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勇者様の荷物持ち  作者: 台輪山斗
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第7話 勇者

今回は少し長くなりました。

 それが起きたのは、宝剣授与の時だった。

 結局、勇者はあの後ちゃんと式に出席した。相変わらず、こちらを見ないどころか、他の皆にも顔を向けないので、まだ、怒っているのだろう。それでも傍から見れば相変わらずの凛とした態度で式に望んでいるのだから、俺が思っていた以上に、大人なのだと思ったのだった。

 王様や、大臣たちの話が終わり、ついに宝剣の授与が行われることとなった。

 この宝剣とやらは、先の大臣の説明によると、先代勇者様の仲間だった、戦士の持っていた魔法剣であるらしいのだが、長い年月の中で、この剣に記された魔文紋マジックスペルが効力を無くし、唯の剣になってしまったものらしい。とはいえ、この剣の質はかなり高く、現代のものと比べても、決して引けを取らないものであるとのことだ。

 王様が、勇者の前に立ち、その剣を渡すその時だった、「あら、あんな忌々しかったあれが、こんな、なまくらになっちゃって、これならここに来る必要はなかったかしら?」後ろを振り向くと、玉座の間の天井近くに付けられた、窓の縁に真っ黒いコウモリのような羽の生えた女性が座っていた。

「何者じゃ!」

王様が、その女性に声をかけた。

「あら、別に名乗る程の者ではないわ。そうね、ただの魔王様の使い魔かしら」

場が騒然とし出す。それもそうだ、いきなり魔王の使い魔を名乗る魔人?が現れたのだ。

 控えていた騎士たちが、一斉に剣を抜き、臨戦態勢になる。

「あら、あら、騒がしいわね」

 そう言って手を振ったとたん、視界がぶれた。――何が起きた?魔法か?

 師匠から教わった魔法の発生源を探知する技能を使ってみることにした。これは、練習さえすれば、魔法使いじゃなくても使えるもので、発動した魔法から漏れる魔素を辿り、魔法の発生源を見つけるというものなのだが、これに関しては、師匠が「なんでそんなことまで分かるの――」とドン引きするぐらい得意なのだ。だから、本来のこの技能は発生源の特定しかできないのだが、俺はそれだけでなく、どんな魔法が発動しているかさえ、わかるし、多少の偽装なら見破れるのだ。

 意識を集中し、糸をたどるように魔法を探る。すると、どうやらあの手から魔法が発動しているらしい。この部屋全体にかなり強力な平衡感覚を狂わす魔法がかかっているようだ。

 くそ、こんなの解除できないぞ!どうすりゃいいんだ!

 この部屋にいる全ての人間が、動くことすらままならず、途方にくれていた時だった。

 ガキン! と音が鳴る。驚くべきことに勇者が宝剣を使い魔に振り下ろしているではないか。その足取りは、一切淀みがなく、使い魔の放った魔法など一切受けていないようだ。

 その縦横無尽の剣戟は、使い魔に一切の反撃の隙を与えず、圧倒していた。

 すごい、あれが、勇者なのか!

「くっ、忌々しい、まさか貴様は勇者か!」

 使い魔はだいぶ押されているらしい、この部屋全体にかかっていた魔法が少しずつ、弱まっているのを感じる。

 持ち前の魔法と身体能力で、なんとか勇者に食らいついていた使い魔だったが、ついにその均衡が崩れた。宮廷魔術師の一人が魔法の解除に成功し、火炎弾で援護を始めたのだ。なんとか避けた使い魔だったが、そのスキを見逃す勇者ではない、一足で近づくと、目にも止まらぬ一閃で使い魔の右腕を切り飛ばした! ついに、とどめの一撃が使い魔の胸に刺さらんとするその瞬間、勇者はその切っ先を止めねばならなかった。

「そっごまーでだー」

 この部屋に、だいぶ訛りがある声が響き渡る。

「ごーのむずめっこが、どーなっでもええだーかぁ」

人の倍はあろう緑色の巨体に、醜い容姿をした怪物が、女の子をかかえている。

「助けて!お父様!」

「リリーナ!」

王様が声を上げた。――リリーナ?ということは、彼女は王女、リリーナ・リオガル姫だというのか!

 つまり、奴らは、姫を人質にしているということだ。

「全く、遅いわ! デグロス!」

「ずまねーだぁ! メデロの姉御!」

「早くそいつをよこしなさい!」

 メデロと呼ばれていた使い魔は、瞬間移動の魔法を発動し、姫を連れ去ってしまった!

「リリーナぁ!」

 王様の絶叫が部屋に響く、だがそれも「うるせーだぁ!」というデグロスと呼ばれる怪物の大声によってかき消されてしまった。

「まっだぐ、うるせーだ、おめーらのあいではこのオラだかん、はよぅ、ごい! でねーどぉだだきづぶすぞぉ」

 そういった直後、怪物の近くにいた兵士五人の姿が消えた、否、怪物が、その手に持った棍棒でもって、吹き飛ばしたのだ。だが、それでは満足しない怪物は、手当たり次第に棍棒を振るう。ブウンと空気を切り裂く音が鳴り、また一人消えてゆく、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

勇者はというと、その縦横無尽の剣戟は決して怪物にも劣るものではなく、果敢に責め立てており、怪物の攻撃を一つもその身を触らせることはないのだが、優勢というわけではなかった。刃が通らないのである。いくらその剣戟が熾烈であっても、かすり傷ほどしか与えられず、さらに切った先から治癒されていてはままならない。

 宮廷魔術師も、騎士たちも果敢に責め立てるが、やはり効果が薄い、唯一効果があるのは、宮廷魔術師でも、より豪華なローブを羽織った、上級魔術師の魔法であるが、怪物であってもそこまで馬鹿ではないらしく、率先して上級魔術師を攻撃するように動いている。もちろん騎士や勇者はそれを止めようと必死に食らいつくが、食い破られるのは時間の問題だろう。唯一の救いは、あくまで奴は、自分に危害を加える者か、自分に近い者にしか狙いを定めていないため、王様などの非戦闘員や、負傷者をなんとは避難させることができ、俺やミーナのような回復魔法の扱える物が、安全に治療を行えてはいた。

 だが、そんな均衡も崩れようとしていた、騎士達の消耗が激しいのである。

「俺も、行ってきます」

 流石にこの状況はまずい、俺が行ったからといってすぐどうにかなるということはないだろうが、まだ援軍が十分に集まれていない以上、時間稼ぎをしなければならないことは明確だった。

「私も、この位で十分だ」

「な、お待ちください! 貴方は先程気絶していたばかりではありませんか!」

後ろを見ると、いかにも無理しているとわかる騎士が立ち上がっていた。それも一人ではなく、次々に立ち上がってゆく。

「貴方達は――」

「は、勇者の仲間だか知らないが、君一人で、あれが止められるとでも?」

 言い方はきつかったが、その目は、決して俺を馬鹿にしている目ではなかった、守るものために覚悟しているものの目だった。

 そうだ、そうだ、と口々に声が上がる。

 皆わかっているのだ、このままでは非戦闘員も含めた全員がやられてしまうと。

「では、――」

「怪我人どもは引っ込んでな」

「おう、俺達に任せな」

 援軍がついに着いたのだ。


 俺は、援軍と共に、玉座の部屋に来ていた。援軍の中には回復魔法を使える者もいたので、その人たちに任せたのだ。現状を確認すると、どうやら現在まともに戦えているのが、援軍の30人、勇者と、上級騎士と思われる豪華な鎧の騎士三人と、驚くことに、シェイミだった。

 勇者は相変わらず、一切衰えのない、熾烈な剣戟をふるい、上級騎士たちは、そのチームワークで、なんとか食らいついていた。

 シェイミは、勇者と比較すると、流石に人間の範疇ではあるが、その軽い身のこなしと、勇者や上級騎士達の攻撃により出来たスキに確実に素手で一撃を放っていた。さらに驚くことに、彼女達の中でシェイミの一撃が最も効果的であるらしく、シェイミが攻撃を当てるたびに痛がっている素振りを見せるのだ。しかし、致命的な一撃にはならないようで、相変わらずジリ貧であったが、俺や、追加の騎士たちのおかげで、なんとか持ち直していた。

 だが、その均衡もついに崩れてしまう。

「うがー!うっどうじーだー!」

 怪物が唸りをあげ、先程の比ではないスピードで上級騎士へ突進した。ただでさえ追いつくのにやっとであった上級騎士は、このスピードに対応できるはずもなかった。ついに上級騎士の一人がやられてしまったのだ。さらにその騎士へのとどめの一撃を撃たんと、怪物が棍棒を振り下ろす。だが、上級騎士が押しつぶされることはなかった。勇者が、間に入り、上級騎士をかばったのだ。しかし、かなり無理な体勢で迎え撃っていたせいで、彼女の持っていた宝剣が俺の方へ弾き飛ばされてしまった。

 俺は、宝剣を拾い勇者に渡そうと試みるが、より激しさを増した怪物の攻撃に一切のスキがなく、渡すに渡せない状況が続いていた。

 「くそ、どうすればいいんだ、これを渡すには…!」

 あれ!?この宝剣の魔文紋マジックスペルまだ生きているのか!? これを読めれば――くそ、文字が多すぎるうえに難しすぎる、これじゃあどれがどの文字かわからないし、読めない文字の方が多いぞ、どうすればいい!?

 「危ない!」

 シェイミの声に顔を上げると、なんと、棍棒が自分の頭上にあった!と思ったら、いきなり視界がぶれて、訳がわからないまま、硬いような、柔らかいような、暖かいものに包まれた。

「早くそれを返しなさい!」

 俺の頭上から声が聞こえる。勇者の声だ。俺の視界には宝剣、いや魔文紋マジックスペル――! この文字?これなら、読めるぞ!

「何ぼさっとしてんのよ!死にたいの!」

「すまん、ちょっと待ってくれ!」

「あんたね!今は遊んでいる場合じゃないのよ!」

「そんなことは、わかっている!」

「なっ――」

 ああ、わかっている。シェイミたちが怪物を引きつけているこの時間は大切だ!

 勇者が何か言っていたが、それすらも聞こえていないほど、俺は集中していた。

 この文字は、「切る」、次の文字は「直線」か! じゃあこれは、なんだ? 見たことがない、なんだ、ここに来るのは要素のはず、切りたいのだから、「分離」する、とか「分かれる」か? とすると最後の発動条件に関する文字は?  この文字の形は心や心情を表す文字に多かったはずだ、でもなんで切ることに心?しかも発動条件に? くそ、わからねぇ! 何なんだ! いや、焦るな、俺、落ち着かないと、雑音を捨て、集中だ――、集中?!そうか、「集中」か? くそ、確証は持てないが、これしか思いつかねぇ、あとは、これに魔素が通ってくれるかだ。 頼む!

 祈りながら、宝剣に魔素を通わせる。これができると、物に魔法を付与できるのだ。イメージとしては、蛍光灯のグロースターターのようなものだ。ただ、グロースターターとは違い、一度通えば、手入れを怠らない限り壊れるまで使えるのだ。

 祈りが通じたらしい、ついに、宝剣としての力がひとつだけとはいえ、復活したのだ!

「勇者!これを使え!」

「早く渡しなさいよ!」

「とにかく、「集中」するんだ!切ることだけをイメージしろ!」

「はぁ?どういうことよ?」

 そう言っている間に、怪物がこちらに気がついたらしい。「うがぁー」とその巨体からは考えられない速度で走ってきた、もはや、怒りに我を忘れているらしい。

勇者は、一度だけ俺の方を見ると、再び怪物を見据え「集中、集中ね」と小さい声で言っている。良かった、やってくれるらしい。

 怪物が、勇者を捉え、棍棒を振り下ろす、しかし勇者は、身動きひとつしないどころか、どうやら、目までつぶっているらしい!?

「お、おい!――」

 その人の頭二つ分の幅をもつ棍棒が勢いよく振り下ろされ――、 怪物の右腕と棍棒が地に落ちた。

「うが?」

 何が起きたのかわからなかった。先程まで全く効き目のなかった宝剣が、怪物の丸太のような大きな腕を、一刀両断したのだ。

「なにをしたか知らないけれど、上出来じゃない、あんた」

そう言って、まるで、悪戯が成功したかのような悪い笑顔でこちらを見てきた勇者を、可愛いと思ってしまったのは、――不可抗力だ。

「コツは掴めた、これなら殺れるわ」

 彼女のもつ宝剣が、うっすらと光り始める。

「うがぁっ! おらのうで、うでがぁ!いでぇ、いでぇよ、ゆるざねぇ、ゆるざねぇぇぇ!!」

 怪物は怒髪、天を衝く。誰もが恐怖する咆吼の前に、勇者は「うるさい」と一閃、ぼとりと、首が落ち、怪物は、後ろに倒れた。それっきり怪物は動かなくなった。

「切れさえすればこんなものね」

 うっすらと光る宝剣を肩にかけ、佇む彼女はまさしく勇者だった。


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