13/105
名もない温度(彼女視点)
彼は、特別なことをしない。
よく話すわけでもなく、
誰かの中心にいるわけでもない。
けれど。
困っている人がいれば、
気づかれないように手を貸す。
渡される資料は、いつも整っている。
雑ではない。
過剰でもない。
ただ、静かに誠実。
彼女はそれを、何度も見てきた。
最初はただの印象。
次は、少しの関心。
そして――
気づけば視線が止まる。
理由を探すほどのことでもない。
派手さはないのに、
目が離れない。
飾らないのに、
どこか丁寧。
あの日の会話を、
ふいに思い出す。
少しだけ多かった言葉。
ぎこちないのに、
どこか楽しそうだった声。
――ちゃんと、笑うんだ。
そのとき。
胸の奥に、
小さな温度が灯った。
名前をつけるほど、
大きくはない。
けれど確かに、
昨日までとは違う。
彼女はそれを、
急いで確かめようとはしなかった。
ただ消さずに、
そのままにしておく。
触れれば壊れそうで。
けれど、
失くしたくはなかった。




