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決起の刻

#第15話 決起の刻


 ――大和、転回。東京湾へ向け、航行開始。

 その一報は、横須賀の海軍参謀本部、そして市ヶ谷の陸軍参謀本部を戦慄させた。

「何だと……!?」

 海軍参謀本部第一部、戦略担当の片岡中将が机を叩いた。顔面蒼白という言葉が、まさにこの状況のためにあった。

「柴田め、連合艦隊司令部を通さずに……勝手に動いたのか?魔導結界で米軍の攻撃を凌ぎ、それで――東京へ? まさか“交渉”するつもりか!?」

「大和には魔導師がまだ多数残っていると報告されています。再攻撃の可能性は……?」

 参謀の一人が言ったが、片岡は首を振った。

「いや、そんな意図ではない。あの動きは“示威”だ。融和派の連中が、我々を抑えるつもりで動いている」

 一方、市ヶ谷の陸軍参謀本部でもまた、同様の焦燥が走っていた。

 陸軍参謀本部少将の草壁は、地図の上に拳を落とす。

「このままでは東京の主導権が融和派に渡る。奴らは、講和を現実にするつもりだ。我々の“正義”を潰す気だ」

「ならばこちらも、揺るぎない一手を打たねばならぬな」

 闇のように静かな声で答えたのは、陸軍魔導推進室の大舘中将だった。

 草壁と大舘は視線を交わし、頷く。

「最終的なカードを切る。陛下を――御所を制圧する」

「……天皇を、人質に?」

「言葉を選べ。あくまで“御親政のための御護衛”だ。陛下にはご休養いただく。その間に、陸軍大臣を説得し、我々は国体を守る手はずを整える。海軍にも連絡しろ。」

 そのやりとりの一部始終を、地下の通風口から双眼鏡で見下ろしていた者がいた。

「……聞いちまったぞ、これは」

 帝国陸軍情報部チヨダ第2課所属、諜報専門の佐伯軍曹は、そっとノートに記録を取った。所謂、中野学校出身者だ。

 標題:陸軍急進派、皇居制圧計画発動の意志確認

 佐伯は壁際に貼られた金属板を元に戻し、慎重に廊下を後にした。彼の報告は、すぐさま帝都防衛を任務とする地下情報網を通じて、最近帝都で動いている融和派の中心人物である男――速水中佐の元へと届けられることになる。


 「――間違いないのか?」


 帝国ホテルの一室。速水中佐は、拳を握ったまま訊いた。


 「ええ、草壁少将と大舘中将が口にしました。“御親政の護衛”の名を借りて、実質的に天皇陛下を囲い込む計画です。また、別筋から入った情報によると海軍は情報を掴んでおらず陸軍単独とのこと。第1師団の片岡中将にも話が通っているようです。さらに若手青年将校や陸軍魔導連隊が動いているようで大規模です。」


「陸軍大臣や大臣官房はどうなってる?」


「情報を掴めていないようです。陸軍軍令部や大臣室には秘密裏の行動かと。」

 速水は眼を閉じると、深く息を吐いた。


 「連中……ついに“その一線”を越えたか」


 これはただの軍内クーデターではない。国体そのものへの冒涜だ。速水の胸に、黒く重い怒りが湧いた。


 「手はあるのか?」


 「皇居を守っているのは近衛師団と憲兵隊です。ですが、急進派は陸軍第一師団と魔導連隊を主に動かすつもりでしょう。数では劣勢になります」


 「近衛師団は南方戦線に投入されて戦力が落ちてる。そもそも、千葉や甲府に派遣されてる部隊や満州防衛にも人手が割かれてて数が足りないな。」


 速水は黙考し、やがて口を開いた。


 「戦力の分散はできない。皇居奪取は彼らの主目的。ならば、こちらも一点突破で陸軍を迎え撃つ。」


 彼は地図を広げ、要点を指差す。


 「近衛の兵は精鋭だが、突入されたら終わりだ。急進派に先手を打たせず、こちらが“防衛戦”を張るしかない」


 「速水中佐、お言葉を返すようですが、現実的にそれだけの兵力をどうやって――」


 「少数精鋭だが何人かを集める。全員が信頼できる者でなければ意味がない」


 「これは……?」


 「先週、会合した際にな。横須賀の連合艦隊司令部の草鹿司令長官に話して横須賀の海軍陸戦隊を呼び出す。情報部も必要だ。」


 「了解しました。こちらもチヨダを動員します。皇居周辺、特に東御苑と正門前の地下通路を押さえておきます」


 「頼む。それと連合艦隊司令部を通して大和を急がせろ。あと30時間程度だろう。皇居への突入まで約24時間。6時間程度なら耐えられる。」


 速水は静かに立ち上がった。その背中から、迷いはすでに消えている。


 「国を守るとは、何か。軍人としての矜持とは、何か――今日、その答えを示す時だ」


 彼の目は、すでに皇居を見据えていた。


 速水中佐と桐原大尉が率いる陸軍魔導研究所の少数精鋭チームが、密かに皇居周辺に集結していた。クーデターが迫っているという情報は、すでに近衛歩兵連隊の中でも共有されており、正規の命令系統に従う形で守備態勢が整えられていた。メンバーは2手に分かれており、桐原大尉率いる正門及び坂下門組と速水中佐率いる遊撃隊だ。


 「乾門から入る。正門と坂下門はすでに狙われているはずだ」


 桐原の声が冷静に響く。


 「了解した。こちらも準備完了だ」


 速水は手勢の魔導師たちに目配せをし、素早く動いた。彼らの任務はただ一つ――“皇室の安全”と“国体の維持”、講話の目を残すことである。



 ――そして、その時は訪れた。


 陸軍第一師団の戦車部隊が皇居外苑に現れ、続いて草壁少将率いる陸軍魔導連隊が展開。背後には参謀本部長の一ノ瀬中将、大館参謀本部魔導研究室長が指揮を取っていた。目的はただ一つ、天皇の“保護”を名目にした実質的な権力掌握。


 しかしそれを阻むように、近衛歩兵連隊がすでに正門を封鎖し、銃列を組んでいた。


 「ここを通すわけにはいかん」


 桐原が正門前で一ノ瀬中将の副官と対峙する。


 「これは陛下の安全のための行動である」


 副官の声には微かな動揺が混じる。


 「それを決めるのは貴様らではない。近衛としての誇りにかけて、この場所は渡さぬ」


 桐原の言葉に、背後の近衛兵たちも一斉に構えを取り直す。


 ――同時刻。


 速水中佐の部隊は東御苑側乾門から皇居へと潜入し、別動隊として急進派の挟撃の阻止狙っていた。


 「こちらは速水。東側にて交戦開始。魔導部隊の展開に注意しろ」


 通信が飛ぶ。


 皇居正門前ではついに銃火が走り、陸軍魔導連隊の先鋒が暗黒の魔導を解き放った。


 「闇か……」


 桐原が呟き、火の魔導を展開。彼の右腕が赤く光り、周囲に火炎が走る。強力な魔導同士の激突が皇居の一角を照らした。


 「速水、こっちは近衛歩兵第三大隊が押し返したが、まだ主力が来る」


 「了解。時間を稼ごう。大和は6時間後に東京湾へ。そこで全てを終わらせる」


正門及び坂下門側で戦闘が始まるなか、乾門側でも帝国陸軍第1師団別動隊に対して近衛第8連隊と遊撃部隊が交戦を始める。

東京は長い1日を迎えようとしていた。



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