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名もない温度(彼女視点)
彼は、特別なことをしない。
よく話すわけでもなく、
誰かの中心にいるわけでもない。
けれど。
困っている人がいれば、
気づかれないように手を貸す。
渡される資料は、いつも整っている。
雑ではない。
過剰でもない。
ただ、静かに誠実。
彼女はそれを、何度も見てきた。
最初はただの印象。
次は、少しの関心。
そして――
気づけば視線が止まる。
理由を探すほどのことでもない。
派手さはないのに、
目が離れない。
飾らないのに、
どこか丁寧。
あの日の会話を、
ふいに思い出す。
少しだけ多かった言葉。
ぎこちないのに、
どこか楽しそうだった声。
――ちゃんと、笑うんだ。
そのとき。
胸の奥に、
小さな温度が灯った。
名前をつけるほど、
大きくはない。
けれど確かに、
昨日までとは違う。
彼女はそれを、
急いで確かめようとはしなかった。
ただ消さずに、
そのままにしておく。
触れれば壊れそうで。
けれど、
失くしたくはなかった。




