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第3話


 ゴク、ゴク、ゴク……。


 冷た過ぎない、味っ気ない、水。ほんとに水だ。

「……ふう」

 ビンの半分以上を飲んでしまった。しかし、何も起こらない。


「……?」


 即効ではないのかな? ……しばらくジッと、様子をみてみる。


 シーン……。

 チクタク、チクタク。


 時折、外の空の方で「ギャース!」とカラスの声がした。


 何も起きない。特別変わった事もない。

「……ただの水か……。そうだよな……」


 僕はガッカリして、ため息をついてベッドにもたれかかった。

 明日からまた、どうしよう? また田島に呼び出されるのかな。

 痛いな……苦しいな……。


 ……僕は、そのまま眠ってしまった。


 ……で、夢をみた。

 あの、いつか見た泉の場所だ。しかし、あの時登場した仙人もどきの老人の姿はなく、代わりに泉の前にビンが1本、置いてあった。

 これは、僕が持っていたビンと同じ物だ。もしかして新品?


 試しに、夢だからという事でビンのフタを開けてみた。

 すると!


 ……モクモクモク〜ッ!……


 ビンの中から、白い煙が出てきたのだ。雲のように。

「うわああああ!」

 僕は飛びのいた。白い煙はやがて、煙の形を変えていった。段々と、形づくられていく。その姿、形はまるで……。


 ……クマだった。白い、モクモクしたクマ。


「こんにちは。さあ、君の愚痴を24時間体制で、ずっと聞いていてあげよう」


 謎の白いクマ。略して謎クマは正座する風になって、僕を見下ろしていた。


「まさかコレって……『何でもきく薬』の方?」

 僕は思い出していた。確か以前の夢で、あの老人がそう言っていた気がする。

「さあ。何でも言ってくれたまえ。この体ですべて、受け入れてあげよう……」

 おばあさんの声だった。今まで生きてきた人生という器で、僕の悩みを全部包んでくれそうな、そんな雰囲気がした。


 ……僕の悩みを暴露してしまって、いいのだろうか?


「……同級生に、いじめられているんです」

「……ほう。そして?」

「妹の面倒も見なくちゃいけない」

「ふむふむ」

「母に心配をかけさせたくない」

「ふむ」

「受験があるし。遊ぶヒマなんてない」

「ないない」

「塾も行かなくちゃ。宿題やらなくちゃ。成績もトップをキープしないと」

「しないと」

「忙しくて、余計な事を考えたくない。田島なんて、消えりゃいい」


 謎クマばあさんはそれきり、返事をしなくなった。代わりに僕の目をじっと見て、ウンウンと相づちをうつようになった。


「昔は、家族で旅行に行ったり、プールや海に行ったり、キャンプしたり、おばあちゃん家へ行ったり、花火をしたり、……楽しかったなぁ……」


 段々と、内容が昔を懐かしむ話に変わっていった。

 何でもよかった。どうせ夢だから。恋の話でも何でも、思いつくまま言葉をしゃべった。


 不思議だ。言葉のひとつひとつが、悪い病気の塊のようだ。

 吐けば吐くほど、身が軽くなっていくのが分かる。


 ひょっとして僕、今なら空を飛べるんじゃない?


 プハーッ……。大きく息を吐いた。

 僕の顔は身と同じくスッキリしていた。


「……もう、話す事ないや。まだまだ時間はあるのに」

「いや、実は、もう朝だよ。少年」

「え」


 ……キュー……キュキュッキューッ!……


 目覚まし時計の音だ。アレ? 僕、目覚ましセットしたっけ?


 僕が目を開けると、見慣れた風景だった。僕の部屋。

 僕はベッドにもたれかかったまま、眠っていたのだった。そして、そのまま夜が明けてしまったらしい。「うわ、まずい。学校行かなきゃ!」


 慌てて立ち上がると、コトンッ、とビンを倒した。フタをきちんと閉めていたので中身はこぼれなかった。コロコロと、床を転がっていく。

 半分、飲んでしまった謎の水。


 謎だ……。僕はひとまず学校へ行く用意をした。



 ……ちょっと田島の事を考えてみた。

 グループをつくって、僕1人個人を多人数でいじめやがる最低極まりない野郎なのは百も承知なのだが。

 結局、彼らもウサを晴らす所が欲しいというだけで。それが、おとなしく従っている僕のような奴というわけで。


 ……おとなしく、ね。


 ある日、廊下でいつものように田島に呼び出しを受けた僕は、口を開けた。


「田島ァ!」


 先に前を歩いていた田島は、驚いて振り向いた。何か言おうとするが、僕がそれを許さない。いっきに攻めた。


「お前らには金をこれまで3万7千円貸している! 今日でそれにプラスで加算される! お前らは、さんざん僕をボコにしてくれたが、今までのアザだらけの体の写真は、すべて証拠として画像保存してある! どこに保存してあるかは教えない。先生にチクると僕の家を燃やすと脅していたが、家を燃やしたってムダな所にある! 例え家を燃やした所でお前らは捕まるだけで、脅かしたってムダだ! それどころか、これまでお前らが僕にしでかした事を元に僕が出るトコに出れば、お前らの方が身の破滅だ。さあどうする? もはやすべてが手遅れだがな!

 ……もっと、 大声で最 初 か ら 言 っ て や ろ う か ッ !」


 ……。


 廊下に居たのは僕と田島と、通行人が数人と……通路に面した窓が開いていた教室の中にいる生徒にも、僕の声は届いたと思う。


 しばらく全員、体が固まっていた。


 その間、数十秒。打破したのは、何と少し行った先の脇の階段から下ってきた校長だった。


「……今言った事は、本当かね?」


 難しい表情を浮かべた校長は、田島と僕の顔を見比べた。舌打ちする田島と、涼しげな顔の僕。

「ちょっと2人とも話を詳しく聞こうか」


 僕はちょっと面白くなってきたと内心思った。


 ……結局、そんなもんだったのだ。あれから校長先生と幾人かの先生と、田島グループ相手に僕は、これまでの事を洗いざらい漏らす事なく全てをブチまけたわけだが、自分でも驚きでいっぱいだ。よくもまぁ、こんな度胸や勇気が僕の中にもあったのだなぁと感心する。

 この後、田島たちからの報復も考えたわけだが、何とかしてやる、と考えられる事ができた。そうだ、事件になったら警察だろうが知人だろうが雲だろうがオケラだろうがアメンボだろうが、周りが動く。動き出す……その時にまた、考えればいい。

 何故か、力が僕の中に生まれたようだ。

 単に僕がちょっとキレただけで全てが丸く収まっていくとは……。

 もし、あの白クマに愚痴を言わなかったら。僕は僕という中で小さくジメジメしたままだったに違いない。

 一体、何が僕を変えてくれたのか? この「力」は、何なのか?

 もしや……。


 チラッと、脳裏にあのビンの姿が浮かんだ。


『何か』に、効いたのだろうか? ……一体、何に?


 僕は、ずっと考えていた。



 ……そうだ。そういえば、……切れ痔は治ったな。



《END》





【あとがき】

 頭にきく薬は ないですかねぇ……。

 ありがとうございました。


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