第16話
水中からの脱出を試みるアサギが水から飛び出す度、スタン弾で押し戻す。
もちろん、お土産に毒を撒くのもセットだ。
これ、結構楽しいな?
だが、アサギ機の4度目のジャンプは水上にほんの少し頭を出すだけで終わった。
「ちょっ、クマさんっ!? 機体が動かないんですが!?」
「ああ不思議だよなぁ、雪上の方が周辺温度自体は低いはずなのに、氷水の中だと寒冷地用じゃない燃料が固まるとかかな?」
「ご存知だったんですか!?」
「多分、機体の温度調節機構が基本空冷仕様だからじゃねーかな。海底ステージの時みたいな水中仕様なら動けるぞ」
「水中装備なんて持ってませんっ!」
「ゴールドではここ以外に水中ステージもある。水中装備は必須だぞ」
「そうなんですか!?」
そういや最初期のポイントリーグの告知はゲーム内では『ステージは3種よりランダムで選ばれます』って書かれてるだけでステージの内容は不明だったんだっけな。
次第にゲーム内の案内にもステージの内容が出るようになったはずだが、この時期だと外部の攻略サイトや人の投稿頼りだったんだな。
今日始まっての今日では、知らなくて当然だ。
「ぅぅ……。これは、もう……。僕の負けです……っ」
悔しそうなアサギの声。
次の瞬間、アサギ機は爆散した。
まだもうちょいHPはあったと思うが、相手がリタイアボタンを押すと、その時点で機体は爆散するようだ。
俺だったらレーザービームの反動を使って脱出するとか、盾で泳いでみるとか……まだもうちょい粘るとこだけどな。最近の若者は諦めが早いとかそういう世代的なアレか……?
ホームに戻ると、メッセージが届いていた。
『センパーーイっ! ただいま帰ったっス! オレも早速PvP行ってくるっス!』
お。ゼン早いな。PvP初日に大急ぎで帰宅したってとこか。
元気いっぱいの文面に、思わず笑みが浮かぶ。
『お疲れさん。俺はひとまずゴールドまで来たが、しばらくランクアップは難しそうだからゆっくり上がってこいよ』
と、こんなもんでいいかな。
俺とアサギが日中もやってるせいで、どうしてもプレイ時間が少ないゼンは焦りがちだからな。
まあ、俺もあと3か月ちょいすりゃそっち側だ。
お互い焦らずいこうぜ。
で、こっちは……。と。
リボルバーからのメッセージは予想通りの『プラチナランクに上がったぞ』だった。
『すごいな、おめでとさん。俺はしばらくゴールドにいることになりそうだ』
と、こんなもんか?
アサギと戦った話はアサギから聞けばいいだろう。
あいつが言わないならそれでいい。
わざわざ彼女に、負けた話なんかしたくないだろうしな。
しかし、ザンク・ロウに負けて-5ポイント、アサギに勝って+10ポイント、まだ俺はゴールドランクに入ってから5ポイントしか増えてないんだよな。
プラチナランクまではあと350ポイントか……。
仮に勝率が5割だとしても、まだあと90試合くらいはかかる計算だ。
まだまだ先は長いな。
こんな中で、サクッと710ポイントを稼いでプラチナに上がったリボルバーは本当にすごいな。
ずっと負けずに戦ったとして、えーと……何戦だ?
連勝ボーナスが連勝ごとに3ポイントずつ増えていくとしたら、最初が10ポイント、次が13、16、19、22で……、20戦か。
なるほど、負け知らずなら、13勝でゴールドに入って、そこから7勝でプラチナに上がれるのか……。
現在時刻はもう20時を回っているが、リボルバーは20時の少し前に俺にメッセージを送っていた。
リボルバーは1日に4時間しかプレイできないもんな。
きっちり4時間、ずっと集中して、限界まで粘って戦って。
その結果が、プラチナランクなんだ。
……はぁ、全く大したもんだよ。
俺なんて、せっかく時間がたっぷりあるってのに、PvP初日に昼寝なんかしてたんだもんな。
ポンとメッセージの通知が来て、俺はもう一度メッセージボックスを開く。
『先ほどは対戦ありがとうございました。今回は完敗しましたが次は勝てるよう頑張ります!』
送ってきたのはアサギだった。
俺は思わず苦笑する。
完敗だなんてよく言うよ。こいつもなかなか負けず嫌いだよな。
ステージがあそこじゃなかったら、俺が負けてただろうにな。
『今回はたまたまステージに助けられたんだよ。俺と再戦する前に、お前はプラチナに上がるんじゃないか?』
送ろうとして、手が止まる。
……何で俺は、アサギを見送ろうとしてるんだ?
次は勝つと叫ぶアサギみたいに、俺だって、次も負けないと言ったっていいんじゃないのか?
まだロボワは始まって一ヶ月だ。
アサギと俺に、そんな深刻なレベル差はない。
……。
おかしいだろ……。
俺は、他の奴らと並んでロボワを楽しむために、4年の時を飛んだんじゃないのか……?
なのに。
こんなとこで。
PvP初回はゴールドでいいなんて。
そんなこと言ってたら、いつまでもピラミッドの頂上になんか行けやしないだろ?
そんなの、トップランカー達を羨ましく眺めてたあの頃と、何も変わらないじゃないか!
俺は、メッセージを削除して、もう一度書き直す。
『ああ、再戦が楽しみだよ』
短いが、これでいいだろう。
俺はメッセージを送信すると、ホームから、ダイヤの隣の小さな『+』ボタンを押した。
今の俺に足りてないのは、覚悟だ。
いつでも引き返せる。
そんな半端な気持ちじゃ、リボルバーどころか、アサギにだって追いつけない。
俺は持ってるじゃないか、強く美しいURプラズマキャノンを。
あとは、俺がURプラズマキャノンを堂々と使えるだけの資格を、俺の覚悟として支払うだけだ。
UR武器を大量に持っていたオジョウはもちろん、俺よりずっと素早いザンク・ロウとだって、URプラズマキャノンさえあれば互角に戦えるはずだ。
誰よりもレーザー武器を愛する俺なら……、俺なら絶対に、URプラズマキャノンの力を最大に生かしてみせる!
俺は覚悟を決めるとダイヤ購入の最高額、1万円でダイヤ1万個のボタンを押した。
***
ポンと鳴った音にメッセージを開けば、ゼンだった。
『センパーイ、オレそろそろ寝るっスねー。シルバーのAまで行ったんで、明日にはゴールド行けそうっス!』
おお、短時間でよく頑張ったな。
俺は何気なく時計を見て…………もう一度見た。
は!? もうこんな時間なのか!?
2時間じゃなくて3時間経ってるじゃないか!!
「長尾さん、そろそろお休みのお時間ですよ」
うっ。
ゴーグルの向こうからピアリスの声が聞こえる……。
ピアリスに営業時間外の活動も頼めると知って、起床や就寝のリマインダーも頼んでおいたんだった。
「ピアリスありがとう、悪いが少し待っててくれ」
「かしこまりました」
ええと……。
『おお、すごいな。明日が楽しみだ。おやすみ』と。
メッセージを送ると、俺はホームに戻ってダイヤの数を確認する。
ダイヤの数は約6万個。あと10連20回分だ。
あれから俺は意を決して1万円のダイヤを60回購入した。
つまりは60万円だ。
あのお嬢様はどうだか知らないが、俺にとっては信じられないくらい大きな額だ。
何せ俺は車も家も持ってないし、スマホも家電も10万円以上する物なんて1度も買った事がない。
そんな俺が、60万……60万円だぞ!?
意識しただけで手が震える。
そんな高額を、既に54万円分もガチャで溶かしている。
ほんの数時間で、金ってこんなに簡単に消えてなくなるんだな……。
いや、最初は天井額まで課金さえすればそれでいいかと思ったんだが、そうすると、このダイヤが浮いちまうんだよ。
この60万個のダイヤで、俺がまた来月のピックアップやらに挑戦するのはちょっと違うよな、と思った結果、俺はこのPvP用のガチャを10天井分……つまり、10連200回分引きまくっていた。
演出を全スキップしたところで、とにかく回数が多い。
そもそも課金を60回した時点で既に1時間近く経過してたからな……。
課金毎に、認証も、当然60回行った……。
つーか、10個分の天井でこんだけ時間がかかるなら、あの5種のピックアップURを全種とも完全覚醒させてたオジョウは一体何時間こんな作業をし続けたんだ?
こんなん作業ゲーもいいとこだろ……。
あいつはあいつで、意外と根性あんのかも知れないな。
いや、近くにいた誰か……使用人だかに回させたって可能性もあるにはあるか。
ロボワはログイン時にゴーグルでの虹彩認識があるため、自分のアカウントを他人に使わせるのは難しいが、装備品や消耗品なら別に本人が引かんでも、トレード機能でやり取りすればいいもんな。
しかし、この作業……、ガチャを回すだけで済むならまだいいが、回し終わった後にも、地獄の装備品整理作業が待っている。
俺が一度に所持できる武器や防具といった装備類は、現在1000個までだ。
ここもダイヤで数を増やせはするんだが、俺はまだしばらくは1000個でいくつもりだ。
それに対して、今回のガチャで受け取る装備の総数は2000。既に500程は埋まっていたことを考えると、1500個は溢れる。
溢れた分は一時的にプレゼントボックスに入っているので消えたりはしないが、それを、少しずつ受け取っては強化したり合成したり換金したりする地道な分別仕分け作業………………。
明日一日かけても終わらない気がして、俺は気が遠くなった。
とりあえず、後20回分10連を回し切ってから寝るか……。
「長尾さん、ガチャですか?」
やたら明瞭なピアリスの声に、俺は思わず肩を揺らした。
今これ、VRスピーカーからピアリスの音声が入らなかったか?
「ピアリス、いいか、前にも言ったがガチャには絶っっっっ対に介入してくれるなよ?」
「承っております」
今度の声は、ちゃんと卓上に置いた端末側から聞こえた。
……なんか、それでも怖いんだよな……。
こいつなら、素知らぬフリしてやってくれちゃいそうでさ。
俺はため息を一つ飲み込んで、ロボワを閉じた。
ピアリスの前でため息なんてついたら、理由を言うまで聞いてくるからな。
ゴーグルを外して机の上に置く。
「おまたせ。寝る支度をしてくるよ」
今夜は、ピアリスには睡眠計測も頼んでるしな。
「ガチャはよろしかったのですか?」
ピアリスが不思議そうに尋ねる。
「ああ、また明日にするよ」
「かしこまりました」
「くれぐれも、俺のガチャには手を出さないでくれよ?」
「……かしこまりました」
今ちょっと、ピアリスからうんざりした気配を感じた気がする。
まあとにかく、このくらい言えば、流石に分かってくれただろう。
俺は手早く身支度を済ませると、ベッドに横たわり、ピアリスの端末を枕元に置く。
「こんな感じでいいのか?」
「はい、完璧です」
「完璧か」
俺が笑うと、ピアリスも小さく笑う。
「じゃあ、おやすみピアリス」
「はい、おやすみなさいませ、長尾さん」
こんな挨拶も何だか懐かしいな。
船にいた頃はこれが日常だったからな……。
目を閉じれば、大量の課金による精神的な疲れからか、すぐに睡魔が襲ってきた。
明日……下手すりゃ明後日までか、しばらくはひたすら地道な作業の繰り返しになりそうだな……。
けど、その先には俺の……、俺専用の、URプラズマキャノンが待っている!
ああ、楽しみだなぁ……。
どんな風に改造して、どんな塗装に仕上げようか。
俺はURプラズマキャノンの最強改造計画を思いながら眠りに落ちた。
***
翌日は、延々と地道なアイテム整理と強化を続けているうちに過ぎた。
もう20時か。リボルバーからメッセージはこなかったな。
プラチナランクともなると、さすがのリボルバーでも苦戦するか……。
あのあたりは課金勢が多いだろうからな。
見た感じ無課金のリボルバーでは、まだ今は厳しいだろう。
それよりも、アサギがほとんどオンラインにならない事の方が気になるな。
昨日はあんなにPvPに気合いを入れていたのに、今日はスマホからメッセージでものぞいているのか一瞬オンラインになることはあれど、ゴーグルからログインしている様子はなかった。
3人の名前だけが並んだフレンドリストを眺めていると、ゼンがログインしてきた。
たまにはこっちから声をかけてやるか。
『お疲れさん。今日は早かったな』
『わっ、先輩から声かけてきてくれるなんて珍しいっスね! 嬉しいっス!!』
たまたまフレンドリストを見てたからな。
続いてもう一通届く。
『オレ今日はゴールドランク目指してPvP行ってくるっスー!!』
『おう、頑張れよ。ゴールドからは水中装備も持って行く方がいいぞ』
『水中ステージがあるんスか? 了解っス!』
昨日一日あれば、今はもう、どこの攻略サイトにも、ゴールドランクは水中装備が必須だと書かれているだろうな。
俺も装備品整理に戻るか……。
しかし、流石に2000個分もガチャを引けば、なかなか強いSSRのレーザーやピックアップ外のすり抜けURレーザーも手に入ったし、それぞれの武器をしっかり強化すれば、俺は昨日の何倍も強くなれそうだ。
何より俺の最終目標である『最高の機体を組み上げるまでのロードマップ』のうち、レーザー武器の2つはこれで埋まったしな。
大金は一瞬にして消えたが、ここに残された結果を、無駄なく有効に使いたいものだ。
そう。
大金は……消えたが……。
………………実はまだ若干、慣れない高額出費に動揺してはいる。
今日は朝から、俺を起こしたピアリスが「長尾さんが寝言で『俺の金……俺の金が……』と仰っていたのですが……」と心配そうにしていた。
俺も、そんな自分が多少心配ではある。
しかしもう使ってしまったものは仕方ない。
もう俺の60万はどこにも残っていない……。
いやいや、ここに、ゲームデータとして残っている。
沢山の装備品という形で……。
俺が、今日一日で延々と繰り返し続けている思考のループにハマっていると、ポンとメッセージが届いた。
アサギだ。
『クマさんお疲れ様です。今日はどこまで進みましたか? 僕は今日はリアルで手一杯で、今ようやくログインできたところです』
なるほど?
1日ログインできずにちょっと焦ってる……ってとこか?
『アサギ、遅くまでお疲れ様。俺も今日は作業ばっかでPvPは入れてないからゴールドDのままだ』
返事を送って、俺はまた作業に戻る。
別にちょっとくらいPvPに顔を出してもいいっちゃいいんだが、なんつーか……、溢れた倉庫をそのままにしてるってのは、どうにもむずむずするんだよな。
一刻も早く整理して、スッキリしたい。
黙々と作業を続けて1時間ほど経った頃、何とか、溢れに溢れていた装備品を倉庫に収まる数まで減らせた。
ふう。
数を減らすついでに『覚醒』(同じ武器を消費することによって性能を大幅アップさせる。※1武器につき最大3回)は済ませてあるが、まだまだロボワでは各装備品に対して弾速や装甲やリロード時間などをそれぞれ少しずつ上げられる『強化』やレベル上限自体を引き上げる『限界突破』さらには自由度の高い『改造』を施すことができる。
ここからが、本業メカニックの腕の見せ所だ。
俺は装備変更パネルに移動すると、ニヤリと笑みを浮かべる。
まず始めに、俺が普段使っているSRのビーム砲から照射モードの切り替えに使っているアタッチメントを外す。
レンズとミラー機構を組み合わせて作ったお手製の装置だが、これがあるとないとでは大違いだ。
広く浅い広範囲レーザーから極細で強力な遠距離レーザーまで、1本のレーザー砲で対応可能になるからな。
これを、今日から俺のメイン武器となるURフォトンブラスターにつける。
URフォトンブラスターはまだ未覚醒だからな。この先何とか素材をかき集めて覚醒していきたいところだ。
フォトンブラスターの出力じゃこのレンズが耐えそうにないからなぁ、これは外して、今回ゲットしたこのパーツからこの部分のレンズをはずして、こう加工して……。
右肩にURフォトンブラスター、左肩にはURプラズマキャノン……と言いたいとこなんだが、カニバサミが今となっちゃ手放せない装備なんだよな……。
せっかくの美麗な完全覚醒URプラズマキャノンには申し訳ないが、適宜ポンポンと付け替えでカニバサミに持たせることにする。
んで、逆関節機の弱点である脚部には、今回出た中で唯一のUR装甲パーツのこれを、こうして……。
カチャカチャと手を動かしていると、時が経つのは一瞬だった。




