追放された幼女聖女ですが、今はエルフ王子に溺愛されています
「エレナとの婚約は破棄する! ……その姿は、王妃としてふさわしくない!」
突然呼び出され、ソファーに腰を落ち着けた直後、カイル王子は秀麗な美貌を歪め、そう吐き捨てた。
私ことエレナ・ルクレールは、呆然とただ黙って見ることしかできない。
いまの私は、見た目は六歳ほどの小さな少女。ぎゅっと握りしめたぷっくりとした小さな手、ダボダボな白いローブも、何もかもが"子供"そのものだ。
けれど、それもそのはず。
私は王都周辺に結界を張る魔石に、大量の『聖力』を注ぎ込んだ反動で、一時的に肉体年齢が逆行する体質なのだ。
誰にも理解されない、呪いのような体質。
そのぶん「聖女」としての能力は申し分ないはずだ。
私が聖女になってからは魔物の襲撃や疫病は発生していない。
なのに――
「あの……っ理由を、お聞かせ願えますか、殿下」
震える声で尋ねると、王子は鼻で笑った。
「理由だと? 聖女でありながら、みすぼらしい幼女の姿になる。俺は幼女趣味の変態ではないっ! 貴様の子守りを一生押しつけられるなんてゴメンだ!」
時間が経てば、元に戻る体質だと何度も説明し、陛下も了承済みでの婚約だった。
けれど、カイル王子は……私のことを、何一つ理解してくれていなかった。
王都を守るために結界を幾日も張り続けた私の体質を。
「陛下は……ご存知なのですか?」
「もちろんだ! 父上も母上も了承済みだ」
言葉を失った私に冷たい声でカイル王子は告げた。
「今日限りでお前は国外追放だ。王都の結界は、新しい聖女が引き継ぐ」
殿下が目で示したのは、当然のように彼にしなだれる私の義妹――アリシア・ルクレール公爵令嬢。
私みたいに聖女の力目当てで孤児院から引き取られた訳ではない、本物の貴族のお姫様。
豊かな金色の髪は美しく、微笑みはたおやかで、丸みを帯びた女性らしい身体つき。
何よりも"常に大人の姿"でいられる彼女は、皆に愛された。
「お姉さま……かわいそう」
くすん、とアーモンド型の瞳を潤ませる姿は庇護欲をそそるらしい。
「アリシアは心根も美しい……イジメられていた相手にも……」
アリシアの唇が勝ち誇ったように歪んだ。
「次期王妃に相応しいのはアリシアだな……必ず君を守る」
「私が仕えるべき聖女は……アリシアさまだったのですね」
いつの間にか、幼い頃から私を守ると誓ってくれたはずの幼馴染の聖騎士団長や、いつも相談に乗ってくれた大神官までもが、うっとりとした表情で彼女に傅いていた。
まるで、アリシアを中心とした逆ハーレムだ。
イジメられていたのも私だといったところで、誰にも届かないのは明白だった。
私の居場所は、もうどこにもない。
「……わかりました」
ただ……アリシアが私の後任になれるかは疑問だ。
わざわざ平民の私を養女にするほど『聖力』はかなり低かったはず。
それにこの婚約も、王家が神殿への影響力を高めるために、重要視してたはず。
だからこそ、平民の私を公爵家と縁続きにさせたのだ。
でも、聖女になったアリシアがいるから、公爵家にとっても、もう用無しということか。
「それでは、……今までありがとうございました」
足の着かないソファーから降り、ゆっくりと礼をした。
小さな足音を響かせながら重厚な扉へ向かう。
笑い声が背中から追いつく。
4人は楽しそうにアリシアを囲んでいた。
目の前の木の扉は重く、一人では開けられない。
いつもは小さな体で困っているとあの中の誰かが手伝ってくれた。
⸺みすぼらしい幼女の姿
カイル王子の冷たい声が、まだ耳に残っている。
歯を食いしばり、床に足を踏ん張る。身体を使い扉をこじ開けた。
小さな身体でも、工夫すれば意外とできることはある。
妙な自信を得た私は、静かに荷物をまとめ、王都を後にした。
◇◇◇◇
国外追放と言われても、いくあてなんかない。
けれど、今はただ歩くしかない。
「あの御者さん大丈夫かな……」
私は今、バッグを肩掛けし、道を一人歩いていた。
何故かというと、隣国国境近くの森まで来たところで、馬車が故障した。
故障というか破壊。
車輪が割れるなんて初めてだ、と乗せてくれた御者さんが言っていた。
当然、車輪の修理は不可能。
そこで私は御者さんと馬と別れた。
馬車が無いと御者さんもお仕事できないだろうと、僅かな手持ちの金貨をほとんど手渡した。
御者さんは私の懐や安全を大層心配してくれた。良い人だ。
だが、隣国の修道院にでも入ろうと思っているので、もうお金は必要ない。
凶暴な魔物の襲撃も自身に結界を張っているため、心配しなくてよい。
追い出されたとしても聖女の能力は残っている。
「平民だったし……何もなかったしな……」
カバンの中には、生活用品くらいしか入っていない。
元王子の婚約者といっても、宝飾品やドレスなどのプレゼントは全てアリシアに盗られていた。
もちろん、聖女に対し神殿から支給された宝石がきらめく装飾品もだ。
荷物をまとめる手間が省けて良かったが、ほんの少しだけ寂しかった。
「……とにかく夜になる前には森を抜けないと!」
感傷に浸っている暇は無い。頭を振る。
再び、足を進めた時。
「ッ」
ふと、森の奥で呻き声が聞こえた。
近寄ってみると、美しい銀髪の男性が、大木に背をもたせ、苦しそうに息をしている。
腹部は魔物に噛まれたのか、深く抉られていた。
『困っている人がいたら、見返りを求めず助けなさい。その行いは、いつか必ずあなた自身を照らす光となるから』
亡き母の言葉が、脳裏に蘇る。
裕福ではなかったけれど、母はいつも優しく、そして強い人だった。
大量の血を流し、命が尽きそうな姿に、私は即座に回復呪文を唱える。
青白い光が青年の身体を包み、傷がみるみるうちに癒えていく。
意識を取り戻した彼は、透き通るような翠色の瞳で私を見つめた。
その人間離れした美しさと尖った耳で、彼がエルフだとすぐにわかった。
「もう大丈夫ですか?」
「……助けてくれたのかい? 君が? ……すごい」
信じられない、と瞬きを繰り返す青年に、小さく頷いた。
「あなたを見捨てる理由はありませんでしたから。私の母は、困っている人を助けるようにと教えてくれました」
青年は柔らかく目を細めた。
「……良い子だね。名前を聞いても?」
「エレナ……です」
「エレナ、ありがとう」
微笑んだ青年は、私の頭をそっと撫でた。
誰にも必要とされないこの力を褒めてくれた。
率直な言葉は乾ききった私の心に染み渡る。
「ありがとう……ございます」
「こちらこそ。僕はセリオン。ねえ、君みたいな子が、どうしてこんな所に?」
頭を撫で続けたセリオンは首を傾げた。幼い仕草に口も心も緩む。
「事情があって、追い出されて……」
「ふぅん……ねえ、行くところがないなら……僕のお嫁さんになる?」
冗談まじりに言われ、思わず吹き出してしまった。
でも、心のどこかが、ほんの少し、あたたかくなった気がした。
「というのは冗談でさ。僕ね、エルフの国『ランディア』で王子やってるんだ。恩人として、ぜひ国へ招待したい」
「……おうじ?」
「そうだよ。うちの国なら、君みたいな優しい子を大切にするよ!」
王子というには、こんな簡単に初対面の相手に出自を明かすなんて怪しい。
しかし、私を見つめるきらきらした翠色の瞳は、純粋な感謝をただ訴える。
「……そうしようかな」
気づけばそう返事していた。
セリオンが軽く目を瞠る。すぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。
立ち上がったセリオンは背がとても高い。
長い銀髪が揺れる姿は、人の上に立つ者特有の気品が滲み出ていた。
「よかった! じゃあ、いこう!」
差し出された手に、私は手を乗せた。
◇◇◇◇
ランディアでの生活はとにかく快適だ。セリオンが住むところから何までお世話してくれたおかげだ。
よそ者である私にも国の人々は、挨拶をすれば笑顔を返してくれた。
たったそれだけでも、受け入れられているようで、心が軽くなる。
だけれど、これだけは困る。
「エレナさんはセリオンさまといつ頃挙式するの?」
「え? いや……」
「それはまだ僕達だけの秘密だよ。エレナにとびきり美しいドレスを贈りたいからさ」
「ふふっ、これだけセリオンさまに大事にされて羨ましいわ」
もう乾いた笑いしか返せない。
セリオンが会う人全員に「お嫁さん候補」と私を紹介しまくるのだ。
そのおかげで、この国ではセリオンの婚約者として扱われてしまった。
騙しているみたいで大変申し訳無い。
罪悪感に苛まれ、いざきっぱり否定しようとした時もあった。もちろんセリオンにも話をつけて。
だが先程のようにタイミング良く現れるセリオンが、肯定し、さらに尾ひれをつけていく。なぜだ。
「エレナが可愛いから、しかたないよねぇ?」
ケラケラ笑いながら私の肩を抱くセリオンはご機嫌だ。
「どういうこと……ですか?」
じとりと見つめ言い返すと、セリオンはふっと笑みを浮かべた。
初めて見る切なげな笑顔でドキッとする。
セリオンは体を屈め、顔を私の頬に近づけた。
「いつまでも待つよってこと……僕は」
艶めいた低い声が脳に直接響く。
頭を撫でたセリオンは、満足気に去っていく。
その声がずっと耳の奥に残っているようで、私はしばらく動けなかった。
◇◇◇◇
いきなり小さくなるなんて、皆気味悪がりますよ。
誰も近寄らなくなって、離れていくなんて。
「お姉さま……かわいそう」
幾度となくアリシアに投げつけられた言葉が、未だに心の奥にこびりついていた。
好かれる理由さえない、カワイソウな自分。
セリオンの好意を受け取るのは、赦されない気がしてしまうのだ。
だから、これは神様からの私への罰なのだ。聖女のくせに優しいあの人たちを騙した私への。
「小さい子供と女性は城の中へッ! 男はひたすら倒せッ!!」
このランディアにも魔物が襲来した。
今は数匹だけれど倒したところで、再び魔物はやって来るだろう。
結界を張るしかない。
「セリオン。魔物を防ぐ結界を張ろう。私ならできるよ」
「エレナ……いいの? なにか理由があって聖女になるのはイヤなんじゃ……」
セリオンは私が元聖女だったことを知っていた。
「大丈夫だよ。あのね、結界を張り終わったら……私は小さくなっちゃうの……セリオンに抱っこしてほしい」
セリオンにあのみすぼらしい幼女を見られたくない。
気味悪がられて、離れて欲しくない。
そうなったら寂しいけれど、無条件でこの国に迎え入れてくれたことが、とてもとても嬉しかった。
「…………うん! わかった!」
飾らない彼らしい返事に、目の奥が熱くなる。
絶対にこの国ごと守りたい。
私は何も言わず、目を閉じる。ただ片手を掲げた。
この国くらいの広さなら魔石は必要ない。私の『聖力』だけで十分だ。
白金光が手の平から空へ放たれる。広がった光はやがて透明な球体のような結界を形づくった。
身体中の『聖力』が空っぽになったのを感じ、手を下ろす。
目を開けると、パンみたいなふっくらした小さい手だ。着ていた服もブカブカで上着だけ。
森は静まり、魔物は後退し、国には平穏が戻ったようだ。
その代償として、身体は縮み、幼女の姿へと変わってしまった。
周りを見れない。
ぎゅっと上着の裾を握る。
「……君、やっぱりすごいね」
セリオンの声に拒絶はない。顔を上げると、優しい翠色の瞳とぶつかった。
私を見ても、目を細めて微笑む。
「そんな姿になってまで、皆を守ってくれたんだ」
セリオンは優しく抱き上げて、まるで宝物みたいに抱きしめてくれた。
「ねえ、今度は冗談じゃない。君をお嫁さんにしたい」
その声は、誰よりもまっすぐだった。
嬉しい。
でも、心のどこかでいつも思ってる。“自分にはその価値がない”
「……気味悪くないの? 小さくなるの……」
「そう? むしろ贅沢じゃない?」
本気で何を言っているのかわからない。
「無垢で幼かった君も、大人になって美しく成長した君も、どちらも愛せるなんて、本当に贅沢なことだよね。僕って世界で一番幸せ者かもしれないな!」
満面の笑顔。
愛おしくて仕方ないと言わんばかりに、頬をぷに、と指で突かれた。
「君を守りたい。どんな姿でも、君は君だから」
そして彼は、今度は真剣な眼差しで言った。
「僕を選んで?」
セリオンの瞳をじっと見つめ返した。
彼の言葉は、かつての婚約者から投げつけられた冷たい言葉とはまるで違う。
そこには、温かい愛情と、深い尊敬の念。そして溺れてしまうような甘さ。
ありのままの自分を愛してくれている。
じわじわと実感が湧いて、歓喜に胸が震える。
恐る恐る小さな手で、セリオンの頬にそっと触れた。
「セリオンが……セリオンだけがいい!」
森に清らかな風が吹き抜けていく。
幼女聖女とエルフの王子は、固く誓いを交わした。
◇◇◇◇
一方、王都では。
「どうしてこうなった……!」
カイル王子は、荒れ果てた王都の惨状に、絶望の声を上げた。
結界は破壊され、魔物の群れが王都を蹂躙していた。人々の悲鳴が響き渡り、傷ついた人々から疫病が瞬く間に流行。
かつての華やかな王都は、今や地獄絵図と化しているという。
エレナを追放した後、カイルはアリシアを新しい聖女に据えようとした。しかし、アリシアには結界を張る力がなく、結界は次第に綻びを見せ始めた。
そして、ついにその日、結界は完全に崩壊し、魔物の大群が王都になだれ込んできたのだ。
「エレナ……もし、君がいてくれたなら……」
カイルの脳裏に、幼女の姿で健気に結界を張っていたエレナの姿が鮮明に蘇る。
「ああ……エレナ。俺が守るはずだった聖女」
片目と片腕を失い、ただ闇雲に剣を振り回すしかないエレナの幼馴染の聖騎士団長。
「なぜ……あのとき、貴女を信じ切れなかったのか。なぜ、愚かな売女に耳を貸してしまったのか……エレナ……」
崩れ落ちた祭壇で大神官は懺悔を繰り返す。たった一人の聖女の許しを乞うために。
「私はお姉さまみたいに可哀想なんかじゃないっ!……まだ終わってない。“この子”がいるの。私の全てを継ぐ、希望が……!あはははっ」
父親不明の子を孕んだアリシアは、聖女と次期王妃の座から降ろされ、地下牢に幽閉された。
誰もが思い出す。
脅かすもののない静けさは、誰かの犠牲の上にあったのだと。
あの日の選択が、この王国を破滅へと導いたのだと。
しかし彼らの声は、もはや届かない。
本物の聖女は遠い地で、新たな幸せを掴んでいたのだから。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
一言でもどんなことでも感想をぜひお待ちしています
もしよろしければページ下部にある☆☆☆☆☆で評価してくださると嬉しいです。
夜に、また異世界恋愛ものの長編を投稿予定です。
もしこの雰囲気が好きでしたら、そちらも楽しんでいただけるかもです。