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戻らなかった足


出勤しても、

胸の落ち着かなさは消えなかった。


体はまだ重い。


けれど昨日とは違う。


携帯に残った、あの短い言葉。


思い出すたび、

胸の奥がわずかに温かくなる。



礼は言っている。


それで足りるはずだった。


なのに、

もう一度きちんと伝えたいと思った。


理由はない。


ただ――そのままにしたくなかった。



席を立つまでに、少し時間がかかる。


用事はない。


仕事の理由もない。


それでも今日は、

足が止まらなかった。


ゆっくり歩く。


一歩ごとに、心臓の音が近くなる。


まだ引き返せる距離。


けれど、戻らない。


彼女の机の前で足が止まる。


声を出すまで、わずかな間。


「……昨日は、ありがとうございました」


昨日より、少しまっすぐな声。


「おかげで、だいぶ楽になりました」


それ以上は続かない。


けれど、自分から出した言葉だった。



彼女は一瞬、目を見開く。


すぐに、やわらかく戻る。


「よかったです」


いつもと同じ温度。


大げさに喜ばない。


距離も変えない。


ただ、ほんの少しだけ

声がやわらかい。


「まだ本調子じゃなさそうなので、

無理しないでくださいね」


自然な言葉。


それだけ。


彼は小さくうなずく。


それ以上は言わず、席へ戻る。


歩きながら、

胸の奥を確かめる。


怖さは消えていない。


けれど――


昨日より、呼吸が深い。



席に座り、静かに息を吐く。


何も劇的には変わらない。


それでも、


今日は、自分から向かった。


それだけが、

胸の奥に残っていた。


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