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最弱の放浪者  作者: かきす
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第七話 「最弱なりの戦いを見せてやる」


「あー、本気で死ぬかと思った」


「もう二度とあんなことはしないでよね?」


「わかってるって……。さすがにあんなまねはもうこりごりだよ」


 疲労感に肩を落としながら、龍臥は素直に璃々果の警告を受け入れる。何も、龍臥だって初めからあれをするつもりなんてなかった。というか、あんなレベルの巨大な生き物に襲われるとはまったく思っていなかったのだ。

 それでも、そんな非常識な状況に一瞬で対処できたのは、さすがと言わざるを得ないが。


「今更なんだけどさ」


「どうしたんだよ昌太?」


「あの蛇って……うまいのかな?」


「……お前は何を言ってるんだ」


 昌太が言っている蛇というのは、今この場から遠く離れた例の大蛇のことだろう。生粋の日本人であるはずの昌太は、日本人らしからぬ発想を口にし、親友の龍臥をドン引きさせる。

 自分の爆弾発言に気付いた昌太は慌てて弁解を図る。


「ち、違うぞ!? 最近やってたゲームで蛇を食料として活用するのがあって、俺もありえないとか思いながらちょっと興味が……」


 ただし、弁解できるとは限らない。

 そもそも、昌太が考えていることを実行するには無理があった。その理由は、食べられる物が存在しないことだ。


「あの蛇はゆりちゃんの魔法ですっかり消し去られただろ? 燃えカスすらないのにどうすんだよ」


「ま、そうだよな。俺も本気で食べようとか思ってなかったし。それにしてもあの魔法の威力、やっぱ半端なかったよな」


「……そうだな」


 龍臥の前を歩いているのは、璃々果とゆりで、その後ろを龍臥と昌太が後ろをついて歩いている。龍臥は、血の繋がらない妹の背中を眺めながら、昌太の言葉を噛みしめるように、同意する。

 昌太の言うとおり、ゆりの魔法は凄まじかった。

 凄まじい分、政治的利用がどうなるのかわからないのが、龍臥にとっては不安で堪らなかった。これが日本であったなら、学校の中であったなら、龍臥の力だけで振り払えたが、ここでは龍臥に力はない。

 今後のことを考えると、龍臥にはそれが怖くて仕方なかった。


「……なぁ、昌太。頼みが……」


 龍臥が真剣な表情で頼みごとを告げようとした瞬間、


 ゾクッ!


「っ!?」


「ひっ!?」


 尋常ではない寒気が龍臥の体を襲う。それは、龍臥だけではなく、前を歩くゆりもだった。


「ど、どうした二人とも!?」


「ゆりちゃん、大丈夫……!?」


 突然、両腕で自分の体を抱き始めた二人に、親友二人はひどく動揺する。


「……な、なにか」


「どうしたの、ゆりちゃん?」


 先に体を起こしたのはゆりで、どうにか自分が感じた感覚を伝えようと口を開く。

 だが、その口から言葉が紡がれるより先に、


「キャァァーーーーーーッッ!!!」


「「「「っ!?」」」」


 大きな悲鳴が遠くから木霊してきた。


「今の、どっちから!?」


「あの方向は、合流地点からだっ!」


 真っ先に場所を特定した龍臥は一人で勝手に走り始める。ちょっとした魔物にですら死んでしまう可能性があるのを、忘れているかのように龍臥は真正面に目的地をとらえている。


「あ、ちょっと、龍臥!!」


「単独行動はまずいだろ、特にお前は!」


「龍臥さん……!!」


 一瞬、出遅れた三人は、すぐに龍臥の後を追う。


「な、なんだよあれ……!?」


 戦闘を走る龍臥の視界には、すでに異常な存在が映っていた。合流地点から優に五百メートルは離れている場所から、だ。

 その存在を見て龍臥の頭の中に思い浮かんだのは、『ゴーレム』だった。



 『ゴーレム』。その存在は、石でできた人形でよくファンタジーの世界に登場する。その大きさはさまざまで、小さいゴーレムもあれば、大きなゴーレムもある。どれも、何かしろの鉱物を素材としてできる非生物。

 そんな存在が、五百メートル先に見えている。


「おわっ!? なんじゃありゃ!?」


 龍臥の次に、昌太が気づく。後に続く女子二人は、あまりのスケールの大きさに、言葉をなくして呆然としている。

 龍臥は難しい顔でその巨大物体を睨んでいる。そして、その口から信じられない言葉を発した。


「……どうやって倒す……?」


「「はぁっ!?」」


 その言葉に、昌太と璃々果が同時に龍臥を見る。

 二人はあり得ないことを言い出すな、と龍臥につかみかかる勢いでその考えを中断させる。


「お前さっきの巨大蛇ですらあんなに苦労したのに、あんなボス級を倒せるわけないだろうが!?」


「さっき死にかけたの忘れたのかしら? もうボケているのかしら? ねぇ、どうなのかしらっ!?」


「痛い痛い痛い!? ちょっと待って、ほんっと待って!? 勝算はあるから聞いてくれ……!?」


 ギリギリギリギリ!!!


 龍臥の肩に、肉に、二人の指が食い込む。二人の力がこの世界に来てから強くなったのもあるが、それだけ龍臥のことを心配している証拠だった。

 だが、その愛があまりに強すぎて龍臥の目に涙が滲んでくる。


「あの……勝算って?」


 助け舟を出したのは義妹のゆりだった。


「あ、あぁ……。単純にあそこは俺たちが集まるはずだった集合地点なんだから、みんなで高威力の魔法をぶちこめば倒せると思うんだよ」


「……頭大丈夫?」


「お前第一声がそれか!? でもあれを放って置いていいわけもないだろう?」


 容赦のないコメントに、龍臥は正論を並べ始める。


「ここは王都からそこそこ離れてるって言っても、あの巨体だ。一歩歩くだけでも地響きがするだろうし、移動速度も速い、と思う。というわけで、レッツゴー!」


「今のお前……絶対に調子に乗ってるよな……」


 昌太には、小学生が学校の帰り道に見つけた裏路地的な場所をわくわくした目で突入しているようにしか見えなかった。

 実際、昌太の考えは間違っていない。今の龍臥は、巨蛇を倒したことによる自信で突き進もうとしている。


(……本当の話、ゆりちゃんの力だけでなんとかなるはず。そもそも、あれは国が用意した仮想敵っぽいんだよなぁ……)


 しかし、冷静さを完全に見失ったわけではない。力量差も図れるし、その裏を想定している。


「早くいかないと、冗談抜きでけが人が出るかもしれないぞ?」


「はぁ……! 次は勝手に走り出さないでよ?」


「……さぁ、いくぞ!」


「無視すんなっ!」


 龍臥の悪い予感は、的中していた。

 虚空を見つめたまま動き出さない巨大ゴーレムの足元には、キャンプ地点の目印として建てられた野営テントが、押しつぶされていた。


「うそ、だろ……」


 誰よりも早くその場に駆け付けた龍臥は、残骸となってしまったソレから染み出る液体の色に頭が真っ白になってしまった。うわごとのように呟いたのは、反射的に出ただけものもで、意味などない。

 意味などないが、再度回り始めた頭ではそれが本音だった。

 テントからは、赤色の液体、血液が流れ出ていた。


(……ゆりちゃんに見せるわけにはいかない!)


 龍臥は慌ててきた道を引き返し、他の三人のもとに戻る。幸い、というべきか、近くで見ない限りは”誰かが押しつぶされている”という事実には気付けないほど、真紅の水たまりは広がっていなかった。


「みんな、止まってくれ!」


 先行していた龍臥が戻ってきたかと思えば、突然行く手を阻んできたことに三人とも目を丸くした。


「どうしたんだよ? 何かあったのか?」


「……あった。この先には行かない方がいい。野営地がつぶされて、中にあった薬品が混ざって毒ガスみたいなのが漂ってる。だから、この先には行かない方がいい」


 龍臥は咄嗟にそんなウソをついた。親友にウソをつく心苦しさは、感じなかった。それよりも、指名じみた思いを優先させることの方が重要だった。


「それなら風の魔法で吹き散らせば? 野営地に人がいたら危ないし……」


 璃々果が解決案を口に出しながら進もうとする。付け加えるように懸念も言った。

 だが、その懸念は懸念ではない。それを知っている龍臥は、その言葉を聞いて反射的に叫ぶ。


「だめだ!!」


 ビクッ!?


「そ、そんな大声で止めなくてもいいじゃない……」


 璃々果は龍臥の気迫に一瞬だけ体を揺らした。今までこれほど強い語調で龍臥にものを言われたのが初めてだったからだ。


「……龍臥、本当に何があったんだ?」


 その様子に、親友が見たものが普通ではないと察した昌太は聞き出そうとする。しかし、龍臥は首を横に振るだけで、その問いには答えなかった。


「さっきと言ってることが変わってくるけど、もう少し距離を離そう。こんな場所じゃ、あいつが一歩でも動き出した瞬間に……潰されるぞ」


 潰される。その言葉に詰まりそうになる。頭の芯から血の気が引く感覚が龍臥を襲う。


「龍臥さん……顔色が……」


 ゆりは青い顔をする龍臥を見て、心配そうに声をかける。

 その優しさに、温かみのある声に少しだけ冷静になれた龍臥は、大きく深呼吸して今後を考える。


「はぁ……。……考えたんだが、今のところあのゴーレムが動き出す気配がない以上、ここから魔法で壊すことってできるか?」


 三人を見渡しながら提案する。


「ん、たぶん問題ないわ。私も昌太もゆりちゃんも問題なく届くと思う」


「そっか。それなら、さっそくだけどお願いできるかな?」


 だいぶ冷静さを取り戻した龍臥。口調も意識して少し柔らかくする。前に悪友こと竜二から、こわばったときは、口調からでも柔らかくする努力が必要だ、と聞いたことがあったからだ。それだけでも、周囲に気を配る余裕ができる、と。

 それを実践して、気付く。


 ――おい、あれって双龍の片割れじゃないか?

 ――ほんとだ。それだけじゃなくて、女神が二人もいるぜ。

 ――あとは脳筋かよ。


 ――うっわ。まーじでっけえ的。

 ――でもさ、あんだけでかければ大っきな魔法を打っても大丈夫なんじゃない?

 ――どうだろうな?


 ――あ、あれは……ゴーレム!?

 ――神官さん、知ってるんだ。俺らの世界でもあいつらばっかりは有名だな。

 ――ばっかり、ってわけじゃないけど……まぁ、常識レベルだよな。

 ――もしかしてあいつが今回のラスボスなんじゃね?


「皆が、集まり始めている……!」


 そこかしこから、声が聞こえてくる。少し遠くを見やれば、こちらを見ているグループや巨大ゴーレムを見てのんきに雑談をしているグループまで見える。


「よっしゃあ、レイド戦だな」


 昌太もそのことに気づき、打倒ゴーレムに燃え始める。複数のパーティーでボスを倒すゲームのように思って、自分を鼓舞している。


「…………」


「龍臥?」


 単語の意味を理解してくれるだろう龍臥からなんの反応もないことに気付いた昌太は、彼の目前で手を振る。


「……あ、ああ。確かにレイド戦っぽいよな」


 龍臥は慌てて言葉を返す。

 龍臥は、タイミングよく表れた仲間たちに茫然としていたわけではない。

 むしろ、探しても見当たらない人物がいることに疑念を抱いている。


(こんなわかりやすい敵が現れて……生徒会長の姿は一切見えない。……どうなってる?)


 龍臥の中で渦巻く不安は、まだその勢いを増し続けている。




 集合地点付近に富高生らを集め、全員の顔を見渡しながらセナドリアは語る。


「あのゴーレムは、五十年前に敵国に苦戦を強いられた兵器の一つです。その強さ足るや、王国の中位魔法使いが数千単位で殺されるような強さです。我々が勝てる相手ではありません」


 真剣な表情で額にわずかな汗を滲ませながら伝えられた内容に、富高生たちは”撤退なんてありえない”という表情をした。


「あんなデカ物、俺の魔法で一発だぜ!」


「はっ! 無理無理。俺のスペシャルな魔法で粉々にする」


「男子ってバカよね。実力差を測ることもできないんだから」


「なんだとぉっ!!」


「なに、やるっての?」


「ちょ、落ち着けって!?」


 口々に自らの力を自慢しあい、非常時にも関わらず口げんかを始める生徒たち。それを龍臥は慌てて仲裁する。

 しかし、自らの力の大きさをしった十台後半の若者には逆効果だった。


「「「最弱は黙ってろ!!」」」


「なっ!? てめぇら……!!!」


「……あんたらねぇ……!!」


 喧嘩していた三人が声を揃えて邪魔をする龍臥を差別的な発言で罵った。

 この暴言に、昌太と璃々果が勇み出る。先ほど自分たちを救ってくれた友に対する侮辱に、黙っていられるほど安い友情ではなかった。

 一触即発。今にも仲間割れをしそうな空気に包まれる。外野の人間は、面白そうな顔でそれを眺める。特に、心無い発言を浴びせかけられた龍臥を明らかに見下した視線で嗤う。それがまた、二人を燃え上がらせる燃料だった。

 三人と二人の間に魔力が吹き荒れ、うねりを持ち始めたとき、


「そうだな。俺は最弱だ。力を持ってるみんながうらやましいよ」


 台風の目の少年は自嘲ぎみに苦笑しながら前に出た。

 龍臥には力がない。魔法が使えない。それどころか、大きな弱点を持ってしまった。大元を辿れば自分のせいとも言えなくもないが、本当はこの世界に飛ばされる人間ではなかった。


「けどな……」


 異世界召喚に巻き込まれた。龍臥はそう思っていない。そう口にしたことは一度もない。自らの意思で、たった一人の家族を守ろうとして飛ばされたのだ。


「魔法が使えなくたって、魔法に弱い状況になったって……」


 異世界召喚に”巻き込まれにいった”少年はちらりと、義妹の顔を見た。顔を俯かせているので、どんな表情をしているのかは見えない。

 だが、彼が最弱とバカにされたとき、彼女は小さく呟いた言葉の内容を知っている。

 ゆりは龍臥を見下す空気の中で無意識に呟いた。


「守りたいものはある。そのためなら……」


 ――違う。龍臥さんは……”お兄ちゃんは”最弱なんかじゃない……!


「――俺をバカにする全員を相手する覚悟はあるぜ?」


 その覚悟に、その場の全員が息を呑んだ。

 誰もが思った。隠れる雲をなくしても、自由に飛べる大空を失って地に堕ちても、龍であり続けている、と。


「まぁ、いいさ。……みんな安全な場所で魔法をドンパチしながら見てればいい」


 龍臥は唖然としている二人の腕をとって引きずり、絆で繋がる家族を従えながらゴーレムに向かって歩き出す。

 先ほどセナドリアから聞いた言葉を思い出す。


 王国の魔法使いが数千単位で死んだ。それがどういうことか。この国の魔法使いを見るところ、中級魔法の使い手ばかりだ。魔法が発展していない国ではそれが普通だということを龍臥は暇なときに読んだ本で知っている。

 昔から変わらず魔法の発展がないこの国では今と大して違いはない。中級魔法使いが数千の束になっても苦戦を強いられる理由が、あのゴーレムにはある。

 歩兵ではあの巨体を相手できない。だから魔法使いを使わざるを得ない。それを利用したなんらかの秘密が隠されていることを龍臥は予想した。彼の中で最も考えうる最悪の秘密が、完全魔法耐性。魔法が一切効かないことだ。


 だが、龍臥はその可能性はないと自分で排除する。セナドリアは数千の魔法使いが死んだということを言っているが、魔法使いの攻撃が通用しないとは言っていない。最終的には、魔法を使ってあのゴーレムを退いたのだ。

 魔法は通用する。だが、限りなく面倒な相手。

 どう立ち向かうのかを思案しながら、龍臥は自分をバカにした少年少女たちに向く。


「最弱なりの戦いを、見せてやる」


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