第八話 「縛りプレイってレベルじゃねえぞ」
「うっおおおおおおおぉぉぉう!?」
ドッッッッッシャアアァァンッッッッ!!!
「ちょぉっ!? それ引っ張ってこっちこないで龍臥!?」
「無茶言うな! あんなんにおれ一人で挑めってか!?」
「最初に挑みに行ったのはお前だろうが!!」
「最弱なりの戦いを見せてやる」。そう啖呵を切った龍臥は、自らの友人二人と家族を引き連れてゴーレムに挑んだ。
逆境に負けず立ち向かうその背中に、心無い発言をしていた者たちが息を飲んだ。その気迫に、もしかしたら……という淡い希望を抱いた。
「いやだって売り言葉に買い言葉だったじゃんあれ! あれを無視したら男じゃないって絶対!」
「時と場合を考えろこのバカ!」
「お前が一人で犬死するならともかく、俺らを巻き込むんじゃねえよ!?」
結果的に、その希望は淡い希望にすぎなかった。
現在、龍臥たちは絶賛爆走中である。真後ろから緩慢な動きで、しかしその巨体が故に一瞬で距離を詰めてくる巨人から逃げ惑っている。
真っ向から立ち向かうそぶりは一度として見せてくれない。とてもみじめでシュールな光景だった。あれだけ恰好つけた後なのでなおさら。
「人はできることとできないことがある。それを見極めるのは、大人になることの第一歩だと俺は思うんだ」
「本当に大人なら被害が出る前に止めてくれませんかねぇ!?」
サムズアップしてそう言い訳する龍臥に昌太が叫び返す。
「右足飛んでくるぞ!!」
「ちぃっ!!」
ズドンッ!!
左右にばらけてよけた龍臥たちの間に、十メートルを超える石の足が突き刺さる。ゴーレムは龍臥たちに追いつくと、こうして踏みつぶそうとしてきている。が、そのたびに龍臥が察知して回避を促す。
さっきから、それを繰り返してどうにか生きながらえている。
攻撃することはできていないが、今のところ直近で命の危険を感じることはない。正直、ゴーレムの動きが鈍くて、紙一重で回避する必要もないのだ。だが、問題があった。
「どうすんだよほんとに! これじゃあジリ貧だぞ!?」
体力の問題だ。龍臥たち人間サイズとゴーレムの大きさを比較したとき、当然ながらこちらの方が先に体力がなくなり動けなくなる。もちろん、ゴーレムほどの大きさを動かすとなれば動力源の燃料が尽きるのも早いだろう。しかし、戦争兵器が一般人の逃走に耐えられないような不良品を用意するだろうか?
部活動に入っていない四人。龍臥は日々の喧嘩やなんだかんだでそれなりの体力が、昌太は脳筋といわれる通り体力はある。璃々果は中学校の時に陸上部に入っていたので、体力がある。
ゆりは……、
「……わ、私一人だけこんな状態じゃ……」
「逆! ゆりちゃんが自分の足で走ってるんじゃ逃げ切れないから!」
龍臥にお姫様抱っこで輸送されている。一番の適任は筋肉バカの昌太 (細マッチョ)だろうが、いかんせん逃亡が急すぎて昌太が間に合わなかったのだ。
ので、四人の中で一番体力が切れるのが早いとすれば言い出しっぺの最弱、龍臥だ。
「おい、大丈夫か龍臥!?」
四人の中で一番体力のある昌太が龍臥の残り体力を確認する。
「なんとか! でも、あと五分も走ってられん!」
「何を自慢げに言ってんの、このばかっ!」
今日何度目かの罵倒に、龍臥は体からだけではなく目からも汗を流したくなった。しかし自業自得である。
「……こうなったらもうゆりちゃんに頼るしかないって!!」
体力だけではなく精神も疲れてきた龍臥は、やけくそぎみに提案する。
「具体的にはっ!」
若干苦しくなってきた璃々果がそれに応える。
「このまんま俺たちは走り回って逃げながら、ゆりちゃんの魔法を待つ。以上!!」
最弱なりの戦い。完全に人任せだった。
「わ、私ですか!?」
急すぎる提案に、ゆりは龍臥の腕の上で動揺する。まさか、自分があてにされているとは思っていなかったから余計にその動揺は大きかった。
「そうだよ、それしかない。というかそれ以外思いつかない!」
動きの鈍いゴーレムをしり目に、龍臥は真剣な表情でゆりの顔を見下ろす。
「俺は攻撃力なんて皆無だし、他二人と比べて魔力量が絶対的に多いのはゆりちゃんだ! っとと!? 二人と協力して攻撃してもらうことも考えたけど、確実な方法を……! っだぁ!? いい加減にしろ土人形!! まともに会話もできねえじゃなねぇか!!」
必死な説得の最中もゴーレムの進撃は続いている。驚くべきは、一切後ろを見ずに踏みつぶされないよう左右に飛んでいることだ。龍臥は過去にないほどの集中力を持って、危機に立ち向かっている。
「俺たち三人で囮をする! その間ゆりちゃんには絶対に近づけさせないようにする! そうすれば、詠唱に集中できるだろう?」
「ちょっと待て!」
「私たちが囮をするのは置いとくとしても、あんたが囮はまずいでしょ!?」
「大丈夫だ! 今はこうして全力撤退してても、時間稼ぎの手伝いくらいはできる!」
龍臥自身として、囮はできるならやりたくない。自分の命を失うのが怖い。それだけではなく、適任だとも思わない。だが、全体を見る目は必要になる。
そう思うからこそ、自分が囮になることを迷いなく決める。いや、正確には今も悩んでいる。悩んではいるが、前に進めないわけではない。
この時の龍臥がゆりには、不思議なオーラをまとっているように見えた。
「もうあんまり議論している、体力がない!」
「時間じゃないのかよ!」
「そのつっこみは体力の無駄!」
呆然としている義妹に今できる満面の笑みを見せてから、龍臥は大き目な岩の上にゆりを立たせる。そこは見晴らしがよく、丁度ゴーレムが立っている周囲には草原しか広がっていなかった。
(ここなら大きな魔法を使っても……)
周囲を見渡したゆりは、自分の魔法で大きな被害が出ても問題ないことに気付く。そして、あることにも。
(……もしかして、龍臥さんは最初からこの場所にゴーレムを誘導するために……!?)
この場所から富校生全員が集合したキャンプ地が見える。それはつまり、あちらからもここが見えていることになる。龍臥は、逃げ出す前にこの場所をあらかじめ決戦の地として見初めていたのだ。
「よっしゃ! 今度こそ本当にレイド戦なんだな!」
パン! と両のこぶしを打ち合わせ、好戦的な視線を標的に向ける昌太。魔法使いとしてこの世界に喚ばれたはずなのに、まるで拳闘士のような振る舞いをしている。
「はっ! この人数でレイド戦なわけないだろ? ここは、パーティー戦だ。それも、初の大ボス」
そんな昌太の気合のこもった言葉を鼻で笑った龍臥は、誰よりも早くゴーレムに向かって走り出す。
「あ、抜け駆けはずるいぞ!」
まるで小さな子供が野山で冒険ごっこをするかのように楽しそうな二人。
「はぁ、男どもはこんな時でものんきなんだから……」
璃々果が、その後を追う。短く悪態を吐くその口元は笑っていた。
「皆……」
そして、一人残されたゆりは……。
「……私だって、守られてばかりじゃいられない……!」
己の弱き心を奮い立たせ詠唱を始める。澄んだ声色と瑞々しい唇で紡ぐリズミカルな詠唱は、まるで天使の讃美歌だった。
それを背にゴーレムの足元に滑り込んだのは、いち早く走り出していた龍臥、ではなく昌太だった。
「昌太! そこの地面だ!」
「了解ぃ! おらぁ!!」
ドゴォンッ!!
途中で龍臥を追い抜き、その速度のまま走りこんだ昌太に、地面をえぐるよう指示を出していたのだ。
指示通り、轟音と土煙を上げながら地面に大きなクレーターが生まれる。しかし、それだけではゴーレムにとって影響はない。
それどころか、
『グゴォォ……』
「は、ハロー、お人形さん?」
足元に残された昌太のほうが危険だった。
「篠崎!」
「わかってる! 集え、風よ! 『ウィンドブラスト』!」
足元の目障りな”アリ”にゴーレムは片足を上げる。そこに、璃々果の魔法が横からぶつかる。
『ウィンドブラスト』は集めた風を敵にぶつけ、風の爆発を起こす中級魔法。本来は人の胴体ぐらい程しかない大きさの魔法だが、普通以上の魔力を持つ璃々果が放てば、気球レベルまで膨らむ。
ゴーレムの足に直撃はしたものの、傷一つない。代わりに、横からの衝撃にゴーレムがバランスを崩す。
(やっぱりダメージなしか。……魔法抵抗が強い、とか?)
必死の形相でこちらに猛ダッシュしてくる親友の姿を視界に収めながら、龍臥はゴーレムの強さを分析する。まともに魔法の実技ができない龍臥は、その分を魔法知識に回していた。王城が所持している書物の中に、魔法抵抗の高い生物や鉱物が存在していると書かれていた。
あのゴーレムもその類なのだろうと、龍臥は判断した。
「死ぬかと思った!!」
「ちっ。勝手につっこんで後始末をさせるやつは死ねばよかったのに……」
「容赦ねえな!?」
「こらこら、喧嘩すんなって」
詳しい分析を後回しにして、二人の仲裁をする龍臥。その脳裏には、ちらついて離れない疑問があった。
生徒会長の存在だ。
しかし、今はそれを考えていても仕方がない。龍臥は一度その疑惑を完全に頭の隅に追いやる。一瞬で天国の道をすっ飛ばされる危険が目の前にあるのだ。集中力を切らすわけにも、余計なことに気を割く余裕も、ない。
「それにしても、なんであそこにクレーターを作らせたんだ?」
「ああ。試しにあいつがどれだけバランスを保てるのか確認したかったんだよ。あのクレーターは、俺たち人間で言えば排水溝のふたのミゾぐらいだな。あれでバランスを崩すほどゆるい作り方をされてるなら、楽だなぁなんて思って」
「結果は、そんな楽な状況じゃないと」
璃々果は嘆息する。
ゴーレムは気にした様子がなかった。これで、ゴーレムの厄介さがまた一つわかってしまったと、璃々果は嘆いた。
「……いや、そうでもない。さっき、お前の魔法を受けてバランスは崩しても、倒れなかっただろ?」
「それのどこが楽に繋がるんだよ?」
昌太は具体性に欠ける言葉に首をひねる。
「倒れなかったということは、簡単に転倒しないよう設計されている。そして、そう設計されているってことは……」
「二人とも上っ!!」
「「っ!?」」
龍臥の説明を中断した璃々果の切羽詰まった声に、二人は同時に左右へを身を投げた。
その場所に、
ズドンッ!!!
大きな岩が降ってくる。
「立ち止まっている時間はなさそうだな……!」
「昌太!」
飛び込んだ先が悪かったのか、昌太の二の腕は赤く染まっていた。地面から飛び出ている岩で肌を裂いたのだ。
龍臥は一瞬、怪我した部位を見たが、すぐに昌太の目を真正面から見つめる。
「説明は後でするから、お前は俺を信じて指示通りに行動してくれ」
「……へ。お安い御用だ!」
不敵に笑った昌太が巨大ゴーレムの足元に潜ろうと走り出す。ゴーレムもゴーレムで、邪魔な溝を作る人間にターゲットを合わせる。
その隙に龍臥は璃々果に近づき二、三の指示を出してから昌太の後を追う。
うなずく暇もなく言いつけられた指示の内容に若干の頭痛を感じながらも、璃々果は己の役割を全うすべくゴーレムから少し離れる。
「……あいつら、さっきまであんなにぎゃあぎゃあ言いながら逃げてたのに……」
「昌太のロケットみたいな威力のパンチにも動揺しなかった相手に、よく突っ込むな……」
「動揺しなかったのは、機械みたいなものだからじゃなくて?」
その光景を、長い詠唱を続けるゆりよりも遠くから眺めていた富高生の口ぶりは、どこか他人事のようだった。現実に見えていない。まるで新しいアトラクションを順番待ちしているかのようだった。
次は自分。
軽く、とても軽く、富高生達はゴーレムを認識するようになり始めていた。争いのない、銃など人生で直接見る機会も少ない日本人の学生は、無意識の内にまた、現実から目をそらし始めていた。
そんな彼らのことなど露ほども知らず龍臥はゴーレムを打ち破る道具を取り出す。
龍臥には今回の実践演習に参加するにあたって、支給された道具がある。巨大アナコンダに使った爆弾がそれに含まれる支給された道具のほとんどが冒険者と呼ばれる職種の人間が用いる物ばかりで、使うタイミングに困るものもある。
龍臥はそれらの中から、ロープを取り出す。
「何やってんだあいつ?」
「あれ……ロープじゃない?」
「え~? そんあのでどうやって……って!?」
ずるずる、ずるずるずる、ずるずるずるずるずるずずるずるずる!!
「「「「「「長っ!?」」」」」」
「あれは……」
龍臥が取り出した、いや、取り出し続けているロープは、この世界にしか存在しない魔法製のロープなのだ。長さは最長で二十メートルもあるのだが、収納するときは三メートル程度に短くなるのだ。一度切ってしまうと、伸び縮みする機能がなくなってしまう魔法の道具だが、長年冒険者から愛用されている品だ。
「頼むからこっちを向いてくれるなよ……!」
龍臥はロープの先を地面に放ると、反対側の先を持って走り出した。走り出した方向にはゴーレムはおらず、作戦を知らないゆりや富高生達には突然龍臥が逃げ出したようにしか見えない。
龍臥の懇願通り、ゴーレムは龍臥を見ることはないままだ。それもそのはずで、
「おらぁ! お前の相手は俺だぜっ!」
ドゴォンッ!
昌太がゴーレムの気を引いているからだ。
首が痛くなるほど見上げなければならない巨大な相手に、昌太は臆すことなく立ち向かっている。
魔力を纏わせたこぶしで殴るという、この世界の子供ならだれでもできるような簡単な魔術で、地面には大きなクレーターが出来上がる。その桁はずれのパンチをまともに受ければ、いくらゴーレムでもひとたまりもない。
そのことを理解しているからか、ゴーレムはすばしっこい昌太に意識を集中させている。
龍臥が昌太に出した指示の一つが、時間稼ぎだった。
「クソッ! ようやくっ! 四分の一、ぐらいかっ! はぁっ、はぁっ!」
息も切れるほど全力疾走をする龍臥は、ロープを垂れ流しなら悪態を吐いた。
「……あ、もしかして龍臥の奴……」
「敵前逃亡でしょ、どう考えても」
女子生徒は少しペースの落ちた龍臥の姿を見て、「やっぱりか」という表情をとった。しかし、龍臥を小馬鹿にした女子生徒に、何かに気付いた男子生徒が首を横に振る。
「たぶんあれ、石巨人の周りを回ってるぞ?」
男子生徒が指差したのは、龍臥が走りながら地面に落としているロープ。そのロープの形が、若干ではあるが弧を描いているのだ。
男子生徒が予想した通り、龍臥はゴーレムの周りにロープを撒こうとしているのだ。そのために、彼は大粒の汗を流して疾走していた。
「……でもそれで何か意味あんの?」
「さぁ? だって双龍のことだしなんか意味があるんじゃない?」
男子生徒は、何故龍臥がロープを取出し逃げ出すかのように走り出したかの理由は予想できた。だが、その先については、まったくわからなかった。
「あれに火をつけて、火あぶりにするとか!」
「相手は石だぞ? 焼いてどうすんだよ」
「……焼け石に水?」
「あれだ、視界を封じてさあ逃げよう……みたいな」
富高生達はああでもないこうでもないと呑気に意見交換を続ける。誰一人として、召喚者達の中で最弱の龍臥を心配するそぶりがない。もしかしたら数人は心のどこかで現状のおかしさに違和感を抱いているかもしれない。だが、少なくとも表面上には誰もそんなところを見せない。
そんな空気がいつしか、富高生達の中で出来上がりつつあった。
そうこうしている間に、龍臥はロープでゴーレムの周りに半円を描くことができた。
「よしっ……! あと……半分だ……!」
さすがに体力が持たないので、走ることをやめ、呼吸を整えながら歩み始めた龍臥。できるかぎり安全圏を走るようにしていたため、余計な遠回りをしていた。そのせいで、体力がなくなるのは仕方ない。龍臥は別にスポーツ選手ではないのだ。
ちょっと運動神経がよくて、悪知恵が働く少年。
だから、気が緩んでしまい……、
「…………」
「あ? おい、どこ見てやがるんだよ……! お前の相手は俺だっつの!!」
「まずい……! 龍臥、逃げなさい!」
ゴーレムが龍臥の姿を視界にとらえたことに気付くのが遅れるのてしまったのは、
「はぁっ……! はぁっ……! 逃げろって……言われても……な……!!」
仕方のないことだった。