美貌の公爵様の後妻になります〜後妻になりたいと言ったのは私ですが
今夜も夜会に出席する。
「はぁー。夜会はやっぱり面倒くさいわねー。」
私は会場入りした後、一人端によりワイングラスを片手に夜会を楽しむ老若男女を観察している。
(でも、人間観察は楽しいわね。)
じっと端から見ていると、その人達の関係性がより深く見える。
(あの女性は隣の彼が嫌いね。顔を一瞬背けた扇子の影から不快な表情が見えたわ。)
など……。人の仕草や表情を観察しながらワインを堪能するのが、私の夜会の楽しみ方だ。
いつものようにのんびりと人間観察をしていた。
「よっ!カレン。」
突然声をかけられ、ワインが変な場所に入ってしまった。
「ゴホッ……。」
咳き込みながら振り向くと、そこには幼馴染のカーソンがいた。
因みに、幼馴染と言っても四歳年上。
彼は24歳。
となると……。
そう。私は20歳の行き遅れの令嬢である。
私はカレン・ポートマン。
ポートマン伯爵家の長女である。
彼はカーソン・シュタイン。
シュタイン公爵様の次男である。
次男であるのだが、カーソンが次期当主となりシュタイン公爵家を盛り立てて行く事になる。
なぜ次男の彼が後継なのか、嫡男はどうしたのかと言うと…。
私と婚約していたのだけれど、嫡男である元婚約者は破滅してしまったのだ。
私のせい?
いえ。彼の不誠実さから出た自業自得なので、私に責任はない。
「おい!カレン、聞いてる?」
カーソンがわたしのワイングラスを強引に取ると、代わりに新しい飲み物を手に渡した。
綺麗な黄金色のお酒。
シャンパンだ!
「私の領地のシャンパンね……。」
涙を浮かべてシャンパングラスを眺めた。
(やっとね……。)
「カレンの作ったシャンパンは今夜の夜会の主役になる。今から皆に提供されるから、ちゃんとその目で見届けろよ。」
「ありがとう。カーソン。貴方のおかげね。」
「いや。これもカレンへの償いになるなら安いもんだよ。」
カーソンはカレンにそう伝えると、他の賓客の方に足を運んだ。
片手に我が家のシャンパンを手にして。
私はシャンパンを眺め、一口飲んだ。
(美味しい……。)
ご機嫌になった私の側に悪友であるミーシャ伯爵夫人がやってきた。
「ごきげんよう。カレン。」
シャンパンを軽く掲げ、挨拶を交わす。
「ごきげんよう。ミーシャ伯爵夫人。」
「あら?夫人だなんて。ミーシャでいいわよ。カレンに夫人呼びされると、寒気がするしむず痒いわ。」
ミーシャはそう言いながら手で腕を擦り始めた。
私はクスクス笑いながらシャンパンを口にする。
「貴女の作る飲み物は、本当に美味しいわ。このシャンパン?とても綺麗で味もまろやかだし。この泡が素敵ね。」
ミーシャもシャンパンの美しさと美味しさに魅入られた一人となった。
「ありがとう。ミーシャ。」
「あら!カレンが素直に感謝するなんて、気持ち悪いわよ?」
軽口を話しているとミーシャが小さな声で話しかけてきた。
「ねぇ。いい加減婚約者を作りなさいよ。新しい出会いって大事よ?このまま一人でいる気?
お兄様夫婦にいつまでも甘えていては駄目よ。
カレンが家を立て直したのは確かに凄いけれど、ご両親もお兄様夫婦もカレンの花嫁姿を見たいんじゃないかしら?」
「ミーシャ。私は結婚するなら後妻が良いのだけど、それを伝えたら家族に反対されたの。私は初婚だし、以前のポートマン家ならまだしも、今のポートマン家で後妻での婚姻は「上」も許さないかも……って。」
話を聞いたミーシャは渋い顔をする。
私の考えを否定するのではない。
私の願いが通らない事に、腹を立ててくれているのだ。
「カレンが後妻が良いって言ってるのに、上が許さないかもって。あんまりじゃない。上のせいでカレンの婚約はめちゃくちゃにされたのに!!」
怒り狂うミーシャだが、ちゃんと小声で発狂するのだからとても器用だ。
「上」とは、王家の事。
その言葉を口にして話せない内容の時はその言葉を使っている。
「そうね。全て上のせいなんだけど。一家臣としては、どうしようもないわ。」
二人の間に沈黙が流れた。
「カレン!後妻が良いって、本当か?後妻で嫁ぎたいって今言ったよな?」
カレンの背後から、またしてもカーソンが突然話しかけてきた。
「言ったわよ?子供がいる事も条件だけど?」
カレンの言葉にミーシャの顔か引きつるが、カーソンは大きく目を見開いていた。
その表情はどちらかといえば、とても喜んでいるような表情だった。
「カレン!誰にも文句を言われない相手を知っているから、会ってくれ!
それまで後妻の話が来ても、婚約の話が来ても絶対に受けるな!いいな!」
そう言い放つと、足早で会場を出て行った。
「あら? 彼、今夜の主役よね?」
そう。今夜はシュタイン公爵家の当主となったカーソンのお披露目の夜会。
カーソンの両親は公爵家当主として相応しくない!と、一門から否定され田舎の領地に追いやられたのだ。
カーソンは婚約者であるイヴ様と結婚式をあげ、本日は新たな当主としてお披露目をしている最中。
その主役が退場したのだ。
カレンとミーシャは口をポカーンと開いたままカーソンがいなくなった先を見つめていた。
「あらあら。可愛い雛がいますこと。」
クスクス笑いながら近付いてくる美女は、カレンとミーシャの悪友のもう一人。
イヴ様が妖艶な雰囲気を纏い近付いてきた。
「新たな公爵夫人にお祝いを申し上げます。」
カレンとミーシャがカーテシーをし、イヴにお祝いを伝える。
「ありがとう。ところで、カーソンを見かけなかったかしら?シャンパンを持って出て行ったから、てっきりカレンの側にいると思ってたの。」
「来たには来たのよ。でも、カレンの事でさっき会場を出て行ったのよ。」
ミーシャがそう伝えると、イヴがカレンの事?と首を傾げた。
「カレンは後妻として嫁ぎたいけど、家族が反対してて。その話をしていたら、カーソン様が反対されない嫁ぎ先を知ってるから!って、走って出ていかれたの。」
ミーシャの説明にイヴがカレンの肩をガシッと掴んだ。
「カレン!本気?後妻で良いの?」
イヴの圧にカレンの顔が引きつるが、
「私は後妻 が 良いの。 で じゃなくてね!」
「そうなのね。良かったわ。カレンも幸せになれるわ。」
イヴがいきなり涙を浮かべてカレンに安堵と嬉しさを伝えてくる。
「後妻なんて!って、イヴは反対しないの?」
カレンの問いに、「しないわよ?」
何故そんな事を聞くのか不思議そうにしていた。
「カレンがそうした方が幸せになると考えて出した答えよね?
それなら私はカレンを応援するだけですし、多分カーソンが連れてくる相手は大丈夫な方だと思いますし。」
ミーシャもイヴも、カレンの考えや気持ちを一番に優先してくれる。
カレンはそんな二人が大好きだった。
「後妻の話は置いといて。このシャンパンは素敵ね!」
イヴもシャンパンの虜になったようだ。
「お父様にも贈りたいのだけど、購入は何時からかしら?」
イヴの頼みなら販売前でも売りますよ!
カレンがミーシャとイヴに手招きをし、三人の顔が近づいた。
「販売はまだ先なの。今日の夜会でも作り手が誰か知らされていないの。
価値を上げるために、今夜だけ振る舞うようにカーソンが手配してくれたの。だから私の事は内緒にしてね?
イヴのお父様に贈る分は何とかなるから大丈夫。
ミーシャの旦那様と、ご両親の分も用意するから。」
イヴとミーシャがカレンを抱きしめ、シャンパンを人より先に手にする事に喜んでいた。
この世界はお酒好きな人がとても多くいる。
お酒の種類が少ない事に目を付けたカレンは幼少期からお酒を作っていた。
ポートマン伯爵家の事業にワインの製造業があった。
カレンが何故幼くしてお酒を作れたのか。
それには大きな秘密があった。
10歳になると国に住まう者は神殿にて魔法の属性と加護の有無を調べられる。
カレンも10歳になり神殿で調べる為に個室に案内され、魔水晶に手をかざした。
その瞬間、前世の自分を思い出したのだった。
ただ普通に記憶が蘇っただけで、体調は至って普通……。
カレンは魔水晶に手をかざしたまま、何も言わない神官様に視線を向けた。
神官様は水晶を眺めたまま動かない。
他の神官様が部屋から出て来ない私達を心配し部屋に入ってきた。
動かない神官の脇から魔水晶を覗き込むと、大騒ぎになった。
私と両親は神殿の奥に連れて行かれ、大司教様と謁見する事になった。
大司教様の前で魔水晶に再度手をかざす。
大司教様が頷くと、私と両親に説明をしてくれた。
「カレン様は〈お酒の神の加護〉持ちです。魔法の属性は、水と光となります。」
両親は顔面蒼白である。
加護持ちで光魔法……。王家が絶対に絡んでくるはず。
顔色の悪い両親に大司教様が安心するように伝える。
「加護も属性も神殿から話が漏れる事は決してありません。神官達は秘密を漏らせない誓約がつけられております。
カレン様の事が漏れる事はありません。」
両親は伯爵位を持つには優しすぎる性格で、お人好し過ぎる。
他家との衝突を避ける為に、事業もほそぼそと行なっていた。
「大司教様は、お酒が好きですか?」
「ええ。大好きですよ。」
神官達も飲酒はして良いので、
「大司教様に私が新しいお酒を作ったら、神殿に一番に納めます。
ですので、絶対に私の秘密は漏れないようにお願いします。」
カレンは現王家が嫌いなのだ。
平和なこの国だからなのか、現王家は怠惰で自分勝手で……民に苦労しか与えない存在なのだ。
大司教はカレンの表情を見て、何が言いたいのかを察してくれた。
「約束は守ります。カレン様が納めるお酒を楽しみにしていますね。」
それからカレンは伯爵家の酒蔵部門を担当した。
お酒に関わる事なら加護のおかげもあり、苦労はしたが酒蔵部門を国一番にまで名をあげる事が出来た。
ぶどうから栽培をし直し、酒蔵には樽を作った。
お酒を嗜めない人の為に、ぶどうジュースも沢山の種類を売り出した。
カレンの前世もワイナリーを営む家の娘だったのだ。
広大な農園と酒蔵を持つ有名な会社で、カレンは跡取りとして修行をしていた。
世界中を巡り、沢山のお酒に触れてきた。
ただ……結婚を約束した相手の裏切りにあったうえに、階段から突き飛ばされた記憶だけが最後にあった。
カレンは今世の自分は結婚せずに、事業に生きると決めていた。
両親も兄もカレンの活躍で他家との衝突もなく、伯爵家を立て直してくれた事に感謝していた。
領地領民も豊かにしてくれた事もあり、カレンの希望を優先してくれた。
丁寧に作られるワインは澱みもなく味も極上と、貴族から大変な人気となった。
勿論、販売前に神殿には納めてある。
抜かりはない!
事業も成功し伯爵家もカレンの懐もぬくぬくになった16歳の時に、カレンの不幸が突如始まったのだ。
「公爵家からの釣書だとっ!!」
邸中にポートマン伯爵家当主、セオドアの声が響いた。
「何事ですっ!」
妻のアントワーヌが執務室に急ぎやって来た。
「シュ…シュタイン公爵家からカレンに釣書がきたのだ!」
セオドアが釣書を震える手で妻に差し出すと、アントワーヌが奪うように受け取り釣書を確認する。
「嫡男の方との縁談……。」
無言のままの伯爵夫妻のもとに、父の絶叫を聞き駆けつけたカレンがどうしたのかを尋ねた。
シュタイン公爵家嫡男との婚約の釣書が届いた事を説明された……。
確かに嫡男のスチュワートと記されていた。
カレンはスチュワートの双子の弟であるカーソンとは親友であった。
カーソンならまだ解るが、相手がスチュワートなんて最悪でしかない。
(相手は公爵家……。王家が絶対に絡んでる。これは断れないわよね。)
「公爵家からの申し出であれば否は言えません。受け入れますわ。」
伯爵夫妻はどうにもしてやれない自分達に苛立つしかなかった。
娘を不幸の道にしか導かない婚約など、燃やしてしまいたかった。
しかし、相手は公爵家……。
逆らう事は出来なかった……。
シュタイン公爵家でスチュワートと顔合わせの日。
公爵家の邸の玄関にいたのは、使用人と共に迎え出ているカーソンだった。
「カレン……。ごめん。」
泣き腫らした目と腫れた頬を見て、カレンも涙を浮かばせる。
「仕方ない事よ。カーソンが気にする事ではないわ。貴方は悪くない。私の為にご両親に逆らったのでしょう?ありがとう。カーソン。」
カレンは腫れた頬に触れないように手を添える。
玄関にいる使用人は、カーソン付きの者達。カーソンの事情を知る者はあまりの理不尽さに涙する。
「大丈夫。いつか自由になってみせる。」
カーソンに笑顔を向け、邸の中に入って行った。
「お前がカレンか。美しくないが、仕方ない。」
カレンをチラリと見て紅茶を口にする。
金髪に金目。
シュタイン公爵家の色を見事に宿した令息。
カーソンは金髪金目であるが、色素が薄かった。公爵夫妻はスチュワートばかりに愛情を注ぎ、カーソンは虐げられていたのだ。
「カレン・ポートマンです。」
それだけを口にし、カレンは出された紅茶を口にするのを拒否し無言で空を見ていた。
カレンの態度に苛立ったスチュワートが席を立つと、部屋から退出した。
部屋に残る執事に向かってカレンは、
「顔合わせは終わりましたので、帰りますね。」
それだけ伝えると、部屋を出て行った。
(あのクソ男……。)
苛立ちを抑えて、早々に伯爵家に帰って行った。
社交の場では婚約者として出席するも、スチュワートはカレンを放置した。
カレンは気にせず端によると、大好きなお酒を片手に夜会を観察する。
カレンは婚約後すぐ学園に入学した。
同じクラスになったミーシャとはとても気が合い親友となった。
カレンはカーソンを紹介し息が合う三人は悪友となり、カレンとスチュワートの婚約をどうにか解消する術を探していた。
何故そこまでしてスチュワートとの婚約を拒否するのか。
それは、スチュワートには愛する姫がいるからだ。
側室の産んだメイシー第一王女が、スチュワートの愛する姫であった。
誰もが知っている二人の関係。
しかし、相手が王女殿下である以上陰でヒソヒソ話をするしかなかった。
陛下は王妃様とは政略結婚である。
王族として政略結婚を受け入れなければならないはずなのに、王妃様との婚姻後一年もせずに元平民の子爵令嬢のミア様を側室として召し抱えたのだ。
臣下も神殿も反対したが、陛下は独断で側室に迎え入れたのだ。
王妃様と側室が同時に懐妊と、ライナー王国が荒れる原因を作り出して行く愚王。
高位貴族も何とかしたいと考えるが、動けば国が益々荒れてしまう。
国が荒れれば困窮するのは関係のない民である。
それを理解しているからこそ動けない。
そんな中、産後寝たきりだった王妃様が身罷れた。
王妃様は小さな島国の王女。
珊瑚や真珠の宝飾品と共に交易の友好の証として輿入れされたのだ。
陛下は王妃様を蔑ろにしたが、陛下以外の者全てが王妃様を支えたのだ。
王妃様の無念を晴らす術を探る者は多い。
内乱は避けたい、だが……。
どのみち荒れ行く国ならば、現王家を討つしかないと思い始めた頃。
学園にザルド皇国からイヴ第一王女が学園へと転入して来た。
聡い者は裏がある可能性を考え、暫く静観をする事にした。
イヴ王女は早めに国に入り神殿での預かりとなった。ザルド皇国は神を崇拝する国の為、留学や長い外交の際は必ず神殿に居を構える。
ザルド皇国はどの国も信用はしない。
イヴ王女は神殿で生活を始めて直ぐに、世界中に広がっている極上のワインを作るカレンと知り合う。
大司教がカレンをイヴ王女に会わせたのだった。
大司教は二人の出会いで国になにかしらがあれば良い。と、きっかけを作った。
大司教の考えはその通りとなり、イヴ王女とカレンは親友となっていた。
二学年が始まりイヴ王女が転入されると、カレンと既に親友であったミーシャとカーソンとも親しくなった。
しかも、イヴ王女がカーソンに恋をして押せ押せで婚約をもぎ取ったのだ。
ミーシャとカレンは大喜びするが、気に入らないのはカーソンの兄のスチュワートに公爵夫妻。
特にスチュワートは婚約者が伯爵令嬢である為、邸では荒れていた。
弟がザルド皇国の姫と婚約をした。
愛する恋人メイシー王女にも婚約者がいて、もう直ぐ輿入れをする。
スチュワートは苛立ち、邸で荒れる毎日を過ごしていた。
何故メイシー王女とスチュワートが婚約しないのか……。
何故婚約者が別にいるのか……。
カレンはずっと疑問に思っていたが、その答えをくれたのは大司教だった。
「メイシー王女が幼少の頃クアドラ公爵子息の容姿に一目惚れをし、陛下の王命を使い婚約者となりました。
婚約を破棄できないように、無理矢理神殿にて誓いを立てたのです。」
「その話を聞いても良いのですか?」
「婚約をした経緯は誰にでも話して良いのですよ?その婚約に関わる契約事は話せませんが。
まぁ態々人様の婚約の経緯は話をしませんし聞きにも来ませんが、カレン様は知るべき情報と思いお話しました。」
「メイシー王女は心変わりをしてスチュワート様と恋仲になった。でも神殿に誓っていた為スチュワート様とは婚約出来ない。
ならば、お互い違う人と婚約をし婚姻する。そして、二人の仲はそのままにするって事?」
「そうです。秘密裏にですが、メイシー王女とイーサン公爵子息は婚姻を済ませております。」
「え?婚姻って……。そんな話は聞いてないけど……。」
「秘密裏に。ですからね。」
含みのある口調で言われたものの、その時のカレンには理解出来なかった。
婚約者であるスチュワートに興味もない私は、学園に入った後もお酒作りは続けた。
日本で扱った物や海外で知ったお酒を密かに作った。
販売する先は限定した。
ミーシャの実家である伯爵家とイヴの実家である皇国の皇帝陛下にのみ販売をした。
ミーシャの実家には格安に。イヴの実家は正規価格での販売。
カレンの事業も学業も充実し、卒業を迎え王宮で夜会が催される。
そして、事は起こった。
「カレン・ポートマン伯爵令嬢。貴女との婚約は破棄する。そして新たにメイシー王女を私の婚約者とする。
既に陛下の承諾は得ている。」
スチュワートは勝ち誇ったような自慢気な態度で言い放ち、隣に立つメイシー王女を引き寄せた。
(はて……?あの馬鹿と勝負事をしたつもりはないし、自慢されても何も思わないわよ?
何を勝ち誇った態度でいるのかしら?)
そう思うカレンの心の声は外に漏れていた。
「カレン。心の声がダダ漏れよ。
カレンが俺様に靡かなかったから罰が下ったのだ!ざまぁみろー!みたいな感じなのかもね。」
ミーシャが小さな声で面白いことを言うので、笑ってしまった。
「お前!婚約破棄されるのに笑い事とはっ!」
「あー、そうでしたね。婚約破棄は了承しましたわ。大変嬉しく思います。ありがとうございます。
神殿での婚約の誓約を破ったとして、私からの条件が履行されますので。」
ニッコリ笑顔で答えた。
「勝手にしろ。お前ごときの誓約など効きもせぬわ。」
「では、この時をもちましてシュタイン公爵家を筆頭に連なる一門の末端に至るまで、我が伯爵家が関わる酒類の販売を禁止します。
また、お相手の方にも同じく販売を禁止します。
これは神殿にて取り交わされた誓約です。不履行には出来ませんので。」
カレンは騒ぎが大きくなる可能性が高いと察知し、イヴとミーシャを連れて夜会の会場を後にした。
カレンとミーシャはイヴの提案で神殿で暫く過ごす事になった。
皇国のイヴ王女が滞在する神殿の奥の宮には関係者以外立ち入る事は出来ない。
陛下であろうと追い払われる。
社交界が落ち着いたと知らせが来たのは二カ月後であった。
スチュワートとメイシー王女は結婚したが、離宮にて無期限の暮らしとなり謹慎を言渡された。らしい……。
陛下はカレンの作るお酒と、メイシー王女を天秤にかけた結果……カレンの作るお酒を優先したのだ。
拒否し続けると後が面倒くさい為、王家には今までの半分以下の納品となった。
シュタイン公爵家の当主は一門の当主達から責め立てられ、当主失格の申請書を議会に提出された。
議会も、ここぞとばかりに公爵夫妻から当主の権限を剥奪し皇国の王女を婚約者とするカーソンを次期当主として認めたのだ。
カーソンは学園での成績は良かったが、領地経営や公爵家に関わる事を拒否されていた為当主を継ぐには知識と経験が足りなかった。
一門の当主達に師事し、二年かけて次期当主として尽力していた。
ようやくカーソンがシュタイン公爵家の当主となったのだ。
そんな大事な夜会を放り出し、カーソンはカレンの後妻先を探しに行った……。
疑問しか浮かばない。
イヴは公爵夫人としてカーソン不在の夜会を取り仕切ったのだった。
夜会の次の日は遅い目覚めのはずが、カーソンの早い来訪で叩き起こされた。
眠い眼を隠すことなくカーソンをカレンは出迎える事にした。
客間に通されていたカーソンに文句を言おうとしたが、隣にいる男性が目に入った。
(美貌の公爵?!)
眠い眼を擦り二度見をするカレンに、カーソンは大爆笑で挨拶を交わした。
「嫁ぎ先を連れてきた。誰にも文句を言われない相手だろう?」
いたずらが成功した子供のような無邪気なカーソン。
その隣の美貌の公爵様は、苦笑いだ。
「イーサン・クアドラです。」
小さな笑みで美貌の公爵様は挨拶をされた。
「カレン・ポートマンですわ。」
カレンは二人をソファーに座らせ、自身も対面に座る。
執事がカーソンとイーサンに紅茶を出し、目覚めの紅茶をカレンに出すと客間から下がった。
部屋にはカレンとカーソンにイーサンの三人となった。
「イーサンは私の親友なんだ。それで、色々と事情を知っていたから力になりたくてさ。」
(私はその事情とやらが解りませんが?)
カレンは黙って紅茶を口にする。
彼は被害者かもしれないが、カレンは会いたい相手では無かったのだ。
「カレン嬢は私と顔を合わせたくなかったかもしれませんが、カーソンからカレン嬢の結婚の条件を聞きカーソンに無理を言って連れて来て貰ったのです。」
(申し訳なさげに話すのは別として、後妻が良いとは言ったけれども……。
彼はない……。)
「申し訳ない。私は貴女にずっと恋していたのです。ですから、貴女と近付ける機会が今この時なら形振り構っていられなかったのです。」
勢い良く盛大な告白をするイーサンを無視して、カレンはカーソンに視線を向けた。
「イーサンは神殿にお酒を納めるカレンに恋をしたんだ。使用人達と一緒に働くカレンを好きになったんだよ。」
カーソンがそう言うが……。
「カレンに恋をしている事を知るのは、私以外はいない。だってイーサンの婚約者であり妻だった人はメイシー王女殿下だしね。」
そう。彼はメイシー王女殿下の元夫。
彼の顔を見る度にスチュワートを思い出してしまう。
いくら条件が良くても、そんなのは嫌だった。
黙ったままのカレンに、イーサンが自身の話をする。
「私が王女殿下と婚約したのは一方的でした。私は我儘王女との婚約を拒否しました。当然両親も反対しましたが、陛下の命には逆らえません。ですから、私は王女から嫌われるように彼女を放置しました。
彼女は直ぐにスチュワートを見初め、側に置くようになりました。
ようやく解放される。そう思いました。
ですが神殿での誓約は婚姻するか、婚約を破棄し誓約を履行しなければ取り消せない事を知りました。
絶望する中、カレン嬢。貴女を見付けたのです。」
イーサンは真剣な眼差しをカレンに向け、自身の気持ちを伝えようと必死だった。
「貴女を何度も見かけるうちに貴女に好意を持ちました。カーソンに婚約を何とか出来ないかを相談している時に、カレン嬢はメイシー王女の恋人であるスチュワート殿の婚約者となってしまいました。
私が王女を好きにさせていたせいで、貴女が犠牲になってしまいました……。」
カレンは口を挟む事はせず、イーサンの話を聞き続ける。
「私は婚約を無効にする方法を探しましたが、見つけられないまま時間だけが過ぎ私は王女と婚姻をしました。
そして、カレン嬢が学園を卒業する前日に離婚が出来ました。
が、カレン嬢が婚約破棄をされてしまい、私は二度も貴女に迷惑をかけてしまった。
本当は、直ぐにでも婚約の釣書を持って行きたかったのです。
ですが私は一度結婚しています。
貴女は初婚であり有名な令嬢となりました。
私はただ、貴女の幸せを願うしかなかったのです。」
イーサンは話をするうちに、どんどん俯いてしまった。
「カレン。私はイーサンがどれだけカレンを好いていたかを知っている。
カレンをずっと想ってきたんだ。」
カーソンが必死にイーサンの胸の内を話すが、信用出来ない事が一つある。
「カーソン。私は後妻が良いと言いましたが、もう一つ子供がいる事も条件にしました。」
その言葉を聞きカーソンが子供がいる事を説明しようとしたが、イーサンがそれを制した。
イーサンはカレンが何を言いたいのか察したのだ。
「私には子供がいます。五歳になります。
カレン嬢……。私はメイシー王女には婚約して以降、エスコート以外は指先すら触れてはいません。
確かに子供はメイシー王女の子供ですが、私の子ではありません。」
カレンは驚き過ぎて固まってしまった。
「え?」
「産まれた子の色は金髪の金目です。
私は初夜を行なっていません。」
「……。」
「メイシー王女は出産した子の容姿を秘密にしています。そして産んだ子を置いて公爵家を出ました。子に罪はないのですが、金髪金目を知られる訳には行かず。
邸から出る事が出来ません。」
(子を授かると、必ず男性の髪色を引き継ぐから子の父親はスチュワートしかあり得ない……。)
「そうなのですね……。」
「カレン。イーサンと結婚しろとは思うけども、もし断るにしろイーサンを知ってからにしてくれ。私はカレンにもイーサンにも幸せになって貰いたいんだ。
我が家のせいで2人を犠牲にしたんだ。悔やみきれない……。」
カーソンは過去を思い出す。辛い二人の姿をずっと目にして来たのだ。
カレンは平気にしてはいるが、王女の取り巻きに散々な嫌がらせを受けていたのだ。
傷付いていない筈はない。
自分の家族の犠牲者となった二人には、幸せになって貰いたかった。
カーソンが涙を流すには十分な理由であった。
「カーソン、泣かないで?貴方は悪くない。悪いのはスチュワート様とご両親よ?
クアドラ公爵子息様とちゃんと向き合うから。ね?」
その言葉に喜んだのはイーサンだった。
「カレン嬢。ありがとうございます。クアドラではなく、イーサンと呼んで下さい。」
本当に嬉しそうに微笑むイーサン様は、その名の通り美貌の公爵様だった。
それからカレンはイーサンと何度か逢瀬を重ね、愛情までは行かないが人として尊敬するまでになった。
そんな日々が半年を過ぎた頃、イーサンから息子に会ってもらえないかとお願いされた。
「ジーノにはカレンの話は沢山している。ジーノも貴女に会える日を楽しみにしている。」
このまま後妻として嫁げばいずれは家族になる。
カレンは会うことを了承した。
仲良く出来るか不安があったが、カレンはジーノに瞬殺されてしまった。
ジーノと名乗る幼さの残る子供は、満面の笑みでカレンに抱きつきカレンの心臓にとどめを刺した。
「初めまして。ジーノです。
お母様になってくれるのですよね?ジーノは嬉しいです!」
ジーノはカレンに両手を回し抱きついていた。小さな手でカレンのスカートをギュッと掴み離さない。
五歳のまだ幼いジーノが笑顔で上手に挨拶をした。
でも、カレンのスカートを握る手は小さく震えていた。
(この子は自分の立場を既に理解しているのね……。)
カレンの胸は大きく痛み、涙が出そうになる。
ドレスのスカートに顔を埋め、必死な姿に胸が張り裂けそうになる。
いなくならないで!!
小さな体で必死にしがみついている。
(無理……。可愛過ぎるし、健気過ぎる)
カレンは離れないジーノの頭を撫でながら優しく話しかけた。
「ジーノ様。私で良いのですか?」
カレンがジーノにそう問いかけると、ジーノは抱きついたまま埋めた顔をバッとあげて泣きそうな顔で返事をした。
「カレン様が良いです。」
(上目遣いでのその表情は卑怯なり。)
「ジーノ様。少し離れて下さい。」
カレンの言葉にジーノは体を強張らせながらも、一歩下がった。
その表情は今にも泣きそうで、泣かないように唇を噛んでいた。
そんなジーノを見ながらカレンはジーノの両脇に手を差し込むと、ヒョイと抱え上げた。
「ドレスを掴んだままだと、可愛いジーノ様を抱っこ出来ないでしょう?」
カレンはまだ幼さの残るぷっくりしたジーノの頬をツンツンしながらそう伝えた。
ジーノはカレンのしてくれる行動を理解すると、カレンの首に両手を回し泣き出した。
大きな声で、我慢する事なく沢山泣いている。
そんなカレンとジーノの姿に控えていた使用人達も号泣していた。
使用人達は母親に捨て置かれたジーノを虐げる事なく、公爵家の子息としてきちんと育てていた。
誰に聞いたのか解らないが、ジーノはイーサンとの間に血の繋がりが無い事も知っていた。
我儘も言わず我慢をするジーノを、使用人達もイーサンも大切にしてきた。
初めて見るジーノの大泣きする姿に、使用人達は子供らしさを見て安堵したのだ。
カレンにしがみついて泣くジーノとそれを慰めるカレン。
その美しい光景にイーサンも涙を流していた。
イーサンが二人に近づき、そっと優しく抱き込んだ。
「ありがとう。カレン……。」
イーサンはカレンの髪に顔を埋め、涙を流していた。
「イーサン様。貴方様との婚姻をお受けします。」
いきなり返事を貰ったイーサンは、泣き顔のままキョトンとしている。
ジーノも同様に。
「いずれイーサン様の妻になり、ジーノの母になると。そう返事をしたのですよ?」
そう伝えると、二人は同時にまた泣き出した。
やれやれ……。
呆れた顔のカレンだが、嬉しそうにしている。温かい眼差しで二人を慰める姿を見れば理解出来た。
ポートマン家とクアドラ家で話は纏まり、婚姻届を神殿と王宮に提出した。
これで幸せな家族になれると、新たな生活を楽しみにしていたカレンとイーサン親子にまたしても厄介事が舞い込んだ。
その日はミーシャとイヴとカーソンが婚姻祝いにクアドラ公爵家を訪れていた。
カレンとイーサンとの仲睦まじい話を聞いて、ワイワイしているとイーサンが慌ててやって来た。
イーサンの顔色が悪い事に気が付き、全員が何事かと不安になる。
「王宮から婚姻の受理がおりないと知らせが来ました。」
イーサンが震える手で差し出す書面には、「婚姻無効」
の文字があった。
「……。」
黙り込むカレンの元に、知らせを聞いて必死に走って来たジーノが飛び込んできた。
「お母様。家族に……なれ…ないっ…の?」
泣くのを我慢するジーノの姿に全員胸が締め付けられる。
「結婚出来なかったら、ジーノは私をお母様と受け入れてくれないの?私は婚姻無効にされようと、ジーノのお母様のつもりよ?」
ジーノの両頬に手を添え顔を上げさせると、カレンは微笑みながら気持ちを伝えた。
ジーノは首を振り「お母様」とだけ口にするとカレンに抱きつき声を殺して泣いていた。
「この国を崩壊させる恐れがあったから、私は動くのを必死に我慢したわ。
なのに……。許さないわ!屑王。地獄に落とすわ。」
イヴが手を上げると護衛騎士が側に来た。イヴが魔石を取り出し騎士に託す。
騎士は一礼をすると、直ぐ様立ち去った。
「大丈夫ですよ。ジーノ様。
私がお父様とお母様をいじめる奴等をやっつけてあげるからね!」
イヴは痛々しいジーノの頭を撫でながら慰める。
「イヴ様。ありがとうございます。」
ジーノは泣き腫らした顔できちんとお礼を伝えた。
「カレン達も協力してもらうけど、安心して。父はカレンの作るお酒の崇拝者だから。この国とカレン、どちらかを取るとしたらカレンだから。」
笑って恐ろしい事を言うイヴだが、イヴしかこの状況を打破出来ないのも事実であった。
一週間もせず、王国にザルド皇国の皇帝が娘であるイヴ王女に会いに来ると国に知らせが届いた。
歓迎の夜会も開かれる。
カレンとイーサンは夜会の準備をし、ジーノを連れて出席をする。
今夜の夜会は王都に居を構える貴族が出席する。そして、家族全員の参加を認められた。
社交界デビューをしていない者は夜会には出れないが、皇帝自ら家族全員参加を指示した。
会場には沢山の子供達がいる。
ジーノは容姿を隠す為に、ベールを被っていた。
カレンとイーサンが会場入りすると、騒がしさが消え静寂が広がった。
王都に住まう貴族達は全てを知っている。
カレンとイーサンが一番の被害者である事を。
カレンとイーサンが笑顔で会場入りした事を確認すると、また騒がしい空気に戻った。
王族の会場入りが知らされ、会場にいる全ての者が一礼をする。
王族の後ろからは、見るからに高貴な方が会場に入ってきた。
「ザルド皇国ベルド皇帝陛下のご入場です。」
宰相が会場に向けて身分を知らせる。
「楽にせよ。」
皇帝の声かけに皆は顔を上げた。
会場にいる者が顔を上げた先にいる人を見て驚いたのだ。
皇帝の後ろに控える 国の王族席にメイシー王女とスチュワートがいるからだ。
離宮で無期限の謹慎となったはずの二人が堂々と王族席にいるのだ。
皆は歯噛みする思いを隠し、皇帝に視線を向ける。
「我が王女イヴがこの国に輿入れしたのだがな。イヴの幸せを邪魔する者がおるのだ。」
皇帝は無駄を嫌うので、早速王族を血祭りにあげる判断をした。
「イヴの親友であるカレン・ポートマン。我が前に。」
皇帝の言葉に、カレンが前に進み一礼をする。
「カレン・ポートマンでございます。」
「そなたがイヴの親友なのだな。そして、あのシャンパンを作りし者。あのシャンパンは我も気に入っておる。」
皇帝からのお褒めの言葉にカレンは礼をとった。
会場ではシュタイン公爵家の夜会で一度だけ口にしたシャンパンを思い出した。
あの作り手は、やはりカレン嬢だったのか。
聡い者は予想はしていたが、王家が口を出さないように誰も作り手を探さなかった。
「カレン嬢は結婚すると聞いた。紹介してくれるか?」
皇帝の言葉に驚いたのは、後ろに控える王族達。
イーサンとジーノを皇帝に引き合わせる訳には行かないと、陛下が一歩前に進むが皇国の騎士に剣を向けられていた。
「勝手に動けば切り捨てます。」
騎士の圧に陛下は身動き出来なかった。
「ポートマン嬢の伴侶となります、イーサン・クアドラと申します。こちらは前妻の子のジーノです。」
「お初にお目にかかります。ジーノ・クアドラです。」
ジーノはベールを被ったまま、皇帝に礼をとった。
「何故ベールを?取って挨拶をするのだ。」
皇帝は真実を知っているが知らない振りをし、不敬であると伝えた。
カレンがジーノのベールを取ろうとしたと同時にメイシー王女が悲鳴を上げた。
ジーノの姿は見事な金髪金目であった。
誰が見ても、イーサンの子ではないと理解する。
貴族達は王女が子をなし捨て置いた事は把握していた。
だが皆はイーサンとの間に出来た子だと思っていたのだ。
「ん?金髪金目であるな?隣の父親は黒髪金目。親子ではないではないか?」
不思議そうに問いかけると、イヴが前に進み出て父親に全てを伝えた。
元凶は全て王家にあり、カレンとイーサンにジーノは被害者であると。
今日この日まで三人は王家の私欲の犠牲者であると暴露したのだ。
話を聞いた皇帝が、ゆっくりと後ろに控える王族に視線を移した。
抜刀した騎士が王族を囲んでいる。
「そうか。お主らが全ての元凶なのだな。我が娘の親友を、極上の酒の作り手を虐げたのはお主らか。」
「違っ……!ヒッ!!」
陛下が否定しようとするも、剣が目の前に向けられた。
「お主らは忘れておるのか?お主らは王族を名乗ってはおるが、我が皇国の一属国でしかない事を。それに同じ属国の姫を娶りながら虐げ、殺したも同じ所業をした事を我が知らぬとでも思うたか?」
小国は友好の証しとした婚姻で王女が亡くなった事を皇国に伝えていた。
皇国は密かにこの国を調べあげていたのだ。
皇帝からの圧のかかる言葉に、陛下を始め側室ミアも何も言えない。
「お主達に国は任せられん。」
皇帝の言葉を合図のように、とある人物が会場入りした。
その人物は銀髪に青目。
タヒル国の王族の色をした王妃様の忘れ形見のライナー王太子殿下であった。
「お主らが王宮から一歩も出さず執務を全て押し付け虐げていた事も全て把握しておる。我が皇国への書面全てがライナーの筆跡と調べがついておる。王である執務も全てライナーが熟していた。ならば、この国の王はライナーで良い。そう決定された。」
皇帝の言葉は絶対である。
圧倒的な軍事力を持つ皇国の属国でしかない我が国は、逆らう術は持ち合わせていない。
目の前の愚か者以外は逆らう気は無いのだが。
「お主らの愚行のせいで、王妃やカレン嬢や大勢の貴族が不幸となった。
お主らはその身を持って責をとれ。」
皇帝が手をあげると、騎士達が王太子殿下以外の王族を引きずりながら連れ出す。
メイシー王女はイーサンに。
スチュワートはカレンに助けを乞うが、二人は冷めた視線を向けたまま無視した。
「さて、静かになったな。この場にいる者がタヒル国を思い動くか動かざるべきか思案していた事も知っておる。
内乱を起こせば王族は失脚させれるが、内乱を起こしたと皇国からは国を滅ぼされる。静観し続ければあの阿呆どもに苦しめられる。どちらも不幸でしかない。」
皇帝はこの国の内情を全て知っていた。
「イヴも動く機会を見ていた。我が国は属国の内情を見極める必要があった。
今、この時からライナーが王を名乗れ。
そして、美味い酒を献上してもらおう。」
皇帝は豪快に笑い「夜会を楽しめ」
と告げるとイヴ王女とカーソンを呼び、楽しげに会話を始めた。
カレンとイーサンはジーノを連れ、三人で仲良くダンスを始めた。
最初はカレンとイーサンが踊り、次にカレンとジーノが踊り出す。
身長差のあるカレンとジーノのダンスは手を握り、左右に揺らしながらの拙いダンスではあるが、とても美しいダンスであった。
血の繋がりのない子息のジーノを慈しむカレンとイーサンの姿に涙する者もいた。
二人が王家の犠牲になった事を思い、それでも幸せな様子を見て涙が溢れてしまう。
カレンとジーノの周りを沢山の人が囲い踊り始めた。
三人の末永い幸せを皆が祈りながら、華麗にダンスを舞う。
夜会も終わりを告げ、邸へと帰宅する。
カレンとイーサンは疲れて眠るジーノを部屋に寝かせると、公爵家の夜の庭園を散歩していた。
「ようやく婚姻が受理されますね。」
イーサンが嬉しそうに美貌の笑みを向ける。
「はい。ようやくですね。」
カレンは太陽のような温かな笑みで答えた。
イーサンはカレンと向き合い膝をつくと、カレンの右手を掬い上げた。
「カレン・ポートマン伯爵令嬢。私は貴女をずっと恋い慕っていました。
愛しています。私と結婚していただけますか?」
イーサンはカレンに想いを告げ、カレンからの返事を待った。
「私もイーサン様をお慕いしております。結婚をお受けします。」
涙を浮かべ笑みで答えるカレンを、イーサンは優しく抱きしめた。
「貴女への想いを告げる事は一生ないだろうと。諦めていました。
苦しかった……。貴女を諦めきれなかった……。」
イーサンの絞り出すような苦しい想いを告げられ、カレンも涙を浮かべる。
「お受けする前に、私は貴方に伝えなければならない事があります。それを聞いてから、婚姻をするのか答えを下さい。」
カレンはイーサンを近くのベンチに座らせ、お互い向き合い話を始めた。
「私は結婚をするならば、子がいる後妻が良いと言う理由をお話します。」
カレンは転生者である事を伝える決心をしていた。
結婚すればいずれ直系の子をどうするのか。
その話になるのは明らか。
後で真実を話すより、婚姻前に伝えた方が良いと判断したのだ。
「私は転生者です。前世は今世と同じワイナリーの娘でした。」
前世でもワイナリーを持つ娘だった事。
世界中を巡り沢山のお酒に触れた事。
その知識を使い、今世沢山のお酒を世に出した事を伝えた。
イーサンはカレンが転生者である事には驚いたが、この世界で稀にあるため受け入れてくれた。
「私は……結婚を約束した相手がいました。その人とは私の仕事の忙しさで会う機会は少なくはなりましたが、私の仕事を応援してくれ支えて下さいました。私は彼との結婚を楽しみに仕事に励んでいました。」
イーサンはカレンの話に身を固くした。
前世の話ではあるが、結婚を楽しみにする程の想い人がいた事に心中穏やかではいられない。
嫉妬心をグッと抑え込み、黙ってカレンの話を聞いた。
「結婚式の会場の下見をしていると、階段の上から誰かに突き飛ばされました。
振り向いた場所にいたのは子供でした。その後ろには顔を青褪めさせた女性がいたのです。」
カレンは一度深呼吸をすると、イーサンの目をしっかりと見つめた。
「お前がいるから母さんは結婚出来ないんだ。
子供にそう告げられました。そして二度目の衝撃で、私は階段から落ちて行く光景を最後に記憶がありません。」
衝撃的な話にイーサンは何も伝えられない。二人の間に静かな空気が流れる。
「子供は彼そっくりでした。そして後ろにいた彼女もまた、私そっくりでした。
彼が何を考えていたのかは解りませんが、裏切られた事だけは理解しました。
私は記憶を思い出してからは結婚も恋愛もしないと決めていました。
お酒に再び触れる事が出来ただけで十分でしたから。」
カレンは一旦話を止め俯いた。
再び顔を上げると、涙を浮かべていた。
「前世、私のお腹には子がいたのです。」
その言葉を聞いた瞬間、イーサンはカレンを抱きしめた。
強く強く抱きしめ、背を擦る。
「私の……お腹の子は一緒に死んでしまった。
二度とあの子に会うことは出来ない。
今世で結婚し子をなそうと、あの時の子ではないとっ……」
イーサンはカレンを抱きしめ続けるが、泣き続けるカレンに何を言葉にすれば良いか悩むしか出来ずにいた……。
「私が子を授かりたくなくて、子のいる後妻を希望したのです。」
後妻を望む理由は解ったが、その選択をするしかなかった理由が余りにも理不尽であった。
「カレン。私は貴女が何者でも愛していますし、子を授かりたくないなら子もいりません。本音を言えば、貴女と私の子を見たい思いはあります。
ですが、子よりもカレンを選びます。
我が家にはジーノがいます。後継には出来ませんが、後継は一族から養子を迎えれば済む話です。
養子を迎えれば家族が増えます。
大丈夫です。血の繋がりが無くとも、ジーノは既に大事な家族でしょう?心配する事は何もないのです。」
イーサンが優しくカレンを諭していく。
「だから、私から離れようとしないで下さい。逃げようとしないで下さい。私はそんな事で貴女を離したりしませんから。
貴女は私のプロポーズを受け入れたのです。絶対に逃しません。
それが私の答えです。」
イーサンはギュッとカレンを抱きしめ、思いを全て伝えた。
力の抜けたカレンは彼の肩越しに見える美しい月が、ゆっくりと滲んでいくのを見つめていた。
カレンは美貌の公爵に未だに幾多の縁談が来ていることを知っていた。
お酒で資産も増え、国でも有名な令嬢とはなったが所詮伯爵家。
一部の高位貴族や、その美貌に魅入られた他国の貴族からの縁談は絶えない。
カレンは自信のない自分が嫌いになっていた。
子を作りたくない者が、血を残さなければならない高位貴族に嫁ぐことにも悩んでいた。
カレンはそんな自分をイーサンに晒して、イーサンの判断に委ねた。
そして、それでもイーサンに自分を選んで欲しい。と、試す思いもあった。
イーサンはカレンの思いを全て理解し、カレンを離さないと伝えてくれたのだ。
「卑怯でごめんなさい。でも、また裏切らたらと思う不安が、イーサンを好きになる度に頭を過るの……。」
カレンから出た「好き」の言葉に、イーサンはカレンの肩を掴むと体を離した。
「カレン……今、私を好きと?」
カレンは自分が告白していた事に気がつくと、顔を真っ赤に染め上げた。
その表情を見るだけで、カレンの気持ちがイーサンには伝わった。
「イーサンが好き…です。」
カレンが勇気を出してイーサンに思いを伝えた瞬間、イーサンから口付けをされた。
優しくカレンの唇を確かめるような触れるだけの口付け。
イーサンはカレンの表情を視界に入れると、息もできない口付けに変わった。
イーサンはカレンを抱きかかえ、邸の中に急ぎ入って行く。
「明日は誰も部屋に近づけないように。ジーノの事は頼みます。」
庭園の入口に控えていた執事と侍女長にイーサンがそう伝えると、カレンを連れたイーサンは邸の中に消えて行った。
残った執事と侍女長はハイタッチをし、小躍りしていた。
明日の公爵家の使用人達は、二人が目覚めるまで静かに仕事をする。
カレンとイーサンの婚姻は、王族が処罰された夜会の次の日には受理された。
だが、未だ眠る二人を執事達は起こさずにいた。
先にジーノに結婚報告が知らされた。
ジーノは静かに喜び、執事とハイタッチをした。
邸の中は静かだが、皆が喜んでいた。
その後、元凶である陛下と側室ミア。そして、メイシーとスチュワートは秘密裏に毒杯を賜っていた。
メイシー王女の取り巻きで、カレンを虐げていた者はライナー王太子殿下により修道院送りとされた。
皇帝からの要望であった。
カレンは隠していたウイスキーや、ウォッカを大々的に売りに出した。
皇帝はアルコール度数の高いウォッカを殊更気に入り、カレンを益々崇拝するようになる。
カレンは子を産むことは無かったが、ジーノと養子として迎え入れたパトリックを我が子のように慈しみ育てた。
カレンとイーサンは毎日愛を伝え合った。
イーサンは前世の悲しく理不尽なカレンの思いを埋めるように、優しく時に熱情な愛を注ぎ続けた。
〜 ❀❀ 〜
カレンはジーノとパトリック、孫達と最後の対面をしていた。
話す事も出来ないが、カレンはずっと笑みを浮かべていた。
前世は悲しい出来事を抱えて永遠の眠りについた。
今世は沢山の幸せと、愛するイーサンの思い出を抱えて眠りにつくことが出来る。
『イーサンありがとう』
口の動きでイーサンは読みとると、カレンに口付けを落とした。
「カレン。愛しています。」
その言葉を聞き、『わたしも』そう告げるとカレンはゆっくりと瞼を落とした。
カレンが亡くなった数日後に、イーサンも永遠の眠りについた。
カレンとイーサンの眠るお墓には、毎年一番酒が添えられ沢山の人々が訪れては酒を酌み交わした。
カレンはお酒の知識を使い、アルコールの別の使い方を提案した。
消毒と言う概念を植え付け、貧しさから医師にかかれない平民の病気の対策の一つとして高い評価をうけ国を発展させた。
ザルド皇国から手厚い支援を受けるほどに、カレンは平民の生活の底上げにも尽力していた。
属国の中で皇国からの一番の信頼を得ていくようになる。
ライナー陛下とカレンを寵愛した皇国は、属国から外し友好国として国を建てさせたのだ。
カレンの功績は大きく、国の英雄とまでされた。
そんな理由もあり、カレンとイーサンの墓前は今日も酒宴で騒がしくあった。




