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目を逸らす彼

朝は、決まった時間に来る。


目覚ましが鳴る少し前に、

彼はいつも目を覚ます。

理由はない。

ただ、長いあいだそうしてきただけだ。


カーテンの隙間から、

薄い光が部屋に落ちている。

天気がいいのか、悪いのか、

確かめるほどの関心もない。


体を起こし、

顔を洗い、

同じ順番で支度をする。


昨日と、ほとんど同じ朝。

きっと明日も、同じ朝。


変わらないことに、

安心しているわけではない。

けれど――

変わる理由も、特にない。


電車はいつもの時間に来て、

同じ場所に立つ。

同じような人たちが、

同じ無言のまま揺れている。


窓に映る自分の顔を、

彼は見ない。


見る必要がないと、

知っているからだ。


今日も一日が始まる。

何かが起こる予定はない。


それでいいと、

思っているわけでもない。


ただ――

それ以外を、

もう長く考えていなかった。

その日も、

特別なことは何もなかった。


仕事は予定どおりに進み、

会話は必要な分だけ交わされ、

一日は静かに終わっていく。


いつもと同じ時間に、

席を立つ。


電気の消えたフロアは、

昼間より少しだけ広く見える。


鞄を持ち、

出口へ向かう途中――

ただの習慣のように、

彼は一度だけ振り返った。


理由はない。

本当に、何となく。


そこに、

まだ残っている人影があった。


机に向かい、

小さな明かりの中で

何かを書いている。


昼間に何度も見たはずの姿。

名前も、顔も、知っている。


けれど――


その瞬間まで、

特別に意識したことは

一度もなかった。


彼女は顔を上げない。

ただ静かに、

そこにいる。


それだけの光景。


それなのに、

なぜか少しだけ――

足が止まった。


すぐに理由は分からず、

彼は何も考えないまま

その場を離れる。


扉を出て、

夜の空気に触れたとき、

胸の奥に

かすかな違和感だけが残っていた。


名前のない、

とても小さな感覚。


それが何なのかを、

彼はまだ知らない。




彼は、目を逸らすことに慣れている。

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