斜めジャンプ
オープンサーバーの練習場に入ると、何やら人だかりができていた。
ゼンたちはどこだ……?
いや待てよ、あいつらが練習してたのって、あの辺りだったよな……?
「あ、センパーイっ! こっちっス!」
人の輪の中から、ゼンがぴょんぴょんと飛び跳ねて俺に手を振る。
マジかよ……。
何でそんなに人が集まってんだよ。
あんな人の多いとこ行きたくないんだが……。
……俺もう帰っていいか?
思わず後退った俺が、退出ボタンのあるサーバーメニューを開いたとき、人の輪から抜け出したらしいアサギが駆け寄ってくる。
「クマさんすみません、いつの間にかこんなにギャラリーが増えてしまいました」
「ギャラリーって……」
「皆さん、斜めジャンプに興味津々みたいで、ゼンさんが皆さんにもやり方を説明してしまったんですが、良かったでしょうか」
良かったか、と聞かれると、正直なところあまり良くはない。
技術を独占したいなんて言うつもりはないが、本来ロボワでこれが広まるのはもっと後のはずだからだ。
些細な事ではあるだろうが、これでは、俺が……、歴史を変えてしまった事になるんじゃないか……?
「クマさん……?」
アサギの心配そうな声に、ハッと我に返る。
しかし、なんて言えばいいもんか……。
「ああいや……、ちょっと事情があって、まだ今はあまり広めないでほしいんだが……」
俺の言葉を最後まで聞いて、アサギは「分かりました」と返事をした。
「僕がインスタンスを作りますね。招待を送りますので、先にフレンド登録をお願いします」
言うが早いか、ポンとフレンド申請の通知が届く。
ゲーム内のフレンドなんてゼン以外に作るつもりもなかったが、ここで俺が断ると余計面倒になるか……。
俺は一瞬だけ躊躇ってから『承諾』ボタンを押した。
「ありがとうございます」と言ったアサギがすぐに消える。
今、練習場のインスタンスサーバを立ててるんだろう。
人の輪の中からは時々ドンと落下音が聞こえてくる。
ゼンか誰かが今もジャンプの練習をしているようだ。
俺はその場で高く跳んだ。見る間に地面が遠ざかる。
今日ここで斜めジャンプを知った人の数は全部でどのくらいだろうか。
ゼンの周囲に集まる機体は17、18、19、20……21機か。手遅れじゃなきゃいいけどな……。
ポンとアサギからサーバー招待の通知が来る。
俺は着地を待たずに『移動』ボタンを押した。
アサギが秘密特訓場と名付けたらしい練習場のインスタンスサーバーに入る。
アサギは、入ってすぐ見えるあたりで斜めジャンプの自主練をしていた。
「わざわざ悪いな、助かったよ」
そう言う俺の後ろから、ゼンも入ってきた。
「2人して移動して、どうしたんスか?」
俺は2人に12月中頃までは斜めジャンプは人目につかないところで練習してもらえないか、と頼む。
「よくわかんないけどわかったっス! しばらくは、俺達だけの秘密の技って事っスね!」
「ああ、悪いな」
「期限が決まっているのはなぜですか?」
「その頃には自然と広まってるからな」
「ふむ、なるほど……、分かりました」
アサギの機体がコクリと頷く。こいつは何かと芸が細かいな。
「それはそうと、さっき集まってた人達は放って来て大丈夫だったのか?」
何か断りを入れたにしては、ゼンの移動はあまりに早い。
まさか何も言わずに消えたんだろうか。
「大丈夫っスよ。呼ばれたから行ってくるってちゃんと言ったっス!」
「……それだけでいいのか……?」
「何の約束もない見物人でしたから、それで十分でしょう」
コミュ強達は強いな……。
俺だったら、なんて言って抜け出そうかと考えるだけでしばらく時間がかかりそうだ。
「お二人は、お時間何時頃まで大丈夫ですか?」
尋ねられて、サイドディスプレイの端にある時計を見る。
もうこんな時間か、そろそろ切り上げた方がいいな。
「わっ! オレまだ風呂入ってないっス!! 今日のとこは落ちるっス! アサギくん、また明日一緒に練習しようっスーーっっっ!!!」
ゼンが、一息で喋って消えた。
俺も風呂に入って寝るとするか。ゼンに付き合って帰宅するなり繋いだからな。
そういやゼンの奴アサギの予定を何も聞かずに落ちてったが、前もって約束してあったのか?
「アサギは明日の予定は大丈夫なのか? 無理して付き合わなくてもいいんだぞ?」
「20時半以降なら入れると思います。明日中には斜めジャンプをマスターしたいところですね。完成したらぜひ見てください!」
ガシャンとアサギの機体がガッツポーズを取る。
迷惑どころか、やる気満々のようだ。
「分かった。じゃあ俺もそろそろ落ちるな。俺達のログインは21時過ぎるかも知れないが、入ったら連絡するよ」
「お待ちしています!」
爽やかな声に見送られて、俺は練習場を後にした。
***
そんなこんなで、たった2日で斜めジャンプをマスターしたアサギと、アサギよりはかかったが俺よりずっと早い3日で斜めジャンプできるようになったゼンを連れて、俺は海底ステージに来ていた。
目の前に広がるのは、薄暗い海の底。
「おわ、ちょ、真っ暗なんスけどっ」
慌てるゼンの声。
「さっき言ったろ、上部ハッチを開けて、トグルスイッチのフラットレバーを倒せ」
「あ、コレっスね!」
言葉と同時に俺の左隣に明るい光が生まれた。
ゼンの機体はジタバタと暴れたのかひっくり返っている。
「着地までに体勢整えとけよ」
「ういっス」
ゼンは気安い返事で両腕をぶん回し、機体を立て直した。
あれだけ傾いて、斧まで背負ってるのに、うまいな。
クスクスと小さな笑い声を漏らしているのは、俺の右隣のアサギだ。
アサギは俺と同じかそれより早くライトもつけていたし、今も全く姿勢を崩していない。
アサギは、海底ステージは今までに何度か行ったと言ってはいたが、オートの姿勢制御がないと、じっとしているだけでも波に合わせて機体が動くから姿勢制御だけでもそこそこ難しい。
さすが、普段から細かいポーズまで機体にさせているだけのことはあるな。
「そろそろ着地だ。自信ないやつは腕を広げておけよ」
そうすれば、少々よろけても立て直しやすいからな。
俺の言葉にゼンが腕を広げる。慎重なのはいいことだ。
アサギは……まあ、自信があるのもいい事だな。
アサギは、俺とそう変わらない姿勢でグラつくことなく着地した。
着地と同時に、ディスプレイに敵機との遭遇を示す『接敵』の警告が出る。
ぞろり、と岩陰からカニ型のロボットが何体も姿を見せる。
「準備はいいな?」
「はい!」「ういっス!」
「よし、行け!」
俺の言葉を合図に、ゼンとアサギが左右に跳んだ。




