第5話 謁見
「ここが、リントセラーナ教会のある町首都リオガリアになります」
そこは、煉瓦づくりの家が立ち並び、通りを馬車が埋め尽くしていた。さらに遠くには白亜の壁で出来た荘厳な王城がそびえ立っていて、それはまさにこの町全体が一つの芸術品であった。
「初めて来たが、すごい所だな」
「そうでしょう。私もここへ初めて来た時はとても驚かされましたからねぇ」
俺は今、リオガル王国の首都リオガリアに来ていた。隣にいるのは、俺と同じく、勇者の仲間として啓示の下った、ミーナ・エルフォリアという少女であった。枢機卿曰く、パーティーを正式に組む前に、親睦を深めるべきであるとして、連れてきたようだ。
「それで、教会はどこにあるんだ?」
「教会でしたらあの、建物ですよ」
彼女の指を指した方を見ると、町外れに確かに教会らしき建物があるのが見て取れた。
「また、随分と立派な建物だな」
「そうでございましょう! なんといってもこのリオガル王国で最大の協会なのですから」
へぇー、そうなんだ、正直今までそういったものとは無縁に過ごしてきたから、名前ぐらいしか聞いたことなかったな。
「それで、俺たちはこれからどうするんだ?」
「そうですね私が聞いた限りでは、リントセラーナ教会へ着いたら、まず勇者様、や他の仲間と顔合わせをしまして、教皇様へ挨拶に向かいます。その後、テルリウス様は教会で一夜明かしまして、明日は国民へ向けての盛大なパレードを行う予定になっております」
「うげぇ、そのパレードとやらには、俺も出ないといけないのか?」
「もちろんですとも! むしろ私たちは、国民全ての期待を背負い、来る災厄を払い、かの魔王を討伐する、神の勇士なのですから!!」
あははは、マジかよ、俺としては、その魔王すら眉唾物なんだけれどなぁ、まあ確かにここ最近、日に日に魔獣が活発になっているのは確かに気にはなっていたけれど。
緊張で、会の途中で吐いたりしないか心配だ、うへぇ。
「ご安心ください! 我が教会は既に、素晴らしい武器、鎧、と言った必需品を準備しておりまして、全力でサポートしてくれます。それに、もちろん明日のパレードのための儀典用の装備もそれはもう立派なものが用意しております。実は既に確認したのですが、テルリウス様にはそれはもうお似合いになること間違いなしでございます」
そ、そうですか。
俺は憂鬱になりながら、馬車に揺られるのであった。
―――
「――では、決して粗相の無いようお願いします」
礼をしてから、着付けをしてくれたシスターは部屋を出て行った。ここは、リントセラーナ教会である。
今俺は、この世界に生まれて初めてのこちらの礼服というものを着ているのだが、これが恐ろしく重い、ああ、まさかスーツを恋しく思う日がくるなんて思いもしなかった。何が重いってこの田舎者の俺からすると何の意味があるのか分からないとりあえず派手なだけの装飾だ、肩やら胸やら、いたるところにチェーンやら、肩パット?やら、金ピカのボタンやらとにかく重い、く、これで粗相なく教皇に謁見だって冗談じゃない。
――とは思ったところで、現実は変わらない、残念ながら俺は作り笑いを振りまきながら、教会の廊下を歩いくことしかできない、ああ憂鬱だ、しかもこれを着て明日は野外パレードだ、それだけならまだ良かった、いや良くないけれど、なにより憂鬱なのは、この勇者のパーティーだ。
これは俺が勇者と顔合わせしたときの話になるんだが。
―――
俺は今、勇者や他の仲間達と会うために教会内を歩いていた。
お、ここだな、さて勇者様ってのはどんな人なのかね?
「失礼します」
部屋に入ると、ミーナと他に二人女の子がいた。
その二人がかなりの美少女だったのもあって、気合が入った。とりあえず、挨拶から始めるべきかな?
「初めまして、此の度、勇者のパーティーに選ばれました、テルリウス・バートンと申します」
「あ、テルリウス様、おいでになさったのですね」
と、ミーナは相変わらずなのだが、他二人が、
「・・・」
チラッとみるだけ。
「・・・」
見向きすらしねぇ。
嘘だろ、なんだこの反応。
え、どうすんのこれ?もう一回自己紹介する?おうしてやんよ!
無駄に入った気合が空回りして、変な思考になっていた。
「初めまして、私の名前はテルリ――」
「うっさい、聞こえているわよ」
見向きもしなかった方から怒られた。おい、聞こえていて無視かよ!
「おい! てめぇ! 聞こえていて無視とはどういう了見だ! こんな奴となんか一緒にいれる気がしねぇ、勇者に言ってお前をパーティーから外すよう抗議してやる!」
「テルリウス様、テルリウス様」
つんつんと俺の肩をミーナが、つっつくので、そちらを振り返ると、
「テルリウス様、その、こちらの方が今回の西の勇者様、リリーナ・レイファン様でございます」
と、その無視野郎の方を指で指すミーナ。え、勇者? こいつが? もう一度無視野郎を見てから、ミーナに振り返ると満面の笑顔で頭を縦に振った。
嘘だろ、おい、嘘だといってよ。
俺はその場に崩れ落ちたのだった。
―――
は、は、は、笑えねぇ、あの後、俺は勇者のパーティーから抜けようと抗議を行ったところ、勇者様から、「貴様は、ステラ・ベルフェール大司教様の受けた啓示を無視するのか!」
と怒られた。どうやら俺、すなわち男と一緒にいるのは気に食わないが、それ以上に、啓示とやら、いや、ステラとかいう大司教様のために仕方なくと言ったところらしい。
つまり俺は抜けることすら出来ないということだ、くっそ、憂鬱だ、どうすんだよこれ、同じ空間にいることすら嫌う人間と一緒に生活だって? 出来るわけないだろ!
なんで俺がこんなに苛立っているのかというと、もちろん礼服がくそみたいに重いのも、もちろんだが、それ以上に勇者が美少女というにふさわしい、凛とした雰囲気で、とても整った顔立ちをしており、初めて見たとき少し意識したのがいけなかった。今まで、気の強そうな美女、美少女から強く言われたとき、なんだか責められているような気分になったことはないか? 少なくとも俺は、そう感じてしまう所詮ヘタレなものだから、俺が悪い訳ではないはずなのに悪い気がして気分がひどく悪いのだ。
ほれ今だって、勇者が教皇の前で頭を下げ、本みたいなものを渡されているのだが、それがとても様になっている。勇者の長い金髪が、その身に纏った儀典用の銀色の鎧が、教会のステンドグラスから来る色とりどりの光に当てられ、まるでおとぎ話の一面のように見える。それがひどく気に食わないから、礼服が重いのも、明日のパレードに出なければいけないのも、こんな所に居なければいけないのも全てこいつが悪いんだと、勇者を睨みつけてやった。
あてつけだった。
それから俺たちは、謁見の間を後にしたのだった。