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黒雲の向こうに

#第6話:黒雲の向こうに



 遡ること東京空襲の日**1944年11月24日――**


 その朝、サイパン島の滑走路から、B-29爆撃機の大編隊が東京を目指して飛び立った。米陸軍第20空軍所属、第73爆撃航空団。100機を超える編隊が、初めて日本の首都に対して本格的な空襲を敢行する。


 だが、彼らが向かっている先――そこには、これまでの戦争には存在しなかった“防壁”が待ち構えていた。


 午前9時22分、東京湾上空に差しかかる直前、編隊の先頭を飛ぶ4機のB-29が、突如レーダーから消えた。


 「こちらリーダー機、応答せよ……こちらサイパン管制、確認願う。……応答せよ……!」


 無線にはノイズすら残らなかった。ただ、空間そのものが沈黙したかのようだった。


 後続の機体が異常を伝える。


 《雲でも、霧でもない……光の壁のようなものが空中に——》


 そこで通信が途絶える。


 その報告を、遠くマリアナ沖で待機していた米海軍艦隊は受信していた。東京周辺の電波帯が遮断され、情報の断片すら途切れ途切れになっていくなか、艦上には緊張が走った。


 「何が起きている……? 敵の新兵器か?」


 「いや、これは……説明がつかん」


 海軍情報部はサイパン基地と断続的な連絡を続けたが、最終的に得られた結論はこうだった。


 **《敵首都上空に“不可視の障壁”が存在する可能性。爆撃機多数消失。損害甚大。》**


 その日、米軍は“科学では説明できない”何かの存在を、初めて公式に報告書に記録した。


**1944年11月25日――ワシントンD.C.**


ペンタゴン地下の第3会議室。鉄扉の奥、戦時下でも限られた人物しか入れない極秘の戦略会議が始まっていた。参加者は軍統合参謀本部、OSS、マンハッタン計画の科学者、そしてフランクリン・D・ルーズベルト大統領を中心とした政権中枢だ。


「——東京への空襲は、失敗に終わった。」


低い声で語ったのはアーネスト・キング海軍作戦部長。彼の言葉に会議室がどよめく。


「原因は敵戦闘機ではない。空襲編隊の多くが、爆撃開始前に機器の異常を訴え、墜落または音信不通となった。共通するのは、ある高度を超えた時点で、全機が何らかの影響を受けたということだ。」


「——影響?それが、件の“魔法”だと?」


椅子にふんぞり返ったルーズベルトが嘲るように言った。


「まるで子供の夢だ。世界大戦の最中に、東洋の妖術の話を信じろと?このアメリカに?」


部屋の空気が一瞬重たくなる。


科学顧問のチャールズ・テイラー博士が冷静に答える。


「大統領閣下、あれは“未知の物理現象”と捉えるべきです。我々の科学では再現できませんが、事実として東京上空に防御の“結界”らしきエネルギー反応が観測されたのは確かです。高高度においても効果を発揮するエネルギー障壁です。」


「エネルギー障壁? おとぎ話を科学用語で誤魔化しているだけだ!」


ルーズベルトが苛立ちをあらわにした瞬間、別の声が割って入った。


「大統領、事実を否定しても、戦死した米兵は戻りません。」


重く、落ち着いた声。その男は壁際に立ち、手元の資料を読み込んでいた。名はジェームズ・スティール少将。現場主義で知られる米戦時情報局の要職に就く、冷静な戦術家だ。


「空襲に参加した兵士の一部から、直前の無線通信が記録されています。“天より火が降った”“空が裂けて光に呑まれる”……荒唐無稽に思える記録ですが、全て同一のタイミング、同一地点で発生している。」


「つまり、偶然ではないと?」


「ええ。そして、我々が思っているより遥かに日本の“何か”は進んでいる可能性があります。」


スティールは資料を投げた。そこにはOSSが極秘に傍受した文書が並ぶ。そこには『魔導本部』『京都』『ヒノカグツチ』といった言葉が散見された。


「“ヒノカグツチ”——?」


「防御結界とは別に、日本には“攻撃用の魔導兵器”が存在する可能性があります。我々が核兵器の完成を目前にしているのと同様に、あちらも……何かの臨界点に達している。」


ルーズベルトはしばし沈黙し、やがて皮肉っぽく笑った。


「なるほど、では次の戦争は魔法対科学、ということか。」


「むしろ、魔法と科学の融合です。」テイラー博士が言った。「日本の魔導とは、単なる宗教や儀式ではありません。あれは技術として体系化されている。あちらの“神話”を、我々はまだ理解していないのです。」


「ならば、理解する前に叩き潰せばいい。」


そう吐き捨てるようにルーズベルトが言った。


「マンハッタン計画は予定通り進め。あらゆるリソースを回して、最速で完成させろ。日本が奇妙な術を信じるなら、我々は火と鉄で黙らせればいい。」


スティール少将が目を細めた。


「……だが、それが“黙る”かどうかは、また別の問題ですな。」


「君は何が言いたい?」


「我々は敵が“信じているもの”を過小評価してきた。それが文化の根幹にある以上、それは武器以上の意味を持ちます。」


再び沈黙。だが今度は、誰もルーズベルトに反論することはなかった。


スティールは一人、資料を抱えて静かに会議室を後にした。


その足取りは重く、しかし確かだった。


**1944年12月15日――フィリピン海・マリアナ諸島周辺海域**


灰色の海原を、大艦隊が進む。波を切って進む先頭には、帝国海軍の誇る超弩級戦艦・大和。その艦上には、かつてない異物が存在していた。


中央砲塔のすぐ後方、巨大な呪術陣を刻んだ神殿のような構造物——魔導兵器「ヒノカグツチ」の転送炉が設置されていた。魔導を安定的に展開し、遠距離へと解き放つための炉心。祈りを動力源とするその構造は、既存の軍事工学からすればまるで異世界の産物だった。


「風、よし。方位、問題なし。艦隊、整列を維持しております。」


報告を受けた艦橋で、速水中佐は静かにうなずいた。隣には神崎大尉と、共に乗艦している魔導部隊の面々が控えている。


「いよいよだな……」と呟いたのは、艦長の柴田大佐だ。海軍きっての理論派として知られながら、魔導との融合には懐疑的だった彼も、今はその威力をまざまざと目の当たりにした一人である。


「速水中佐、これが我が艦の“主砲”になるとはな。正直、今でも信じられん。」


「私も同感です。しかし、信じる信じないの問題ではなく、やるしかない……その段階に来たのでしょう。」


神崎が小さく頷きながら、祈祷具を見つめる。艦内の一室には、魔導祈祷用の特設祭壇が設けられており、各地の巫女から献納された勾玉や鏡が置かれていた。


「“この力が誰かを救うのなら”、そう信じてきました……でも、今回ばかりはわかりません。」


神崎の手が震えるのを、速水は見逃さなかった。彼はそっと言葉を添える。


「君の“祈り”は、あの東京の空を救った。ならば、これからも誰かを守ることに繋がるはずだ。」


神崎は目を閉じ、小さく頷いた。


そのころ、遥か彼方——フィリピン沖の米海軍艦隊では、別の緊張が走っていた。


「艦隊、警戒態勢を維持!哨戒機、東方120マイルに異常反応!」


「ジャップの主力艦隊か?」


「確認中——熱源多数、複数の大型艦影!中でも中心に異常なエネルギー反応あり!」


米海軍第3艦隊、スプルーアンス提督の艦橋では、状況報告が矢継ぎ早に飛び交っていた。


「——何だ、また“例のやつ”か?」


副官が声を潜めて言う。“例のやつ”とは、東京空襲失敗時に記録されたエネルギー異常のことだ。


「レーダーに映らない空域がある。まるで“霧”が発生しているような……」


「冗談じゃない……またオカルトか?」


艦内に、不安の波が広がる。科学では説明できない“何か”を前に、米軍の士気はかつてなく揺らいでいた。


しかしスプルーアンスは冷静だった。


「構わん。敵が何を使おうと、艦砲と雷撃は通じる。戦艦は沈む、生身の人間が乗っている以上、絶対ではない。」


その言葉に艦橋が静まった。


「我々の任務はマリアナを守ることだ。あの艦隊が何を背負っていようと、止めねばならん。彼らに、太平洋を奴らに渡してなるものか。航空隊の発艦用意を始めろ。」


緊迫の中、米艦隊は陣形を整え始める。


一方、大和を中心とする日本艦隊もまた、ゆっくりと戦域に進入していた。水平線の向こうに、敵影が微かに見える。


「これより、魔導炉を最終起動フェーズへ移行します!」


「ヒノカグツチ、封印解除、起動開始——」


神崎の祈りが艦内を満たす中、空が不穏に揺れ始めた。


帝国の焔が、再び世界に顕現しようとしていた。



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