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最弱の放浪者  作者: かきす
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第六話 「最弱で何が悪い!?」


「俺はどうしても気になる存在がいる」


「お前が気になる存在ってのは、どういう意味でだ?」


「怪しい行動が目立っている。おそらく、お前は見たことがないだろうな」


「……いつから目をつけてたんだ?」


「最初からだ。お前は知らないかもしれないが、元々全員同じ場所に召喚されるはずだった」


 竜二は制服の胸ポケットからメモ帳を取り出し、その場所を大まかに図で書き記す。

 龍臥はそれを見て首を傾げた。

 何故なら、その構造が召喚した者達を外へ出さないような仕掛けを施されている正方形の密閉空間だったからだ。


「何だこれ? 部屋の中央に魔方陣があるのはわからないでもないが……どうして隠し扉なんてものを用意してるんだ? もしかして……」


「たぶんお前の想像通りの意味を持っているだろうよ。この隠し扉だって、特殊な魔力の流し方をしなきゃ現れないんだからな。間違っても俺たちが何かのはずみで魔力を行使できたとしても、絶対に逃げられないようにしていたようだし」


「なんつう悪趣味な……。じゃあ、俺とゆりちゃん以外は全員ここに?」


 龍臥はこの城の客室に入ったとき、すでにほぼ全員が集結していたので、そう確認をとった。

 竜二はその確認に首を横に振る。


「いや、お前たち以外にも数人後から連れてこられたのがいたぞ? 他にも多少のアクシデントが起きたと思うぜ」


「そうか……。理由はわかった。だが、実際に誰を怪しんでいるのか教えてくれないのか?」


「悪いな、まだ様子見をしているところなんだ。情報に確実性が出てきたら教える」


「わかった」


 竜二自身まだ確定していない部分も多いらしく、情報開示を拒否した。

 そこはかとなく怪しさを感じないでもないが、これ以上追求しても望む答えが得られるとは思えない。早々に龍臥は諦めてベッドに身を投げ出した。


「はぁ~……。実戦訓練、かぁ……」


「そこまで憂鬱な内容でもないと思うぞ。さすがに初心者の集まりだってことは知っているんだから危険すぎる地点や、ビジュアルがエグイ魔物がいるようなとこにも行かないはずだ」


「え、何? エグイ魔物とかいんのこの世界?」


「お前なぁ……少しはこの世界の文献を見ろっての」


 苦笑している竜二の励ますような言葉に、龍臥はとても嫌そうな表情をして見つめ返す。竜二は額に手を当て、龍臥の視線を切りながら呆れる。


「例えばどんなやつがいるんだ?」


「そうだな……どこまで本当か確認する方法はないが、腐った感じのゾンビとかいるらしい。あれ、正確にはグールか?」


「良いよそんな細かいとこは」


 頬が引きつっているのを自覚しながら、想像してみると、現実では絶対に目にしたくないタイプの魔物であることがわかる。


「まぁ、それは置いておくとして。……すでにお前も疑いを持っているだろう生徒会長のチームの引率に入るらしいことが、わかっている」


「引率、ね……。逆に言えば、俺たちに直接関わってくることはないってことか?」


「そう、だろうな。おそらくは生徒会長を懐柔させるための一歩として何か画策している。だからお前は何も心配いらないだろうよ」


「そういうわけにもいくかよ。何が起きるかわからない状況で、心配せずにいられるか!」


 顔をそらし、けっと吐き捨てるようにそう返す龍臥は、拗ねた子どもにしか見えない。


(引率ってことは国の人間、そして戦闘知識がある騎士か神官といったところか……?)


 竜二の言葉の裏を読み、記憶を探って該当者を思い浮かべようとするが、ぼんやりとした人物像しか出てこなかった。わずか数日で教師役の神官が固定された影響か、神官にも騎士にもすぐに思い浮かばせられない。

 結局、すぐに浮かばないということは本当に自分には関係ない、または知らずにいたとしても竜二が対処するだろう、と勝手に判断して思考を止める。

 逸らした顔を正面に戻すと、薄い笑いを口元に刻み込んだ竜二の顔があった。


「”思考はまとまったか?”」


「……誘導したのか?」


 その顔を見て、意図的に自分が具体的な人物の炙り出しを早々に諦めるように、誘導されたことを察した。思わず、しまったと苦渋の表情を表にまで出す。

 竜二は昔から人の考えを”誘導”することを得意としており、彼の武器の一つである。それを理解しているはずの龍臥は、それを忘れてひかかったことを恥じる。

 竜二は軽蔑するでもなく、薄情な微笑みのまま笑いかけてくる。


「誘導された答えで間違っていないさ。単にお前の連想速度が落ちていないか検証しただけだ。深く気にするな」


「どうだかな? 望まない結論に辿り着くのを妨げるのが目的だったんじゃないのか?」


 目を細め迫力をこめて睨み上げるが、竜二の顔にへばりつく笑みは剥がせない。


「それこそどうだかな、だろ? 別にお前が俺の望まない結論に辿り着こうが結局は変わらないんだからな。というか、裏読みすぎだっての」


 竜二の適当な言葉に、安心と呆れで肩の力が抜けていく。ちょっとしたお遊び程度だったらしい。正直竜二の言葉は、単語一つ一つに意味があるようにしか思えないのは、長く付き合いすぎた弊害だろう。そう思うことにする龍臥。

 自分はいつも気を張って接しているのに、相手は気軽に話しかけてくる。その不平等さでジト目になりそうになるのをぐっと堪えた。


「はぁ……!」


 代わりに、力のこもったため息が漏れ出る。


「どうした? カルシウムが足りないのか?」


「そんな本当かどうかも分かりづらいテンプレの心配はいらんわ……! じゃあ明日は反強制参加なんだな!?」


「ああ。頼んだぞ」


(頼む気があるなら煽ってくんな!)


 悪態を吐かずにはいられなかった龍臥は、せめて心の中だけでも叫ぶと、替えの下着類を手に悪友の背中を押す。


「ほらほら、用が終わったならさっさと帰れ。俺はまだ風呂に入ってないんだよ」


「へいへい。ここの浴室はすぐ冷えるから中で一人ハッピージョブをエンジョイするのはお勧めしないからな?」


「するかっ!!」


 バンッ!!







 そして数日後、問題の実戦訓練当日。

 気候は上々、快晴に加え、暑すぎず少し涼しい程度の気温。

 この世界は意外にも洗濯技術が日本より進んでいる。即洗濯、即乾燥ができる魔道具の存在のお蔭で、衣服がまったくない富高生はほぼ毎日制服を着続けている。

 その魔道具は魔法を使用しているため、日本とは根本的に文化が違う構造だった。そのことに衝撃を覚えたのは遠い日のことに感じる龍臥は、きっと若者魂が枯渇しているのだろう。

 大半の生徒が制服姿のままだが、中にはシャツの袖を折りたたみ半袖にしている男子もいる。女子に至っては、シャツと短パンという男子の夢もへったくれもない出で立ちが目立つ。

 龍臥は学ラン、昌太は体育会系のためか半袖シャツに長ズボンの裾を折りたたんでいる。女子二人は、普通の制服姿、ブレザーにスカートだった。


「二人はきっちり制服なんだ?」


「はい。私と璃々ちゃんは短パンを部屋着に使っているので」


「へぇ~」


 逆に場違いに感じてしまう、平常通りの服装の二人に龍臥が尋ねると、ゆりは軽く微笑んで応える。


「でも意外だな」


「そうか? 別に二人の自由じゃないか」


「そうじゃないって。龍臥参加することがびっくりなんだよ」


「それは……」


 痛いところを吐かれ、言葉に詰まる龍臥。

 今回の訓練は強制参加ではない。希望者を募って行う手はずだった。しかし、裏で誰が暗躍したのか、気が付いたらほぼ全員が強制参加することに決まっていた。負傷者以外の全員が今、城壁の外、魔物が出現するフィールドに立たされている。

 もちろん、反抗する生徒もいた。自分には戦う意思がないといって駄々をこねる生徒は全体の約三割ほどだった。

 しかし、たった三割ほどの人間の意見で、計画に変更は出なかった。普段から教師役をしている神官たちも今回の訓練に参加するため、授業をすることも不可能。そのため、生徒会長が無理やり外に連れ出してきた。

 その状況は、さながら修学旅行で集団寝坊した生徒らを叩き起こし宿のロビーに放り出す教員のようだった、と後に龍臥は語る。

 それはさておき、龍臥は苦笑を浮かべながら誤魔化しを始める。


「いつまでも城の中に立てこもっていると気が滅入るだろ? 大丈夫だって、ちゃんと安全マージンは切るから」


「確かに……。風邪とかで仕方ないって言っても、やっぱり外に出たくなるもんな」


 ――それとは少し違うと思うぞ?


 言葉に出してしまいそうになるのを、強く奥歯を噛みしめて耐える。

 ゆりと璃々果も口を真一文字に結んでいるので、似たようなことを考えているに違いない。ただ一人、言った本人は首を傾げて反応の薄い友人たちを見比べている。


 ここでこの世界の魔物について説明をしよう。

 魔物が出現するようになったのは、約三百年前。突如、それまで姿を現す一切の予兆すら見せなかった魔物たちは、人が住んでいない場所を次々と住処にし始めた。

 魔法世界であるこの世界では、昔から凶暴な野生動物は存在していた。それこそ、日本では考えられないような動物たちが。しかし、魔物のように世界にとっても害悪となる存在はいなかった。

 というのも、魔物という存在は確実に生態系を破壊しにかかっているのが目に見えてわかるからだ。緑豊かな土地を、乾いた焦土に変えたり、原生動物を絶滅に追いやるなど、ここ三百年程で世界は大きな変化を遂げてしまったらしい。

 そんな魔物は人が大勢集まる場所では”湧いてこない”。まるでゲームのような話ではあるが、基本的に「フィールド」と呼ばれるようになった、人が生活していない自然の土地に、”湧いて出る”。

 普通の生物とは大きく違い、空間の陰から滲み出るように出現する魔物たちは、絶命した時も同じように掻き消える。まるで、最初からそこにそんざいしていなかったように。残るのは、傷痕のみ。

 また、これもゲームのような話だが、時折何かものを落とす時がある。倒した魔物の体の一部であったり、とても所持していたとは思えないような武具なども落とすことがある。

 それらの説明を聞いたとき、富高生たちは一様に「なるほどね。要するにゲームと基本的に同じってことね。細かいところは突っ込んじゃダメなやつね」と生暖かい目で神官を見た。

 見られた神官は、彼らの予想以上の落ち着きっぷりに、逆に動揺する始末。まぁ、すぐに恐怖で怯える子も出てきたが。


「ま、あんまり深く考えず、私たちが守ればそれで万事解決よ」


 璃々果が龍臥を安心させるように微笑んで肩に手を置く。なんだかんだいって、仲間思いな璃々果は今までにないほど優しい顔つきをしていた。


「……お前に守られるって考えると、すげぇ違和感が……」


 その大人びた表情が眩しすぎて直視できず、照れ隠しで思っていることとは正反対の言葉を口にする、思春期男子真っ盛りな主人公。残念ながら、璃々果は長い付き合いでそれを見抜いている。


「そんなことを言ったら、妹に守られる兄に成り下がるわよ?」


 そういってニヤニヤと笑いながら、璃々果はゆりを龍臥の鼻先に押し出してきた。


(ち、近いっつの!?)


 鼻先が触れ合いそうになるほどゆりと接近させられ、二人して顔を朱色に染めて仰け反る。


「きゅ、急に人を押し出すな!?」


「別に……兄妹なんだから多少ごっつんこするぐらい」


「ぎ、義兄妹だから困るよ……!?」


「そこまで意識しなくてもいいことじゃない、それ」


「「重要だから!!」」


 義兄妹の言葉もどこ吹く風で、軽くいなしてしまう璃々果の姿は、日常的に行っている人間のそれだった。

 龍臥から恨めがましい視線を送られても、ゆりから可愛らしい怒りの視線を向けられても、璃々果の楽しげな表情は曇らない。


「……まぁ、さすがにゆりちゃんに助けてもらうことはないだろうけど……」


「な、なんでですかっ!?」


「いやそんなに前のめりで聞かれても……」


 璃々果からの謝罪の言葉を諦め、龍臥が嘆息しながら呟くとゆりは泡を食ったように目を見開いて食い下がってきた、と思われる。実際に目を見開いたのかは前髪に隠れて龍臥に見えていない。


「別に兄としてのプライドだけじゃなくて、ゆりちゃんが魔法を使うのを国が許可しない気がするんだ」


「どうして、ですか……?」


 不安そうに声を震わせて、胸の前で手を組む様子は、まるで神からの啓示を受けようとしている信者に見えてしまう。


「ゆりちゃんは強すぎて、魔法を唱えたら被害が甚大そうだからね。一人だけ規格外に魔力量もあったし」


「そんな……」


 龍臥の頭の中で思い起こされるのは、最大魔力量を鑑定するあの水晶。あの水晶の輝き方が、ゆりだけはっきり言って異質に感じられた。仕組まれたわけでもない。しかし、初めからそうなることが決まっていたかのような不自然さを、龍臥は感じていた。


「それにほら、俺たちはまだ召喚されてからまだ日数がたってない者同士なんだ。最初はお互いに助け合っていこうよ。ね?」


 龍臥は幼子をあやすようにゆりの頭をポンポンと手を乗せる。龍臥はその後すぐ神官に気を付けておいた方がいい、重要事項を改めて確認しだす。


「あ……」


 ゆりの傍を離れるとき、わずかに名残惜しそうな声が聞こえたが、気のせいだろう。そうして鈍感な兄は、妹の些細なストレスを貯めていく。後に、とんでもない不満となって爆発するとは知らずに……。





 全体で諸注意を受けている富高生達を尻目に、ゆり達は少し離れたところで探索場所を告げられていた。というのも、ゆり達が向かう場所はそこそこ歩かなければいけない程度には遠いところだからだ。

 少し前に龍臥が言った通り、ゆりの魔法があまりにも強すぎることがすでに計算のうちに入っているため、なおさら遠くに配置されてしまった。便利な乗り物などないこの世界で、移動手段の多くは馬か己の足にかかっている。馬は貴重かつ、乗馬できるのが龍臥だけなので、徒歩で移動することが決まってしまった。

 というわけで、四人は別に説明を受けている。


「先行して向かってもらうことになりますが、道に迷うことはないと思います。途中までは街道をまっすぐに進むと、大きな岩が看板代わりにあるので、そこから南に向かえばぽつぽつと池が目立つようになります」


「俺たちはその奥、湿地帯の丁度中央辺りで湧いて出るモンスターを狩ればいいんですね?」


「……ああ。そうですね」


「池が目立つような湿地帯ってことは、耐水性のあるブーツとか履かなくていいんですか?」


 龍臥が説明に割り込んできた途端、眉間にしわを寄せる神官。露骨に、「最弱のお前が口を挟むな」という表情をされたが、龍臥に気にした様子はない。

 それどころか、さらりと質問を続けている。


「……どうせ戦わない君が余計な心配をしなくていい。今回は君の実力を再確認するための訓練じゃないんだよ」


「戦わない分、雑用的なサポートで皆を支えようかと思っての確認ですよ。無属性で魔力がほぼゼロの人間として、立場をわきまえているつもりですから」


 にっこりと黒い笑みを浮かべて龍臥が笑えば、相手の神官も笑う。神官の口元がひくついているのはご愛嬌。

 昌太と璃々果は心の中で龍がにちょっかいをかけた神官に手を合わせる。二人は、龍臥が直接的にしろ間接的にしろこの程度の悪意を向けられたところで、まったく答えないことを知っている。むしろ、下手に藪を突こうものなら、一瞬で丸呑みにされる。これまで何人もそういう人間を見てきた。

 龍臥としては変に口を挟まれると対応がしにくいので、口を挟まないでくれる二人がありがたかった。

 ただ、龍臥に対する接し方に不満を抱いている人物が一人いる。血の繋がらないなりに、強く絆を持ち合う義妹だけが、黙って(?)受け入れ何も言わない兄と、その様子を見て逆に相手に同情の念を送る友人二人に、無自覚に苛立っていた。

 そのことに気付かぬ当の義兄は笑顔で神官に質問の答えを催促する。むろん、腹黒スマイルで。


「で、どうなんですか?」


「必要な分は最初から支給しているはずです。初めての実戦で不安になる気持ちもわからなくないですが、こちらを少しは信用してください」


「すみません。なにぶん、最弱なものでしてね。少しでも不安要素を取り除きたかったんです。ありがとうございました」


 龍臥は最後に例を言ってしめくくり、三人の下に戻る。


「散々言われたな、龍臥」


「はは。まぁ対して気にしてないよ。事実といえば事実なんだし」


「……事実は人を傷つける場合だってあります」


「? 確かにそうかもしれないけど、その人によって違うんじゃないかな? 少なくとも俺はあれぐらい気にしないし」


 いつも以上に表情を前髪で隠しているゆりの様子に首をひねりながら、龍臥はそう返す。その言葉通り、龍臥の表情に陰りは見られない。昌太も、璃々果にも。

 そんな彼らから目を逸らす様に、ゆりは空を仰いだ。空はどこまでも青く澄んでいて、一塊しかない雲が悪目立ちしている。

 ゆりはその雲を、目を細めて見守る。強い日差しの中で、どこまでも照らす陽光の中で一つだけ影を生み出すその雲を。



「ここらへんかな?」


「……かもしれませんね」


「ゆ、ゆりちゃん、なんでそんなに機嫌悪そうなの……?」


 龍臥が冷たい声を出すゆりに話しかけるが、


「……ぷいっ」


「あ、ああ……義妹が反抗期に……!?」


 普段から前髪で視線が見えないというのに顔まで目を背けられてしまっている。

 辺りにはすでに沼が見えており、遠くには沼地に生息していそうな生物たちが巨大化した魔物の姿が見えている。とはいえ、魔物とはまだ距離があるため今のように呑気に話していても問題はない。

 今、龍臥にとって問題なのは妙に余所余所しいゆりの態度だ。


「はぁ……龍臥ぁ~、何やったんだよ? こいつ鈍いから正直に言わなきゃずっとわかってくんないぜ?」


「……昌太さんも同類です。ぷいっ」


「俺まで!?」


 ニヤニヤと茶化すように龍臥と肩を組んだ昌太まで、ゆりは切り落とす。容赦のない言葉に昌太は少なくないダメージを受けることとなる。

 璃々果はそんな昌太を見て苦笑する。


「もしかして、私もかしら?」


「……ぷ、ぷいっ」


 ゆりは一瞬迷ったが、それでもやはり顔をそむけた。


「「や~いや~い、嫌われてやんの」」


「あんたらもでしょうが!?」


 そして肩を組んでいる顔背けられコンビが声を揃えて璃々果を馬鹿にする。完全にお遊びモードに入っていた。

 しかし、そんな和気藹々(?)とした空気はすぐにぶち壊される。


「っ!? 皆、伏せろ!」


「え……?」


「ちっ!?」


「随分と急ねっ!?」


 バババッ!!


 何かを察知した龍臥はゆりを引き倒しながら全員に伏せるように指示を出す。距離の遠い二人は身を投げ出すように地面へ伏せる。


 バグンッ!


 そんな彼らの頭上を、巨大なアギトが通り過ぎ空を噛み切った。


(デカイ……!?)


 ゆりの頭をかき抱きながらそのアギトに目を向けていた龍臥は、その本体の大きさに目を剥く。

 原型は確実に蛇。日本にいるような細く小さい蛇とは違い、アマゾンにでもいるような太く鱗の模様がはっきり見える大きい蛇に近い。が、そんな外見の特徴以上に目を見張るのが、その全長。


「おいおい……!? 新幹線とかかよ!?」


「そ、それ以上でしょあの大きさ!?」


 昌太が表現した通り、その胴の長さも太さも新幹線と同等以上の大きさがあり、占いに使われるような水晶より二回り大きい目玉が、龍臥達を映す。四人を映してなお余りある眼球には、四人の開きっぱなしの口がありありと映っていた。


(こんなのがいるとか、聞いてねえぞ!?)


 いち早く大蛇登場の衝撃から抜け出した龍臥はゆりの上から退くと、ゆりを放置して璃々果を助け起こす。ゆりはいまだに放心状態が続いており、そのことに対して何か考えることもない。


「逃げるぞ!」


「え、ええ!」


 璃々果を助け起こした理由は、璃々果の位置がもっとも危険だと判断したからだ。璃々果が倒れこんだ地点は特に水でぬかるんいる。そのため逃げる時に足を泥にとられる可能性が高かった。なのでできるかぎり早く助け起こし、逃走の初動作を早めようとするためだ。決して、ベチャドロになった彼女の姿に思春期男子のリビドーが体を動かしたわけではない。

 すぐさま昌太もゆりを助け起こし何も言わずに走り出した。龍臥はその行動を咎めるどころか、それを確認して頬を緩める。


(さすが昌太。わかってるな)


 今の状況は、未知の敵に遭遇してしまった状況。それも、自分達はどうしても足を取られやすい地形。相手に何が通用するのかも、何が危険なのかもわからない状況で、下手に立ち向かうのは愚策。

 昌太はそれを理解していたから、璃々果は龍臥に任せて自分はゆりを助けに入ったのだ。


「俺たちも逃げよう!」


「わかってる!」


 二人もすぐにその背中を追い出す。


「シュルルル……」


 巨大な捕食者はそんな四つの獲物を追い詰めるように、ゆっくりと、体を滑らせながらにじり寄る。ただし、巨大なため本人(蛇?)はにじり寄っていても、獲物には迫りくる壁に等しい。


「「「う、うおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!?」」」


「お、お前ら! なんか魔法を唱えてみろよ!! 俺たちチート召喚されてんだからこう……すっげぇ強い魔法が使えたりしないのか!?」


「か、簡単にできるか!?」


「私たちが教えられた魔法は全部詠唱が必要なのよ! あんなデカブツ相手にそんな時間を稼げるわけが……!」


「時間を稼げばできるんだな!?」


 必死の逃走中、龍臥は立ち止まるどころか逆に、巨大蛇に向かって走り出した。


「ちょっ、龍臥!?」


「俺が時間を稼ぐからお前らは詠唱しろ!」


 ドシィン!!


 龍臥は支持を出しつつ、巨木と大差ない太さの尻尾を回避する。

 地面が揺れ動くほどの衝撃は龍臥を除く三人は足を止めてしまう。龍臥はそもそも飛んで回避していたので影響はない。

 この世界に飛ばされた当初は体が重く感じられたが、それは無属性の人間特有の感覚であって、実際には地球より重力が小さいので身体能力は上がっている。空気中にも微量ながら様々な魔力が存在しており、無属性の人間は常に体中にプレッシャーを抱えているのに等しい。

 龍臥はそのハンデを持ちながら、新幹線などより大きな尻尾叩きつけを避けた。


(避けられる……。これなら時間稼ぎくらいなら……!)


 龍臥はベルトポーチから、柄に何やら怪しげな呪文が描かれている投擲用ナイフを、自分の足元に突き刺す。

 龍臥が取り出したナイフは国から支給された、龍臥専用の魔法武器だ。

 その効果自体は珍しくない、時間差で炎属性の爆発を起こす魔法が込められている。普通なら、標的に向かって投げつけ零距離で爆発させるはずだが、龍臥は自分の足元にナイフを突き刺していた。


「あ、あんた何してんのよ!? それ爆発ナイフよ!」


「わかってる。それより魔法の詠唱に入ってくれよ」


 璃々果の叫びに振り返らず言葉を返し、龍臥は”座り込みだした”。


「りゅ、龍臥さん……!?」


「こ、こらゆりちゃんっ!? 暴れたら落しちゃうから!?」


 そのあまりに突発的な行動に、ようやく正気に戻ったゆりは昌太に抱えられたまま暴れだす。取り落とさないように昌太はあわてて地面に下しはするものの、しっかりと肩を押さえておく。


「璃々果! ゆりちゃんは俺が抑えとくからお前が魔法を唱えろ! できれば早くなっ!?」


「あっちもこっちも大慌てね!! ええと……! 『流れる水の理を抱きて成り立たせん……!』」


 シュルルル……。


「お前の相手はこっちだってのっ!!」


 ゴッ!!


「ふぎゃあぁあぁーー……!」


 詠唱を始めたことに勘付いた蛇は璃々果の邪魔をしようとするが、足元に潜り込んだ龍臥によって(図らずとも)弱点に強烈な踵落しを食らう。聞いたこともない不思議な悲鳴を上げた後、蛇は完全に龍臥をロックオンした。

 それが龍臥の狙いだとも気づかずに……。


(きたきた、きた……!)


 狙いつけられた龍臥は緊張感を滲ませながら、逸る気持ちを抑えて敵の動向を注意深く観察する。大蛇はチロチロと舌の出し入れを繰り返している。

 かと思えば唐突に尻尾を上から叩き付けてくる!


 バン!!


「そう簡単に当たるかよ……!」


 全身を投げ出すように横へ大きく回避した龍臥は起き上がり際に新たなナイフを地面に突き立てる。


「龍臥っ! 本当に大丈夫なんでしょうねぇ!」


「当ったり前だっつの! 俺を誰だと思ってんだ!」


「「ぼっち!!」」


「おいこらぁ!? 二人結束して何言ってんだよ!?」


「りゅ、龍臥さん、集中集中……!?」


「シュルァ!」


「うぉっと!?」


 獲物の意識が自分から逸れていることに気付いた大蛇は、若者たちの軽口にすら容赦なく攻撃を当てにくるのだった。

 ギリギリのところで新幹線に轢かれる所だった龍臥は、改めて大蛇の危険性を実感する。

 一向に攻撃が当たらない大蛇はついに、その大きな体躯全体を使い始める。


「シュルルルルル……!!」


「くそっ!」


 全体重を利用しての踏み潰し、バネのような伸び上がりによる突進、体を一回転させての範囲攻撃。どれも圧倒的すぎる大格差がある龍臥には有効な攻撃ばかり。かすっただけでも十分行動不能、どころか体がバラバラになってもおかしくない攻撃の数々に龍臥は反撃する暇さえ与えられない。

 この世界は地球と比べ、若干ながら重力が弱いそのため、地球にいた頃に比べれば、いくらか龍臥の動きのキレも良い。更にこっちに来てからというもの、暇さえあれば竜二と回避訓練を繰り返していたので、時間稼ぎ程度ならギリギリ、というレベルまで来ている。


(それにしても……ああいうのってイメージだけで本当はしないのか? してくるれると思ってるんだが……な!)


 布石として設置したナイフの使い道。それが効果を示すには蛇ならこれを、という行動を待たなければいけない。正確には、最大限に威力を発揮するには、だが。


(詠唱もまだ時間がかか……!?)


 一瞬の油断。今のところまったく攻撃をかすりもしない余裕から生まれたそれは、瞬く間に龍臥を危地へと追いやる。

 龍臥が味方の様子に意識を裂いた瞬間、大蛇は龍臥をその体で包み込んだ。

 大蛇は、新幹線のような巨体で巻きつき、龍臥の体を覆い尽くしてしまった。


「龍臥さんっ!?」


「大丈夫だっ!! こんぐらい……人間はしなないもんさ……!!」


 明らかな強がり。ゆりたちには、龍臥の骨がミシミシと軋む音が聞こえた気がした。

 実際、蛇に締め付けられている龍臥の表情は決して穏やかなものではないし、すでに腕の骨にはヒビが入っている。

 だが、龍臥自身も言っている通り、すぐにでも死にそうな圧力というわけでもない。


(どうしてこう、巨大なモンスターってのは、獲物をいたぶるのかね……!)


 歯を食いしばって痛みに耐えながら、まったくうれしくもない心理に、まったく嬉しくもないタイミングで知ることになる龍臥。心の中で悪態をつく間にも、少しずつ締め付けは強くなっていく。


「おい、クソヘビ……っ!」


「シュル……?」


 ギリッ……。


 ギロリと龍臥は大蛇を勇み睨むと、口の端を歪ませて笑う。


「この程度かよ、大したことねぇな……」


「……シュルル」


 強がりでもなんでもない、龍臥の嘘偽りのない本音。大蛇はそれに何を見出したのか、僅かに怯んだように見えた。


「あいつ、何を……?」


 親友の昌太は龍臥の言葉を、何かまだ手があると受け取った。そして、それは間違いではない。


「そのデカイ目は、ただデカイだけだなぁ……!!」


 ボォンッ!! ボォンッ!!


「……ル、ァ……!!?」


 立て続けに二回、くぐもった爆発音が、”大蛇の下から”響いた。


「よっ……! 重いな、こいつ……!」


 直接的なダメージにより、というよりも、爆発の衝撃により大蛇から一切の力が消え、龍臥は大蛇の下から這い出てくる。


「は、はは……やりやがったよあいつ……!」


「まさか、あの爆破ナイフをこのためにあらかじめ出しておくなんて」


「す、すごい……です」


 龍臥が地面に投げさした爆発ナイフ。初めから龍臥は、本来の、投げて標的にさしてから爆発させる、という方法をとらなかった。自分の腕では的に上手く当てる自身もなかったし、この大蛇相手ではまともなダメージにもならないと判断した。

 その結果が、この使用方法。なにも無理して自分が相手に致死量の攻撃を充てる必要はない。というか、そんな攻撃力がない。なので、最低限己に可能なことを実行しただけ。

 本人はこの程度などと軽く済ませているが、いざそれを現実で、かつぶっつけ本番で成功できるなどとても普通なことではない。ましてや、生きるか死ぬかという場面で平然とその賭けに乗る。勝負強さという言葉だけでは片づけられない運命的な力が龍臥には備わっている。

 もしそれが判明するとすれば、似たような力を持ち、”そういった”ことに経験が豊富な人物と出会ったとき、初めてわかることだろう。

 この世界に飛ばされた経緯事態は半ば事故みたいなものだが、場合によっては龍臥がゆりより上の立場になっていた可能性すらある。


「よっし! いまだ、やっちまえ!」


 ともかくとして、


「おう、やってやるぜ!」


「最弱、なんて馬鹿にされてるあんたがそこまでやったんだから、私たちだって……!」


「そんな評判なんてきにすることはねえって。最弱で何が悪い!? ってふうにな」


「……怪我がなくて、本当に良かった……」


「はは、まだ始まったばかりだからね。いきなり貴重な薬類を使って足手まといになるつもりはないよ」


 龍臥も伊達にこの世界に”召喚”された人間ではないということだけは、確かであった。

 その後、彼らは本人を含めて昌太と璃々果の、近代重火器のような威力の魔法にあんぐりと開いた口を閉じてから、探索を再開するのだった。

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