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最弱の放浪者  作者: かきす
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第二話 「妹最強説」

「さて、それでは先ほどよりも詳細な話の説明いたしましょう。まずは、この国での戦闘技術についてですね」


 衝撃の謁見からすぐあと、異議を申し立てる前に決定にまで持ち込まれ、退路を断った国王――そういえばまだ名前を聞いていない気がする――は「協力、感謝する」とだけ都合の良い言葉を残して下がってしまった。

 賛同組とそれ以外の展開の異常さに呆然としていた俺達は、騎士達に押されるように謁見の間から追い出され、広い庭園に出た。そこで、例の神官が出てきた。

 なお、それまでの間で竜二を見かけることはなかった。というか、今この場にいるのかすら怪しいところだ。もしかしたら、少し離れたところで俺たちが何をするのか観察するつもりなのかもしれない。


「皆さんの世界では、武器を持つこと自体が法に触れるということを聞きました。なおかつ、魔法も空想上の技術だとも。ですので、これから皆さんには魔法や武器に対しての常識を実践的にお見せしようと思います」


 いまだに名の知れないのはこの神官も同じで、その得体の知れない神官が魔法を見せてくれるようだ。そのことにざわめきだす一部の生徒たち。

 だが、俺やゆりちゃんなどの大半の生徒は神官から目を逸らしたり、横を向いたり、あまり乗り気ではないことがわかる。俺だってそうだ。

 神官が言ったのはようするに、「今からあなた方に”人殺し”を教えます」と言っているも同然なのだから。

 はたして、嬉しそうにはしゃぐ生徒たちはそれを理解しているのだろうか? はたまた、それに気づいていながら、気づかないふりをして現実から目を逸らしているのか。どちらにせよ、この状況では相手に従わないわけにはいかない。彼らのように何も考えずに学んだ方が良いのかもしれない。


(とにかく、このわけのわからない状況からゆりちゃんを守れるぐらいには、強くならないとな……)


 そんなことを思い、俺は気合を入れ直して神官を真正面から捉える。向こうも、その視線に気づいたのかこちらに顔を向けるが、薄く笑うだけでなにも言わない。

 本当に食えない男だ。……でも、竜二に比べれば可愛いものだ。

 龍臥は少し前に、神官が竜二に弄ばれていた時のことを思い出し、同情の視線を向ける。神官は首を傾げるだけで、伝わっていない様だ。


「……? それでは皆さん、今から向こうに置かれている乾草の塊を、この位置から燃やして見せましょう」


 芝居かかった動作でお辞儀をすると、神官は服の袖からブレスレットを付けた腕を的に向けて伸ばす。そして、短く一言。


「……火よ」


 小さな呟きであったが、不思議と耳に入り込んでくる一言を発すると、それを引き金として手のひらの虚空からテニスボール程度の大きさの火の玉が現れる。それは独りでに手から離れ、的に向かって一直線に飛んでいく。速度はそこまで早くなく、キャッチボール程度の速度で的に直撃。

 ボウッ!

 たったそれだけで、乾草の塊は台の上から飛ばされ、空中で燃え尽きる。地面に着地する前に、跡形もなく燃え尽きて灰になる。

 あたりは静寂に包まれ、時間が止まったかのようだ。その沈黙も長くは続かずに、誰かが呻くように感嘆のつぶやきを漏らす。


「す、……すげぇ!!」


 誰かがその拘束から解き放たれ言葉を発すれば、それは全員に伝染し一瞬で神官を囲い始める。まるで、お忍びだった有名人が街のど真ん中でばれてしまったかのような状態だ。

 …………………………今のが、魔法。

 俺は神官には一ミリも視線を向けず、ただ静かに的があった台の上を見ている。

 衝撃は、ある。生まれて初めての超常現象。衝撃を受けない方がおかしい。それ故に、俺は言葉を、いや、音を発することもできなかった。


「……すげえな、なぁ、龍臥。龍臥?」


「あ、あぁ……、そうだな。まさか魔法なんてものを拝める日が来るなんて思ってもみなかった……」


 龍臥は視線を遮る昌太の姿に、ようやく自分が話しかけられていたことに気づく。

 さすがに、そんな友の様子に何も聞かないでいられるほど、昌太の好奇心は大人しくなかった。


「どうしたんだ? 何か面白いもの……ならさっき見たよな?」


「ははは、確かに面白いものかも、な……」


 龍臥は曖昧な微笑みで、曖昧な同意を昌太に見せる。


「本当に、どうしたのよ? 煮え切らない顔をしたり言葉を出したりするのは、何か気になることでもあるからでしょ?」


 言外に、隠し事をしないでさっさと白状してしまえ、ということを言っている篠崎に誤魔化しが聞かないことを悟り、観念してさっき魔法を見ていて思ったことを口にする。


「はぁ……。……さっきの魔法、すごく単純で位的に言っても一番低い魔法だろうけど、地球で言い換えると、どれに当てはまる威力なんだろうってな」


「さあ? なんでそんなことを気にするのよ?」


「……もし、というか確実にこれから俺達は魔法を覚えることになる」


「そうでしょうね」


「それがなんだってんだよ。お前のそういう回りくどい説明は段々竜二に似てきてるぜ」


 昌太は、容量の得ない龍臥の説明に業を煮やし、結論を促す。


「途中の話をブッ飛ばして、俺の心配を言わせてもらうと、魔法は俺達が知ってるような銃火器なんかよ

り威力が高い」


「それの何が心配なんだよ」


 龍臥の説明では要領を得られなかったのは昌太だけでなく、篠崎もだった。

 ただ、妹であるゆりには理解できたらしく、整った眉を歪める。


「……もし人に向けて放てばどうなるか? ということ、ですか……?」


「そう。もし気軽に人に向けて魔法なんて放てば人を殺してしまうかもしれない。それをあいつらはうっ

すらとしか理解していない」


 これがどういう意味を持つのか。


 龍臥は昔から思慮深い、と言えば聞こえは良いが、変な所で深くものを考える。なまじそれら全てが間違いでもないせいで、余計にたちが悪い。

 そんな龍臥は今回のことも深く考え、色んな可能性を予想した。そのどれもが、不良グループの連中が何かしらをやらかす予想だった。


「……その、それは心配しなくても良いんじゃないか? ほら、これでも俺達は日本人なんだ。殺人がマ

ズイってのは、子どもの頃から教え込まれてるんだから、そうそう破ることは……」


「龍臥は、具体的な物差しがないから誰か勘違いを起こして問題にならないかを心配しているのよ。いつもみたいにね」


 篠崎は昌太に向けて呆れたようなため息を吐くが、昌太に対してだけでなく龍臥にも向けられている。


(……言われるまでまったく思いつきもしなかった。なんで龍臥はこういうことに対してだけ敏感なんだ

か……)


 パンパンッ!


「さあさあ、皆さん魔法という便利な力を見ましたね? 元々魔法というのは練習すれば誰にも扱うことができるモノです。もちろん、誰にもといっても個人差や程度はありますが、皆さんは選ばれた召喚者。常人を凌駕する力を持っているのです!」


 俺の懸念はほかにもあり、そのことを皆に伝えようとしたが、タイミング悪く神官が場を落ち着かせてしまう。

 仕方なく、開きかけた口を閉じ、神官の方に視線を向ける。


「それではまず、皆さんには自分達がどれほど素晴らしい力をお持ちか自覚していもらいましょう。おい、皆さんに例の物を」


 神官が指示を出すと、それまで何処にいたのか十人ほどのメイド達が青い水晶のような物体を一人一つずつ配っていく。

 受け取った丸い球全体は青いが、中心に淡い白色の光がある。


「なんだ? これ?」


 昌太も受け取り、物珍しそうに眺めると、何を思ったのかぐっと力を込めて握る。

 パ、パアアアアア……!


「うおう……!? 光ったぞ、これ!?」


 途端、光の中心にあった淡い光が、まるで懐中電灯のように激しく光りだした。

 昌太は自分でやったことが理解できず、あまりの激しい変化に水晶を取り落しかける。


「先程、彼がやったように、ぐっと力を込めて握ってみてください。中心にある光が明るくなればなるほど、保有している魔力量が多いという証になります」


 神官の言葉を受けて、次々と中庭に光が溢れ出す。光が強いのは昌太だけではなく、他の生徒達も同じ明るさを水晶から発している。多少強弱に差があるようだが、全員が一定ラインの光を発している。


「篠崎はどうなんだ?」


「私はまだやってないわ。というか、真っ先にあんたがやっただけで、私達は変なことをしようという気も起きなかったんだけど?」


 昌太は龍臥達のことも気になるようで、期待に満ちた瞳で篠崎に視線を送るが、送られた本人は不用意な行動をした昌太を睨む。


「俺のことはいいからよ、さっさとやってみろよ」


「あんたねぇ、人が誰のために言ってると思ってるんだか……」


 非難の言葉にまったく答えた様子を見せない昌太に、ぶつくさ不満を呟き、その怒りをぶつけるように水晶を握る。

 腕に血管を立てながら、割る気じゃないだろうなと突っ込みたくなる力加減で握ると、昌太よりも幾分か強く光りだした。

 一瞬、小さなこどものように目をキラキラさせたが、すぐにドヤ顔で昌太よりも光る水晶を鼻先に突き出す。


「ふふん、どうよ。私の魔力量はどうやらあんたより多いみたいね」


 自慢げに鼻を鳴らす篠崎に、昌太は悔しそうに頭を抱えて悶える。自信満々に聞いたがために、余計に恥ずかしいのだろう。

 他の生徒達も、昌太ほどではないにしろ、お互いの水晶を見せ合って一喜一憂しているようだ。それらを眺めながら、ゆりは自らの手にちょうど収まっている水晶玉をじっと見つめる。

 それは、龍臥も同じで、自分の力がどれほどの物なのか、知ることを躊躇っているかのように見つめ続ける。

 篠崎は地面に膝をついている昌太を見下していたが、二人の様子に気づく。


「ゆりちゃんもやってみたら? 別に危険があるわけでもなさそうだし、強く握っても壊れなかったし」


 先程、怒りに身を任せて握りしめた本人が言うと説得力が違う。余談だが、篠崎の握力は昌太よりも強い。今も昔も何の部活にも入っていなかった篠崎の握力がなぜそこまで強いかは、篠崎一族全員がそうなので詳しい理由は解明されていない。

 本人は女子らしくないと気にしており、そのことを弄って毎回制裁を下されている昌太は、学園の七不思議に入れたがっているが七不思議入りはなされていない。まぁ、そうなった場合、昌太がどうなるかは……わかりきったことである。

 篠崎の言葉にゆりは唯一前髪に隠れていない口元で苦笑を浮かべて返す。


「えっとね、なんだか怖いんだ。これでその、魔力量? を測ってみたら怖いことが起きるんじゃないかって思って」


「……ゆりちゃんもか」


「珍しいわね。ゆりちゃんと龍臥の予感が被るなんて」


 お互いの言いたいことを予測することはあっても、二人の予感が一致することは今までほとんどなかった。龍臥は人の力を読み取る力で、ゆりは頭の回転によって、相手が言いたいことを理解できる。

 そんな二人の予感が、それも悪い予感が一致していることに、篠崎も一瞬不安が押し寄せるが、すぐに気のせいだとかぶりを振る。


「気のせいでしょ。ほら、他の皆は終わったみたいよ」


 言われて周囲を見渡せば、全員の視線がこちらを向いている。その中には、生徒会長の姿もあった。

 人見知りを持っているゆりは、このままだと視線で穴が開きそうだと感じ、覚悟を決め、水晶を強く握る。


 パ、パァァ……、パァァァァァァッ! パリィンッ!!


 明滅、発光、そして”粉砕”。


「え……?」


 最初は、瞬くように光り、強く光りだしたと思ったら、次の瞬間には粉々に砕けてしまった水晶。

 予想だにしなかった現象に、辺りはシン……と静まり返る。

 誰も言葉が出せない状況。そんな中、

 パチパチパチ……。


「さすがで、ゆり様。皆様にお配りした水晶はかなり値の張る品物だったんですが、それを粉末にしてしまうとは。驚きを通り越して、笑いたいくらいです」


 神官が小さな拍手をしながらゆりの近くに寄る。

 褒める言葉を発しながら、口元に張り付けた笑みは喜色満面の笑みだった。


「どういう、ことですか……?」


 まるでこうなることが分かっていたかのような言い方に、ゆりは少し怯えながら理由を問う。


「私達は、皆さんをこの世界にお呼びしました。その際に持ちいった魔法は、対象となる人物とその周囲の人間を召喚するというもの。対象となる人物の条件は、魔法術に関してずば抜けた才能の持ち主。そして、ゆり様。あなたは本当に『選ばれた人間』であることが、今この場で証明されました」


 どこか恍惚とした様子で説明する新館は、口が横に裂けてしまいそうな程笑みを深くする。

 その説明に、真っ先に反応したのは昌太でも、篠崎でも、龍臥でも、また、ゆりでもなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!? 彼女が『選ばれた人間』!? 『勇者』だと? そんなのは嘘だ! 僕こそが本当の『選ばれた人間』だ!」


 喚き散らしながら神官に詰め寄った男子生徒は、生徒会長だった。

 ずり下がったメガネの存在にも気づかないほど必死に抗議するその姿は、大多数の人間の目にひどく滑稽に映っていることだろう。いったい何が彼をここまで駆り立てるのだろうか?

 生徒全員が騒然と生徒会長を、見る。

 そのことにすら気づかない生徒会長は、言いがかりも甚だしい抗議を続ける。


「あれに何か細工が施されているだけだ! ほら、これを見ろよ。他の皆よりも明らかに強いだろ? あれに細工が施されていなければ、僕が『選ばれた人間』のはずだ!!」


「落ち着いてください。……『選ばれた人間』という言葉は今ここで初めて言った言葉なのですが……、何故貴方様はご存じなのですか?」


 神官は生徒会長が『選ばれた人間』と口にするたび、顔から感情が抜け落ちていくかのように無表情になっていく。後半は、生徒会長をなだめるのではなく、強い調子で詰問するようになっている。


(『選ばれた人間』? 確かにゆりちゃんには妙に遜っている様子を何度か見かけたが……)


 龍臥は、ここに召喚されたばかりの時を思い出す。

 そのときも、三人の神官達が最敬礼をしていた。それに、ゆりだけは名前で、それも様付けで呼ばれていた。

 あの時からもう、ゆりが特別な存在だと神官達は理解していたことになる。

 龍臥の疑問の一つが、解決されると同時にまたもや謎が浮かび上がってくる。

 先程神官が言った、何故生徒会長が『選ばれた人間』という単語を知っているのか?

 生徒会長はうっ、と息を詰まらせると急に勢いが失速し、目をあからさまに泳がせ始める。


「そ、それは……、その……。ぼ、僕はこの場にいる生徒を束ねる存在なんだ。その僕が優れていないというのは示しがつかない。当然のことだろう?」


 本気とも冗談ともつかない言い訳。

 生徒会長選挙の時はまだ、えらぶった態度は目立たなかった。公約を宣言する演技も、時折自信に満ちた言葉が出ることがあったが、そういう演説の仕方だと思った。自信に満ちた様子を見せることで、自分について来れば安心だと思わせる話術だと。

 だが、それは思い違いだったのかもしれない。単に、生徒会長がプライドやエリート意識が高いだけだったのかもしれない。

 そう、生徒達が生徒会長に不信感を抱き始めた瞬間だった。このことが後から思いもよらぬ方向でかかわってくることになるとは、一人を除いて誰も思わなかった。



「そうですね。確かに上に立つ者として力を持っていることを誇示しなければ下の者がついてこない。ですが、何も単純な力だけではないでしょう? 皆さんの暮らしていた国ではどのような政治をされていたかはわかりませんが、国王が国一番の武芸者ではないといけない、なんてことはなかったでしょう?」


 神官はとりあえずは納得したような表情を見せ、生徒会長を諭し始める。

 向こうの世界ではほとんどが民主制か王政の二つしか思い当たらない。

 が、すべたが国民よりも優れている統治者などいない。

 頭脳、腕力、体力、反射神経、器用さ……。

 どれか優れいてる点や、全体的に優れていることはあっても、絶対に全てが優れていることなど、あり得ない。


「魔力量で勝てないなら、他の点で秀でていることを見せればいいのです。何よりも、多少のことは受け入れる器の深さを見せることも、上に立つ人間として重要なことですよ」


「そうですね。すみません、取り乱してしまったようです。どうも最近はストレスが溜まることが多くて」


 神官の言葉尻に言葉をかぶせ気味に喋る生徒会長は、早くこの話を終わらせたくて仕方がないようだ。


「……話を戻させていただきますが、召喚者にはゆり様がどのような人物であるか、姿だけはこちらからでも確認することが可能でした。他の皆様も一定以上のお力を持っておられるからこそ、今この場に、この地に立っているのです」


 生徒会長が足早に人ごみの奥に行くのを見送ってから、神官が続きを話し始める。


「皆さんがどれほど多くの魔力をお持ちであるか。例えば、メイドのような一般人」


 先程、龍臥達に水晶を配り終えた後、神官の後ろで身じろぎせずに、横一列に並んでいたメイド達の一人がすっと神官の隣に立ち、どこからともなく水晶を取出し、力を込める。

 すると、富高の生徒達とは比べるのすらおこがましい程、淡い光を放つ。すでに富高生達の水晶は輝きを失っているが、もし今発行していた場合は、この淡い光を塗りつぶしてしまっていただろう。

 それほどまでに、頼りない光り方だった。


「この国は魔法術に対してそこまで進んでいる国ではないので、このぐらいが一般平均の魔力量です。魔法にはランクが存在しますが……この程度だともっとも下の初級魔法を数十回放つだけで枯渇してしまいます」


 次に、神官がまたもやどこから取り出したのか、早業過ぎて手元がぶれる速度で水晶を取り出して渡すメイド。

 後に竜二から聞いた話になるが、どうやらスカートの中から取り出しているらしいが、スカートの中のどこに隠す余地があるのだろうか? 龍臥は残念ながらメイドのスカート構造など詳しいはずもなく、真相は闇に包まれたままだ。

 それはともかく、今度は神官が水晶を握ると、少しまぶしい程度の光を発する。

 メイドに比べれば断然強い光りだが、富高生レベルには届いていない。


「私の魔力量がこの程度です。これでも私は、幼少の時から神官を務める傍ら、魔法使いとしての修業を積み続けている身です。上級魔法を唱えることはできませんが、中級魔法なら数十回は唱えることができます」


 龍臥達は後に説明を受けることになるが、初級魔法は世間一般で「頑張れば身一つでできなくもない」レベルで、中級が「生身で受ければ大怪我必須」レベル、上級まで行くと「大規模自然現象」レベルとなる。さらにその上に「天変地異をおこしかねない神の秘術」レベルがある。が、それを扱える人間は探しても、片手で事足りる人数しかいない。

 龍臥達には正確に実感できていないが、それでも自分たちが並はずれた存在であることは理解できた。


「おそらく、皆さんの魔力量は数回上級魔法を唱えられるほどでしょう。ゆり様に関しては、上級魔法のさらにその上の魔法を唱えられるかもしれません。正直、ゆり様の魔力量は想像を超えていました。過去にこれほど魔力量を持っていた人間は……、伝説として一人の少年がいたようですが、その時にはこの魔力石がまだ発明されていませんでしたし、明確な値はわかりませんがその伝説の少年が存命だったとされるのは数百年以上前のことですので、ほぼ間違いなくゆり様がこの世界で最も魔力量を持っています」


「私が……ですか? でも信じられないです」


「いずれ、理解できる時が来ると思いますよ。少なくとも、この国で生活するうちで、ね……」


 口を歪め、ゆりの不安そうな視線にこたえる。目は、笑っていない。どこまでも国益を考えている人間の、獰猛な目をしていた。

 龍臥が口を挟もうか挟むまいか迷っているうちに、神官がこれからの予定について話し始めたため、仕方なく開きかけた口を閉じる。まぁ、口を挟んだとしても、上手く立ち回れたかのかどうかは、別物だが。


「これから皆さんには、魔法についての知識や技術を身に着けてもらいたいと思います。その間、この城の敷地から出ることは許可できませんが、それもすぐに出られるようになるでしょう。魔法の件と並行して、この世界の常識も大まかにご説明します。大体……二週間程度になるかと思いますが、その間はあちらに皆様のためにご用意した宿舎が御座います。申し訳ないことに、我が国は財源に乏しい現状でして、あの程度しか用意できなかったことは、どうぞご容赦を」


 手で指示した方向には、石造りのマンションのような建物がある。十階建てぐらいの高さに日本でも平均的な横幅をしている。周囲の背景に浮いているのは、後から建てられたためで、おそらくは、富高生を召喚するにあたって緊急で用意したのだろう。

 そのことは全員が理解しているため、不満があったとしても今この場で口にする生徒はなかった。もちろん、中にはガラの悪い生徒が眉をひそめることはあったが、それだけだった。


「今日のところはひとまず、最低限のすぐに覚えられるような魔力についてのことについてお話しさせていただきます」


 今日のところは、というくだりで、今日はもう解散なのかと思った生徒達がうへぇ……と肩を落とす。

 その後、魔力についての説明を十五分ほど説明を受け、今度こそ解散となり、新たに自分たちの寝床となる専用棟にそれぞれが移動して、適当に仮の部屋割りをクラス順の出席暗号で決めてその日は終えた。

 少し呆気ない一日の終わりに感じなくもないが、それ以前が濃密すぎて、当の本人たちには十分すぎる一日となった。




「異世界、か…………」


 夜、明かりとなる蝋燭すら貴重なこの世界。機能性を重視した、ガラスを填め込んだ窓から差し込む月光を背に受けながら龍臥は、感慨深そうに呟く。結局、あの場では自分の魔力量を調べるタイミングを逃してしまったが、神官の説明を信じるとすれば、龍臥にも尋常ではない魔力が、その身に宿っているはずである。

 そのことを目に見える形で見えなかったため実感が薄いが、さすがに何時間も経った今では夢など言えるはずもない。

 龍臥は部屋の中央に置いてある円卓に突いていた手の平を月光にかざし、田舎でも感じられないほど明瞭に照らす光に目を細める。


「……異世界でチートな能力を持って召喚されたー、何t根喜ぶべきなのか、急にこんなところに連れてこられたことに怒りを感じるべきなのか……。正直、どっちなんだろうな……」


 龍臥は自分でもよくわかっていない感情に苦笑し、窓枠の本来なら花瓶などを置くスペースに腰掛け、片膝を立てて月を見上げる。今夜は半月とも三日月とも言えない微妙な形をしており、それがまた自分の感情とマッチしていることすら、苦笑を深めるスパイスになりえる。

 龍臥は昨日のことを順に振り返りながら、長い長い息を吐く。


「……ふぅーーー。明日からは、魔法の修業を始めるのかぁ……。今の状況を受け入れるだけでも精一杯なのに、これで魔法の知識を詰め込まれても入る自信がない」


 苦笑から一転、渋い表情を浮かべて悩ましげに呻く。


「確かに、学校の成績は特別いいわけじゃなかったけど、それでも、理解力に自信はある方だけど、……やっぱり不安しかねぇ」


 一人だからこそ表に出せる不安。これが昌太や篠崎、ゆりの前であれば、そんな素振りを露骨に見せることはしない。

 明日は竜二と一緒にサボってやろうか、などと割と真面目にボイコットを検討し始めたとき、

 コンコン。


「? はい」


 龍臥は一旦サボるための言い訳を考えることを中断し、ノックにこたえて扉を開ける。

 すごくどうでもいい余談だが、扉を開ける向きは日本と外国で違う理由は、日本側は昔の関所の名残で、侵入者を拒むために中から外へ開く仕掛けになっている。で、この建物の扉を今のところで、侵入者を拒む方向に開くようになっている。


「…………………竜、二?」


「よう、龍臥。こんばんわ、いや、ばんじましての方が好みか?」


「……そこに拘りはない。そうじゃなくて、昼間は散々避けてたくせに何の用なんだ」


 考えるまでもなく、俺との密会を望んでいるのだろう。


「言わなくてもわかってんだろ……、ノンケ野郎」


「……」


 キィ……、ガッ!


「待て待て待て、冗談だから無言で扉を閉めようとするな!」


 真夜中なので、声を潜めながら叫ぶ竜二。

 こんなところで無駄に役に立つ日本の玄関の構造。そうか、大昔の人間はこの時のためにこんな構造にしたに違いない。

 そんなことを本気で考えたが、さすがにそれはないかとすぐに自分で否定する。

 龍臥は渋々扉を閉じることを止め、今度こそ竜二を部屋に招き入れる。


「飲み物の用意とかはいいから」


「一瞬たりとも考えていないことに対する気遣いをどうも」


 普段、人へのあたりが強い竜二だが、龍臥には冗談を言う。逆に、龍臥の方が辛辣な物言いが増える。

 今回は昼間の件もあるため、なおさらだ。


「今日は色々と宣言しとこうと思ってな。まず、基本的におれはこれから目立つような場所でお前と接触を持たないつもりだ。お前もそうしろ」


「まぁ、昼間の態度でそのぐらいは予想してる」


「理解があってありがたいね。次に、おれとの関係をいつものメンツ以外には一切話すな。特にこの世界の人間には」


「……それも、なんとなくは予想がついてた」


 竜二の宣言、というより確認事項に一つ一つ頷いていく。


「これは警告だが、今日俺が適当にあしらった神官がいただろ?」


「あぁ、あの人か。名前はセナドリアだったな」


 今日の解散前に軽く自己紹介されたときに聞いた名前を思い出す龍臥。

 驚くことに、龍臥達と大して年が離れていないことだった。こう言っては本人に悪いが、人相や立ち振る舞いから、二十代後半にしかめないほどおっさん臭かった。


「あの人を警戒しろっていうことか?」


 竜二の言葉を予想し、例の神官に対する警戒度が自然と上がる。


「いいや」


 が、竜二はそれを否定した。


「あいつはまだ国益のために動いている。その点を考えればまだ安全だ。それよりも警戒すべきはあいつと同じ立場の人間だ。正確には、あいつらとは違う理念で行動している連中だがな」


 そういう竜二の目は、どこか遠くを見るような眼をしている。もしかしたら、そう思える何かが知らないうちにあったのかもしれないが、その瞳に映っていたものが何であるか、龍臥にはわからなかった。


「俺達を召喚した裏では、野心を持った者も関係している。明確な裏付けがあったわけじゃないんだが……、まずこのパターンなら間違いないな」


「そして、そいつらはセナドリア以上に俺達を都合よく食い尽くそうとしている、と……?」


「あぁ、俺の予測に間違いなければ」


 不確定なことを示唆する言葉を口にしているが、竜二は確信している。それを読み取った龍臥は、まだ顔すら見ぬ誰かに警戒を高める。


「完全に無関係だとは言えないが、それとは別に国王についても警戒する必要があるかもしれないな。あの男、相当食えない」


「お前が言うってことは相当なんだな。正直、昼の謁見じゃ、こっち側が相当バカだったから測りかねないところもあるんじゃないか?」


「俺もそう思うが、一国を束ねる存在にどうせ俺たち学生が勝てるわけがなかったさ。そういう意味も含めて普段から警戒すべきだと思う」


 どこぞの誰かがショーケースに入れられている宝石に魅入ってしまい、それを求めたせいでこの状況がないとも言い切れないことに、二人は思わずため息をつく。


「とりあえずはこんなところか?」


「そうだな。今はこの国の情勢も分からない。下手に動いた方が危険だろうし、お前は普通に生活してた方が、動きやすい。他の事は任せときな、”善友”」


 にやりと笑う竜二の表情は向こうの世界では考えられないほど活き活きしている。まるで水を得た魚のようだが、この男は攻撃力を持っている。


(俺的には、竜二も十分国王に匹敵するほど恐ろしんだがな……。怖くて本人の目の前では口に出せない……)


 龍臥は頬をひくつかせながら「お、おう……」とだけ返す。


「ま、今回はここまでだな。これ以上長居するとばれるかもしれない知れないし」


「……常々思うんだが、お前は本当に現代日本の田舎で育ったのか?」


「何を言っている。知識だけなら現代日本である以上、知識はいくらでも入るだろうが」


 お前の場合は経験も伴っていそうだからだよ! と反論しそうになるのを、鋼の精神で飲み込み、龍臥はがっくりと肩を落とす。


「それじゃあ、今日はゆっくり寝ろよ。ああ、後、明日はサボるなよ」


「……お前にそんな注意を受けるって変な感じだ」


「ついでに俺は明日その場に確実にいないだろうから、後でわかりやすくノートにでもまとめといてくれ」


「おいっ!?」


 今度こそ耐え切れずに突っ込みを入れようとしたが、すでに竜二は扉を閉じた後だった。


「はぁぁ~~~~……。一気に疲れた」


 今日の出来事を思い出した時より深く、長い息を吐いて、ベッドに身を乱暴に投げる。

 ギシッ、とあまり性能の良くないスプリングが軋む音を子守唄にして、龍臥は夢の世界へと落ちていく……。




 ――夢を見ている

 ――それは、『遠い日の思い出』

 ――心の奥底に眠りつかせている思い出。

 ――両親が死んだときの、思い出。


 ――その日は快晴だった。これ以上ないほどに

 ――瞳に突き刺さるような日差し

 ――真っ黒な髪が真っ赤に燃えるんじゃなかろうかというぐらいに強い日差し

 ――そんな日、目の前で両親が死んだ


 ――死因は事故。車同士の正面衝突

 ――でも本当は違う

 ――本当の原因は一人の幼児


 ――おや、あれは○○ちゃんじゃないか?

 ――あら、少し道路にはみ出ているわね。こんな狭い歩道では危ないわ。クラクションを鳴らしましょう。

 ――そうだな。お、気が付いたようだ。

 ――良かったわ。これで、……。

 ――危ないっ!?


 キィィィィィィッ!!!


 ――な、なんだ? 今の大きな音。家の近くで何か起こったのかな? 怪人が現れたとかかなぁ……!


 ――何も知らない自分

 ――幼く幼稚な自分

 ――愚かな、自分


 ――それが何の音であるかを少しも言い当てられない

 ――無邪気な笑顔で音源を探し、短い脚で全力疾走

 ――風を切る疾走感に身を任せて、粘つくヘドロのような嫌悪感に心を背けて


 ――角を曲がって、上がる息を更にヒートアップさせて

 ――直線を走って、立ち上る鉄の臭いにペースダウンして


 ――自分は、俺は、辿り着いた

 ――これ以上なく日常を掻き乱し、これ以上なく絶望を噴き上げる現場を


 ――え……? とう、さん? かあ、さ……ん?


 ――何も知らない自分

 ――幼く幼稚な自分

 ――愚かな自分


 ――それが何の液であるかを少しも理解できない

 ――無感情な瞳で噴出源を探し、短い腕で前途遼遠


 ――水を踏み鳴らす音に心を壊して、頬を撫でる風の不快感に身を委ねて

 ――視線を下げて、良く知る女性の姿に喉を引くつかせせて

 ――視線を上げて、関わり深い男性の姿に膝を着かせて


 ――自分は、俺は、見た

 ――これ以上なく精神を捻じ曲げ、これ以上なく事実を見せつける現場を


 ――あ……、う、ぅ…………


 ――目を背けても逃げられない。だって、臭いがする。濃厚な”死”の臭いが

 ――鼻をつまんでも逃げられない。だって、声が聞こえる。生死を彷徨う呻き声が


 ――い、いいぃ……、いやぁぁーーーーーーーーっ!!!!?


 ――鼓膜を揺すぶるのはそれだけじゃなかった。女の子もこの――惨状――過去――を見ていた


 ――わ、わた、し、が……ああぁぁ…………!!


 ――あぁ、これは夢

 ――あぁ、これは遠い日の思い出

 ――あぁ、これは――過去――現実――なんだ


 ――ごめんなさい……、ごめんなさい……、ごめんなさい……!


 ――ふらりと、立ち上がる。ジリジリと、肌を焼く炎の存在なんて関係ない。バシャバシャと濡れる靴もズボンの裾も気にしない

 ――手を、伸ばす。抵抗なんてない。手を、開く。拒む権利なんてない。手を、閉じる。容赦なんていらない

 ――こんなことをしたら怒られるかもしれない

 ――……誰に?

 ――怒る相手なんていない。だって、


 ――お前が、お父さんと母さんを……!!


 ――手の中には白いイキモノがある。ドクンドクンと赤いナニカを流そうと必死になってる。それが堪らなく憎かった

 ――どうせ、怒る相手なんていない。だって……こいつが”殺したんだから”




「……っ!!!?」


 バサッ!!


「はぁ、はぁ、はぁ……!? 今、のは……?」


 嫌な夢を見ていた気がする。

 手を開けば、じっとりと汗が存在を主張している。

 思い出したい。大切な記憶。でも、思い出したくない。


「くそっ……! 何だったんだよ……!」


 むかむかする胸を寝巻の上から強く握りしめる。

 ドクンドクン!

 鼓動は強く早いリズムを刻んでいる。

 手の中にはまだ感覚が残っている。


 ――白いイキモノ、○○の首が


「…………っ!?」


 急に全身の毛穴が開くような感覚に襲われる。

 ガチガチと打ち鳴らしそうになる歯を強く噛み締め、自分で自分の頬を殴る。


 ゴッ……!


 鈍い音がして、数舜遅れて鈍い痛みに襲われる。血の味もするから口の中を切ったかもしれない。

 だが、それでようやく動悸が収まる。


「……顔を洗って支度をするか」


 慣れない部屋の洗面所にふらつく足取りで向かい、温かみのない冷水を顔に浴びせかける。

 ボタボタと水滴が流れるままに鏡を見れば、先程殴った頬が赤く腫れている。


「しまったなぁ……。これは隠しようがないな」


 心配性な妹の顔を思い浮かべて、眉を寄せる。


「ま、良いか。ベッドから落ちたってことにすれば」


 気を取り直して朝の準備を整えると、もう気分はすっかりいつも通りに戻っていた。


 ――そうしてまた、『遠い日の思い出』が心の奥底に沈み込む

 ――俺は何時になったら、『遠い日の思い出』をちゃんと思い出せるようになるのだろうか……? 


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