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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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14/52

14,まずは勉強です

 ♦*♦*




 城から帰ったオルガと少し文字の勉強をし、夕食を食べる。それから二人で世間話をしたりまた少し勉強をしたり。

 それがここ最近の夕方から夜にかけての過ごし方になっている。昼間は屋敷の仕事で忙しいユフィも、この時間は身体よりも頭を動かす。


 今日もそのつもりだったユフィだが「話がある」とオルガに言われてソファに座ることになった。

 いつも迷いつつ座るユフィを隣に、オルガはふわふわの尻尾をユフィに絡ませながら話を始めた。


「ユフィ。陛下への謁見の日のことを憶えているか?」


「はい」


「実は、本来ならあの後夜会が開かれて、ユフィを俺の妻として皆に披露することになっていたんだ」


 すでに半月ほど前のこととはいえ、知らされたユフィは申し訳なさそうに視線を下げる。いつもよりさらに俯くユフィに尻尾が慰めるように動き、オルガもユフィの手を包んだ。


「あのときは仕方がない。それで、一月後にその夜会を改めて開こうと陛下がおっしゃっておられる」


「え。あ、ですが……」


「……乗り気にはなれないか?」


 責める音などない。ただ優しく問うてくる声に、ユフィは視線を下げた。


 夜会も社交界も、参加したことはあれど毎回同じもの。貴族令嬢としてのマナーも教養も身につける機会を与えられたのはほんの少しの間だけ。身体に覚えさせる前に継母に不要とされたから、全く身についてはいない。

 だから、今の自分には貴族としての振る舞いはできない。


 けれど…。ユフィはそっと唇を噛んだ。

 その夜会を開くのは、つまりは、国同士の協定で来た令嬢として他貴族にもそれを知らしめるためだろう。求められるのは、協定により選ばれた者としての行動。

 個人的な感情など、そこに入る余地はない。


「……いえ。陛下が…そうお決めになられたのならば……わたしはそれに従います」


 きゅっと拳をつくって、俯き加減でもはっきりと、覚悟をもつように告げる言葉。

 それを聞き、耳が震える。小さな体で背負う大きな責任を意識させる。


(君は――……)


 自国のなしたことに自分の命で責任を取ろうとして。拒む権利も与えられず国の決まりに従わされても、その立場を貫いて。

 だからきっと、なにが待ちうけていても。心は逆を望んでも。足を止めることはできないのだろう。


(もっと、自分の想いを大切にしてくれ)


 そのために何をしてあげられるのか考える。


「分かった。夜会では俺が傍にいる。だから大丈夫」


 そっと包帯で隠れていない右の頬に触れると、ユフィがぎくりと強張る。触れ合いに慣れない様子と泳ぐ視線に少しだけ悲しさと楽しみを抱いてしまう。


 国王の命令とはいえユフィのことを調べた。だからオルガは知っている。

 けれどそれを一切ユフィに伝えるつもりはない。伝える必要などない。


 同情など覚える必要はない。――この胸に焼き付けるのは、怒りだけで充分だ。


「文字も少しずつ覚えているから、明日の昼から少しだけ国や王家のことを学んでみるのはどうだろう。それくらいならダリオスでも教えられる」


「は、はいっ……」


「それに、ノーティル国とはマナーにも違いがあるかもしれないから、社交界マナーも覚えよう。……覚えることなどほとんどないと思うが、これは俺が教える」


「そのようなっ……。若旦那様はとてもお忙しいのに……」


「夕食前後でも充分できる程度の内容だ。ノーティル国ほど複雑なことなどないと思う」


 それならば少しは安心できるだろうか…。いやけれど、オルガは仕事を終えた後にも文字を教えてくれて、今でも充分にお世話になりすぎている。

 その上社交マナーの勉強までさせてしまっていいのだろうか。よくないだろう。


 うんうんと迷っているのが一目で分かるオルガは、尻尾を優しくユフィに触れさせた。相変わらずのもふもふだ。


「他に何か気になることはあるか?」


 問われ、ユフィは視線を下げた。


 今から緊張してしまう夜会だ。なにか失敗をしてしまわないようしっかり勉強しなければいけないだろう。それは自分次第だけれど。

 他に、心配なことや気になること…。


「わ……若旦那様は、たいへんではありませんか……? わたしなどのためにあれこれとさせてしまって……」


「ユフィと過ごす時間は心地いい」


「えっ。あ、えっと……。えっと、その、わ、わたしは何かすべきなのでしょうか……? 魔法を見せたり…」


 言葉や視線が素直な反応として出てくる。微笑ましくそれを見つめるオルガはユフィの問いに優しく否定を紡いだ。


「いや。そういったことを陛下が求めるなら俺に伝えるはずだ。言われていないから大丈夫。それに、陛下は魔法の知識を求めているからこそ、魔法を見せろとは言わないだろうし、あくまで、俺の妻として披露目をするという話だ。だから、俺の隣に居てくれ」


「承知しました」


 少しだけほっとした。魔法を見せろと言われても会場を水浸しにするか氷漬けにさせるかもしれない。


(オルガ様はわたしが魔法を使えないと見抜いていた。陛下もそうなのかな……)


 オルガの話で聞く国王陛下は話の分かる御方のようだ。そうならば無茶を言うことはないかもしれない。

 しかし、妻として披露すると言われてもどうしていればいいのか分からない。ともかく、明日からの勉強を頑張るしかないようだ。






 翌日からユフィの勉強が始まった。

 謁見後の夜会を予定通りに終えていたあとなら、オルガはもう少しユフィにゆっくりと過ごしてほしかった。しかし予定がずれ、しかも国内でしかと披露目をしなければいけない事情ができてしまった。なのでユフィの勉強も早めることになる。


 午前のうちにそれまでの日常のように少しだけ屋敷の仕事をさせてもらい、それからダリオスによる勉強が始まる。


 屋敷の書庫室で必要な本をテーブルに置き、ユフィはダリオスの正面に大人しく座る。俯き加減の姿勢。顔の左側を隠し、残る右目でダリオスを見つめる。

 牛の獣人であるダリオスは白髪交じりの黒髪で、二本の小さな角とぺたんとした耳が印象的だ。いつも穏やかな空気をまとっていてエラゼ同様時折落ち着かないけれど、優しい人だとユフィは知っている。

 そんなユフィの前に立ち、ダリオスは微笑んだ。


「では若奥様。お勉強を始めます」


「はい。よろしくお願いいたします」


「こちらこそ。若奥様の前に置いてある書物は全てオリバンズ国の文字で書かれておりますが、若奥様は文字を勉強中ですので、別紙に勉強内容を書き記してくださって結構です」


「はい。不勉強で申し訳ございません」


「今学んでいるのですから、なにも謝罪なさることではありませんよ。解らないことはなんでも聞いてください」


 穏やかに微笑むダリオスにユフィは視線を下げる。誰もが優しいから、どんな顔をしていいのか分からない。

 ミュレスを始め、獣人のメイドもともに控える中でユフィの勉強が始まった。


「オリバンズ国はご存知のとおり、獣人と人間種が共存する国です。そして国土はすべて竜神様のお膝元であり、我々はそこで生活をさせていただいております」


「以前、洗濯をしているときにも耳にしましたが、竜神様というのは……?」


「はい。ではまず、オリバンズ国においてとても大切な竜神様についてお話しましょう」


 竜神は獣たちの王であり、神である。すべての獣たちの頂点に君臨し、獣たちを見守っている存在。

 といっても、目に視える存在ではない。けれど存在している。オリバンズ国の豊かな自然と豊富な水源の元は、その竜神の力が満ちているからだと言われている。


 そんな竜神が人間に手を貸したことがある。それは今も受け継がれている。

 その象徴が、オリバンズ国の王家だ。王家は今も竜神の加護を受けている。


「王家に、竜神様の加護……」


「はい。王家の祖先は人間種です。その御方が初代オリバンズ国国王陛下。竜神様の加護があるからか、王家では妃が獣人であっても生まれる御子は人間種であることが多く、王位を継ぐのは人間種なのです」


「通常、人間種と獣人の子は、人間種は生まれないのですか……?」


「獣人の子が産まれることが多いですが、生まれないわけではありません。三人に一人、四人に一人と、少し少ないのです」


 それから見れば確かに、王家は例外的なのだろう。それも竜神の力なのかもしれないと思えば、王家が人間種であることに意味があるのだろうと想像できる。

 獣人と竜神、そして王家のことをユフィは書き記していく。


「現在、陛下には妃がお一人いらっしゃいます。その方との間に御子が四人。人間種であり王太子殿下たる王子殿下、人間種の王女殿下、獣人種である双子の王子王女殿下。しかし、竜神の加護というものは正式に王位を継承せねば発現しないとか……。現王太子殿下の加護発現は、即位なされてからとなるのでしょうが、立太子したことで少なからず竜神様は殿下を見ているのではないか、とも言われております」


「見ている、というのは、加護ではないのですか?」


「加護が発現する前の慣らし、予兆のようなもの。いろいろと言われてはおりますが、見守ることと手を貸すことの違いではないかと考えられております」


 王家全員が得ているものではないらしい。それにも驚きだ。

 ユフィはせかせかと勉強内容を慣れ親しんだノーティル国の文字で書き記していく。あっという間に一ページが埋まってしまう。


 普段は世間話などせず加われないユフィが熱心に勉強して質問もしている。そんな姿にメイドたちも喜びを抱きながらユフィを見守る。


「では、国では皆さまが竜神様を信仰なさっているのですか?」


「はい。そのとおりでございます」


「その……祀っている神殿などもあるのですか?」


「ほほお。ノーティル国にはそういうものがありますか?」


 問われユフィは頷いた。


 ノーティル国もまた神を祀り、そして魔法を授けたとされる精霊王を祀っている。国の各地に教会や神殿が存在し、人々はそこに赴いて祈る。

 ユフィがそう伝えればダリオスだけでなく控えるメイドたちも聞き入り、少し落ち着かないユフィはなんとか話を終えた。


「なるほど。オリバンズ国にそういった建物は存在しません」


「そうなのですか……?」


「はい。竜神様は溢れる自然そのもの。祈りを捧げる対象があるとすれば、それは自然です」


 自然の中にすまうからこそ特定の場所を必要としない。国の自然豊かそのものに繋がるような信仰にユフィも感嘆の息をこぼした。


「さて。ではそれを含め、次はオリバンズ国の歴史をお話しましょう」


「はい」


「オリバンズ国はもともと、多くの獣たちが住まう自然が広がっておりました。しかし、台頭する人間たちに追われ、獣たちは竜神様のもとへ辿り着きました」


 まだ国というものが形作られていなかった頃。

 人間と獣は棲み分けがされていた。しかし次第に人間と争うようになり、追われた獣たちは竜神のもとへ集った。


 人間たちの手は森へも伸びた。どちらも傷ついていく戦いの始まりとなった。

 そんな中、一人の青年が森へと単身やってきた。その青年に竜神は加護を与え、獣たちの中でも特に大きな群れを率いていた長たちに力を与え、青年を守り支えるよう命じた。

 それが王家、公爵家、そして獣人の始まりと言われている。


「群れの長たちは四種であったことから、現在は四種聖獣と呼ばれる他の獣人とは一線を画す特別な獣人となり、公爵家として王家と国を守っております」


 オリバンズ国へ来たばかりの頃にオルガが教えてくれた本の内容を思い出す。

 あれはたしか建国に関するもの。あのときの本の内容が今勉強しているものなのだ。


(文字をちゃんと覚えて、オルガ様が教えてくださったあの本を読んでみたい)


 そのためにもう少し頑張らなければ。






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