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2,俯いている令嬢

 王都にあるウルフェンハード公爵邸は現在、オルガが使用人たちとともに過ごしている。両親は領地に、次期当主であるオルガは現在城で騎士として仕事に励んでいる。


 そんな屋敷にやってきた、国の決定による花嫁。それも敵国の人間。

 当然使用人たちは顔に出さずとも戸惑いを持っていた。自分たちを「蛮族」と謗る国の令嬢となると、自然と警戒してしまう。


 そんな使用人の視線には、俯いていても他者の視線に敏感なユフィもすぐに気づく。が、だからといって何が出来るでもないのも分かっているので、これまでと変わらず大人しく過ごすつもりだ。

 手荷物がないことに怪訝な目を向けられれば「申し訳ありません。荷物はありません」と。広大な部屋には「勿体ないお部屋をありがとうございます」と。謝罪にも感謝にも頭を下げるのは、ユフィには染みついた行為だった。


 そんな中で初日の夕食。呼ばれ向かうとそこにはオルガの姿があり、ユフィは示されるままオルガの斜め前に腰を下ろした。


 が、特に両者に会話はない。控える使用人も少々の居心地の悪さを感じる中で二人の食事は進んだ。

 そして食事が終わってやっと、オルガがユフィを見る。


「ユフィ嬢。ノーティル国からは侯爵家の令嬢が来ると聞いている。それに偽りはないか?」


「…はい」


「…貴女にとって、この婚姻は気の進まないものだろう。不自由があれば言ってくれ。可能な限りはこちらも対応させてもらう」


「お気遣いありがとうございます。ですが…お気持ちだけで充分です」


 給仕が二人の食器を片付ける。左側から急に伸びてきた手にユフィは反射的に肩を跳ねさせ思わず防御姿勢をとった。しかしすぐにはっとなる。


「あ…。あ……申し訳ありません」


「え? いえ。こちらこそ申し訳ございません」


 謝ってしまう互いであるが給仕の獣人もそんなユフィに戸惑ってしまう。その目が思わずといったようにオルガを見ると、オルガはそっと腕を上げ、ユフィの右側を指差した。それを見てすぐに給仕も指示を察し、すぐにユフィの右側へと移動する。


「あ、ありがとう…ございます」


「いえ」


 目の前に茶が用意され、まるで会議でもするかのように空気が漂い少し緊張する。

 ひとつ息を吐くオルガにユフィは前髪の下で瞼を震わせた。膝の上で握る手が少し震える。


「では、この国の決定。どう思っている?」


「……私などがどうと申せることではないと」


 何を聞いているのだろう。そう思いユフィは俯きの下からオルガを探る。

 しかし、オルガから真意を読むのは難しいとすぐに解った。こちらを見る目には同じように探る目が見えたから。


「最後の質問だ。その包帯はどうした。国境を越えるときから巻いているそうだが、怪我でもしたか?」


 耳を抜ける質問は、すっと心臓を冷やして、鎮めた。

 周りの音が消え、感情が出てこなくなる。


『汚い。汚らわしい。そんなものを見せるんじゃないわよ』


『まあ見て。あれ。あんな容姿だなんてお可哀想』


 嫌悪も。侮蔑も。憐れみと見せた嘲笑も。駆け巡って消えていく。

 だから、口から出た言葉に感情は乗らなかった。


「――…いえ。ただの傷痕です」






 それからユフィの公爵邸での日々が始まった。

 公爵邸の使用人は執事もメイドもそのほとんどが獣人だ。その中で人間の使用人が片手の数ほどおり、そのメイドがユフィの身の回りの世話を行うことになった。


 翌朝、ユフィの部屋にやってきたメイドたちはその手にドレスを持っていた。淡い色が多くどれも質が良いのが見て取れる。

 突然のメイドとドレスにユフィが首を傾げると、顔にかかる白い髪がこぼれた。


「奥様のお荷物がないとのことでしたので、いくつかご用意いたしました」


「あっ…。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」


「とんでもございません」


 立ち上がり頭を下げるユフィに驚くメイドもいる中、最も年長のメイドは優しい声音でさらりと受け答えた。

 そしてすぐユフィのもとへやってくると、それぞれが持つドレスを示す。


「さぁ。どれに致しますか?」


「え、えっと……」


 淡いピンク色。黄色。オレンジ…。明るい色もあれば水色や若い木の葉の色もある。どれも質が良く派手なことはなく品が良い。

 ベッドの上に並べられたそれらのドレスを、ユフィは俯きながら見回した。


(どれ…。どれがいいんだろう…)


 視線ばかりが動いて肝心の言葉が出てこない。選べと言われても選べない。

 ユフィの様子を見ているメイドたちも首を傾げ、室内が妙な緊張と戸惑いに満ちる。それを感じてさらにユフィは何かを言わなければと焦るが、ドレスを選ぶという経験がないユフィにはどれがいいのかが分からない。


 その中でメイドが一人、オレンジ色のドレスを手に取った。


「これなんてどうですか? 明るい色はきっと奥様にお似合いです!」


「あっ、はい。では……それにします」


「髪型はどうします? 思いっ切り結い上げてみるとか?」


「! いえっ! 髪は…このままでいいです」


 結わないというように、ユフィは反射的に顔の左を手で隠すように覆った。それを見た一同は顔を見合わせかける言葉に迷う。

 顔を髪で隠すようにして、しかも包帯を巻いている。触れないほうがいいのだろうと思い誰もが口を閉ざす中、年長のメイドは心得たように頷いた。


「分かりました。ではドレスはこちらで、髪は綺麗に梳きましょう」


「…ありがとうございます」


「いいえ。若奥様。どうか使用人に対する言葉をお使いください」


「あ、はい…。ありがとうございま…ありがとう」


 なんとか言い直しつつもそれでもぺこりと頭を下げるユフィに、メイド一同眼差しを和らげた。


 朝食の席にはオルガも同席した。室内に入ったユフィを見て、その耳がピンッと立つ。

 昨日は身に合わないドレスを着ていたが、急ぎ用意させたドレスはそれよりは合っているように見えた。


「おはよう」


「おはようございます。…の、ドレスをご用意くださり、ありがとうございます」


「構わない。あんな身に合わない物は不格好だからな。欲しければ度を越さない程度では好きにしてくれ」


「いえ。頂いた物で、充分です」


「…そうか」


 給仕される朝食が目の前に置かれ、ユフィはまた「ありがとうございます」と礼を伝える。そして、食事にたどたどしく手をつけ始めた。

 そんな一連の様子をオルガは見遣る。


(食事マナーに慣れていない所作。たった数着のドレスで充分。相変わらず俯いたまま。…しかも、かなり少食だな)


 自分の食事をしながらユフィの様子を探る。逆に自分が見られているということもオルガは感じていた。

 俯くユフィとは目が合わない。なんとなく読めるのはどこを見ているかという目線。


 オルガは、ユフィの視線が自分の手元にあることに早々に気づいた。

 まるで、マナーを見て知ろうとしているようで、オルガは一度ユフィを見て、しかしなにも言わず食事を続けた。


 食事においてオルガが気になったことがもう一つ。それがユフィの食事量である。

 獣人と人間では料理の味つけも違うのか。そう思うが特に使用人からそんな言葉は聞かないので他の可能性を探す。好みがあるとしても、料理長はそれを把握するためにいろいろと料理を出している。手を付ける頻度や表情でそれは察することができるが、ユフィはスープや野菜類を少し食べるだけ。


「肉も食べればいい。君はかなり細身だ。しっかり食べたほうがいい」


「…はい。お気遣いありがとうございます」


 と言ったものの、ユフィが口に運ぶのは小さく切った肉のひとかけら。そんな様子にオルガはなにも言わないことに決めた。代わりに別のことを口にする。


「三日後に国王陛下との謁見がある」


「…はい」


「すまないが、その日までは外に出ないでくれ。まだ謁見していない内に何かあるとよくない。この三日は俺も休みだ。何かあれば言ってくれ」


「はい。ありがとうございます」


 一切の不満も怒りも見せず、言われた言葉に頷く姿を見遣った。ユフィはその視線に気づかず小さな一口で食事を続ける。

 なんとなくそれを見つめ、オルガも食事を続けた。






 外に出るなと言われたユフィだが、元より行動力に溢れているわけではないので、大人しく過ごすことにした。屋敷内をじろじろ見て回るつもりはないが、ノーティル国に居た頃は使用人と同じように動いていたので、全てをしてくれる人がいるというのは少し落ち着かないのが正直なところだった。

 なので、三日後に備え何をすべきかを考えたユフィは、昼食の席でオルガに一つだけ問うた。


「国王陛下への謁見において、オリバンズ国独特のマナーなどはあるのでしょうか?」


 お聞きしたいのですが…と前置きされ出てきた言葉に、オルガは一瞬言葉が遅れた。意表を突かれた証拠に尻尾が少し固まる。

 身に付いているマナーで対処するだろうと思っていればまさかの発言。まるでオリバンズ国のことを考えるような発言に、嫌々嫁いできたと思えなくなりオルガは「…そうだな」と間を空け答えた。


「ノーティル国のマナーは知らないが……気になるなら、予習するか?」


「よろしいのですか……?」


「ああ。君がこちらのことを慮ってくれるなら応えなければな。午後は時間もある。俺が付き合おう」


「! そんなお手を煩わせるようなことっ…」


「構わない。まさか執事やメイドを相手に練習するつもりだったか?」


 それでは指導する側もやりづらいだろう、家庭教師でもないのに。と少し笑みを含ませるオルガに、ユフィは羞恥と申し訳なさで一層俯いた。


 そうして二人のマナー練習が始まった。ユフィに指導しつつオルガは思考を巡らせる。

 朝食の後、ユフィにつけたメイドを呼び出し、気づいたことを報告させた。


『ドレスを選ぶということにどこか困惑していらっしゃるようでした。それに、髪を結うのは好まれない…というより、あの包帯…お顔の左側を晒したくないようにお見受けしました』


『とても物腰低く…というより、低すぎます。とても貴族のご令嬢として育った方とは思えません。…それとも、あれがノーティル国の一般的な貴族のご令嬢なのでしょうか?』


 いつも俯いているユフィの顔ははっきり見えない。自信がないのか、包帯のせいか。

 だとしても、貴族令嬢とは空気が違う。


(そもそも、こちらが王族か高位貴族の令嬢を望んだのは、魔法を知りたいからだ)


 ノーティル国には魔法を使える人間がいる。獣人の国と長く戦争状態が続くのはそのためだ。本来なら獣人は人間に劣りはしない。

 しかし、魔法があるから厄介で、戦いは長引く。


 過去にも魔法を使える人間を望んだことはある。しかし交渉が決裂したり、来た人間が嫌々でなにも喋らなかったり魔法の使用を拒んだりと、上手くいったことは少ない。

 それら過去の経験を踏まえてオリバンズ国国王は考え、今回の条件を提示した。


(しかし、どうやらただの令嬢ではないな…)


 指導をしつつもその拙いマナーを見過ごさず、オルガはそれを問うこともなくただ指導を続けた。






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