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フリーワンライ参加作品

舌で舐めとる恋の味

作者: 一条 灯夜

 浮気、なんて一昔前の芸能人のスキャンダル。そんな風に思ってた。理解できなかったら、恋人がいるのに他の異性に手を出すとか、既婚者に手を出すことが。めんどくさい、だけじゃないか。

 一番じゃない相手と付き合うな、自分を遊び相手と思っている人間を想うな。


 過去の自分の意見は、すべて真っ当だと思う。

 否定できない。

 でも――、それでも、踏み出してしまう瞬間がある事を知った。そして、その越えた一線は、もう戻れない魅力を讃えている。


『ね? 愛してるよ』

 と、電話から聞こえてくる声。

「愛してる」

 自分自身の唇からこぼれる声の甘さを感じる。

 言葉の一つ一つが、喉を通った瞬間に、舌で舐めとる恋の味になる。自分からは、止められない。

『真似っこ』

 と、受話器が震えれば。

「惚れてるんだからしょうがない」

 俺がぶっきらぼうに次げた後、二人でクスクスと笑い合う。


 いつもの夜のベッドでのヒトコマだ。スマホで、通話アプリを使って眠るまで話し続ける。同時に寝ることもあれば、寝息が向こうから聞こえてくることも……気付けば俺が先に寝てしまうこともある。

 でも、そういうものだろ。

 お互いにまったく別の環境にいるんだから。

 新幹線でも八時間以上掛かる日本の両端に近い場所にいる大学生同士。学部も学科もまるで違っていて、性格も、全く似ていない。

 少なくとも、写真で送られてくる彼女の部屋は綺麗に掃除されてるし、服装も女子大生としては一般的な範疇。ただし、食に興味がなくてジャンクばかり食べる。体重は適正の範囲だからいいけど、指のささくれなんかは間違いなくそのせいだ。


 勝手な印象かもしれないけれど、文系の学生ってもっと、遊んでるっていうか、華やかでどこか鼻に衝くのをイメージしてたから……なんていうか、本当にどこにでもいるような雰囲気に、いつの間にか魅了されていた。

 セミロングの髪を嫌味にならない範囲で染め、目はやや細め。顔立ちに関しても、馴染みやすいって感じかな。クラスメイトだって言われれば、ああそういえば、とか、つい返したくなる顔。

 だから、惹かれた理由は今もって自分自身では分からない。驚きが興味へと変わり、恋心へとなったんじゃないかな、と、説明できなくも無いけれど、それも結局後付けの解釈だ。

 ひと目見た瞬間、未来の形をしたあの子に心奪われていた。


 SNSで簡単な大学の日常に関するリプを遣り取りしていくうちに、自然と個人的なやり取りが始まり、一週間もしない内にアプリ通話の連絡先を交換した。

 考える間もないほど、急速に、俺達はお互いに惹かれ合った。そう、思う。少なくとも俺は。

 だから……。

 彼女から、四度目の電話で彼女から彼氏がいることを告げられても、自然と二番でいいと答えていた。そして、それを彼女は喜んだ。

 口にした瞬間には、迷いや後悔はなかった。

 考えた返事じゃなかった、自然と言葉が溢れていた。


 これは浮気じゃないのかと気付いたのは後になってからで――、でも、彼女が、彼氏が冷たいとか、夜に電話繋がらないから寂しいと俺に言えば、即座に“俺がいるよ”とか“愛してると”口にしてしまう。

 そして、嬉しそうな声に理性や論理的思考が溶かされていく。


 期待が無いといえば嘘になるけど、物理的な距離は遥か遠い。多分、彼女も俺に乗り換える気は無いだろう。俺も、彼女の一番になった時、戸惑わないかといえば嘘になるかも知れない。

 どこにも行き場のない愛情なのだ。重い言葉を、聞きたい言葉を、言いたい言葉を交わして、少しだけ満たされるような関係。

 無駄と気付いていても、彼女の声が耳元で囁き続けている「堕ちて、堕ちて、堕ちて」と。


 こんなことをしても、ドラマチックな愛なんて手に入らないのにな。いつの間にか、耳に心地よい言葉で、どこまでが本音で、どこからが嘘なのか分からなくなった。

 お互いに。


 なら、嘘吐きの本音は、どこにあるんだろう?

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― 新着の感想 ―
[一言] 多分、主人公は純情なんだと思います。相手の女性の方が一枚上手。距離がそれだけ離れているなら、この二人が恋人同士になる可能性は極めて低いと思うし、なったところで女性はまた浮気するでしょう。主人…
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