第一節
「優禾、帰ろう」
放課後、いつもの様にコウが教室に来た。
「待って、まだ日誌が終わってないから」
視線を元に戻して日誌に最後の一文字を書く。ペンをケースに入れ、荷物をまとめると廊下で待つコウの元へ行く。
「お待たせ。ラスト、職員室ね」
「へいへい」
コウはいつもへらへらとしている。悩みのない男に見えるが、そうではない。いつも何も見ていないようで、物事の本質を見極めている。
校門を出て、少し歩くと土手に出た。
水面が眩しく光り、賑やかにはしゃいでいる。
ああ、あの日もこんな光が満ちていたんだ。
「投票の結果、佐倉さんが学級委員長になりました」
私が胸を高鳴らせているなか、教室は拍手で満たされた。
小学校三年生。この学年から学級委員長が決められる。今日投票で決まったこれは、いわば私が二年間で築きあげた、信頼の証ということだ。そう信じきっている私には、この事を親に自慢したり、心の底で誇りに思う事しか出来なかった。まさか、面倒な仕事を押し付けられる、便利な人間としてしか見られていないなんて、思っても見なかった。
「掃除、しっかりやってよ!」
「静かにしてください!」
「席についてください!」
思えば、あの時は声を張り上げてばかりいた。社交界では、目立ってはいけなかった。それを忘れていたのだ。
先生にはしっかりしていると褒められたし、私ほど仕事をこなす委員長はいないだろう、そう自己満足に浸っていた。それはとても心地よくて、私は常に自分が委員長であることを盾にして生きていた。
けれど。
「うるさいな。じゃあお前がやればいいだろ」
「そうそう。委員長はクラスにのためにがんばってよ」
まるで、頬を打たれたかのような衝撃に、私の盾は打ち破られた。
「男子もやらないし。私たち帰るね」
「え…掃除は?」
思いがけない事を言われた私に、皆は顔を見合わせて言った。
「だって、女子だけやるなんて馬鹿らしいじゃん」
そうそう、と同意の声がいくつも聞こえた。
「いいじゃん。一日やらなくったって、そう変わらないよ」
そんな事は無い。
一回サボれば、何度でもやってしまうのだ。
「よくないよ。ねぇ、掃除やろうよ」
園美ちゃんが眉を顰めて言った。彼女は女子のリーダー的存在だ。
「ねぇ、最近優禾ちゃん、ちょっと鬱陶しいよ」
「…私はただ、委員長として…」
「それが、うざったいって言ってるの」
「…………」
私はもう何も言えなかった。
社交界から追放されたのだ。