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最弱の放浪者  作者: かきす
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第一話 「異世界へようこそ?」

あらかじめ言っておくと、別に流行にのったわけではありません。

 俺には妹がいる。それも同い年の。

 双子ではない。それでいて、同い年。そうなれば当然、義妹ということになる。

 俺には肉親がいない。正確には、生みの両親は両方共他界してしまっている。そのことに対する悲しみを抱いていたのはもう随分と昔だ。

 いや、まだ数十年しか生きていない若輩者が随分昔などと語るのはおかしいか。

 でも、俺としてはそれぐらい前のことだと思えるぐらい、整理がついている。正直、それに沈み続けていられる状況ではなかった。

 それが、妹の存在。

 残念なことに、俺はなかなか両親の死を受け入れられなかった。だから、本当は五年ぐらい部屋で引きこもっていたかった。

 だが、俺のことを気にかけてくれる幼い少女がそれを許してはくれなかった。

 俺が、耐えきれなかったのだ。惨めすぎて。

 少女はむしろ俺の醜態を受け入れようとしていた。だが、俺はそれを拒み続けた。肉体的に拒んでいたわけではない。単に面会を拒絶した。

 俺は日々、ドアの向こうから掛けられる声に頭を抱えてた。その時から控えめだった妹は俺に話しかけることはしなかった。短く「ごはん、おいておきますね」とか、その程度の連絡ぐらいだった。

 俺はこのままで良いのか?

 俺はいつまであの子にこんなバカな男につき合わさせるつもりだ?

 いつしか、そんな思考が頭の中を圧迫するようになった。彼女は許すつもりだったのだろうが、結果として逆になった。

 心配するような、労わるような、それでいてどこか安らぎを感じるような、優しい少女の声を聴きながら両親の死を嘆く日々は地獄の一言だった。

 俺が部屋を出る決意をした日は唐突にやってきた。

 いつもどおり、少女が部屋の前にご飯を持ってきてくれた。


「今日は麺類なので、すぐにいなくなりますね……」


 その言葉を聞いたとき、俺は反射的に呼び止めた。


「待ってくれ!」


「っ! は、はい……、何で、すか……?」


 反射的に呼び止めたので、明確な用なんてなかった。でも、何か引っかかることがあった。


「え、えっと……ちょっとだけ待ってもらえるかな?」


「……でも、私がここいると、おにぃ……龍臥さんがお部屋を出れなくて、麺が伸びちゃって……」


 俺の間抜けな言葉に返答してくれた。その返答に、なぜ自分が呼び止めたのか、その違和感の正体に気づいた。


「玉ねぎでも切った?」


「え? ううん、切ってないです」


「じゃあ、なんで少し泣き声なの?」


「っ!?」


 ガタ……。


 ドアの向こうから、確かな動揺が伝わってくる。

 更に思ったことを口から吐き出す。


「それに、本当は逃げたい、とか?」


 この時の逃げたいとは、早く部屋に戻りたいとか、俺の前から早くいなくなりたいという意味だった。


「そ、それは……」


 そしてそれは間違いではなかった。


「お、置いておきます……!」


 ガチャ、と少し慌てた様子で盆を置き、パタパタと廊下を走る音が聞こえる。

 俺は反射的にベッドから飛び降りた。ドアを開け、廊下に首を出すと、一瞬視界の端に何かが見えて、バタンと音がした。

 俺の部屋とは違い、明るい廊下をゆっくりと歩いて、妹の名前が書かれているネームプレートがあるドアの前に立つ。

 まだデリカシーという言葉も思いやりもなかった俺はドアノブを持って回した。


 がちゃ……。


 あっさりと開いたドアから手を離し、中に踏み入れる。

 初めて入った女の子の部屋。その初めてのシチュエーションで見た部屋主の表情は、酷いものだった。


「泣いて、いるの……?」


 部屋に入ってすぐ座り込んだのか、女の子座りでこちらを振り向いている少女の目の周りは、真っ赤に腫れ上がっていた。

 妹は最初、乱入者に呆然としていたが、すぐに背中を向けてゴシゴシと乱暴に目を擦り、涙を拭う。

 震える声で少女は俺の独り言にも近い呟きに答えた。


「泣いて、ません……!」


「でも、声が震えてる」


「これは、ビブラートを聞かせてるんです」


 今では才色兼備な妹だが、この当時はまだ少しだけアホな子だった。

 俺は俺で、容赦がなかった。


「いや、普通におかしいでしょ、その誤魔化し。それに、さっき思いっきりゴシゴシしてたじゃん」


「あ、あれは……」


 今にも消え入りそうな声で誤魔化そうとするが、うまく言葉が出ない。

 そんな少女に、自然と体が動いた。


「あ……」


 俺は勝手に少女を抱きしめていた。正面に回って自分も座り、頭を抱えるようにして額を胸に押し付ける。そのまま、髪も撫でてやる。

 表情はみえなかったが、たぶん驚いていたと思う。

 自分でも驚いていた。これほどまでに自然に体が動くとは思わなかったのだ。この時だけは、誰かに操られてたみたいだった。意識はあるけど、体を動かせない状況だったことを覚えている。


「なにか、悲しいことがあった?」


「……う、うん……」


 おずおずと腕を、俺の背中に回そうとしているのを見ると、俺はその腕を掴んで自分の背中にやや強引に背中に回す。

 すると、最初は遠慮していたが、すぐに腕を力に入れて抱きついてきた。

 大きな声でわんわんとは泣かなかったが、俺の胸の中で微かに嗚咽を漏らしながら、泣いていた。

 その時、俺は思った。


(この子は、自分が悲しいときに俺みたいな奴を気にかけてくれたんだ……。なのに俺はそれをいままで拒んでいたなんて……!)


 自分の情けなくて惨めさに、少女を抱いている腕の力が増した。

 その日、俺は妹を抱きしめながら同じベッドで一晩を過ごした。涙の跡が残る頬をやさしく撫でてやりながら、本当に久しぶりに安らかな眠りについた。

 そうして、俺は両親の死から立ち直ることができた。




「ゆりちゃん、ゆりちゃん!」


「ん、んぅ……。龍臥、さん……?」


 俺は意識を取り戻した妹に微笑みかける。本当は有能な妹に泣きすがりたい所だが、相手は俺以上に状況を知らないはずだ。そんな相手にすがるほど困っているわけではない。

 龍臥は念のため少女の手を握る。最初、ゆりと呼ばれた妹はその手の意味に疑問を感じたが、すぐに周囲の状況に気を取られる。


「こ、ここは……?」


「わからない。昇降口で、空間の歪みに包み込まれて、縦に伸びるトンネルを落下したら、ここだった」


 ぎゅっと握った手に力を混めながら周囲を見渡す少女に、短く切りながら経緯を説明する。とはいえ、少女が気絶していた時間は少ない。説明はすぐに済む。それよりも……。


(意外と落ち着いてるな……。いや、まだよく状況が呑み込めていないだけか)


 妹に思っていたよりも動揺の色は見えない。

 龍臥は、


(まだ周囲を確認しただけ。俺と同じ程度の認識なんだ。俺如きが冷静でいられるのに、この子が動揺するはずがないか)


 と、自己評価の低い分析をする。

 先程から周囲が、ということについて言っているが、それは少女の瞳に写っている景色を見れば分かることである。

 大きく見開かれた瞳に映る景色、それは人の手が加わったリノリウムの床やコンクリの壁やガラスの窓など一切存在しない。あるのは雄大な自然。

 最近話題に上る地球温暖化。土地開発により森林の伐採や自然の減少が嘆かれているが、今目の前に広がる光景は違う。

 どこまでいっても緑色の草原。時折少し背の高い草もあるが、とえも先程まで学校があった場所とは思えないほど開けている。


「……ここは、日本なんでしょうか?」


「多分、違う。少々ファンタジー脳で言わせてもらえば、異世界なんだと思う」


 いくら田舎に住んでいるとはいえ、日本にこれほど広大な平原があるとは思えない。そもそも、二人が住んでいたのは山陰。山や森の中ならともかく、平地でこれほど広いところは知らない。というか、今の日本では滅多にないほど広い平原だ。

 だからこその少女の疑問。それを補う少年の言葉。二人はほとんど無意識で行った会話だが、かなり息があっている。

 もし、ここが日本でないとするならば、方法は置いておき、遠い場所なのは間違いない。先程起こったことを考えると現代の若者の脳内には一つのことしか思い浮かばない。

 すなわち、異世界召喚。

 少女に説明するときは随分と省いたが、縦に伸びるトンネルと称したものは壁というべきなのか背景べきなのか、妙にグネグネと蠢いていた。実際にそうだったかは知らないが、少なくとも視覚的にはそう見えた。しかも、柔らかい鏡のような背景に映っていたのは皆一様に同じ服を着ていた同じ年の少年少女だった。龍臥やゆりと同じ制服を。

 それを説明すべきかどうか迷っていると、突然少女は立ち上がってある方向を見る。

 龍臥も立ち上がって同じ方向に視線をやると、だだっ広い草原の向こうから何かがこちらにやってきている。もし本当に異世界であるなら、モンスターの可能性もある。

 俺はいつでも逃走できるように身構えたが、それは杞憂に終わる。


「数人の人と馬……?」


「相変わらず目が良いね。……俺もようやく見えてきた」


 いち早く向こうの正体に気付いたのは少女の方で、少年は数秒後にその姿を捉えることができた。

 三人とそれぞれに馬が一頭ずつ。まさか盗賊じゃないだろうな? とは思ったが、服装を見る限り違うと信じたい。

 全員白い服に身を包んでいる。現代の若者の目にはその服装が神官などの聖職者の格好に見える。盗賊がこちらを油断させるために来ているのでなければ、そういう人たちなのだろう。

 普通であれば、迎えに来た人間と推察できる。更に言えば、この先の展開として最寄りの大きな街に連れて行かれ、自分達が異世界から召喚された勇者として迎えられるのだろう。

 だが、少年は嫌な予感がした。それは、本当はあの三人が聖職者のふりをした盗賊であるとか、途中で曲がって自分達を素通りとか、とういったたぐいのものではない。連れて行かれた後の話だ。


(でも、こんな草原で身を隠す場所もないし、今更隠れるにも遅い。……諦めるしかないか)


 少女を背で守るように前に立ち、聖職者の一団が到着するのを待つ。

 およそ十五メートル先で馬から降り、二メートルの距離を置いて俺達の前に立つ。

 ここは異国の地どころか、異界の地なのだ。どれだけ大丈夫だろうと予測を立てても、それがあっている自信はない。それでも、今後ろにかばっている子だけでも守ってやろうと、ぐっと身構える。

 しかし、そんな龍臥の不安は不審と変わる。


「あなた様をお待ちしておりました」


 突然、三人が腰を四十五度の角度で折る、日本式のお辞儀しだした。

 あまりのことに、龍臥もゆりも何一つ言葉を発せなかった。だが、龍臥だけは慌てて口を紡ぎ、再度警戒する。


(「お二人を」じゃなくて「あなた様を」……?)


 俺が見えていないはずがないだろうに、ゆりちゃんにだけ平伏しているように見える。


「……えっと、どうしたら」


「とりあえず、ゆりちゃんはそのまま何も喋らないようにしてもらえると楽かな」


 俺とゆりちゃんはコソコソと三人に対する対応を話していると、三人は頭をあげて姿勢を正す。


「色々と疑問にお思いでしょうが、まずは安全な墓所へ行きましょう。ここは魔物が現れる可能性もありますので。ご友人も、どうぞ」


 そういって、後ろに待機させている馬を寄せてきたが、ゆりちゃんは動こうとしない。


「すみません、僕はこの子の兄なんですが、非常に人見知りをするタイプなんですよ。幸い僕は馬に乗ることができるので」


「そうですか、わかりました。それでは行きましょう」


 以外にもすんなりと馬を一頭譲ってもらえたことに少し首を捻ったが、ここは現代日本の様に交通手段が馬以外にあるわけではないことを思い出す。この世界では案外馬に乗れるのは普通のことなのかもしれない。

 先に馬に乗り、ゆりちゃんの手を引いて乗せると、躊躇いがちに腰に手を回される。手を回す時は躊躇いがちだったが、ぎゅっと俺の背中に前面を押し付けてくる。その感触の柔らかさに心臓が飛び上がりそうになったが、なんとか平常心を保つ。三人がピュアな少年の初々しい場面を見守る大人の様な視線を向けてきたのは気のせいだと信じたい。

 ちゃんとゆりちゃんが座る位置を固定したのを確認すると、三人に頷く。すると、三人も頷き返し先導を始める。

 俺たちの前に二列で並び、この馬を譲ってくれた神官? は仲間の馬に乗りながら時折こちらの様子を伺っている。


(俺達に気遣っているのか、何かを値踏みしているのか……)


 その視線がむず痒くて身を捩りたくなるが、後ろにはゆりちゃんが俺を支えとしているので我慢するしかない。

 気を紛らわせるために俺は乗馬ができるようになった経緯を振り返る。

 あれは昨年の誕生日の時、親友の昌太が誕生日プレゼントとして鞭を渡してきた。もちろん、乗馬用の鞭ではない。夜の鞭だ。

 俺は鞭で叩く方の人間ということを良く知っている昌太はそれを選んでくれたのだろう。俺も無駄にテンションが高かったこともあり大声を出しながら喜んだ。だが、それが災いした。

 階下での騒ぎを聞きつけたゆりちゃんが何事かと思い、リビングへ入ってきた。入ってきてしまった。


「…………………龍臥、さん?」


 この時ほど、時間が重く感じたことはない。空気が、ではなく時間が。

 その重い時間の中で、俺は瞬時に脳内で言い訳を考えた。


「こ、これはち、違うんだ!? これは決して女の子を調教するための鞭じゃないんだ!? その、……そう! 乗馬用の鞭なんだ!!」


 自分でもかなり苦しい言い訳だったと思うが、ありがたいことにゆりちゃんはその苦しいどころか自爆すらしている弁明を信じてくれた。

 結果、俺はこの日から乗馬教室に通うことになってしまうのであった。


「……はぁ~」


「どうかしたんですか? 龍臥さん」


「なんでもないよ……」


 己の馬鹿さ加減に思わずため息を吐いたせいか、前で先導する神官達を含め、全員に視線を向けられてしまう。畜生、俺は何も悪いことをしてなかったのに!

 龍臥は自分のため息を耳ざとく神官達が拾ったと思っているが、実際には別の理由があった。それは、皮肉にも龍臥の乗馬技術だった。

 龍臥は自分の乗馬技術に関して聞かれれば、


「そこまで上手くないし下手でもない、そつなくこなせる程度だと思う」


 と、答えるだろう。

 だが、龍臥に乗馬を教えていたコーチ(39歳独身)はこう語る。


「彼の乗馬技術はプロ並だ。実際に馬をコントロールする技術もだが、馬に好かれ、その性能を極限まで引き出す才能がある」


 龍臥の乗馬技術はプロお墨付きの腕前で、龍臥を載せている馬すらも上機嫌になっているのがわかる。それを感じた神官達が尊敬と嫉妬の眼差しを向けたのだ。

 果たしてこの才能が、動物に好かれる才能があったからなのか、性能を極限まで引き出す才能なのか。そのことがわかるのは、もう少し後の話だ。


「そろそろ見えて参りました。あれが、私共が仕官している王城になります」


「へぇ……、めちゃくちゃ大きいですね」


 いつの間にか、前方に高くそびえるお城が見えるようになっていた。

 ここからではまだ距離があり、細部まで構造を眺めることは不可能だが、厳かな外観だけは見て取れる。

 日本人で、それも片田舎の少年には本当に豪勢で着飾った建築物の装飾など思いもつかない。だが、遠方に見える城には知識がなくとも、確かな国力がもたらす装飾の数々を惜しげもなく晒しているとわかる。

 日本のマンションの様に正確に測られたり、同じ高さで構成されているとは思えないが、少なくともこの距離からでもかなり高く見えるということは二十階分ぐらいの高さはあるのではないだろうか? 重機があるわけでも無さそうなこの世界にあのレベルの高さの構造物を作れるとは、一体どんな建築技術だろうか?

 ゲーム等で良く見られる城の形で、真ん中が高く周りは段々で低くなっている。それらの屋根には共通して尖った形をした柱? が立っている。普通なら石やレンガといった建材を使用するが、その柱は透き通おる様な青い水晶な様なものでできている。また、城全体が陽光を反射しており、屋根の装飾だけでなく土台であり本体である城本体も何か特殊な建材を使用していると思われる。

 俺はふと、ある疑問を感じた。


「そういえば、城ってこんな平坦な土地に作って大丈夫なんですか? 敵に攻めてこられたときに四方から攻め入られるような気が……」


「えぇ、普通はそうなのでしょうね。でも私どもの置かれている環境は少々特殊でして」


 俺の問いに少し驚いた表情をしてから、穏やかな笑顔で答えてくれる。


「その、特殊な環境というのを説明するためにも、あの街に向かっているのです」


 何だかはぐらかされたような気がするが、後で説明してくれると言っているのだ。細かく追及しないことにした。


「ここまでくれば後もう少しですから、急ぎましょうか」


 今までは龍臥の乗馬の腕前を考慮して少し遅めの誘導をしていたが、大丈夫だと判断した神官達はスピードを上げた。


「そうですね。早く落ち着きたいものです」


 もちろん、その後を遅れることなく龍臥は追従する。

 数分ほどだろうか? 今まで歩く程度の速度から馬を走らせる速度に変えたおかげですぐに城壁が見る間に大きくなってくる。

 

「さぁ、こちらです」


 城壁の門番に入国の手続きを代って行ってくれた神官が戻ってくると、5メートルはありそうな城門が引っ張り上がる。

 その先の光景に、異世界の少年少女は息を呑んだ。


「す、すごい……!」


「わぁ……!」


 広がった光景には映画、ゲームのように広い街道。その中央を蹄の音や荷物の重さによって軋む音を発する馬車がゆっくりと通り過ぎていく。街道のすぐ脇ではいくつもの屋台が並び、縁日で嗅いだことのある木炭が焼ける匂いや、仲睦まじくアクセサリーを物色するカップルと、獲物を逃がさないように目を光らせている店主。それらは全て現代の日本では決して見ることのできない光景の数々。

 先程、遠くから城を眺めた時よりも生で感じる熱気に、思わず後ずさりをしそうな二人だったが、ここは国の玄関。後ろも詰まっているので、意を決して一歩を踏み出す。

 そんな若い男女を見て神官たちが温かい視線で見守っていることに、当の本人たちは気づいていない。


「このように大きな街は初めてなのですか?」


 さりげなく二人の左右に一人ずつ、正面に一人で人込みから守る。それに気づいた龍臥は今更ながらも正気に戻る。


「そうですね。”元の世界では”田舎だったので」


 これまたさりげなく、爆弾を投下する龍臥。

 これには神官たちも言葉に詰まり、すぐに大人の経験を持って持ち直す。


「そうですか、それでしたらこの機会にお楽しみくださいね」


「えぇ、そうさせてもらいますよ。それで、道なりに行けば城に行けるんですか?」


「はい。一応、案内をさせてもらいますね」


 にこやかな笑顔で交わされる黒い会話に左右の神官二人と妹ががたがたと体を震わせる。

 どうやら、左右の二人は見た目の割に若いようで、こういった会話には慣れていないようだった。

 仕方ないので、他愛のない会話を打ち切り城を目指して歩き出す。だが、龍臥はすぐにある違和感を感じた。


(なんだか、妙に体が重い?)


「どうかされましたか?」


「いえ、何でもないです」


 急に押し黙った龍臥の様子に疑問を感じた神官が振り返って問うが、首を横に振って誤魔化す。

 もしかしたら重力が違うのかもしれないし、そもそも自分の勘違いかもしれない、と違和感を頭の隅に追いやった。

 後に、これが勘違いではないと判明するときまで……。





 王城の正面からでは面倒な手続きが多く、人目にもつくとのことで裏口から入れて貰うことになった。その後、リアルメイドに案内された部屋は人で溢れかえっていた。

 それも、全員が同じ学校の生徒だった。


「召喚されたのはゆりちゃんだけじゃなかったのか……」


 全員の視線を一身に受けながら龍臥は呟く。


「そ、そんな……」


 俺は神官達の慣れている対応から他にも召喚された人間がいるのではないかと推測していたため驚きも少なかったが、ゆりちゃんはそうもいかなかったようだ。前髪の下にある表情が青くなっている。こういう時、ゆりちゃんの手を握ってやるべきなのだろうが、人目が多いのでどうしても躊躇ってしまう。


「君達もここに連れてこられたのか。……何かこの状況について情報を持っていないか?」


 それぞれ違う理由で動けなくなっている兄弟に話しかけてきたのは、人込みを押しのけて出てきたメガネをかけたの少年だった。

 龍臥はゆりから視線を外し、目の前の少年を見ると僅かに目を見開く。


「……いや、まったくわかっていない。これから説明するって言ってここに連れてこられた」


 龍臥の返答に何故か安堵する少年の名前は富岡優太郎。龍臥達が通っていた私立富岡高校の現生徒会長で、今年の生徒会長選挙の投票率が過去最高だったことで有名だ。

 最終演説の場で語られた内容は、「自らを粉とし、皆を導く存在になる」と豪語した。実際に生徒会長に就任してからも、生徒が過ごし易い学校生活を送れるような企画を立案、実行に移してきた。生徒からの信頼は厚い。知り合いに一人ほど何の理由もなく警戒している奴がいるが……、あいつは特別なので今回は除外。

 更に、学園長の甥にあたる坊ちゃんということも、さらに票を集める結果となったのだろう。

 なので、龍臥はこれからも何かと頼りになるかもしれない人物が巻き込まれている事実に、密かに喜ぶ。


「そうか……」


 だが、生徒会長の反応は龍臥が望んでいるものとはまったくの別物で、安堵の表情のまま人込みの奥へと隠れてしまう。

 これには龍臥だけではなくゆりも眉をひそめる。


「……生徒会長と面と向かって話をするのは初めてだったけど、なんだか聞いてた内容と違ったね」


「生徒会長さんも、急なことで混乱してるとか……、じゃないですか?」


 ゆりは首を傾げて龍臥の感想に応える。


「龍臥! それにゆりちゃんも!」


 じっと優太郎が消えていった方向とは逆方向から聞き覚えのある声が耳に滑り込んでくる。


「昌太!?」


 無理、人込みを押しのけて体勢を崩しながら出てきた親友の姿に、今度こそ大きく目が見開いた。


「良かった……! 二人も無事で。お前らは外に召喚されたって聞いて心配だったんだ!」


 こちらの肩を両手で力強く掴みながらぐわんぐわん体を揺すられる。昌太は無駄に力が強いので、かなりの震度だ。早くも酔うぐらいに。


「わ、わかっ、分かったから揺すらないでくれぇえぇえ!?」


 がくんがくんと揺れる視界の隅であわわわっ、とおろおろしているゆりちゃんを見ながら昌太を宥ようとするが、なかなか揺れは収まらない。大きな地震がほとんどない県に住んでいる龍臥にとって、これが過去最高の地震といっても過言ではないほど揺れと言えば伝わるだろうか?


「いい加減にしなさい。怪我一つなかった龍臥が段々死にかけてきてるわよ?」


 どうやら、昌太だけではなく篠崎もこの世界に飛ばされてしまっていたようだ。


「死ぬなぁー、龍臥ああー!!?」


「俺、この揺れが、収まっ、たらゆり、ちゃんに、『お兄ちゃん♡』って、言ってもら、うん……だ……」


「ちょ、本当にまずくなってきてるから離しなさい昌太!? 龍臥がとんでもなくキモイフラグ立て始めたから!?」


 川の向こうから俺の両親が超いい笑顔で手招きしているのが見えてきた頃になってようやく揺れが収まった。

 まだ揺れている感覚がするが、それ以外は大丈夫そうだ。


「だ、大丈夫ですか? 龍臥さん……」


「あ、ああ、大丈夫。ところでゆりちゃん、『お兄ちゃん♡』って言ってくれないか?」


「まだ死にかけでした!?」


 まったくもって大丈夫ではなかった龍臥であった。

 結局、まともに再開の会話をできるように回復するまで十分近く掛かり、その間昌太は罰として正座を篠崎に命じられていた。




「さて、いい加減説明をしてもらえませんかね?」


「ええ、準備は整いましたので皆さんをふさわしい場にお連れしましょう」


 龍臥の吐き気が収まり犯人の首を絞めていると、最初に龍臥達を案内した神官が部屋に入ってくると同時に不敵な、というよりも黒い笑みを浮かべて歓迎する。

 それに同じくらい黒い笑みを返した神官は大きく扉を開け放つと、続々と鎧を着た騎士が盾を持って俺たちを部屋の奥まで下がらせる。


「キ、キャーーっ!?」


「な、なんだよ、こいつら!? ほ、本物の鎧じゃないよな!?」


 さっきまで静かだった学生達は鈍く光る鎧や盾、はては腰に下げられたモノを見て悲鳴を上げて騒ぎ始める。

 騒ぎ出した生徒達を背後に、俺は真意を問う。


「……これは、どういうつもりだ?」


「これから、皆様方には国王自ら説明を受けてもらいます。そのために、必要なことです」


「………………必要なこと、ね……」


 口では不遜を貫いている龍臥だが、額には隠し切れない滴が一筋ほど流れ伝う。龍臥とて極極極普通の高校生。口先だけの戦いに多少の自信があったとしても、物理的な力が振るわれるとなれば話は別だ。ゲームに出てくるような鎧を全身に装備した大男に殺気を向けられれば、恐怖せずにはいられない。


(あいつなら、こんな時にどうする? どう立ち回る……!?)


 龍臥の頭には、自分が対応できない時にいつも助けてくれた悪友のことを思い出していた。

 一年の時に良くつるんでいたそいつは、俺のことを善友と呼び、普通では思いつかないような、思いついたとしても実行に移すのは容易くないことをしでかす男だった。あいつなら、もしかしたらこの場を自分が有利になるように話を誘導するはずだ。

 だから、ひたすらにあいつが考えそうな、言いそうなことを頭の中に並べていくが、どれもぴったりくるようなものは姿を現してはくれない。

 このままではこの状況に呑まれてしまう。そんな風に諦めが頭を過った時、


「随分と偉そうにしてるな、あんた。どういうつもりでこんなことをしてるのか、俺達はまったく理解できてないんだが?」


 そんな時、待ちわびていた声がざわついた部屋に不思議と響いた。


「確かに、国王となればあんたらのトップだろうからなんにも無しに謁見をするわけにはいかないだろうな。例え幹部連中が事情を把握していたとしても、民衆が理解しているとは限らない。一人二人程度ならまだしも、ここまでの大人数だ。護衛も無しに王に合わせるのは問題が大きい」


 相手が口を挟む暇を与えず、次々と相手側の理由を言い当てる。

 全てを一度に話しきらず、一呼吸をわざと開けた。俺には、分かる。


「……そう、です。私達には私達なりの理由があります」


「……」


 流れを全て持っていかれ、それでも僅かな隙間を狙って自分側に引き寄せる辺りはさすが、というべきだろう。だが、俺の知るあいつは、その上を行く。


「……一つ聞きたいことがある」


「何でしょう?」


 いまだに姿を現さないが、あいつが笑ったような気がした。俺よりも何十倍と深く黒い笑みを。


「何故、国王が出てくる必要がある?」


「は? ……ふっ、何を言い出すかと思えば、そんなことは当たり前じゃないですか。重要なことなんですから」


「ほう、重要なこと……ねぇ……。そんな重要なことなら……なんで民衆が知らない? さっき否定しなかったよな、『民衆が理解しているとは限らない』って。それはつまり国が密かに何かをしようとしている。いや、事を大きくして他に知られたくないのか? ……まぁ、どちらでも良いか。あんたらが明確な目的を持って俺達をこんなところに断わりもなく連れてきたんだからな。それ相応の対応をしてくれるんだよな、なぁ……?」


「っ!? い、いい加減姿を見せたらどうですか?」


「そういやまだお互いに顔を見てなかったな……」


 今気づいた、と言わんばかりの人を小馬鹿にしたような飄々とした声と共に現れたのは、これまた小馬鹿にするような不敵な笑みを浮かべた少年が歩み出てきた。悠々と片手をズボンのポケットに突っ込みながら出てきた少年は切れ長の目をしているが、それもまた、不敵な表情と相まってかなりの余裕を醸し出している。


「俺の名前は竜二。あんたの名前は?」


「私は……」


「あ、やっぱ良いや。今ここで名前を聞くと後から因縁付けられて面倒そうだし」


 ピキピキッ!


(……良い意味でも悪い意味でも変わらないな、こいつ……)


 先ほど、人を小馬鹿にしたような、と表現したがあれは訂正しよう。あれは確実に馬鹿にしてる。


「……ま、まぁ、良いでしょう。先ほどの質問に答えてあげようかと思いましたが、王に直接説明してもらうことにします」


 こめかみに青筋を立ててはいるものの、少々どもりながら不利な話を切る。今日何度目かの大人の対応に俺は心から感心する。


「役立たずな部下だなぁ……。まぁ、良いか。所詮下っ端って思えば当然か」


 ……俺は時折思う。竜二に怖いものって有るんだろうか?


「な! に! か! 言いましたか!?」


「い~え~? 上司の言葉しか実行できない頭に理解できるようなことは何も~?」


 さすがに我慢の限界だったのか、声を若干荒げたが竜二はニヤニヤと嗤うだけだった。

 最初は武装した集団に囲まれたことに混乱していた生徒達は、あまりにも不遜な態度をする竜二に引いている。


「くっ!!」


 これ以上からかわれてはたまらないとばかりに、白いローブの裾を翻すと大股で部屋を出て行ってしまう。その背中に竜二は鼻で笑うと人混みの奥に戻っていく。


「…………そ、それでは、皆さん付いてきてください」


 普通ではない乱入者に呆気を取られていた騎士達だったが、その中の一人は正気に戻って自らの業務を思い出す。それは、こちら側も同じで、大人しく指示に従う。

 次々と人が部屋を出ていく流れに逆らいながら、俺は竜二が消えて行った方向を目指す。


(あいつも、ここに……。なんで俺に顔を見せようとしないんだよ………! 何をしようとしているんだよ、お前は!)


「ごめん、って! どいてくれ。……くそ、竜二、竜二?」


 ガクン!


 我先に、と急ぐ者はいないが、それでも人数は多く、その波に逆らう龍臥には十分身動きを阻害される。それに苛立ちを感じながら押し分けていく。と、急に腕を誰かに掴まれ、前傾だった姿勢を起こされる。


「……龍、臥さん、竜二さんならもう部屋を出ていきました、からっ。早く私達も……!」


 腕を掴んだのは、一緒にこの世界に飛ばされた妹だった。ゆりは常に龍臥のそばに寄り添い、焦った表情で人混みに飛び込んでいった兄の姿を見ていた。同時に、そんな兄から逃げるように、入れ違いに部屋を出ていく竜二の姿も捉えていた。

 龍臥もけっして体格が良い方ではないが、華奢なゆりではこの波に逆らい続けるのは辛い様で、龍臥を引き留める言葉は途切れ途切れだった。

 一瞬、この腕を振り払って探すという選択が頭を過ったが、


「……分かった」


 すぐに体の向きを変え、波に逆らうのを止めた。

 竜二が顔を見せないということは何か企んでいると同時に、今は合わない方がお互いのため、という意味が込められている。長くない付き合いだが、竜二の性格や考え方に一目置いている龍臥はそれが分からない程付き合いは浅くない。


(それに、これ以上駄々をこねてもゆりちゃんに迷惑をかけるだけだ……)


 龍臥はゆりを引き寄せると自分の体で隠すようにして、人の波から守る。


「ごめんね、ふがいない兄貴で」


「そんなこと、ないですから……」


 少女は俯いたまま、自分を引き寄せた手に己の手を重ねて小さく呟く。誰に聞かせるでもない呟きは少年の耳に入る前に、周りの喧騒がかき消してしまった。




「そなたらが、異世界の少年少女か」


「はっ! 我ら総勢52人はこことは別の時空より来た者共です!」


 王城の、謁見の間。そこで二十にも満たない年の少年少女が片膝を突いて頭を垂れている。相手は国王。

 確認のためではなく会話を始めるための切っ掛けとして王が問えば、それだけで感じたことのない威圧感を学生達は浴びせ掛けられた。

 事前に代表者として決められた生徒会長は、平伏したまま王の問いに答える。


「うむ。さっそくだが、おぬし等は自分が置かれておる状況を理解しておるのか?」


 重々しく頷いた王は少しだけ気迫を緩めた。そのお蔭で、幾分か肩の重荷が軽くなる。


「いえ、我々は気が付いた時にはここに居りました。聞けば、王が畏れ多くも直々に事情をご説明してくださると」


 王がいる檀上の角度からは見えないが、生徒会長の靴の上には決められたセリフを言うための小さなカンペがある。自信満々に立候補したくせに、台本をまったく覚えられなかったため、作られたものだ。


「そうだ。心して聞くが良い。疑問が出てくるであろうが、それは後で纏めて答えよう。今は静かに聞いてはくれんか?」


「はっ!!」


 無駄に元気の良い返事をすると、小さな紙音を立てながらカンペとして使ったメモ用紙を靴の中に突っ込む生徒会長。さすがに、王の耳にも聞こえていたであろうが、何も言わない。

「何から説明使用かのう……。まずは、この国の状況から話そうか」

 王は一度大きな咳払いをして喉を整えると、深呼吸をしてから口を開く。


「この国は島国だ。島の大きさで言えばそこそこはある。そんな島を統べているのが我が国である『トロクシア』だ。トロクシアは国名であり、また島の名前でもある」


 話し始めは、この国についてだった。


 王曰く、トロクシアには街はいくつかあっても国は『トロクシア』だけと。

 王曰く、トロクシアの他にいくつかの似たような島国が付近に多数あると。

 王曰く、ここ最近まではお互いに不干渉だった島々が急に戦争を始め、他の島国を占拠し始めたと。

 王曰く、トロクシアもここ2年程海戦を繰り広げていると。

 王曰く、最初に戦争を始めた国であるデルトガディアは今こちらを標的としていると。

 王曰く、向こうには恐ろしく強い部隊があり、そのせいで苦戦を強いられていると。

 王曰く、こちらも強力な手札を手に入れようと研究していた所、過去に異世界から魔法に才能のある勇者一行を呼び寄せ国を守ったと。


「その文献は初代トロクシア王が残した秘術でな。異世界に道を作り、条件に合う勇者とその御伴を自動で選別し呼び寄せることが可能だと記してあった。我々はもう少ししたら攻め込まれ始める。そうなるまでに手を打たねばならなかった」


 王はきつく寄せた眉のしわを揉んで解しながら語り続ける。

 ……展開が、読めてきたぞ。


「そして、我々は、その文献に記されている秘術を実行に移した。国が有する高名な魔法使いは三日三晩、時には疲労で倒れる者まで現れた中でその秘術を成功させた」


「それが、私達であると?」


「そうだ。おぬし等は秘めたる力を有しておる。それを見込んで、我が国の危機を救って欲しいのだ」


 王は語ることは語りきったといわんばかりに、玉座に座り直し高圧的に俺達を睥睨する。

 その眼には確かにこちらに対して誠意を感じなくもない。ただ、それ以上に、逆らった場合のことを示唆するような攻撃的な眼をしている。

 俺達富高の面々はただひたすらに黙っていた。


「どうした? 返事を貰えぬのか?」


 急かすような王の言葉に、徐々に皆の胸中に不安が渦巻いてくる。


(冗談だろう……?)


 誰もがそう思った。

 何に対して思ったか?

 何の説明もないままこの世界に飛ばされたこと?

 魔法という単語に対して?

 どれも違う。俺達が信じたくない事実は一つしかない。


「それは……、つまり……、私達は貴方方の戦争道具であると? そう、おっしゃられるのですか?」


 生徒会長が顔を上げて王に答えを求める。生徒会長だけではない。他の皆も淡い希望に縋り付き、神に救いを求める敬虔な宗徒の様な面持ちで檀上から見下ろす王の姿を仰ぎ見る。

 だが、その希望はあまりにも儚いものだった。


「それ以外にどう取れると?」


 王の非常すぎるこの言葉につい爆弾に火が付いた。


「ふっ…………、ふざけるな!!?」


「なんで私たちがそんなことに加わらなきゃいけないのよ!?」


「急に知らない国ために命を懸けろって言われてはいそうですかって答えられるわけがないだろ!!?」


「大体……!!」


「静まれぃっ!!!!」


 一喝。

 国という重荷を背負ってきた権力者の一声に、混乱した富高生達の動きははぴたりと止まる。

「おぬし等に死ににいけと言っているのではない。突然呼び寄せ、知りもせぬ国のために命を懸けろというほど、傲慢ではない。マルシャエよ」


「はっ。ここからは私が説明いたしましょう」


 王は一人の家臣を呼び立て、説明を継がせる。

 マルシャエと呼ばれた家臣はフードを被りローブを着ているため男だということが分かっても他に視覚的情報がない。日本であれば即通報ものだ。その男はこのタイミングで自分が呼ばれることが分かっていたかのような速さで返事をすると、俺たちの前に勇み出る。


(狙って混乱させたな? 相手は相当狡猾ということか)


 奇しくも、富高で双龍と呼ばれた少年二人はまったく同じことを考え、緩みかけた緊張の糸を張りなおす。


「初代トロクシア王の秘術にはいくつも優れた効果がありますが、その一つにある効果があります。異世界から呼び寄せる際、自動で魔法に才能のある人間を選別するというものです。また、その喚んだ人物の才能を刺激し、容易にその才能を開花することができるというもの。この意味が分かりますか?」


 マルシャエの問いに、誰かがぽつりと答えた。


「つまり、俺達は選ばれた人間ってことか?」


 聞き覚えのある声は恐らく、不良グループの一人だったはず。


「そうです。あなた方は選ばれた人間なのです。それも、才能を発揮できず、目覚めさせることもできずにいる人と違い、貴方たちは簡単に才能を引き出せる状態にあるのです。元の世界では戦争のない国だったと聞き及んでいます。でも、こうは思ったことはありませんか? 『他者を蹂躙してみたい、圧倒的な力を身に着けたい』と。こちらに協力していただければそれを引き出すお手伝いをしましょう」


 冷静に商品のセールスポイントを並べ立てるセールスマンの印象を抱いたのは少なかった。ほとんどが、セールスポイントに、目が眩んだ。


「ほ、本当かよ……!」


「俺達って、勇者になる才能があるってことかよ!?」


「し、しかもしかも、安全なドーピングもされた後みたいだぜ!?」


 儚い希望を取り上げられた哀れな羊達は、新たに現れた希望という麻薬の袋を握りしめる。

 龍臥は露骨に眉を寄せ、歓喜の声を上げ騒ぎ始めた学友達の姿に危機感を感じていると、斜め後ろから視線を感じとる。そちらをみやれば、親友の昌太や篠崎がまったく同じ表情でこちらを見ていた。


「この話は全て本当です。実際、皆様は体が軽く感じられているのではないでしょうか?」


 皆が言われてみれば……、といった表情をする中、龍臥と、見えてはいないが竜二も、首を傾げた。二人は逆に重く感じるぐらいだからだ。


「皆さんがこちらに協力して頂ければ燻っているその火を大きな焔に成長させて見せましょう。その見返りが協力、そして我々はさらにその見返りとして衣食住を整え、元の世界に戻すことも保証しましょう」


「…………マジかよ。や、やったぜ!? み、皆、協力しよう、この人達に! そうすれば俺達はゲームとかアニメの世界みたいな魔法使いになれるんだぜ!?」


 そう叫んだのはさっき「選ばれた人間」発言をした不良だった。

 元の世界でうっぷんが溜まっていたがため、彼にはここが理想郷に感じられるのだ。


「で、でも……、私達は利用されちゃうんだよ?」


 どこかで女子生徒が反論をした。


「強くなっちまえばこっちのもんだろうが!」


(本当にそうだとしても、相手の前でそんなことを言うか、普通……)


 あまりにも大胆な宣戦布告に思わず龍臥は顔を手で覆う。

 だが、その言葉に怖気づいていたみんなの瞳にやる気という炎が灯った。灯ってしまった。


「どうやら、決まったようだな。更に詳しい説明はまた別の場所で行うことになっている。おぬし等の働き、真に楽しみにしておるぞ」


「なっ!? まっ……!」


「わかりました。ご期待に応えて見せましょう」


 勝手に話を確定事項にして話を切り上げる王に、引き下がろうとした龍臥だったが、それよりも前に生徒会長が王の言葉を受けてしまう。

 思わず、本気で生徒会長を睨めば、妙に自信満々な笑いを浮かべている。

 ……いや、あれは何かを策謀している人間に見られる表情だ。

 今すぐにでも問い詰めてやりたいところだが、もう全体が決定ムードになってしまっている。今更龍臥一人が騒ぎ立てたところで、影響はない。決定してしまったことは、揺らがない。


「くそっ!!」


 自分の胸中をぐるぐると渦巻く不安に押しつぶされそうになるのを、光沢を放つ床にぶつける。


「私達、どうなってしまうんでしょうか……?」


 ゆりちゃんはただ茫然と、事態に追いつけずに、うつろに呟いた。

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