デパートは遊び場らしいです:4
「だからって起きたままの姿でこんなに早く出る必要は無いわよねえ? 結局逃げたいだけだよねえ?」
私は自分の中で湧きあがる疑問を封じ込め、お兄ちゃんを掴む手に力を込める。お兄ちゃんは毎朝髪の毛をセットしてから学校に行くけど、今はボサボサで寝癖が付いたままだ。それだけじゃなくて顔も洗っていないし、歯磨きもしていない。本気でこんな状態で出ていく気かしら。
「そうだぞ、大樹。学校ってのは彼女を出来るだけ多く作りにいく場所なんだから、身だしなみはしっかりしていけ。それと夏帆ちゃんとはどこまでやったんだ? とりあえずDまではやっといたか?」
そんなことを考えていると、私でもお兄ちゃんでもない低い男の声が突然割り込んできた。それは戸が開くのと同時で、どうやら部屋の外で私達の会話を聞いてたらしい。
「あっ、おとーさんだ。おはよー」
「父さん久しぶりだな。僕野球始めたんだぞ」
あまりお父さんについて知らない良樹と花は久しぶりに会えて嬉しそうにしている。けれど私達は違う。だってお父さんが普通でないことを知っているから。
はあ……なんでこのタイミングなのよ。これは困る。かなり困る。相当困る。まさかこの忙しい平日の朝に登場するとは。変態一人相手にするだけでも。この有様なのに、さらに一人追加なんてほんと勘弁してほしい。
溜め息をついているのは私だけじゃないようで、お兄ちゃんも頭が痛そうな表情をしながら、声を漏らしている。お兄ちゃんをも困らせる、それが私達のお父さんである木の実小次郎なんだ。
「小ジジ……一応あんたは父親なんだから学校は勉強をするところだ、とか友達と遊ぶところだ、とかにしとけよ。あと俺と夏帆はそんな関係じゃないから。ついでに良樹と花の前で下ネタ言うのは桜に怒られるぞ」
お兄ちゃんの言う小ジジとはお父さんのことだ。多分名前と小さいジジイってところから出来た呼び方だと思う。これを使ってるのはお兄ちゃんだけだけど。
「そうかそうかそれはすまんかったな、桜」
お父さんは私を見てニヤニヤしている。私は断言できるわ。この人は適当に謝っている。
「良樹と花に分かりづらく言ってくれるなら別にいいけど……今日はなんでこんなに早く起きてきたの?」
お兄ちゃんがあの二人の前で下ネタを言ったら当然怒るけど、お父さんは怒る気にならない。というかいちいち私が言わなくても自分が親であることを自覚してほしい。私だって大人に逆らうのは結構勇気がいるんだから。
「ほう、お前はDで意味が通じるのか。見た目は花と変わらないくせに痴女……ぐふ」
私の足はスッとお父さんの両足の間をくぐり、二つの玉を捕える。お父さんが余計なことを言わなければこんなことしなかったわ。だってこれも勇気のいる行動だもの。
それから私達は悶え苦しむお父さんの横で黙々と朝ご飯を食べたり、学校の準備をすることになったが、お兄ちゃんと良樹がたまにお父さんに向ける目線はどこか優しく、同情しているように見えた。私と花は無視してたけどね。