第三節
両親と問題を起こした事はなかった。
先生の指示を的確にこなしてきた。
成績は特に良いわけではなかったが、落ちこぼれと言われるほどに悪かった事はない。
いつも、私は周りと波風を立てないように生きてきた。
周りが私を真面目だと思う頃、私も自分がそれなりに真面目だと気付いた。
気が付いてしまったら、もうそれから逃れられない。
次の日、先生に呼び出されてこう言われた。
「やめるか?」
先生の、目。
黒くて、少し疲れた。心配とあきらめ。
残念そうな、私を気遣ってくれている、そんな目。
やめて。
そんな目をしないで。
そんな目で、私を見ないで。
涙が出た。
私にはただ、頭を振って、また泣く事しか出来なかった。
やめて、どうする?
きっと、私には居場所がなくなる。
何か役目がないと、私はきっと、折れてしまう。
学級委員をやめて、そうしたら、それは溝になる。皆と本当に、もう一緒にいられなくなる。
「そうか」
川辺の冷たさと温もりが思い浮かんだ。
ああ、私はこんなにも寂しかったんだ。
独りになりたく、ない。
「がんばれ」
職員室を出て、廊下で私を待ってくれている存在に、ああ、私はどれほど救われただろう。
「あ―――――っ!」
コウが突然叫んだ。
「どうしたの?」
見ると、いつも機嫌が良さそうな眉を顰めている。
「腹減った!コンビニ寄ろう!」
「もうすぐ家でしょう。夕飯まで待てないの?」
コウは昔、あのときから少しも変わらない。
私の傍で、我儘を言ったり、駄々をこねたり。
私に、居場所をくれる、優しい人。
「なんかもう、腹が減りすぎて胃が痛くなってきた」
「我慢我慢。空服は最高の調味料なんだから。もうちょっとがんばって」
「うう…」
こんな時間が、とても愛しくて。
水面ではしゃぐ光に負けない、朱い夕日。
優しい色。
私は心の中で呟いた。
いつか、私もあの夕日の様に、優しくなりたい。
優しくて、強い…。
居場所を与えられるだけじゃなくて、居場所を与える事が出来る、そんな人になりたい。
「夕日が温泉卵に見えてきた…」
「温泉かぁ。最近行ってないなぁ」
そうだ、期末テストが終わったら、久しぶりに温泉でも行こう。
固めの温泉卵みたいに一皮剥けて、また、新しいスタートをしよう。
「コウ、私、頑張るからね」
「うっ。テストの話はやめてくれ」
人は、後悔なしには生きてゆけない。
それでも、歩み続けるしか無いのだから。
ただ、真っ直ぐに行く事は出来なくても。
一心に。
時には傷付いても。
私たちは、歩み続ける。
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以上です。
懐かしいものが見つかって調子に乗ってしまいましたw
ここまでお付き合いいただいてありがとうございました。