明日の約束
彼は、自分の言葉を思い返していた。
どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
胸の奥が、じわじわと重い。
弱さを見せた。
隠してきたものを、渡してしまった。
(みっともない)
いつもなら、もっと上手くやり過ごせた。
何でもない顔で、距離を保てた。
なのに今日は、できなかった。
情けなさと後悔が押し寄せる。
それでも――
心のどこかが、
わずかにほどけている。
否定されなかったから。
拒まれなかったから。
それが怖い。
でも同時に、
どうしようもなく安堵している自分がいる。
(もっと……)
そこまで考えて、
思考を止めた。
これ以上望めば、壊れる。
そう分かっている。
⸻
彼女は、何も聞かなかった。
聞こうと思えば聞けた。
言葉も、励ましも、いくらでも渡せた。
でも今この人に必要なのは、
答えでも正しさでもない。
隣に誰かがいる、という事実だけ。
だから彼女は、ただ歩いた。
半歩前でもなく、
半歩後ろでもなく、
同じ速さで。
沈黙は重くなかった。
むしろ、どこか整っていくようだった。
会社の出口に着いたとき、
彼女はほんの少しだけ迷ってから、
「……明日も、コーヒー行く?」
できるだけ、何でもない調子で。
⸻
彼は一瞬、息を止める。
断る理由を探す癖が、
反射のように顔を出す。
でも今日は、
その言葉が見つからなかった。
代わりに出たのは、
「……うん。」
短い返事。
けれど、逃げなかった返事だった。
⸻
夜の空気は冷えている。
それでも胸の奥には、
小さな熱が残っていた。
それが何なのか、
まだ名前は分からない。
二人はそれぞれの帰路につく。
振り返らない。
ただ――
明日の約束だけが、
静かに灯っていた。




