ゴミのような誇りもあるんです:1
土曜日、世間の中学生は一週間の疲れを癒すためにだらだら、ごろごろしていることだろう。いや、ここぞとばかりに遊びまわっているもいるかもしれない。部活に入っていない多くの中学生にとって、やはり休日は特別だ。
もちろんそれは私にとっても例外ではないはずなのだけど、そんな大切な時間の真昼間に私は目を見開き、自分の持っている卑猥なモノをじっと見つめていた。
どうしてこんな所でこんなモノを手にしているのか。いや、というかどうして妹である私がこんなモノを自分の家で発見しなければならないのか。あれ? ここの部屋って誰の部屋? これって私が悪いの? 落ち着いて私、とりあえず誰が悪いか考える前に今に至る流れを整理しましょう。
まず私はお菓子のゴミなどが散らかっていた自分の部屋を一週間ぶりに掃除していた。そしてぎっしり詰まったゴミ袋をゴミの日に出すために自分の部屋の前に置きに出た。ここまでは良い。誰も悪くない。
たしかそのあとにチラッと見えた隣の部屋の中身が、ここにゴミ袋を一つ追加したところで気付かれないのではないかと思うほどの無法地帯だったために、私のお節介魂に火が付き、無性にその部屋を掃除したくなった。掃除は順調だった。あとはベッドの下を雑巾で拭くだけ……
そう、ここで見つけてしまったのよ。私に今すぐこの家を出ていくことを望ませる程の強力な闇アイテムの数々を。
悪いのは誰? 私の貴重な時間を必要外の掃除に使わせ、さらにはこんな悪魔のアイテムを見せつけて、私の気分を害したやつは。
答えはこの部屋の持ち主。ようするにあいつだ。
私は手にしていた妹モノの同人誌を跡形もなく引き裂き、珍しくきれいに並べられていたアダルトビデオのディスクを一枚一枚粉々に打ち砕いた。その作業中の私は無表情だったと思う。真剣に悩んでいたんだもの。どうやってこの家からあいつを追い出すのかを。
これはやっぱり私もこんな目で見られているということよね……追い出さないと妹である私の身が危ないわ。あぁ、寒気がする。
春はもう過ぎたにもかかわらず布団を体に巻きつけたちょうどその時、玄関の扉を乱暴に開ける音がした。
「おねーちゃんただいまー。虫いっぱい捕まえたよー」
高く、耳を撫でるような声が聞こえてくる。これは妹の花の声だ。花は女の子の友達ともっと遊んだ方が良いと思う。昔から外に出て遊んでいて、おままごとやお人形遊びをしている姿を見たことが無い。私がそんなことを考えながら階段の上から花を見ていると、ニコニコと手を振ってきた。
……うん、可愛い。この家にもったいないぐらい可愛い。雨上がりの朝、陽射しに照らされた若葉のような瑞々しい笑顔、長い睫毛、大きくて常に潤んでいる小動物のような瞳。
花は絶対にこの家の馬鹿から守らなければ。
「おい、早く靴を脱いでどけよ。後ろ詰まってんだよ」
次は花の後ろから憎たらしい声が聞こえてくる。なんて生意気で汚い言葉遣いなのよ。花が真似したら困るわ。
言われた後、花は急いで靴を脱いでいたが、その様子をそいつは堂々とした態度で見下していた。
「こら良樹。花は双子の妹なんだからもっと優しく言いなさい」
私はポケットに手を入れて立っている良樹を軽く叱り付ける。
「姉ちゃんはいつもうるせーんだよ。バッタ投げつけるぞ」
しかしそんな言葉が当然通用するわけもなく、良樹は手で握っている瀕死状態のトノサマバッタを自慢げに見せつけてきた。
「……あんたそのバッタもう動いてないわよ」
おそらく握りすぎていたのだろう。体がボロボロになったバッタの姿はあまりにも見るも無残で、私はため息を付く。ああバッタさん、うちの弟がすみません。後で土に埋めに行かせるので許してください。
良樹は私の言葉を聞き、自らの手のひらに広がる残虐な光景を見て、すぐに後ろを振り向いた。
「わあああああ! 兄ちゃん大変だ! ぼくたちのおトノちゃんが姉ちゃんに殺された!」
ツッコミどころ多すぎない? まず何その名前? そして私は何もしてないじゃない。殺したのはあんたのライトハンドでしょ。さすがにムカついてきたわ。
私は階段をゆっくりと下りていく。ちょうどすべての段差を終えたとき、良樹は抱えあげられた。
そう、今良樹を抱えている男こそがさっきの部屋の持ち主であり、危険な変態である……
「桜。俺たちのおトノちゃんをよくも殺してくれたな」
私の兄の、木の実大樹だ。
私はその兄と弟を無視し、リビングに向かう。お兄ちゃんには無視が一番効果的だ。絡むとうざい。なら絡まなかったらいい。これは私が14年間生きてきてきて手に入れた唯一の対抗策だ。
そんな私を、お兄ちゃんは良樹を抱えたまま追ってくる。そして台所に行こうとしている私を遮るように前に立った。
「おい、聞いているのか桜。今から正義のヒーロー大樹様のファイヤーパンチを」
「良樹、今すぐそこから下りなさい。お昼ごはんにラーメンを作ってあげるから」
私はお兄ちゃんの言葉を遮るように良樹に声をかける。しかしお兄ちゃんはそれでも全く動揺していなかった。おそらく良樹が自分から離れる訳がない、という根拠の無い自信を持っているのだろう。その自信はいったいどこから湧いてくるのだろうか。
「俺の一番弟子の良樹がインスタントラーメンごときに釣られるわけがないだろう。な、良樹」
お兄ちゃんは余裕たっぷりな顔でこちらをチラチラ見ながら、良樹の頭を撫でている。一生やってろ。
「兄ちゃん下ろして。ぼくお腹すいたからラーメン食べたい」
その瞬間私の口元は綻んだ。ほら見たか、馬鹿兄。良樹は食べ物さえ与えたら楽勝なのよ。実は最近これの使い過ぎで良樹が太ってきているんだけどね。まぁそれはこれからなんとかしたらいいわ。
そう言われたお兄ちゃんは仕方なさそうに良樹を下ろす。しかし顔はまだ笑っていた。
なんなの。この気持ち悪さは。いったい何がおかしいの? もっと悔しそうな顔をしなさいよ。てかしてくれなきゃ必死になってた私が馬鹿みたいじゃないの。
「おねーちゃん私のラーメンも作ってねー」
「姉ちゃんぼくのは卵入りでたのむぞー」
ソファーに座っている二人の声に私は適当に返事を返したが、私はお兄ちゃんの余裕が気になって仕方なかった。お兄ちゃんはそんな私に追い打ちをかけるように私を見つめてくる。そうしてだんだんと私の頭は乱れだし、お兄ちゃんでいっぱいになり……
「その顔はなんなの? そんなに見てこないでよ」
私はついに反応してしまった。その瞬間お兄ちゃんは表情を崩し、ほっとしたような顔を見せたあと、再びにっこりと笑う。駄目だ、お兄ちゃんの考えてることはさっぱり分からない。
その謎人間であるお兄ちゃんは、言うか言わないか迷っているような顔で口を開いた。
「いやーなんて言うかさ、お前さっき俺のこと無視してただろ?」
「だから? それがどうしたのよ」
ふふ。自分だけ無視されて寂しかったのね。なんか勝負に勝ったみたいで最高の気分だわ。私はお湯を沸かしながら、お兄ちゃんの言葉に耳を傾ける。
「それなのに、今俺と話してくれてるじゃん?」
「うん、そりゃね。ずっと無視なんてお兄ちゃんが可哀想だもん。だからお兄ちゃんは私に感謝すべきよ。ありがとうございます、桜さまーって」
いつもやられてる分ここで取り返さなきゃ。さっきの同人誌の件もあるから、とことんまで惨めな思いさせなきゃ気が済まないわ!
「あのさ……俺の勝ちじゃね?」
ずっと勝った気でいた私はお兄ちゃんの言葉に耳を疑った。そして再び頭の中を揺さぶられたような感覚に陥る。
は? 今何て? めちゃくちゃ意味の分からない言葉が聞こえてきた気がするんだけど。
私は湯を沸かしているにもかかわらず、お兄ちゃんの方を向いてしまった。お兄ちゃんはまた楽しそうに笑っている。
「だってさ、お前は俺のこと無視しようとしてたんだろ。けど俺のことが気になって気になって仕方なかった。だから今こうして喋ってるわけじゃん。知ってるか? 男と女って気になった方が負けなんだぜ」
「私たちは兄妹でしょ!」
だめだ、だから無視し続けなきゃ駄目だったんだ。たぶんお兄ちゃんには一生勝てない。だって最強に捻くれてるんだもん。頭のねじ二2,3本曲がってるもん。私がお兄ちゃんを気になった? 男と女? そんなのおかしいわ! 絶対そんなわけない!
“お兄ちゃんはおかしい”
私はすぐに、頭の中でそう否定したはずだった。それなのに。
なんで私は赤くなってるのよ……
なぜかは自分でも分からない。けれども私はたしかに顔に温かさを感じていた。怒り? 悔しさ? 惨めさ? 恥ずかしさ? 私にも分からない何かが私の頬を赤く染め、私の顔を沸騰させている。
ねぇ、お兄ちゃんはどうして男と女を引き合いに出したの……?
「なぁ、桜」
駄目!今の私に話かけないで!
「沸騰してるぞ、それ」