレバーは鼻水を垂らしながら、首を振った。そしてレイの行動に礼を告げ、その場に泣き崩れた。





「何処へ向かうんだ」


 パークからモールの駐車場を抜け、捕食者を蹴散らしトラックは走る。フロントガラスには血渋きが舞い、ワイパーが時折動いた。

 トラックはモールの裏側に回る。そこはディジーとレイ達が最初に会った道だった。ディジーはそこに車を停める。


 道に放置された車はそのままだったが、道を横切る屍体の帯は腐敗が始まっていた。

 幸い化け物達の数は極端に少なく、停車したトラックにも気づいていない。


「弾もねえ、食料もねえ、行き先もねえ状態だ。ついでにタバコもなくなっちまった」


 ディジーは割れた運転席の窓から、空のタバコの箱を投げ捨てた。


「……タワーに……向かえ……」


 荷台の隅でぐったりしていたタップが口を開いた。喋る度、体が痙攣する。


「タワー?」

「ヘリが……残ってるはずだ」

「確かにモールの屋上から見た時は、ヘリコプターが何機か残っていたが」

「タワーまではあの化け物達が凄い数いますよ」


 エミリーはタップの意見に反対らしい。


「しかしタップの意見しか案はない」

「それはそうですが」


 レイとエミリーの会話にディジーが入る。


「タワーに行くにしても、武器が足りねえ。今どのくらいあるんだ?」


 九ミリ弾が四十発、マグナム弾が五発、散弾が十発。それがレイ達の持つ弾丸の全てだった。


「全然足りねえ。これで何万いるか分からん大群の所に突入するなんざ、自殺行為もいいとこだ」

「近くにガンショップか何かないのか」


 レイの言葉にエミリーが答える。


「ガンショップならあります。でも三十キロ以上離れてますけど」

「そこまで行く前に全滅する」

「その前に燃料がねえ。どのみち三十キロも走れねえよ」


 泣き腫らしたトレバーが突然顔を上げた。


「あります。武器がある場所」



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