静かな確信(彼女視点)
店に入ったとき、
彼はまだ来ていなかった。
少しだけ、ほっとする。
同時に、胸の奥が静かに高鳴っているのを感じる。
どうしてだろう。
ただコーヒーを飲むだけなのに。
椅子に座り、
窓の外をぼんやり眺める。
落ち着こうとしているのに、
心はどこかそわそわしていた。
――来てくれるよね。
自分から誘ったわけではない。
それでも、
あの人が勇気を出してくれたことを思い出すと、
胸の奥がじんわり温かくなる。
距離を取ろうとする人。
踏み込まない人。
自分の内側を、
簡単には見せない人。
それなのに――
今日は、彼の方から来てくれた。
その事実だけで、
十分すぎるほど特別だった。
扉が開き、
彼の姿が見えた瞬間。
胸が、
小さく跳ねる。
目が合う。
少し緊張した表情。
わずかにかすれた声の挨拶。
それが、
不思議なくらい愛おしかった。
向かい合って座る。
湯気の立つコーヒー。
静かな時間。
彼は、思っていたよりずっと話した。
不器用だけれど、まっすぐな言葉。
取り繕わない。
飾らない。
嘘がない。
その一つ一つが、
胸の奥に静かに積もっていく。
――やっぱり、誠実な人だ。
前から分かっていた。
でも、こんなふうに近くで感じると、
それは静かな確信に変わる。
優しいのに、押しつけがましくない。
距離を守るのに、冷たくはない。
言葉は少ないのに、相手をちゃんと見ている。
その在り方に、
心がほどけていく。
気づいたとき、
胸の奥に答えがあった。
――好きなんだと思う。
大きな波ではなく、
ゆっくり満ちていく水のような感情。
特別な瞬間があったわけじゃない。
ただ、
向かい合って、
同じ時間を過ごした。
それだけで、十分だった。
カップの中身が減っていく。
終わりが近づいていると分かっても、
不思議と不安はなかった。
今日は、ここまででいい。
無理に進まなくていい。
急がなくていい。
この人は、
きっとゆっくり近づく人だから。
店を出て、
並んで職場のフロアへ戻る。
ドアを開ければ、
いつもの空気。
いつもの距離。
自然にそれぞれの席へ向かう。
振り返らない。
特別な視線も交わさない。
けれど、
胸の奥には確かな温度が残っている。
――大丈夫。
時間がかかってもいい。
遠回りでもいい。
この人と、
少しずつ近づいていけたらいい。
そう願っている自分を、
彼女はもう、
静かに受け入れていた。




