宙を翔ける者 第二章 石腸
iPod touchが何度も強制終了した。。。
挫折しかけた。。。
これを信じるか信じまいかは諸君らの判断に任せる。賢明で、かつ迅速な判断を期待するーーー。
これが悪戯でないことは瞬時にわかった。何より、この手紙の本文の最後にあるイニシャル「O.S.」。これは、今話題になっている、国際指名手配されているシンジケートのことで、正式名称が不明なので、世間では普通に「OS」と呼ばれている。イギリスの皇太子夫妻の乗る豪華客船を沈没させたり、宝石展で数千億分の宝石を盗んだり、更には日本と中国の尖閣諸島の領土問題にも首を突っ込んできたこともある。勿論、イニシャルだけでは悪戯ではないとは言えない。しかし、決定的な事実があった。OSは、犯行前に必ず予告電話、あるいは脅迫状を送っているのだが、その脅迫状のイニシャルの部分は、必ずといっていいほど、ある特別な光を当てると筆記体での「O.S.」の文字が浮かび上がるようにしてあった。こういう仕組みは、悪戯心で実行する奴には到底出来ない。つまりそれは、脅迫状が本物か偽物かを識別するための手段なのだ。このことは、かなり有名な話だ。だから、恐らくここでもその手段で脅迫状が本物かどうかを試したに違いない。脅迫状の識別に使う光の種類は明かされており、更にそれはこういう宇宙関係の研究によく使うタイプのものだったので、試すのは容易だったはずだ。そして試してみたところ、イニシャルの部分に筆記体が浮かび上がった。そんなところだろう。だから、皆の表情も緊張していたのだ。
諸岡は、それを瞬時に理解したからこそ、この手紙が偽物とは思えなかったのだ。
「どうだ?」
諸岡がそれを読み終わったという気配を察したらしく、山﨑が尋ねてきた。
「どうって…何がです?」
「これに心当たりはないのか?」
そう言われて、諸岡は考えてみたが心当たりと呼べるものは一つも挙がってこなかった。それを山﨑に言うと、そうか、と山﨑は溜息をついた。
「警察に言いますか?」
美沢が言った。彼は諸岡よりも3つ年下で、「ときお」計画の発案者だ。だから、まだ若いにも関わらず人工衛星開発計画の副主任を任されているのだ。
「現段階では何とも言えない」
山﨑が言った。
「そっちはどうする?」
彼はTDOのスタッフと思われる男達に尋ねた。
「まだこちらも何とも言えませんが、警察に内密でこのことを収束させるのは難しいんじゃないでしょうか…」
中央の金髪の男が流暢な日本語で答えた。
「それもそうだ…。セルボー氏は何と言っている?」
山﨑が金髪の男に聞いた。セルボー氏とはTDOの理事長のことである。
「いえ、こちらも何とも…。ただ、宇宙空間に打ち上げられた人工衛星や輸送機の破壊するなんてこと、普通の人間に出来るのか、と疑問には思っておられたようですが」
「それはこちらも同じだ。人工衛星やスペースシャトルに気付かれずに時限爆弾を取り付けるなんて、外部の人間、あるいは素人に出来ることではない。そうだよな、長内」
「はい。絶対に不可能です」
「とすると内部の…」
「それはひとまず置いておいて、これを公表するかを決めませんか。そのために私達は派遣されたんです」
金髪の男とは別の茶髪の男が言った。
「…なあ、TDOにも脅迫状が届いたのか?」
諸岡は声を潜めて、隣に立っている吉永に聞いた。
「ああ。ちょうど一週間前だ」
「『ときお』の打ち上げられた日か…」
「トーソン号も同日に打ち上げられている」
吉永が言った。
トーソン号とは、TDOの新型宇宙輸送機開発計画、つまり今回のスペースシャトルを開発する計画のリーダーであり、TDOの優秀スタッフでもある人物トーソンの名前から付けられたスペースシャトルの名前だ。
新型といっても、機体表面の耐熱タイルをアルミニウムにし、オービタの基本構造をシリカにすることで機体そのものの質量を下げ、大気圏突入時の機体にかかる負荷を減らす、といった程度のものである。オービタとは、スペースシャトルなどの宇宙輸送機体の本体のことである。また、スペースシャトルが大気圏に突入する際、大気圏の温度で機体が溶けるのを防ぐのが耐熱タイルだが、アルミニウムでは200℃程度で柔らかくなってしまう。だがその下に熱伝導が遅く非常に耐熱性が優れているシリカを入れることで、生産コストも減らすことが出来る。何故なら、耐熱タイルの原材料を普通にシリカのみにすると、大量のシリカが必要になり、予算も苦しいが、アルミニウムを細部などに重ねて使うことで、シリカの使用量は2〜4割は削減することが出来るのだ。また、これによって予算の緩和も期待される。つまりこれは実験体のようなものである。
「TDOの方はトーソン号を打ち上げられたその日に脅迫状が届いたというのに、こっちは衛星を打ち上げてから脅迫状が届くまで一週間も時間を要している。これは何とも不可解だ」
吉永が小声で言った。
諸岡は無言で頷いた。一方山﨑達は何やらこそこそと話をしていたが、十分もすると山﨑の方から
「『ときお』開発スタッフのみんなは席を外してくれないか。これこら少し重要な話し合いをする。少人数の方がやりやすい。長内と美沢、お前らもだ」
と言ってきた。
「わかりました」
長内は代表して返事をすると、
「ほら、さっさと出て行くぞ」
と皆に外に出るように促した。諸岡は、開発室の出口に向かいながら、あることを考えていた。一回だけ、あいつに頼ってみるかーーーーー。
午後5時20分
東京駅八重洲口銀の鈴広場
「情熱が足りないのよ情熱がああ!もっと心を込めて、どうか買ってくださいお願いしますこの通りっていう雰囲気を身体中のあらゆるところから醸し出すのよ!そうすればあんた達の情熱も少しは伝わるはずよ!わかってる⁉ほら徳井、そんなツラしてちゃ誰にも見向きもしてもらえないわよ!若田をもうすこし見習いなさいよ!さあさあ、このチケットの売り上げ総数に自分の命がかかってるっていう覚悟で売りなさい!とにかく情熱よ!情熱!」
須藤佳恵 (すどう よしえ) は、チケットを配る後輩達に周りの目を気にせずひたすら檄を飛ばしていた。彼女は大西第三大学という誰も知らないような公立の大学の3回生である。半月後大学で催される学園祭での演劇のチケットを売っているのだが、売れ行きはあまり芳しくない。
「須藤先輩、今日はこれくらいでいいんじゃないですか?」
先程注意を食らった徳井が言った。
「何言ってんの!ここまで来てやめるだなんて言語道断よ!第一、そういうことは自分の手持ちのチケットを完売させてからいいなさい!さっきから言ってるでしょ、情熱がたいせーーーーあああすいませんそこのスーツの方!はいあなたです!私達、大西第三大っていうところの者なんですけども、今度の学園祭で演劇をやるんですよ。そこであなた方にも是非観てもらいたいんです!開催日時、場所は全てこのチケットに明記してあります!演劇の内容はシンデレラです!ああはいはい、なるほど言いたいことはわかります、大学生のくせにシンデレラなんて幼稚なものをするのか、と言いたいのですね⁉しかしところがどっこい、これがただのシンデレラじゃないんですよ!これは私達が考えたオリジナルストーリーになっており、( 省略 ) お買い上げありがとうございましたああ!」
気が触れているのかと思うくらい声を張り上げてチケットをやや強引に売った須藤の姿を見て、後輩達は少しドン引きするような表情を顔に表していた。
「さあ今のが見本よ!あんた達もこれを真似しなさい!でないと日本の将来危ういわよ!あんた達みたいので日本が埋め尽くされたら、世界屈指のダークカントリーになってしまうわ!さあ売りなさい、売りなさーーー」
突如、須藤のスマホから電話の着信音が鳴り出した。こんなに声をうるさくしているにも関わらず着信音が聞こえたのは、サウンドのボリュームを最大に設定してあるからだ。タイミングが悪いわね、と内心で毒づきながらスマホをズボンのポケットから取り出し、表示を確認した。「諸岡のおっちゃん」とあった。
この章の題名である「石腸」とは、固い意志のことです。誰のことを指しているかは、もうおわかりかと思います。