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消えない朝

眠りは、浅かった。


何度も目が覚める。


そのたびに思い出す。


――また、コーヒーでもどうですか。


胸の奥に、

静かな光が残っている。


消そうとしなくても、

消えない。


こんな感覚は、

いつ以来だろう。




朝は容赦なく来る。


鏡の中の自分は、

いつもと同じ顔をしていた。


無表情で、

何も起きていない人間の顔。


けれど内側だけが、

落ち着かない。




約束より少し早く家を出る。


早く着きたいわけではない。

遅れたくないだけだと、思う。


それでも足取りは、

わずかに軽い。




店の前。


まだ、彼女は来ていない。


安堵と、

ほんの少しの物足りなさ。


その両方に気づいて、

小さく息を吐く。




「おはようございます。」


背後からの声。


振り向くより先に、

胸が反応した。




彼女は、

いつもと同じ表情で立っている。


特別な何かがあるわけじゃない。


それなのに――

朝の光が、

彼女の周りだけやわらかい。


「……おはようございます。」


自分の声が、

思ったより柔らかい。


それに一番驚いたのは、

自分だった。




向かい合って座る。


テーブルの上のカップ。

立ちのぼる湯気。


前と同じはずなのに、

今日は距離が近い。




沈黙が落ちる。


けれど――

怖くない。


むしろ、

この静けさを壊したくないと思う。




「体調、もう大丈夫ですか。」


やわらかな声。


心配しているのに、

重くならない。


「……はい。ほとんど。」


本当は少しだるい。


けれど今は、

体が軽かった。


「よかったです。」


それだけで、

胸の奥が満ちる。




気づけば、

自分のほうが話していた。


仕事のこと。

最近読んだ本のこと。


どうでもいい話まで。


言葉が止まらない。


こんなふうに話す自分を、

どこか遠くから見ている。




彼女は遮らない。


ただ聞いて、

ときどき笑う。


そのたびに、

胸の奥に

小さな火が灯る。




時間は、早かった。


立ち上がる瞬間、

名残のようなものが残る。




並んで歩く道。


触れていないのに、

隣の温度が分かる。


それだけで、

十分な気がした。




けれど。


職場の建物が見えたとき、

胸の奥に

小さな影が落ちる。


この時間は、

ここで終わる。


いつもの日常に戻る。




終わると分かっているから、

愛おしいのか。


それとも――


終わると分かっているから、

怖いのか。




隣を歩く彼女は、

変わらず穏やかだ。


その揺れなさが、

少しだけ眩しい。




胸の奥で、

あの衝動が

ゆっくりと形を取り始める。


温かさを守るために、

距離を取ろうとする気配。




それでも今は、まだ。


この朝の余韻が、

彼を

その場に留めていた。


消えていない温度のまま。


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