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天上の鎮魂歌(こもりうた)~貴方に捧げるアイの歌~  作者: ただのカッパ
第一部・一幕・イニツィオな出会い
2/24

1・出立の時





『俺と契約をしろ』


 男がそう言った途端、辺りの空気がざわめいたけれど、リデイラは男の瞳に目を奪われている為に気付かない。

 男の瞳は暗闇の中でも光を放っていて、リデイラには宝石の様に輝いて見えた。


『けいやく?』


 まだ五歳のリデイラには分からない言葉だったらしく、こてり、と首を傾げた。


『ああ、まだ幼子のお前には理解出来なかったのだな。人の子とは難儀なものだ』


 次々と発せられる言葉にリデイラが更に首を傾げるのを見て男は笑う。そのままいけば、頭が取れてしまいそうだと。


『お前にも分かる様に言うならば、そう。約束、だな。俺とお前とで約束をするんだ。そうすれば、お前は誰よりも上手くアレを扱えるようになり、誰の追随も許さない程に上手くなるだろう』

『ついず?』


 分からない言葉の方が気になるのか、どういう意味?と言外で問いながら再度首を傾げたリデイラに男は小さく溜め息を吐いた。


『お前の父よりも上手くなるという意味だ』

『父さまよりも?』

『そうだ』


 嘘は吐いていない。

 アレを扱えるのは常に一人だけなので、契約をしてしまえば、真の意味でリデイラ以外に使える人間はいなくなるので、そう、()は吐いていない。

 そんな男の内情も知らず、普段から尊敬している父親よりも上手くなると聞いて、パアアと破顔するリデイラ。


『ならする!やくそく!』


 契約するという事が、どういう意味を持っているのかも知らず無垢な子供は無知故に罪を犯す。

 否。契約自体は罪ではないのだ。罪だと思っているのは、他ならぬ自身だ。

 契約の言葉を交わし、右手の甲に証が刻まれる際に溢れる眩い光がやがて二人を包み込んだ。




  ◇◇◇◇




(──どうして、あの時の夢を?)

 つい先程見た夢の内容にリデイラは唇を噛む。夢ではあったけれど、あれは実際にあった過去の話だ。

 懐かしくも憎らしい、幼い頃の夢。

 騙し討ちの様な言葉よりも、無知で愚かだった自分を思い出させる、嫌な夢。

 最近ではあまり見る事がなくなっていたのに、どうして今日になって再びあの夢を見てしまったのだろうか。否、多分、今日だからこそなのかも知れない。今日は、リデイラにとって特別な日だ。

 と、そこまで考えてリデイラは跳ね起きた。何せ、チケットを買った妖精飛行便ファタ・クッラの出航時間は決まっているのだ。

 それに向こうへ行ってしまえば、ここには滅多に帰って来ることは出来ない。準備は昨日既に終えてはいるものの、再度確認をする事は悪い事では無いだろう。

 なので、起き上がったリデイラは用意しておいた服へ手を伸ばした。夢の余韻を振り払うかのように。


「お財布よーし。ハンカチよーし。お薬よーし。制服も、バッチリ!」


 肩掛け鞄の中身を確認し、リデイラは自身の姿を見下ろした。

 他に必要な物は全部既に旅行鞄の中に入っているし、何度もチェックしたから大丈夫だ。

 これで完璧!と拳を握った時、コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。


「はーい。どうぞーって、うおあ!?」


 ドアを開けた途端に雪崩れ込んで来たモノに押し潰されそうになりながらも、何とか踏ん張ったけど変な声をあげてしまう。


「リディ行かないでよ!」

「本当に行っちゃうの?」


 雪崩れ込んで来たモノの正体は、双子の従弟妹達だった。

 ここ最近では顔を合わせる度に突撃して来ていたのだけれど、ついに今日は直接部屋までやって来たらしい。

 可愛らしい従弟妹達の懇願に内心では微笑ましく思いながらも、リデイラは眉尻を下げた。


「ごめんね、チェーロにセレーナ。私もそうしたいのは山々だけど、そうもいかないのよねえ。中等科を卒業したのに契約してくれそうなせいれいがこの辺りの町には居ないんだもの。だから、他の場所に探しに行くしかないでしょう?それには高等科を卒業する時になっても契約出来ていなかったら、自動で楽士メネストレロなのよ?勿論、楽士を馬鹿にしている訳じゃないけど、音響士ムジチスタになるのが私の夢だから」


 そう何度目かになる同じ内容を語るリデイラに、双子の兄妹はリデイラの服に顔を押し付けた。

チェーロもセレーナも、まだ幼いながらも夢を叶える為にどれだけリデイラが努力してきたかを知っている。分かっていても嫌だと、全身で伝えてくる双子の頭をそっと撫でた。


 精霊と契約出来ず楽士となった人を下に見ている訳ではない。楽士は、それはそれで人々の生活に欠かせない大切な職業だ。

 そう認識してはいるものの、“音響士となる見込み有り”と中等科の先生方には太鼓判を押されているし、何よりもリデイラは自身が音響士になりたいと強く願っている為どうしても諦められない。だって、幼い頃からの夢だからだ。

 音響士になる為には契約を交わしてくれそうな精霊を探さなければならないけれど、フリーの精霊は数が少ないので会う事自体が難しかった。

 運よく出会えたとしても、精霊の宿る楽器が扱えなかったら試練さえ受けさせてもらう事が出来ない。

 その為出会ってからの機会を逃さないように、現在確認されている精霊の宿る“精霊のスピリ・タ・ラバーラ”と呼ばれる楽器の殆どの種類を練習してきた。

 普通、一つの楽器でさえ修める事は難しいと言われているそれを、複数修得しようとしているのだ。ものに出来る筈がないと教師は良い顔をしなかった。

 けれど、練習時のリデイラの鬼気迫る様子と、妖精を操って魅せた――精霊の宿らない楽器で思うが侭に妖精を動かせたなら一流の楽士。しかしそれは一握りの人間しか居ない――のを見ていた教師達は、感歎かんたんとほんの少しの嫉妬を交えた溜息を零した。

 そんなリデイラを見ていたから、教師達も手を尽くしたけれど、リデイラと契約を交わしてくれる精霊は終ぞ現れる事はなかった。

 しかし、このまま何も手を打たずにいるのはもったいないと、高等科からではあるけれど、王都にある国一番の学園に推薦をもぎ取ってきてくれたのだ。


「お見送りに来てみれば、お二人とも何をなさっているんです。リデイラが困っているでしょう。放して差し上げなさい」


 無理矢理放すのは怪我をさせそうだし、どうしたものかと頬を掻いていたら、柔らかい男性の声が聞こえてきた。


「セーリヨ!」


 良いところに来てくれたと、リデイラが瞳を輝かせると、セーリヨは心得たと言わんばかりに頷いた。


「ビルトゥオーゾ学園に入る事がどれだけ難しいのか、リデイラが行く場所がどんな所か知りたくて、勉強を頑張っているチェーロとセレーナは既に知っていますよね」

「え」


 双子がそんな事をしていただなんて、リデイラは初耳だった。

 他のお手伝いさんから、最近の双子は特に勉強熱心だとは耳にしていたけれど、そんな理由からだとは思いもしなかった。


「セーリヨ!」

「リディには内緒だって言ったじゃない!」


 抗議の声を上げるのは当然、双子だった。

 けれどセーリヨはニコリと笑みを深めるだけで、双子の糾弾をものともしなかった。


「フリーの精霊の数の都合上、他の高等科を卒業時、精霊と契約出来る人数の平均は卒業資格を得ている者の内、一割に満ちません。けれど、“入る事が出来たなら三割は契約出来る”と言われている彼の学園に入学する事が出来たなら、リデイラは夢に一歩、確実に近付く事が出来るでしょう。勿論、卒業資格を得られたら、ですが」


 最初の内は双子の方を見ていたけれど、最後の言葉はリデイラを見ながらだった。

 操れるレベルに応じて取得出来る階級は違うものの、卒業資格は何処の高等科も共通して、妖精を使役出来る事ではなかっただろうか。

 内心で首を傾げながらも、あからさまに含みを持たせた言い方をするので、それだけじゃないんだろうなとリデイラは思った。そして、教えてはくれないんだろうな、とも。

 こういう言い方をする時は、自分で見付けるまで、けして答えを教えてはくれないのだ。少なくはない時間を共に過ごしてきた相手の事は、よく知っている。


「でも!」


 分かってはいても、寂しいという気持ちが強い双子は尚も縋る様にリデイラの服を強く強く掴んで離さない。


「それに、何も最後のお別れではないのです。長期休暇には帰って来ますよ。ね?」


 「ね?」と微笑まれて、リデイラは強く頷いた。


「帰って来るに決まってるでしょう?寂しいのは二人だけじゃないんだからね!私だって寂しんだから」

「ほんとに?絶対に帰ってくる?」

「リディも寂しいの?」

「寂しい寂しい。すっごく寂しい」


 少し握る力が弱まった処を見計らって、リデイラがしゃがんで双子と目を合わせれば、そこで漸く「分かった」「我慢する」と口々にしながら双子が離れてくれたのでホッとする。

 流石にこのまましがみつかれていたら、船の時間に間に合わないかも知れなかった。


「ありがと、セーリヨ。助かったよ」


 旅行鞄を持ってドア付近にいるセーリヨに近付いて、彼だけに聞こえるように囁いた。


「いえ、大した事ではありませんよ」


 そう微笑むセーリヨだったけれど、ここ最近では毎日の様に助けられていたので、やはり申し訳なさが先に立つ。


「でも、実際に私も助かってるから」

「貴女は変わりませんね。では、どういたしまして」


 クスクスと笑いあっていると、クンッとスカートを引っ張られた。

 その先を見ると、セレーナだった。どうやら、ほんの僅かな間でも放っておかれるのが嫌だったらしい。

 双子の我儘に振り回されるのはままあったけれど、どれも可愛らしいものばかりだった。それに暫くはもう、そんな我儘も聞いてあげる事も出来ないのだと、強請られるまま双子に挟まれるようにして手を繋ぎ朝食を摂りに降りた。





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