第1話
「第2回、ロボティクスワールド
チャンピオンシップ、決勝戦……」
俺は、コックピット全体を覆う大型ディスプレイに表示された字を読み上げる。
本当に、これは年に一度のゲーム内最大規模の大会で、本当に、今から俺達が優勝を争うのか。
俺は、まだどこか信じられない気持ちで画面を見つめる。
画面の左には俺のチーム5名の名前と機体の映像が、右側には同じく敵5名の名前と機体が並び、真ん中には大きくVSと書かれている。
「みんなぁ〜、準備はいいかしらぁ〜?」
サイドスピーカーからテンション高めのオッサンの声。
このオネエは、俺達のチームの司令塔で盾役の大型機タテさんだ。
「いよいよっスね! 腕がなるっス!」
明るい声は、職場の後輩で回避型の中距離アタッカー、ゼンだ。
「ん」
短く返事をしたのは、セッティングの全てを火力に全振りする重火力女子高生、ササラだ。
「だだだだだいじょぶれすっ」
全然大丈夫じゃなさそうなミューの返事に、タテさんが「あらあら、ミューちゃんは深呼吸しましょうね〜。ほら、オネエさんと一緒に、吸ってぇ〜、吐いてぇ〜」とリラックスを促している。
俺も一緒にしておくか……。
サイドディスプレイを見れば、ゼンとササラもつられて深呼吸をしているようだ。
お前達はそんな緊張してなさそうだけどな。
「クマ君も準備はいいかしら?」
呼ばれて、俺は無駄に力が入った肩を大きく回すと操縦桿を握り直して答える。
「ああ、皆がいれば大丈夫だ。緊張はしてるけどな」
サイドディスプレイに映された仲間達の口角が上がる。
「アタシも緊張はしてるわよぅ? 何てったって、夢にまでみた大舞台だものっ」
「わ、わわ、私もっ、こんなとこまで来れるなんて、思ってもみませんでした」
「オレも緊張してるっス! でもミスするつもりも負けるつもりも無いっス!」
「ん!!」
力強いササラの声に、ミューとタテさんも続く。
「わ、私も、頑張りますっ」
「アタシだってしっかり勝つわよぅ、明日は有給取ってるんだからぁ!」
勝利へ向けて瞳を輝かせる皆。
俺もきっと、こんな顔をしてるんだろう。
目の前の画面は、ゲーム開始までの10カウント表示に切り替わった。
「絶対勝つぞ!」
俺の言葉に、仲間達の覇気に満ちた声が重なる。
3……、2……、1……、バトルスタート!
ディスプレイに映し出された決勝の舞台は、どこまでも続く荒野だった。
広い。
視界が開けてるから俺のような遠距離型には有利だが、ササラのような近接には身を隠す場所が無い。
前方ではすぐに気づいたタテさんがその巨体の影にササラを隠す。
相手のベース機体はさっきディスプレイで確認したが、さて、どんなセッティングで来るのか……。
広範囲レーダーに点で表示される敵機体が、2手に分かれて動き出す。
挟み討ち狙いか!
「長距離レーザー来ます!」
ミューの声の一瞬後にレーダーがピコンと攻撃予測音を鳴らす。
ミューは特別目がいい。
おかげでタテさんが使用した防御バフスキルは着弾前に発動した。
ミューとゼン、俺もしっかりタテさんの後ろについている。
今の攻撃、被害はほぼ無しだ。
「右から叩くわよぅ!」
タテさんの指示で、ゼンとササラが飛び出す。
ミューはタテさんの防御範囲ギリギリまで移動して、主砲を右側へ向けた。
それなら俺はこっちだな。
俺は機体を飛行型に変形し飛び立つ。
前方から迫る3機へ向けて、長距離仕様の大型複合レーザー砲群を構えた。
『第2回ロボティクスワールド チャンピオンシップ』
以前の俺には、あまりに遠い大会だった。
実力……も、まあ足りちゃいなかっただろうが。
それよりなにより、物理的に。
距離が。
圧・倒・的に、遠かった。
何せ、大会の動画を見ようと思っても、動画の再生ボタンを押した情報が地球に届くまで長いと20分以上かかるし、それを受け取った地球から俺の船に動画データが送られ始めるのにまた同じだけかかるんだからな。
再生ボタンを押した動画が動き始めるまで、長いと45分以上かかるんだよ。
待ってられるかそんなの。
いや、待ったけどな、結局。見たかったし。
俺は、遠く静かな赤い星の側で、第1回の大会も、2回、3回の大会も、戦う参加者達の動画を繰り返し繰り返し眺めた。
俺も、こんな遠くじゃなければ、あんな風にチームを組んで戦えただろうかと、画面の向こうの人々にどうしようもなく嫉妬しながら。
情報サイトだって、隅から隅まで暗記するほど読み込んだ。
何せあの頃俺には情報規制がかけられてたからな。
当時の情報はプリントアウトも保存もNGだったし、プレイ中に別ページを見ようとするとまたずいぶん待たされる。とにかく覚えるしかなかった。
そんな状況だから、当然チームプレイや対人戦はできない。
開始ボタンを押した数十分後に表示される次の画面は、接続がタイムアウトしましたっていう俺へのペナルティ画面か、俺のボロ負けの結果画面のどちらかだったからな。
幸い、通信さえ挟まなければ、つまりデータを事前ダウンロードしての、ソロプレイでのステージ出撃やクエストは問題なくできたから、俺は1人で延々とクエストをこなし、ロボの開発と強化改造を続け、腕を磨いた。
いつの日か、地球に戻って誰かとプレイできる日を夢見て。
そんな生活を3年半ほど続けて、もうあと半年後で地球に戻れるという6月なかば、その知らせは届いた。
『ロボティクスワールド、サービス終了のお知らせ』
……いやマジかよ。
だってまだサービス開始から4年も経ってないんだぞ!?
『この先は10月に4周年記念イベントを行なって、11月末にサービス終了予定です』……って、何最後に4周年祝おうとしてんだよ、そうじゃないだろ!?
「くそっ……」
地球に戻ればようやく俺も人並みにロボワ(※ロボティクスワールドの略)ができると思っていたのに……。
……俺だって……。
俺だって、他の奴みたいに、ロボワでチーム組んで仲間とロボットバトルがやりたかったのに……。
小さな窓から、地球を見る。
ここから見る地球は-2.5等級ほどの小さな光の粒だ。
それでも、見えてしまうから。諦めきれなかった。
あそこに戻れば、俺も動画の中の彼らのようにロボワができると思って。
それだけを楽しみにこの3年半を過ごしていたのに。
俺の視界で、小さな小さな地球が滲む。
昔っからロボットアニメが好きで。
変形、合体、装備変更に胸踊らせて。
俺は自然と工業系高校に進み、工業系大学を出て、当時急成長していた宇宙旅行会社にメカニックとして就職した。
趣味のロボやプラモもたくさん作った。俺なりに改造して、SNSにあげたりして。
でもそれも、この船の中では許されなかった。
そんな中でサービス開始したロボティクスワールド。
企画も、音楽も、メカニックデザインも、全部俺の好きな会社やスタッフさんで、
先行アプリダウンロードもしていた俺は、ピアリス……この船の総合管理AIで、乗員達の健康管理や今では俺への情報規制も担当するAIに何とか頼み込んで、プレイを始めた。
少しでも強くなって、地球に戻るために。
ここで過ごす時間を無駄にしないために……。
そう思って励んだ全てが、今まさに、無駄だったと宣告されたって事だ。
部屋の中がじわりと暗くなる。
「長尾様? 呼吸と心拍数が乱れています。何かあったのですか?」
心配そうな女性の声に振り返ると、そこには身長20センチ弱のピアリスの立体映像が浮かんでいた。
ピアリスは品の良いパステルピンクのロンナガオグウェーブヘアに、この船の制服と揃いのライトブルーのジャケットとマーメイドスカートを着用した姿で表示されている。
大型宇宙旅行船の総合管理AIである彼女は、フライトアテンダントのように楚々として品格のある女性としてデザインされていた。
「怪我でも病気でもない。心配しなくていい」
俺はそれだけ答えて目を逸らす。
照明の輝度が下がったのは、ピアリスのホログラムを視認しやすくするためだ。
俺の目の前が真っ暗になったからではない。
いや、まあ、気分的にはもう真っ暗闇だが。
「それでは一体……、長尾様に何が……」
俺の動悸がまだおさまらないからか、なおも心配そうに問いかけるピアリスに、俺は開いたままの画面を指した。
それを見てくれれば、ピアリスなら十分理解するはずだ。
「まあ……、なんということでしょう……」
画面を覗き込んだ高性能AIのピアリスは、優雅な仕草で両手で口元を覆って動揺を示した。
「長尾様があんなに……楽しみにしていらっしゃったのに……」
うぐ。
「地球に着く頃にはサービス自体が終わっているなんて……」
うぐぐ。
「……これでは、今までの長尾様の弛まぬ努力の日々が、全て水の泡に……」
いやもう、それ以上言わないでくれ。
というか乗員のメンタルケアはお前の担当だろ。
ここは慰めるとこじゃないのか?
「このままでは……」
ピアリスの言葉が不意に途切れる。
どうやらかなりややこしい確率計算を行なっているようだ。
このままだと何だって言うんだよ。
「地球に戻った長尾様が、心的ストレスにより、うつ病を発症する確率89.67%、PTSDを発症する確率67.29%、心身症を併発する確率75.32%です」
宣言されて、俺は思わず呟く。
「いや……高いな」
「長尾様の心的外傷を取り除くべく、対処法を検討いたします。しばらくお待ちください」
ピアリスは本格的に集中計算モードに入った。
外から見ると、目を閉じたピアリスはフリーズでもしているようだが、頭の上に『考え中です』というローディングマークと残時間表示が出ている。
なんなんだ? 一体どんなセラピーをすすめられるのだろうか。
俺はもう一度パソコンのディスプレイに視線を戻す。
サービス終了は、もう決まってしまった事だ。
今更覆るようなものでもないだろう。
今やVRゲームは星の数ほどある。
人気なのはやはり中世ファンタジー風の世界で、ダンジョンを攻略したり、ギルド対抗戦に興じたり、のんびり農場を開いたりといったもので、ロボットバトル物というジャンル自体が若干マイナーなのは、まあわかっている。
……だからこそ、嬉しかったんだけどな。
オート対戦で終わりにならない、ちゃんとロボを操って戦えるこのロボワが。
機体の改造自由度も高くて、ベース機体が同じでも人によって千差万別な仕上がりになるってとこも、カスタム好きの俺が強く惹かれたところだった。
……ま、今更そんなこと言ったってしょうがないか。
せめて10月の4周年記念イベントは思い切り楽しんで……。
画面をスクロールすると、下の方には記念のゲーム内グッズやオフライングッズの案内が並んでいる。
……俺が、ささやかでも課金できてれば、何かの足しになっただろうか。
今の俺には、課金どころかロボワの良いところをSNSに呟くことすら許されない。
今までありがとうと、伝えることもできない。
この3年半、通信速度のせいでできなかったことは多かったが、それでもロボワというコンテンツに、俺はずっと支えられていたのにな……。
「お待たせいたしました。長尾様の心的外傷をケアする方法が見つかりました」
目を開けたピアリスは、そう言って美しく微笑んだ。




