壊れない場所
「……怖いんだ。」
その一言が落ちた瞬間、
胸の奥がぎゅう、と縮んだ。
もう逃げられない。
「……俺、壊れちゃいそうで……」
言葉にするたび、
喉の奥が焼ける。
「幸せになったら……
失うときの痛みに耐えられない気がして。」
視線は床に落ちたまま。
震える手が机の端を握る。
「だから……
期待されても応えられる自信がない。」
小さな声。
それでも、取り繕いのない本音だった。
「……俺には、価値がないんだ。」
言った瞬間、
体の奥から恐怖が押し寄せる。
終わる。
きっと今度こそ終わる。
けれど――
彼女は驚かなかった。
怒りもしない。
責めもしない。
ただ静かに息を吐いた。
「……分かった。」
裁く響きではない。
受け取った、という音。
「怖いの、分かるよ。」
少しだけ間を置いて。
「でも……大丈夫。」
その声はやわらかく、
揺らがなかった。
怖さは消えない。
不安も、まだある。
それでも。
一人ではない、という感覚だけが
胸の奥に残った。
彼はゆっくり顔を上げる。
そこにあるのは
変わらない笑顔と、静かなまなざし。
「……ありがとう。」
震えた声。
それでも、確かに届いた。
言った瞬間、逃げ場が消えた気がした。
壊れそうで。
失うのが怖くて。
価値がないと思っていることまで。
全部さらしてしまった。
(こんなことを言ったら、終わる)
そう思っていた。
でも、終わらない。
拒絶も、失望も来ない。
代わりにあるのは、
温かい沈黙。
胸の奥の固まっていた何かに、
小さなひびが入る。
怖さは消えない。
それでも――
信じたい、という感情を
完全には否定できなかった。
彼女は、静かに彼を見つめていた。
やっと、ここまで来た。
彼の声は震えていたけれど、
逃げてはいなかった。
それだけで十分だった。
この人はずっと、
傷つかないために距離を取ってきた。
なのに今、
自分から痛みの方へ触れている。
急がなくていい。
励まさなくていい。
正しさもいらない。
ただ、否定しない場所であればいい。
怖いと言った彼を、
そのまま受け取る。
壊れそうに見えるのは、
一人で耐えてきたから。
隣に立つ人がいれば、
きっと歩ける。
待つことは苦じゃない。
ここにいられることが、
ただ、嬉しかった。




