第一話 転校生①
申し訳ありませんが、一度更新した物語を差し替えさせていただきました。
今まで読んでくれた方も読み返していただければ幸いです。
本来は四話になる予定だったものを、話のテンポをアップするために一話に持ってきました。
これからは時間があまりとれそうにないので、一話を何部分かに分割して投稿させていただきます。
よろしくお願いします。
風音零の通う学校は|民間軍事専門学校(PMS)という、特殊な学校である。
これは戦争のVR化にともない出来たもので、一言で言えばVR下の戦闘に特化した兵士の育成を行う学校だ。
現実から戦争がなくなり、仮想世界で行われるようになって早五年。
当初は仮想世界での戦争も各国の軍人をそのまま起用して行って来たが、近年では別の考え方が出てきた。
すなわち『戦争』が強い事と『戦争ゲーム』が強い事とは別である、という意見だ。
仮想世界で行われる戦争は『Virtual Reality War』……通称『VRW』と呼ばれている。
『VRW』は、あくまでも仮想世界内で行われるだけの代理戦争であるため、一般に出回っている娯楽用VRMMO系ゲームとは異なり、各種パラメータには現実世界での身体能力が反映される。
簡単に言えば、現実世界で腕力の強いもの、俊敏なものは仮想世界での『パワー』系、『スピード』系の数値が高く設定されるのだ。
また、『VRW』では痛覚を軽減する機能は働かないため、痛みや苦痛になれていないものが戦うのは難しいだろう。
その意味において、現実世界で屈強な軍人達を仮想の戦争でも起用するのは間違いではない。
しかしながら、それでもやはり論点は『戦争』が強い事と『戦争ゲーム』が強い事とは別である、というところに戻る。
現実と区別がつかない程のリアリテイーを誇る仮想世界での戦争であっても、実戦を良く知る歴戦の兵士からすれば、現実の戦争と『VRW』は別物だった。
弾のリロードや武器の使い分けは視界に浮かぶアイコンを触るだけで済むし、銃が弾詰まりを起こす事もない。
照準はシステムが物理演算によって求められた値に機械的に従い、VRで生きるか死ぬかは銃弾やナイフによる攻撃の威力を数値的に置き換えたシビアなダメージ計算だ。
本物の戦場にダメージなどという概念はない。
例えば、軽い負傷であっても放置していれば出血多量で死ぬか、負傷個所が細菌に侵されるという事がある。
だが、『VRW』にそんな概念はない。
システムは戦場の利便性を向上させたが、戦場から大切なものを失わせた。
ある日、『VRW』の練習試合で現実で屈強な軍人達のチームがVRMMOゲームのトップランカーチームに敗れるという事案が発生し世間騒がせた。
軍人達もパラメータに裏打ちされ、実戦で培った攻撃力を武器にした、決して弱いチームではなかったが、ゲーマー達のシステマチックな応戦には一歩及ばなかった。
ゲーマー達は戦場となるフィールドを知りつくし、システムを熟知した徹底して無駄のない戦い方をした。
各国の利権の絡む公式戦ではなかったが、この事は『VRW』に……いや、各国の『軍』というあり方に変化をもたらした。
現実世界の復旧作業や、現実での万が一の防衛手段としてそれまでの軍隊、武力は保有していなければならないが、『VRW』には『VR』に特化した兵士……つまり、『戦争ゲーム』が強い兵士を起用・育成すべきとする動きが生まれた。
それが現在、『Virtual Armed Forces(仮想の軍隊)』……通称『VAF』と名付けられたVR特化型兵士だ。
『VAF』は現実世界では一切の活動、訓練を義務付けられていない変わりに、VR内での戦闘行動を任され、仮想世界の治安維持活動などにも駆り出されるVR内にのみ存在する文字通り仮想世界の軍隊だ。
最も、現実の世界が崩壊寸前の今日、その需要と権限は現実世界の各国軍よりも『VAF』の方が強くなりつつある。
とはいえ、『VAF』は新しい部隊でありどこの国でも人材が不足しており、人材の育成と補充が急務となっている。
そのため国は『PMS』なる、将来『VAF』に加わる兵士を育成するための学校を造った。
いわば、バーチャルでデジタルな、新世代の防衛大学校である。
カリキュラムとしては午前中に数学や語学など、一般の高校で学習するであろう学問を学び、午後からはVR戦闘の訓練を行う。
『VRW』に参加すると言う事は、自国の未来を左右すると言う事。
半端な人間には勤まらない。
そうでなくとも、現実世界でオリンピックやワールドカップの開催ができない今、『人が死なないクリーンな戦争』は、全世界が注目する一大エンターテイメントとして注目されており、そのため各国『PMS』への入学は何十倍、何百倍という倍率を勝ち抜いて初めて許される狭き門となっている。
そんな『PMS』の一つ、『日本PMS』に。
「今日、転校生が来る」
という事らしい。
「少々特殊な育ちでな。なんと、今まで一度もVR技術に触れた事が無いらしい。その上、学問の面にも問題があるそうだ。すまないが、面倒を見てやってくれ」
朝、零は、担任の女性教師・五十嵐五月に呼び出され、そう言われた。
零は一か月程前の5人対5人による殲滅戦の戦績がクラスで一番だったので、クラス委員長に任命されていた。
PMSでは戦績が役職に直結しているのである。
とはいえ、日本PMSにおけるクラス委員長とはつまり担任教師の雑用係で、仕事といえばたまにこうして呼び出されては雑用を言い渡されるくらいだ。
もっとも、学校教育もVR化された今の時代、中身が人間ではなくAIの教師……生徒から『bot教師』と呼ばれる教師も多く動員されており、そうしたbot教師が担任のクラスは委員長は雑用などではなく、それこそ一軍を率いるが如くクラスをまとめなければならないのだが。
まぁ、五十嵐は正真正銘の人間であるため、零は言われた事をこなすだけで良い。
正直、担任が人間でありがたかった。
クラス委員長に選抜された事自体には、それなりに喜びのようなものを感じているが零は人と付き合うのが苦手だった。
人とコミュニケーションが取れないと言う程ではないし、友達もいるが、何となく人と話したりすると緊張してしまうのだ。
そんな自分がクラスをまとめ、あまつさえ人の悩みを聞いたりなどできる自身がなかった。
自分はただ、戦闘要員として生きていられればそれでいい。
そう思っているのだ。
その自分に、転校生の面倒を見てくれと五十嵐は言う。
「む……無理、れす」
緊張して、噛んでしまったが否定の意思を伝える。
「無理じゃない。命令だ、やれ」
その意志は容易く、打ち砕かれてしまった。
何か……話を続けないと……。
「あ、あの……先生」
「8時半にはエリア内に入り、校門前で待てと転校生に伝えてある。迎えに行け。私は先に教室に行ってる。連れてこい」
五十嵐はそれだけ言うと立ち上がり、零を残して教室に向かってしまった。
それこそbotなんじゃないかと思われるほどに簡潔なモノ言いだった。
「…………はぁ」
ため息をひとつして、零は職員室を後にした。
苦手でも、やりたくなくても、命令ならばやらなくてはならない。
零は律義な女子だった。
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