表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/52

4,王への謁見

 王城。謁見の間には国政に関わる者たちや貴族が集まっていた。

 誰もがその目を険しくさせている。肌を刺すような空気をまとう全員が、今かいまかと扉を睨んでいる。


 国の決定として『令嬢を迎える』ことが決まり、婚姻という形をとること、その相手も決まった。

 しかしそれには当然反発もあった。だが、利があると説き伏せられたからこそ、この決定に従った。しかしいくら納得したとしても不信はある。

 誰もがそれぞれにその疑惑を抱き、待つ。


 そして、まず、令嬢よりも先に謁見の間に王が姿を見せた。


 ノーティル国では、オリバンズ国国王はおぞましい獣の姿をしていると言われているが、実際は違う。


 オリバンズ国国王は、人間種である。

 獣人がほとんどを占めている国なので王妃はほとんど獣人だ。なので純血の人間種であるとは言い切れないが、獣人特有の耳も尻尾もない。通常、人間種と獣人とが交われば獣人の子が生まれる確率が高いが、王家だけは例外である。


 人間種が生まれる確率が高いことには、王家が竜神の加護を得ていることが関係していると言われている。

 それが、オリバンズ国国王なのである。初代王と同じように人ならぬものに選ばれ、人ならぬ者との国がよりよい未来へ進むよう尽力する。そんな王を国中の多くの者が支持している。


 王のあとに王子が続き、王が玉座に座ってすぐ、謁見の間の扉が開かれた。

 一歩一歩歩み出る小さな令嬢。ユフィはその俯き姿勢を崩すことなく、許される距離まで歩くとそっと膝を折った。

 その姿を見て貴族たちも顔を見合わせる。王の最初の言葉なく声を発することはできないが、困惑と怒りの混ざった空気はすでに謁見の間に広がっていた。


 その空気を感じつつも十分な間を開け、王が口を開く。


「よく来てくれた。ユフィ・ヒーシュタイン嬢。いや…ユフィ・ウルフェンハード夫人と言うべきか。遠路の旅路の疲れは癒えたか?」


「お心遣い痛み入ります。到着から三日というお時間をいただき、すっかり」


「それはよかった」


 オリバンズ王はユフィを見た。頭は下げられその顔を見ることは叶わない。

 同時に、ユフィからもまた王の顔は見えていない。だから気づかない。王のすぐ側に夫がいることも。


 ユフィ同様に貴族や周囲の視線を受けつつも黙したオルガをちらりと一瞥し、王はユフィを見た。

 報告は全てオルガに聞いてある。名も立場も。屋敷での様子も。


「この国はそなたにはどう見えた? 蛮族の国、であるか?」


 人の悪い笑みを浮かべ出された問いに貴族たちも王を見る。それでも王はユフィを見ていた。自分を見ないユフィを。


 嘘を並べるか。本心を語るか。王の隣では息子である王子が笑いそうになっている。

 肘置きに頬杖をつく王は興味深そうなままで、周囲はそんな王に少し騒めく。ノーティル国とオリバンズ国は不仲だ。だからこそユフィを刺すように見る視線も多い。


 周囲の視線や空気を感じつつも、それは当然だと思うからこそユフィは静かに口を開いた。

 ――自分がなすべきことは決まっている。なにも迷うことはない。


「…蛮族とは、どういった基準で決まるのでしょうか」


「…というと?」


「人間種と獣人種の違いは目で見て分かります。ですが、蛮族とは相手を称するものであり、種の違いではありません。ノーティル国から見て獣人が蛮族であるならば、逆も然りかと」


 謁見の間から音が消え、貴族たちも開いた口が閉じられない。

 笑いそうになっていた王子も何度も瞬きユフィを見る。と、一足先に吹き出した王と揃って笑いだした。その笑い声は大きく響き貴族たちも二人を見る。二人がこうも笑うのは滅多と見ない光景だ。


 しかし、彼らの驚きはまた当然のことであった。

 ユフィは自国が蛮族だと称する国で、自国を蛮族の国だと言ったのだ。「いえいえ、ノーティル国も蛮族国家ですよ」と。


「そうかそうか! しかして何故そう言うのか」


 笑いの止まらない王の問いに、ユフィは少し間を空けた。そして心に思い浮かべるようにゆっくりと紡ぎ出す。


「…国境から王都へ向かう間、騎士たちは護衛という仕事と同時にとても気遣ってくれました。道中世話になりました領主方も、身に余るもてなしをしてくれ…。ウルフェンハード公爵邸でも…敵国の人間に、オリバンス国のこと、口に合う料理、わたしが休めるようにと、勿体ないほどに心を砕いてくれます。これが蛮族の行いとわたしは感じません」


「それはそなたも受けてきた待遇であろう」


「本当に蛮族であるなら、敵国の小娘のことを考えますか? 国の決定だとしても、他者を思いやることができるからこそではないでしょうか」


 俯いたまま紡がれる言葉に王はうっすらと口角を上げた。


「ではそなたは、獣人種をどう見る」


「人間種より優れた身体能力を持ち、多種が暮らす中で他種を思う心を持っていると。……獣人種と接して日の浅いわたしにはまだ分からぬこともありますが、出会えたことは世界を広げてもらえたような心地です」


 王とユフィ以外から一切音が出ない。それほどに唖然と獣人たちはユフィを見ていた。


 おかしな小娘。そう称するに相応しい。

 自国を蔑み、敵国の者を褒める。怒りや苛立ちを露にするか、自分たちを侮蔑の眼差しで睨んでくるだろうと思っていた。

 それとも、これも取り入ろうとでもいう思惑があるのだろうか…。予想外のことに貴族たちが視線を向けあう。


 そんな空気を感じつつ、王は後方へちらりと視線を向けた。

 目の前の小さな令嬢の夫は驚いてはいなかった。ただ、悲痛を感じさせるような目で小さな人間を見ていた。


 その目を見て王はユフィへ視線を戻す。


「何故、故国を貶すことを言う。こちらで少しでもうまく立ち回ろうという魂胆か?」


 王の言葉に、ユフィは俯いた顔の下で視線を下げた。

 目に映るのは謁見の間の床、絨毯だけ。


(そうか。そういう風にもとれるんだ。…そんなの必要ないことなのに)


 口端が下がるのが自分でも分かる。周囲の貴族たちの疑惑の視線を感じる。


 けれど心は落ち着いていた。

 この場を切り抜けようとも、言い訳をしようとも思わない。寧ろ事実しかこの場では言っていないのだから。事実と異なる発言は王への虚偽であり、どうせ後々に罰せられる。


 どうせ分かりきっていることだ。この謁見を終えた後、自分がどうなるかも。

 だからせめて、この国に、ウルフェンハード公爵邸の使用人たちに、今以上に迷惑をかけないようにと思って一人で過ごしてきた。それが自分にできるせめてのことだった。


(オルガ様には、もうこれ以上、ご迷惑をおかけしないように…)


 国の決まりで自分を娶っただけなのだから。なんの情もない敵国の女を。

 だから今後、なにも嫌なことを言われないように。今後、自分と婚姻していたということが、彼の不利益にならないように――…


 そう思えば、ユフィは自然と言葉を紡ぐことができた。


「それは、わたしなどを寄越す不誠実な国であるからです」


「それは?」


「……それは…」


 刹那、返す言葉が遅れた。

 オリバンズ国がなぜ『王族か高位貴族の令嬢』を望んだのか。そんな理由はユフィにも分かっていた。

 けれどユフィは、それには応えられない。


『魔法が使えない上に顔に傷があるなんて。本当に駄目な娘』


『お前などいらん。魔法も使えず家の役にも立たないんだ。貰ってくれるというのだからいいだろう』


『本当になんの取り柄もないわよね。水やりすらできないんだもの』


 継母も。父も。義妹も。皆そう。

 確かに自分はそういう人間だから。そんなこと自分がよく解っているから。だからもうここで全てを話して国の行いを謝罪し、自分を断罪してもらう。

 ただそれだけを思って、オリバンズ国に入ってからを過ごしてきた。


「……それは…」


「大変です!」


 意を決したユフィが口を開いたとき、謁見の間の扉がバンッと大きく開かれた。そこから慌てたように入ってくるのは虎の獣人だ。

 その慌てように貴族たちも「何事だ」と声を大に返す。


「城の東側で火事です! 東棟一階から出火!」


「すぐ消火隊を向かわせろ。それから避難誘導を!」


 騎士らしい獣人がすぐに指示を飛ばせば、謁見の間も騒がしくなる。


 謁見の間は城の中心にあり、幸い火事の現場からは遠い。しかし風の向きによってはどうなるか分からない。

 万が一に備え、すぐに騎士たちが貴族と王族の避難誘導を始める。


 一気に騒がしくなった周囲の中、ユフィは噴き出た汗と一気に鳴り響き始めた心臓に意識が向いていた。


 火事。避難誘導。逃げなければ。すぐに。

 思っても思っても身体が動かない。一気に冷え切って、目の前が真っ暗になる。


(な、んで…。違う。だって…)


 顔の左側が、痛みを持ったような気がした。

 周りでは貴族たちが誘導に従い避難を始めているのに。自分も行かねばならないのに。


「ご令嬢も早く!」


 呼ばれるのに、身体が動かない。心が体に追いつかない。

 王の前でも貴族の前でも滑らかに口は動いたのに、今は身体が動かないことにユフィ自身が困惑していた。


 その体がぐっと立ち上げられる。突然のことにユフィは少しだけ視線を上げた。


 腰元に生えているふわふわの尻尾は見慣れた黒い色。上げて見える黒い髪と耳。この数日見ていた獣人。

 そんなオルガがきっちりとした隊服に身を包んでいた。


「避難を」


「…は…い…」


 掴んだ腕の細さに。その顔色の悪さに。震える声に。オルガは驚いた。

 こんな、今にも消えてしまいそうな娘が先程まで対等に王と問答をしていた娘か、と。


 半ば引き摺るようにオルガはユフィを外へ連れ出した。

 幸いにも風はなく、消火が進めば大事なく収束する。騎士の続けての報告に皆が安堵した。


 避難した場には城勤めの者が多くいる。騎士たちが忙しなく動く中、火事現場から少し離れた避難先で悲鳴が上がった。


「お、落ち着けっ…!」


「あの中にっ、あの中に娘がいるの! 行かせて!」


 一人の兎の獣人を騎士が押さえている。

 どうやら火事の現場には獣人が残されているらしい。その言葉に王はすぐに救出を指示するが、救出する騎士も命懸けとなる。


「私が行きましょう」


「オルガ隊長!」


 言うや否や、オルガは地面を蹴った。

 獣種故の俊足がすぐさま現場に着き、躊躇なく炎の中へ飛び込んだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ