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私の兄は変なんです  作者: とらじら
ゴミのような誇りもあるんです
3/21

ゴミのような誇りもあるんです:3

 




 「ごちそうさまでした」


 私は一応そう呟き、食器を洗う。怪我していない方の手だけでごはんを食べていたので、いつもより少し時間がかかってしまった。それでも20分ぐらいだろうか、お兄ちゃんは樹木図鑑を探しに行ったまま、いまだに帰ってきてない。


 どうしたのかしら。もしかして私がさっき掃除したせいで違う場所に移動させてしまったのかな。いやでもさっき隠しているって言ってたし、私は樹木図鑑なんて見た記憶が無いから多分関係無いわよね。


 私は口笛を吹きながら、食器を綺麗に並べて片付けた。良樹もお兄ちゃんの言いつけを守っているのか、いつもより静かだ。やっぱり土曜日はこうあるべきね。


 お菓子を引っ張り出し、それを片手にソファーに座る。いつもなら私のお菓子に手を伸ばす良樹だけど、羨ましそうにしながらも我慢してるのか寄ってこない。私がテレビを見ると、最近流行りのお笑い芸人が一発ギャグを披露していた。


 私はそれを見てくすっと笑い、お菓子を食べまた笑い、それを何回か繰り返す。平和ね。私がそう感じ、そろそろ昼寝でもしようかと思った時だった。


 「俺の同人誌がなーい! AVがなーい! 樹木図鑑がなーい!」


 家が揺れるのではないかと思わせるような悲痛な叫び。しかもその言葉を何度も連呼しながらだんだん近づいてくる。良樹はその声になんだなんだと言うように目を丸くさせ、驚いていた。私は現実逃避するかのように耳を塞ぐが、近づいてきているので耳に入ってくる声はだんだん大きくなる。


 私の平和が失われる……涙目になっていたところでお兄ちゃんが理解してくれるわけでもなく。


 「桜、お前だろ犯人は! 次はどこに隠したんだよ! しかも樹木図鑑まで! なああああ!」


 扉を強引に開け、衝突音が聞こえたかと思うと、気付いた時にはもう私の肩はお兄ちゃんに掴まれ、凄まれていた。ずっと必死に探していたのだろう。息遣いは荒くなっており、目は血走っている。


 「痛いから離してよ」

 

 私はお兄ちゃんの手を払おうとするが全く動かない。こうなったお兄ちゃんはめんどくさいのよね。お兄ちゃんは私をなぐるようなことはしない。ただ無言で圧力をかけ続け、さらに酷い時には良樹や花が泣く時より大泣きする。

 

 「どうしてこんな酷いことを?俺がお前になにかしたのか?」


 お兄ちゃんの言葉から一気に空気が凍る。良樹も子供ながらに雰囲気を察したのか正座して聞いていた。この沈黙がなかなか苦しく、私もさっさと終わらせたいんだけど……さすがに良樹の前じゃ言いにくい。


 「良樹ちょっと外で遊んできてくれない?」


 「うん、分かった」


 良樹は全く抵抗することなく立ち上がり、この場から消えた。

 よし、これで私の言いたいことをお兄ちゃんにはっきり伝えることができる。


 「樹木図鑑には心当たりがないわ。同人誌とアダルトビデオに関してはほんとに心当たりないの?」

 

 私が自分の体を守りながらそう尋ねると、なんの曇りもない澄ました顔でうんと頷いた。それなら本当はお兄ちゃんのではないっていう僅かな可能性が……無いな、それは。私は左手をギュッと握った。


 「お兄ちゃん、あのエログッズの内容は?」


 「は? 隠したんなら知ってるだろ? 全部最近ハマっている妹モノだ」


 「……この家の妹をそういう目で見ているってことで間違ってないよね?」


 私は両腕を使って胸を隠し、お兄ちゃんから一歩間合いを取る。そしてさっきまで自分が座っていた椅子を自分とお兄ちゃんの間に置いた。

挿絵(By みてみん)

 

 さぁ、なんとか言いかえしてみなさいよ。


 「それだけか」


 「え? それで十分じゃない。これでも私が間違っているっていうの」


 それだけかってことは、認めるってことよね。じゃあ私がやったことは正しかった。 普通のエロ本なんかだったら絶対ここまではしなかったわ。私は妹なんだし、妹が妹モノ見たらそりゃ猛烈な勢いで処分するでしょ。


 「そんな小さい理由で俺のペットたちが隠されたということなのか」


 もう言っちゃおうかしら。隠したんじゃない、派手にゴミに変化してしまったって。いや、それよりも私が厭らしい目で見られてたってことの方が重要だ。


 「いやだから私のことをHな目で見てたんでしょ。妹にそれは社会的に大問題なんだよ、お兄ちゃん」


 どうして私が高校生のお兄ちゃんに、こんな小学生でも分かるようなこと教えなくちゃいけないのかな。私は警戒しつつも、小学生に言い聞かせるように諭す。頭の中ではあまりにも情けないお兄ちゃんに強く喝を入れているけどね。

 

 お兄ちゃんは私の見下したような言い方に腹を立てたのか、椅子をどかしてジリジリと近づいてくる。もしお兄ちゃんが開き直って襲って来たりしたら女の子の私は力で負けてしまう。


 「寄ってこないで!」


 逃げたいが逃げ道はない。こうなったら玉蹴りからの正面突破しか……


 そこまで企んだときにやっとお兄ちゃんは口を開いた。


 「俺がどうしてこれを持っているか分かるか?」


 お兄ちゃんはそう言うと、普段持ち歩いている鞄から女の子が持っているようなメモ帳を取り出し、私に差し出す。一瞬なにか分からなかったけど、よく見たら妹写真集と書いてあった。中身は簡単に想像できる。これもきっともうすぐゴミ箱に向かうだろう。


 「妹が好きだからでしょ」


 私はそのメモ帳を見ることなく、返すこともなく、自分のポケットの中にすっと入れた。もちろん後から処分するからだ。


 「そうだ正解だ。ところで何故ポケットにしまう。それと言い忘れていたが、お前の大切にしてたイケメンの写真集あるだろ?あれ隠したから。隠し場所を教えてほしかったらメモ帳の中を見て、速やかにそれを返し、そしておれのペットを出せ」


 「なんでお兄ちゃんがあの写真集の隠し場所を知ってるのよ!だ、だいたい条件が釣り合ってないでしょ」


 「確かに俺の方が注文が多い。でもお前にとってあの一冊はがんばって貯めた金で買った唯一の一冊だしなー」


 駄目だ全部バレちゃってる。さすが変態ストーカーシスコン野郎だ。もし今お兄ちゃんのモノがもう修復不可能だなんて知られたら……とりあえず大人しくメモ帳を見よう。


 「分かったわ。見ればいいんでしょ見れば」


 私はポケットからメモ帳を取り出す。ほんとに拷問だわ。どうしてお兄ちゃんが隠し撮りした自分の姿を自分で確認しなくちゃいけないのよ。


 私はそう思いながら、1ページ目を捲る。写真は上手く切り取られしっかりと編集されていた。それは次のページも同じで、女子学生が友達とのプリクラを大切にするのと同じぐらいか、それ以上の愛情が感じられるメモ帳だった。しかしこれはどういうことなの?


 いくらページを捲っても私の姿は出てこなかった。けれどお兄ちゃんが妹好きというのが嘘だというわけではない。なぜならそのメモ帳は花だけで埋まっていたんだから。

 

 全てのページを読んだ私は、パタリとメモ帳を閉じた。頭が痛い。お兄ちゃんがボヤけて見える。足が崩れる。もしかして私は……


 「分かったか、俺の伝えたいことが」


 お兄ちゃんは見下しながら、メモ帳を私の手からスッと抜く。そのとき軽く触れ合った手が、いつものお兄ちゃんの手よりも冷たく感じた。


 「私はこの家の子じゃないってことね」


 なにも思わなかった訳じゃない。軽く違和感は持ちながら生活していた。この家の男はみんなおかしいのに私は普通だし。あれ? それなら花もこの家の子じゃないんじゃ? でもお兄ちゃんのメモ帳には花の写真だけがあった。てことはお兄ちゃんは実はお兄ちゃんじゃなくて私の弟だとか!? それなら私は今日から偉そうにできる!


 思考が過激さを増し、自分でも分からないぐらいに混乱していた私の頬をとお兄ちゃんはぺちぺちと叩く。数回叩かれた後、私は現実に引き戻された。お兄ちゃんは憐れみを持った目で私を見ている。


 「おーい、どこの世界に飛んでるんですかー」


 「なによ! 私はお父さんとお母さんの娘なのかさっさと教えなさいよ!」


 そうだった。意味の分からない可能性を考えている場合ではない。


 


 もしかしたら、今まで考えていた“私”がひっくり返されるかもしれないんだから。




 「桜、お前……」



 私の喉からゴクッと音がした。



 「かなりヤバめの妄想癖だろ」


 お兄ちゃんはそう言うと、机の上に置いてあるお母さんの写真を手に取り、いまいち状況が掴めない私の前に差し出した。


 「この写真の母さんをよく見ろ」

 

 それはまだ歩けない花と良樹を両手に抱えるお母さんと、その横でニコッと笑ってピースしている私、意味の分からないポーズを取っているお兄ちゃん、少し離れて腕を組んでいるお父さんが写っている最後の家族写真だ。


 私は見慣れたその写真のお母さんを、これでもかというぐらい真剣に見た。


 「この時のお母さんは、旅行の日なのに親父が寝坊したせいでものすごく不機嫌だったんだ。それは表情を見たら分かるだろ。この顔にお前は何か感じないのか?」


 ……何も感じないんだけど。怒っていることと、お父さんが最低なことなら分かったけど。


 お兄ちゃんは分かっていない私の様子を見て少しイライラしているように見える。多分いろいろと伝えたいことが伝わってないのだろう。


 「鏡で見た自分の顔を想像してみろよ。その姿とこの母さんの顔を比べてみろ」


 お兄ちゃんは指先で机をトン、トン、トン……と何度も繰り返す。なんだか必死にボケたのに、滑るどころかネタがネタとして扱われずに、真剣に受け取られた時のようなそんな様子だ。おそらく分かってないのは私なのだけど、理解できないようなネタをぶち込んできたお兄ちゃんが悪い。


 私はお兄ちゃんに言われた通りに自分を想像する。身長は170センチ近くあり、小顔で八等身美人。腕も足も細くスラッと伸びているが美の曲線はしっかり描かれており、抜群のプロポーションは世の中の全ての男を魅了する。顔のパーツだってバランスの取れた大きな瞳に、無駄の無い鼻筋、小さく瑞々しい唇、そこに艶があり華麗なウェーブのある髪が……


 「分かってると思うが、俺は理想を妄想しろと言ったわけではなくて、現実のお前を想像しろと言っているんだからな」


 そんな風になれればいいなって常に思っているが現実はそこまで甘くはない。自分の胸を押さえてみる。うん、間違いない。私はまな板だ。


 「そ、そんなこと言われなくても分かってるに決まってるでしょ! 私はコンプレックスなんて一つも持っていないんだからね!」


 お兄ちゃんは私の必死の弁解を鼻をほじりながら聞き流していた。私は改めて現実の自分と写真の中のお母さんと見比べる。お母さんは私と違ってまな板ではない。そんな……やっぱり私は……


 「お前はさっきから胸しか見てないだろうが! もういい俺が説明する! お前は俺のペットを勝手に隠すわ、ネタを真剣に受け取るわ、妄想するわどれだけイラつかせたら気が済むわけ? 話ズレまくってるじゃねえかよ。俺は早く返してほしいの、分かる?」


 お兄ちゃんは自分の部屋にダッシュして手鏡を取りに行った。一生返せないことが分かったら、私はどうなってしまうのか。逃げるなら今よね。私は立ち上がり、急いで部屋を飛び出そうとするがすでにお兄ちゃんは戸の前に立っていた。


 「早く戻れ」


 「はい……」


 脱出失敗。どうやら私にはどうすることもできないらしい。


 「ほら、鏡を見ろ。特に目元と口元に注目だ」


 注目しなくても自分の顔のことは自分が一番理解しているわけで、それでもなにも分からないわけで……


 「なんで分からないんだよ! そっくりじゃねえか! 目も、口も、怒った時の雰囲気も!」


 ついにイライラに加えて、伝わらないもどかしさが積もり積もってムズムズしていたお兄ちゃんは我慢できなくなり吠えた。 

 

 私は少し頭がジンジンしているが、それでも渋々確かめる。目元も口元もそっくり、確かにそうだ。今まで気付かなかった。けれどそれも仕方ない気がする。だってお母さんとはもう何年も会っていないんだから。むしろお兄ちゃんは気付いていたお兄ちゃんは褒められるべきだと思う。さすがの記憶力だと。


 「確かに似てるわね。けれど結局なにが伝えたいの?」


 まずどういう流れでこの会話になったのか思い出せないんだけど。


 「要するにお前は間違いなく俺たちと血の繋がっている家族ということだ」


 「うんそれは分かった。でもそれが何なの?」


 「お前が勝手にぶっ飛んだ妄想を始めたから、俺の怒りも言いたいことも脱線しちまったんだろうが! この妄想KY女!」


 また大きな声を出しちゃって……いい加減近所迷惑だっての。えっとたしか、お兄ちゃんは自分の気持ち悪いアイテムが無くなっててキレて、真剣な顔で謎のシスコン手帳を取り出してきたのよね。正直今になってどうでもよくなってきたわ。捨ててしまった物だってがんばったら無かったことにできるかもしれないし。


 私は飽き性だ。妄想やらKYは分からないけどそれは自分でも理解している。逆にお兄ちゃんはハマってしまったら抜け出せないようなところが恐い。


 「思い出したわ。メモ帳の話をしてたわよね。あれは結局なんだったの? なんで妹写真集なのに私の写真は一枚もなくて、花の写真だけだったの?」


 私がその質問をした瞬間、お兄ちゃんの表情はパッと明るくなった気がした。その質問を待っていたんだ。という感じに。そしてすぐにシリアスな顔を作り、私を見つめる。この男、超絶めんどくさい。自分がなにかの主人公だとでも思っているのだろうか。


 「それはな、お前には残念なことかもしれないが……」


 早く言ってほしい。別にこんなタメいらない。


 「俺は間違いなくシスコンだ。だから花は大好きだし、花の将来は妄想していて非常に楽しめる。けれど俺はお前を妹と思っていない。だから妹写真集にも花の写真しか載ってないんだ。どうだ、悲しいだろ?」


 「ふーん、それは悲しいわ。こんなどうでもいいことに無駄な時間を使ってしまったことが」


 この時間、ほんとになんだったのだろうか。私ってもしかして世界で一番残念なお兄ちゃんを持ってしまったのかもしれない。

 

 「おい、なんだよその態度は。散々遠回りさせたくせに」


 お兄ちゃんの気持ちは分からなくもない。ただし私のこの何とも言えない空しい気持ちも分かってもらいたいのだ。それに私のこと妹と思ってないなら、私だってお兄ちゃんだと思ってやんないんだから。


 「早く同人誌とAV返せよ。それと樹木図鑑も持ってるんだろ」


 お兄ちゃんはしつこくほっぺたをつついてくる。私はその度に弾くのだが、弾いてもまたつつかれるの繰り返し。勝手に私の肌に触らないでほしいんだけど。最近ニキビも減ってきたのに。


 「お前自分のイケメン写真集没収されたこと忘れてね? 俺の返さないとお前のも返ってこないぞ。いいのか、なあいいのか?」


 うぐっ、痛いところを付いてくるわね。あの写真集が返ってこないのはちょっと……いやかなりショックだけど、ビリビリに破ったやつを修復することはできないし。もう悩んでも仕方ないわ! イケメンは諦める! 


 「もういいもん。写真の中のイケメンを見ててもどうにもならないもん。それに同じクラスに賢治(けんじ)君っていう、この写真の人よりもイケメンな人がいるし。その人がいるから私はもう困らないんだから! だからお兄ちゃんのも返さない」


 ごめん賢治君。勝手に名前借りちゃった。


 お兄ちゃんは私の言葉を聞くと舌打ちをして、「なんでこいつはこんな頑固なんだか」と呟いた。もうなんとでも言いなさいよ。大概の事なら我慢してやるんだから。


 「だからおっぱいも小さいままなんだよ」


 「お兄ちゃんのことなんか大っ嫌い!」


 お兄ちゃんは私のビンタで真っ赤になった頬を押さえる。女の子のコンプレックスを突くからそうなるのよ。もうこんな馬鹿とは口も聞きたくない。おっぱいが大きいからなんなのよ、小さいのだって可愛いんだから。


 「ついに手を出しやがったな、暴力女! 別に嫌いでも結構だよ。けどムカつくからその両耳にぶら下がってる馬の尻尾引っこ抜かせろ!」


 「いやよ! 私の自慢のツインテールに汚い手で触るな!」


 「もともと汚い馬の尻尾を汚い手で触って何が悪い」


 「お馬さんが可哀想でしょ! 今の発言お馬さんに謝ってよ! それと私にも」


 「やだね、お前こそ勝手に部屋に入ってごめんなさいって謝れ」「謝るのはお兄ちゃん!」「お前だ」「お兄ちゃん」


 終わりの見えない兄妹喧嘩の声はだんだんと大きくなる。


 「どっちでもいいよそんなの!」


 そんな泥沼の中に第三者の叫びが割って入った。私達はその声に気付きながらも、言い合いを続ける。たとえどんな理由があろうとも、黙った方が負けだ。お兄ちゃんも同じように思っているようで、第三者の方を見向きもしない。しかしさすがに泣き叫ぶ声が聞こえてくると、お互いに言い合いを止めた。


 「ぶえぇえーーーーーーん! なんで無視なんだよおおおおお! 大変なのに、たいへいいいいいいいいい!」


 なぜかそこには遊びに行かせたはずの良樹が、顔をぐちゃぐちゃにしながら立っている。また花に泣かされたのだろうか。前にも隠していたお菓子を花に食べられて大泣きしたことがあった。花は悪気があって食べたわけではないので、泣いている様子を首を傾げて見ていたのが印象的だ。


 「桜、ちょっと休戦だ。とりあえず協力して泣き止ませよう」


 お兄ちゃんの耳打ちに私は小さく頷いた。こんな大きな声で泣かれたら、私達の声がかき消されてとても言い合いなんてできる状況じゃないもん。


 「ほらほらどうしたのよ。また花になにかされたの? 男の子なんだから泣いちゃ駄目っていつも言ってるでしょ」


 私は腰を屈めて目線を合わせる。お兄ちゃんは「とりあえず何があったか言ってみろよ」と言いながら背中を擦った。顔はどうせどうでもいいことだろとでも言いたげな作り笑いだ。お互い必死なのよ。自分のイライラを抑えるのに。


 「花が、花が……」


 良樹は涙の止まらない目を腕で押さえた。嗚咽しながらも少しづつ言葉を繋いでいく。とても聞き取れるような声じゃないけど、だからといって投げ出すことはできない。


 「うん、お兄ちゃんの愛する妹、花ちゃんがどうしたの?」


 私が皮肉を込めてそう言ってやると、お兄ちゃんはギッと鋭い視線を向けてきた。そんな目で見られても全然恐くないんだから。


 良樹は必死に声を出そうとするが、泣いているせいで詰まってしまう。お兄ちゃんはそんな良樹の背中を乱暴にバシバシと叩いた。良樹は一度深く息を吸い込む。そして叫ぶように声を出した。


 「花が大変なんだ! 早く行かないと死んじゃうよ!」


 その言葉は私とお兄ちゃんの表情を変えるには十分だった。


 



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