前世《剣聖》と呼ばれた魔法士は癖が強い
俺は前世で《剣聖》と呼ばれていた。
戦場を駆け抜け、鍛え上げた剣技一つで敵兵を震え上がらせる――そんな存在だった。
空を裂く炎、嵐を呼ぶ風、山を砕く雷。戦場で魔法士の戦いを目にするたびに、剣しか使えない俺は、その圧倒的な力に憧れ、心の底から羨ましく思っていた。
だからかだろうか。剣聖として死んだ俺が、次に目を覚ました時――魔法士適正のある人間に生まれ変わっていた。
「すごい! 七属性全部に適性があるなんて!」
「なんて膨大な魔力なんだ! 大魔導士になるに違いない!」
子供のころは持ち上げられたが、手のひらはすぐに返された。
「……は? 初級魔法しか使えない?」
「結局、無駄に魔力と属性が多いだけの持ち腐れか」
そう、俺が使えるのは火・水・風・土・氷・雷、そして無属性の初級魔法のみだ。
威力は雀の涙。火球は手のひらサイズの炎がぽわっと燃える程度、水流はコップ一杯くらい、氷は小さな氷片が飛ぶ程度――戦闘ではほとんど役に立たない。
だが俺にとっては十分だった。
剣しか使えなかった俺が、こうして魔法を使える――夢が叶ったようなものだ。
逆に剣はもう持てなくなってしまったが、別に問題はない。
剣があれば目をつぶっていてもドラゴンを倒せるくらいの腕前だったし、正直、もうお腹いっぱいだった。
入学初日。
掲示板に貼られたクラス割り表を確認し、魔法士科の教室へ向かう。
席に座り、周囲を見渡す。笑い声や小さな会話が教室に広がり、既に仲良さげに話している生徒もいる。
俺は少し緊張しつつも、これから始まる学園生活に胸が弾んでいた。
その時、一番後ろの席にうつむくように座る少女が目に入った。
小さく肩を丸め、落ち着かない様子だ。目は緊張で少し泳いでいる。
……前世の勘か、ただ者じゃない力の片鱗を感じた気がした。
扉が開き、教師が教室に入ってくる。
教師は前に立ち、にこやかに告げる。
「筆記試験と実技試験の結果、皆さんは最下位クラスです。ですが、落ち込むのはまだ早いです。この学園は努力次第で上位のクラスに上がれますから、少しでも上を目指して励みなさい」
教室にはざわめきが広がった。
最下位クラス――どうやらここは知識や実技の未熟な生徒が集まる場所らしい。
教師から学園の説明が一通り終わり、順番に自己紹介をすることとなった。
俺の番になり、淡々と告げる。
「シリル。使えるのは火・水・土・風・氷・雷・無属性の七属性、初級魔法のみ。よろしく」
教室に小さなざわめきが走る。
「……あいつが、噂の七属性の持ち腐れか……?」
「初級魔法しか使えないのに、よく魔法士科に入る気になったよな」
やがて、先ほど目に入った少女の番が来る。
少女は顔を少しだけ上げ、小さな声で告げる。
「ルミア、光属性遣いです……よろしくお願いします…」
挨拶のあと、彼女は顔を少し赤らめ、目を逸らしながらはにかむ。
その仕草に、思わず俺は胸がちょっと高鳴った。――かわいい、と思ってしまったのだ。
友人の一人くらいできればいいな――そんな願いも虚しく、1か月経っても未だ友人はできていない。
みんな、俺の噂を知っているらしく、少し距離を置かれている。
魔法が学べるだけで十分だ――そう、自分に言い聞かせた。
そして迎えた野外訓練の日。
「今日は班ごとに外での実習を行います」
教師の声に、クラスはざわついた。
班分けはくじ引きにより決まった。
「げっ、シリルと同じ班かよ……」
「足引っ張んなよ、持ち腐れ」
手荒い歓迎だ。俺は冷たい視線を浴びながら肩を竦める。
まぁ慣れっこだ。邪魔にならないよう心に決めていた。
「あの、皆さん、よろしくお願いします……」
ルミアも同じ班になったらしい。
「二人もお荷物とか、この班終わりだろ!」
「静かに! 上のクラスになるチャンスですよ。各自、真面目に取り組むように」
教師の一言に、班のメンバーはしぶしぶ頷いた。
実習は順調に進んでいた。
ゴブリンやホーンラビットを相手に、班で応戦する。俺の魔法だけでは倒せないが、他の仲間の中級魔法で十分対応できた。
ルミアも小さく光魔法を放ち、援護してくれた。
しかし、想定外の事態が発生する。森の奥に、巨大なエンシェントドラゴンが現れたのだ。
「な、なんでこんなのがここに……!?」
「中級魔法でも効かない!? うそだろ……!」
仲間たちは蒼白になり、後ずさる。
「だめだ、逃げるしかない……!」
「おい、ルミア、なにやってるんだ! 逃げなきゃ死ぬぞ!」
皆が後ろにさがる中、ルミアは一人、尻もちをつきガタガタと震えていた。
「あ、あ、足が……うごかな……」
俺は肩を竦め、エンシェントドラゴンの方へと歩みを進める。
「……みんなどうしたんだ。 ただのドラゴンだぞ」
「はぁ!? お前、何言ってるんだよ!」
俺は掌を前に突き出し、静かに呟く。
「――ファイア」
ぼふっ、と頼りない音と共に、小さな火球が生まれる。
「そんなものでどうにかなるわけないだろ!」
呆然と叫ぶ仲間たちをよそに、ドラゴンは咆哮をあげて襲い掛かってくる。
その瞬間。
俺は、反射的に剣を振りぬいていた。
轟音。閃光。絶叫。
剣が空を裂き、巨体をまっぷたつに断ち斬る。
エンシェントドラゴンは断末魔をあげ、森を揺らすほどの衝撃と共に地に崩れ落ちた。
鳥の声すら止み、世界が静寂に包まれる。
「……っと、つい癖で」
あれ?でも俺、剣なんて持ってなかったはずなのに……
右手を見ると、そこには火魔法が剣の形をかたどっていた。
俺は炎の剣を手にしたまま、ぽつりと漏らす。
「やっぱり、魔法ってすごいな」
無意識にやっていた魔力の放出を止めると、炎の剣は跡形もなく消え去った。
魔力を放出し続けたにもかかわらず、俺の体内の魔力はほとんど減っていない。
もし他の魔法士が同じことをすれば、たとえ中級魔法士でも1分と持たないだろう。
――初級魔法しか使えないが、人並み外れた魔力を持ったことに感謝した。
「お前たち、無事か!?」
漸く駆けつけた教師たちは倒れたドラゴンを見て目を見開き、俺たちを交互に見た。
「……誰が……こんな化け物級を倒したんだ?」
「中級どころか、上級魔法士でも無理なはずだぞ……」
ざわめきが広がる。仲間たちは未だ冷めやらぬ恐怖の中、必死に声をあげ、俺を指さした。
「あ、あいつが、ファイアで……!」
「火球を剣に変えて……!」
周りの声など気にならないくらい、俺は今、酔いしれていた。
初めて自分の魔法で敵を倒せたのだ。
誰もが呆然と立ち尽くす中、俺はそっとキメ台詞を口にした。
「……俺の名はシリル。しがない魔法士だ」
かつて剣聖と呼ばれ、魔法とは縁のなかった男だと、誰が思うだろう。
一瞬の静寂の後、誰かが小さく咳払いした。
「……あいつ、癖が強すぎないか」
「ま、まぁ……面白いやつかもしれん」
みんなが反応に困っている中、ルミアだけはぼうっとシリルを見つめていた。
この日から“七属性の持ち腐れ”は“癖の強い魔法士”として学園に認知されていくのであった。
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