第3話 幼き日の思い出
「くそっ、オークがここにもいるのか!」
即座に今出来る事を考える、鳴き声からして、まだ遠いだろうが、だからといって気づかれないと思うのは楽観が過ぎる距離でもあった。
魔法を使うのは論外だ。確かに火、水、土、風、と扱える種類は豊富なのだが、一番得意な土の魔文紋ですら、手の周りに薄く膜のように土を出せるだけなのだし、火をつけるのだって、いくら草木が豊富にあるからといっても、乾燥もしていない草木というのはまず燃えないのだ。だからこの近くに何があったか思い出そうとするのだが、この辺に隠れられそうな洞窟なんてないし、いくら木々で視界が悪いといっても奴らオークの嗅覚は、かなり優れている。むしろ視覚よりも嗅覚を便りに狩りを行っているらしいから、視界が悪いというのは自分たちにしか影響はない。
今、肩で震えている、狐の魔物だって、魔法が使えるとは言え、オークに勝てるのであれば、襲われてなどいなかっただろうし、こんなふうに恐怖で震えたりもしないだろう。
――さて、どうする?
立ち止まっている訳にもいかないから、鳴き声とは反対に逃げ始めてはいるが、嫌な予感がする。
――ブゥゴォォー!
まずい、さっきよりもかなり近いぞ、この近くに何か! っ!そうだ崖だ、崖があるぞ!!
もう、なりふり構わず走り出し、急いで崖へ向かう。
すると後ろから、草木を掻き分ける音が聞こえてきた。
――もうこんなところまで来ていたのか!
そもそも、成人男性ですら逃げ切れない程の速さで走るオークに七歳の子供に逃げ切れる訳がなかったのだ。
やばい! 追いつかれる!! そう思った瞬間、急に体が軽くなったのだ。足だって間違いなく早くなっている。
この時、俺は気づいていなかったが、肩に乗っていた狐の魔物が青く光っていた。
狐の魔物の走力の上がる魔法のおかげで、ギリギリの距離を保ちながら逃げ続けた俺はなんとか崖までたどり着くことができた。
そして俺は崖へ一直線へ駆け抜け、――そして自分から落ちた。
理由は簡単だ、途中で避ければ勢い余って落ちる? 奴らはそこまでバカじゃない。現に奴は崖の前で減速していたし、今だって追いかけて崖に落ちたりなんかしない。
だから、俺が落ちるしかなかったのだ。
なんとか土の魔文紋で両手に土を纏い露出した部分を保護しながら、接地面を増やして摩擦を大きくしながら滑り落ちる。
――思っていた以上にきついぞこれは、予想以上に体力の消費が激しい、意識が朦朧とし始めた。
――あともう少し、崖の底が目前に迫るその時、ついに気力を使い果たした。
―――
目を開けると葉っぱの間から夕日が差し込んできた。どうやら生きているらしい。
周りを見渡すと崖が目の前にあったからここはあの崖の底なのだろう。なんだか見覚えが有る。そうだ、よく水を汲みに来る湖から少し奥にいったところだ、ここなら暗くなる前に帰れるぞ。
自分の格好を見れば、服が擦り切れボロボロになり、カバンも肩に掛ける紐が擦り切れ、放り出されており、中身があたりに散乱してしまっているが、不思議と身体に傷は一つもなかった。
「いや、おかしいだろ、なんで何処も痛くないんだ?」
――クゥーン
すると近くに狐の魔獣がやってきた。
「そうか、お前が、治療してくれたのか」
この子狐のような魔獣は治癒魔法を使えることを思い出した。感謝も込めて撫でてやると、クゥーンと嬉しそうに目を細めた。
そして俺たちは、なんとか暗くなる前に村へ帰ることができたのであった。
―――
「――というのが、こいつを拾った経緯です」
今は師匠のところに魔法を習いに来ているのだが、今日は丁度肩に乗っていた狐の魔獣に師匠が興味を持ったため、こいつを拾った経緯を話しているところだ。ちなみに、まだ一日しか経っていない。
「へぇー、君は魔法まで使えるんでしゅねー」
赤い髪を横で縛り、紺色のローブを羽織った師匠は何故か赤ちゃんに声をかけるかのように膝の上で丸まっている狐の魔獣に声かけている。
「で、名前は?」
「あー、まだ決めていません」
「じゃあ、私が決めて良い!?」
食い気味で聞いてくるものだから、思わず許可してしまった。まぁ別に俺ではいい名前が思いつかなかったからいいのだけれども。
「じゃぁねぇ、ベークリーなんてどう?」
ベークリーとは、日本で言うパンの事で、特にバターロールみたいな形のものを呼ぶ。
「食べ物の名前ってどうなんです?」
「あら、良いじゃない、この焦げ茶色と白のバランスがソックリで美味しそうじゃない?ね、ベークリーちゃん」
ベークリーと呼ばれたこいつも特に不満はなさそうにキューンと鳴いているからこれで良いのだろう。
「それで、今日は何を教えていただけるのでしょうか?」
「うん? ああ、今日はそうだな、――これなんかどうだ?」
そう言って『生活に役立つ魔法大全 ~初級編~』という本を渡してきた。
一見すると、なんだこの本と思うかもしれない、いや俺も前にもらった「料理に役立つ基礎魔法」で火を出す魔法、「園芸に役立つ魔法集」から、あの土を纏う魔法を覚えたのだから、この本だって役立つ魔法が覚えられることに違いない。――いやまあ、確かに最初の頃は『初級攻撃魔法』とか『補助魔法大全』とかそういったものを期待していたのは否定しないけれど、師匠曰くそういった専門的なものは、設備の揃った教会やら、学園やらにしかないのだという。確かにそこら辺のおじさんとかが攻撃魔法なんて覚えていたら、治安的にどうなんだって話はわからなくもない。
師匠は既にベークリーを構うのに夢中でこっちを見ていないので、つまり読んでいろってことらしい。
実際に読んでみると一番最初に書いてあったのが、~体力のない方必見! 重量制御魔法 初級!!~という見出しだった。――ほうほう、これは魔文紋が3文字以上必要なようだから、今のままだと使えそうにはないけれど、文字自体は簡単だから、練習にはもってこいかも知れないぞ。
こうして、緩やかに月日が流れ、ついに17歳の誕生日がやってきたのだった。